機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
サテライトキャノンという名前が告げられた直後、艦内通信へ硬い警報音が割り込んだ。
『イオマグヌッソ内部より、急激な出力上昇を確認。施設全周のエネルギー伝達路が主砲区画へ収束しています』
正面モニターの中で、巨大な環状施設を走っていた赤い光が、目に見える速さで中央へ集まり始める。
さっきまで冠のように見えていた構造体は、もう飾りには見えなかった。無数の環を砲身へ変え、地球圏へ口を開こうとする、巨大な怪獣そのものだった。
『イオマグヌッソ搭載兵器、完全起動を確認。推定射軸は地球圏へ固定されています』
その報告を聞いた瞬間、俺は反射的に背後を見た。
コックピットの後方モニターには、蒼い地球が映っている。
白い雲が海の上をゆっくり流れ、そのどこかにマチュがいる。まだ返事は届いていない。送った二行が彼女の端末へ着いたかどうかさえ、俺には分からない。
それでも、あそこには俺が帰ると伝えた相手がいる。
「ランガ、手が強くなってる」
補助席からドゥーの声が届いた。
俺は操縦桿を握り込んでいた指を、一度だけ開いた。掌に汗が溜まり、金属のレバーへ指の跡が残っている。
「悪い。まだ撃たない」
「月の光は届いてる。でも、向こうの音が大きくなって、細い道を飲み込もうとしてる」
「飲み込ませない。俺たちが射程へ入るまで、繋いでいてくれ」
「繋ぐ。でも、撃つのはランガが決めて」
「ああ。その約束は変えない」
月面から送られてくるマイクロウェーブは、ガンダムXのリフレクターを通じて途切れず流れ込んでいる。
砲身の充填率は十分だった。
しかし、現在位置からではイオマグヌッソのエネルギー伝達中枢を狙えない。
施設外周の防衛構造が射線を遮り、少し角度を誤れば内部の居住区画や管制区画まで巻き込む。HADESは外壁ごと消し飛ばせる射撃解を何度も表示したが、俺は一つずつ手動で閉じた。
「照準対象を限定。外殻は除外。生命反応のある区画も全部外せ」
赤い警告表示が増える。
射撃可能範囲が急激に狭まり、最後に残ったのは、環状施設の奥へ続く一本の細い伝達路だけだった。
『ランガ、現在位置ではその射線は通らん』
ガトーの声が回線へ入った。
「分かっています。前へ出ます」
『射程へ入らなければ、その大砲はただの重荷だ。私が敵の目を潰す。君は撃てる位置まで進め』
『ただし、前だけを見るな』
ラルさんの声が続く。
『振り返るなとは言わん。帰る場所を確かめた上で、前へ出るのだ』
「了解しました。ガンダムX、発進します」
格納デッキの固定具が外れた。
背部リフレクターを展開したガンダムXが、月光をまとったままカタパルトへ移動する。機体の左右へ広がった反射板は、羽根というより、夜を切り分ける巨大な光の翼だった。
発進信号が青へ変わる。
「ランガ・ロード、ガンダムX――行きます!」
加速が背中を叩いた。
戦艦のカタパルトを離れた瞬間、暗い宇宙が一気に視界へ広がる。
正面には赤く燃えるイオマグヌッソ、背後には蒼い地球、そのさらに遠くには白い月が浮かんでいた。
三つの光の間へ、ガンダムXが押し出される。
『無人迎撃機、前方より接近。誘導機雷を伴っています』
「迎撃は――」
『君は直進しろ』
ラルさんのグフが左前方へ躍り出た。
ヒート・ロッドが伸び、こちらへ迫っていた誘導機雷の一つへ絡みつく。グフはそれを破壊せず、手首を返すような動きで進路だけを曲げた。
軌道を逸らされた機雷が後続の機雷群へ突っ込み、赤い爆発が連鎖する。
炎のない宇宙で、赤い雷雲だけが膨らんだ。
『ランガ、右へ一度だけ寄せろ。爆発の影が月面受信を遮る』
「右へ二度じゃなく、一度ですね」
『二度動けば射程から外れる。君は真っすぐ進むことだけ考えろ』
「真っすぐ進むのが、今までで一番難しいんですよ」
『知っている。だから我々が横を持つ』
左側の機雷原を抜けると、今度は無人迎撃機の一群が右上から降りてきた。
月面信号を妨害するため、黒い機体が細長い散布装置を開く。白いノイズがモニターへ走り、リフレクターの受信効率が一気に下がった。
「月の音が薄くなる」
ドゥーの声が短くなる。
「無理に掴むな。切れそうなら一度戻せ」
「まだ切れない。遠いけど、ランガを見失ってない」
『妨害源を確認した。撃つ』
ガトーの青いリック・ドムが、右後方から砲身を向けた。
一発目は無人機に当たらない。
光は編隊の間を抜け、背後に浮かぶ小さな中継ノードを正確に撃ち抜いた。
妨害波が一瞬乱れる。
二発目が散布装置の基部を砕き、三発目が無人機同士を繋いでいた指揮リンクを切断した。
隊列を失った黒い機体が互いの進路を塞ぎ、宇宙の中でばらばらに散っていく。
『敵の目は潰した。今だ、ランガ・ロード』
「進みます!」
