機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
イオマグヌッソは、遠くから見ても建造物には見えなかった。
地球を背後へ置き、幾重もの環状構造を宇宙へ広げた姿は、星の周囲へ被せられた巨大な冠に近い。けれど、その輪郭を走る赤い光には祝福の温度などなく、眠りから覚める怪獣の眼のように、外周から中心へ順番に灯っていった。
戦艦の展望モニターへ全景が映った瞬間、艦内の話し声が途切れた。
あまりにも大きいものを前にすると、人間は驚くより先に黙るらしい。俺も例外ではなく、ガンダムXのコックピットへ向かう途中で足を止め、壁面モニターに映った環状施設をしばらく見上げていた。
その向こうには地球がある。
蒼い海も、白い雲も、マチュがいる座標も、あの機械の輪の背後へ隠れかけていた。
『全艦、第一種戦闘配置へ移行。前方宙域に無人迎撃機、および機雷群を確認しました』
警報が鳴るより早く、外の暗闇に光が散った。
機雷が一つ爆ぜ、その閃光を合図に無人迎撃機の群れが戦艦へ向かってくる。翼を持たない黒い機体が編隊を組み、施設の赤い灯りを背負って接近する光景は、巨大な怪獣から吐き出された眷属の群れみたいだった。
『左側の機雷原は私が開く。ガトー、迎撃網の頭を頼めるか』
『無論だ。敵の手足を追う必要はない、指揮を繋ぐ神経だけを断つ』
ラルさんのグフと、ガトーの青いリック・ドムがカタパルトから射出される。二つの青が艦の左右へ散り、赤い迎撃網へ切り込んでいった。
グフのヒート・ロッドが機雷へ絡みつき、爆発させるのではなく進路だけを捻じ曲げる。押し流された機雷群が無人機の隊列へ入り込み、敵の編隊が自ら速度を落とした。
そこへガトーの砲撃が通る。
狙ったのは先頭機でも、最も大きな機体でもない。編隊中央の通信中継機が一撃で砕かれ、無人機の動きが一斉にばらけた。
『進入路を確保した。艦は速度を落とすな』
『こちらも機雷を流した。ランガ、君の出番までは我々が道を持たせる』
「了解しました。ガンダムXの最終調整へ入ります」
俺はコックピットへ身体を滑り込ませ、補助席の固定確認を行った。
ドゥーはすでにハーネスへ収まり、手動切断スイッチの保護カバーへ指を置いている。以前の彼女なら、そのスイッチを逃げ道として見ていた。今は違う。自分の意思で戻るための扉として、触れている。
「ドゥー、無理に月の信号を拾わなくていい。雑音が強ければ、すぐ切ってくれ」
「切るかどうかは私が決めるけど、切る前には必ず伝えるよ」
「それでいい。俺も勝手に撃たない」
「ランガは、撃つ前に黙るから分かりにくいけどね」
「今日は声に出す。たぶん、その方が俺自身にも聞こえる」
ガンダムXの主電源を起こすと、格納デッキの照明が機体表面を滑った。
背中には、ずっと沈黙していた大型装備がある。テムさんが機体へ取り付けた時から、存在だけは何度も感じていた。重く、長く、使えないままでも機体の姿勢を変えるほど大きい。
けれど、その正体をテムさんは最後まで言わなかった。
『ランガ、聞こえているか。最終調整データの転送を開始する』
通信画面へテムさんの顔が映った。
背後には乱雑な部品と、ジュドーが置いたらしい食べかけの包装袋が見える。
「受信しています。今になっても、まだ名前は秘密ですか」
『名前を聞けば、人間は使い方まで分かった気になる。先に制御を覚えろ』
「相変わらず厳しいですね」
『君は相変わらず、力の名前を聞くと前へ出たがる。そこを信用していない』
反論しようとしたところで、機体の背後から重い駆動音が響いた。
封印されていた背部装備の基部が開き、左右へ折り畳まれていた構造体がわずかに持ち上がる。ガンダムXの全身へ振動が走り、コックピットの計器が一斉に赤へ変わった。
『背部主砲系統、試験展開を開始。HADESとの制御競合に注意しろ』
「競合って、先に言ってくださいよ」
『言えば怖がったか』
「いいえ。心の準備くらいはしました」
『なら結果は同じだ』
テムさんの声が終わるより早く、HADESが目を覚ました。
赤い表示が視界を埋め、イオマグヌッソの構造解析が勝手に始まる。外周防衛、動力炉、エネルギー伝達路、指揮中枢。機械は施設の全てを一つの標的としてまとめ、最も効率よく消せる照準を俺へ差し出してきた。
発射可能域。
予測損壊率。
内部生存率、算出不能。
「その答えは要らない。対象を施設全体から、エネルギー伝達部へ限定する」
入力しても、警告が増えるだけだった。
背部装備の出力が上がり、ガンダムXの右腕が勝手に持ち上がる。格納デッキの固定具が軋み、整備員たちが機体から離れていく。赤い光がコックピットを満たし、HADESが俺より先に引き金の位置を決めようとする。
「ランガ、月の方から音が来てる。でも、赤い音が邪魔してる」
「月の信号だけ拾えるか」
「やってみる。けど、私だけじゃ選べない」
「なら、一緒に選ぶ。俺が赤を押さえるから、ドゥーは遠い光を探してくれ」
俺はHADESの射撃権限を一つずつ切った。
自動照準を拒否。
自動発射を拒否。
攻撃優先順位を無効化。
最終発射権限を操縦者へ固定。
警告表示が何度も開き、指先へ刺さるような振動が操縦桿から伝わってくる。機械は早く撃てと迫っている。撃てる力があるなら、撃たない時間は無駄だと囁いてくる。
少し前までの俺なら、その声を命令だと思っていたかもしれない。
敵を消せば終わる。
中枢を貫けば勝てる。
自分ごと燃えても、誰かが助かるなら構わない。
けれど、個人端末にはマチュへの送信記録が残っている。
生きて帰った。
今から、君のところへ行く。
あの文章を嘘にする力なら、最強でも必要ない。
「HADES、射撃判断を俺へ返せ。お前が戦場を選ぶんじゃない」
赤い表示が激しく乱れた。
「最強だから撃つんじゃない。全員を帰すための一本にできる時だけ、俺が引き金を引く」
「ランガ、見つけた」
ドゥーの声が、赤い警告の間を抜けて届いた。
「白い音じゃない。すごく遠いけど、真っすぐこっちへ降りてくる光がある」
正面モニターの片隅に、月が映った。
地球の向こう側へ浮かぶ、白く小さな円。その表面から伸びる微細な信号を、ドゥーが雑音の海から拾い上げる。機械の信号なのに、彼女の声を通すと、遠く離れた誰かがこちらを見つけて手を伸ばしてくるように聞こえた。
『かつて、連邦が放棄したシステムとの接続は確認出来たよ』
テムさんの声と同時に、ガンダムXの背部装備が大きく開いた。
翼のようなリフレクターが左右へ展開し、格納デッキの天井灯を反射する。月から送られたマイクロウェーブが機体へ降り注ぎ、見えないはずのエネルギーが空気を震わせた。
整備デッキの影が消えた。
白い光がガンダムXを包み、リフレクターから砲身へ流れ込んでいく。計器の出力表示が、これまで見たどの兵器とも違う速度で上昇する。
『イオマグヌッソ内部のエネルギー反応が増大しています。広域照射兵器と推定される充填率、六十二パーセント』
艦橋の報告へ、ガトーの声が続いた。
『敵が施設全体を砲身にするなら、我々は発射へ至る一本の血管を断つ。その役目は君の機体にしか果たせん』
『ランガ、力を持つ者が恐れるべきなのは、撃てないことではない。撃ててしまうことだ』
ラルさんの言葉を聞きながら、俺はイオマグヌッソを見た。
赤い充填光が環状構造を巡り、中心部へ集まり始めている。外ではラルさんとガトーが青い光で迎撃網を止め、背後には地球がある。そして、そのどこかにマチュがいる。
俺の背後にはドゥーがいる。
「ドゥー、まだ戻れるか」
「戻れるよ。でも、ランガも一緒に戻って」
「ああ。撃つなら、帰るために撃つ」
月から届く光が最大値へ近づき、ガンダムXの右肩後方で巨大な砲身が定位置へ移動した。
今まで背負っていただけの重さが、初めて一本の武器として形を取る。砲口の先に集まった光は、白いというより蒼かった。地球の海と、マチュへ続く航路灯を混ぜたような色だった。
「テムさん、最終確認をお願いします」
『受信系統は正常、砲身冷却も許容範囲内だ。HADESの発射介入は遮断されている』
「照準は俺が決めます」
『そうしろ。機体に答えを出させるな』
テムさんは一度だけ息を置いた。
月とガンダムXを結ぶ光路が太くなり、格納デッキの全てが白く塗り替えられる。イオマグヌッソの赤い光と、ガンダムXの蒼白い光が、宇宙を挟んで向かい合った。
『GX背部主砲、全系統の接続を確認した』
通信画面の中で、テムさんが真っすぐ俺を見た。
『これがガンダムXの切り札だ。正式名称――サテライトキャノン』
その名が告げられた瞬間、俺の背負っていた未知が、月光の中で巨大な砲口を開いた。