俺は推進器を開いた。
背部装備の重さが遅れてついてくる。普段なら機体を引き戻すだけの慣性を、HADESが細い補助線として視界へ描く。
だが、姿勢を決めるのは俺だ。
「HADES、加速補助だけ使う。照準には触れるな」
警告表示が一度だけ瞬き、ガンダムXの姿勢が安定した。
前方から対艦砲撃が来る。
イオマグヌッソ外周の砲塔が赤い光を吐き、一本目がガンダムXの左を掠めた。二本目は正面。避ければ月との光路が大きく外れる。
「受け流す。ドゥー、月との角度を見てくれ」
「左へ三度だけ。四度だと、光が切れる」
「三度でいく」
俺はシールドを傾け、赤い砲撃へ正面から当てずに滑らせた。
熱が装甲の表面を走り、シールドの縁が白く融ける。光は左へ逸れ、背後の暗闇を焼いた。ガンダムXの姿勢は崩れかけたが、背部装備の慣性を逆に使い、機体を射線へ戻す。
月面からの光が、再びリフレクターの中央へ収まった。
「受信率、戻った」
「よし。そのまま頼む」
「ランガ、向こうからも音がする」
「イオマグヌッソの兵器か」
「兵器の奥。人に似てるけど、すごく遠い。撃たれるのを待ってるみたいな音」
俺は照準画面を拡大した。
エネルギー伝達中枢の周囲には、幾つもの生命反応があった。作業員か、拘束された誰かか、それとも兵器へ繋がれた人間なのか、ここからでは判別できない。
HADESは許容損害として処理しようとした。
「許容するな。全部避ける」
『それでは射線が細くなりすぎる』
テムさんの声が入る。
「細くても通します」
『砲撃時の誤差を考えろ。サテライトキャノンは針ではない』
「だから、もっと近づく」
『近づけば敵主砲の射程へ完全に入るぞ』
「もう半分は入っています。今さら少し増えても同じです」
『同じではない。だが、その判断を機体へ任せなかった点だけは評価する』
テムさんらしい褒め方だった。
俺は再び推進器を吹かす。
赤い砲火の間をガンダムXが進み、その両側をラルさんとガトーの青い機体が走る。
グフのヒート・ロッドが誘導弾を払い、ガトーの砲撃が観測ノードを潰す。二つの青い光が、白い月光の左右へ護衛灯のように並んでいる。
俺は敵機を追わない。
撃てる相手が横を通り過ぎても、照準を動かさない。
今の俺が見るべきものは、勝てる相手の数じゃない。
全員を帰せる一本の線だけだ。
『ガンダムX、有効射撃位置まで残り六百』
「あと六百。姿勢制御を優先する」
『敵主砲の充填率、八十七パーセント』
「まだ撃たない」
『残り三百』
イオマグヌッソが視界いっぱいに広がる。
外周構造の赤い光が中心へ集まり、巨大な砲口の奥で人工の太陽が膨らんでいた。光が強すぎて、施設の輪郭が黒く沈んでいく。
正面には赤。
背後には白い月光。
その間へ、ガンダムXが立つ。
『有効射撃位置へ到達しました』
俺は推進を切り、背部装備の慣性をゆっくり殺した。
リフレクターが最大角度へ展開し、月面からのマイクロウェーブを受け止める。白い光が機体を包み、砲身へ膨大なエネルギーが流れ込んだ。
操縦席の前で、サテライトキャノンの照準環が開く。
HADESが自動発射を要求する。
俺は拒否した。
「自動発射権限を遮断。照準を手動へ切り替える」
「月の光、固定した。少し揺れてるけど、まだ届いてる」
「十分だ。後は俺が選ぶ」
イオマグヌッソのエネルギー伝達中枢へ照準を重ねる。
一度では合わない。
周囲の生命反応を避け、射線を少し右へずらす。今度は外殻の支持部へ触れるため、さらに角度を落とす。
照準環が細くなる。
撃てる場所は、ほとんど一点しか残らなかった。
『敵主砲、発射直前。充填率九十七パーセント』
『ランガ、こちらの退避線は確保した』
ラルさんの声が聞こえる。
『だが、君が撃った後に戻る道だ。撃つ前に使うつもりはあるまいな』
「ありません。ただ、消さないでください」
『無論だ。君が帰ってくるまで、道は閉じさせん』
『観測ノードは沈黙させたが、敵の発射指令までは切れていない』
ガトーが続ける。
『ここから先は君の一撃だ。最強という名に酔うな。必要な一点だけを撃て』
「了解」
砲身の光が強くなる。
イオマグヌッソの赤い砲口も、同じように膨れ上がっていた。二つの巨大な光が暗闇を挟んで向き合い、宇宙そのものが細く押し潰されていく。
俺は発射レバーへ指を掛けた。
マチュの名前を思う。
後ろにいるドゥーの呼吸を聞く。
リオが取り戻した二文字を思い出す。
白い部屋から救い出した、まだ全部の名前を知らない人たちを数える。
最強の武器を持ったからといって、早く撃つ理由にはならない。
「この光は、イオマグヌッソを消すためじゃない」
赤い砲口が脈打つ。
「あの砲撃だけを止めるために使う」
『敵主砲、発射準備完了』
艦橋の声が震えた。
サテライトキャノンの充填表示も、百へ到達する。
月とガンダムXを結ぶ光路が一本の柱となり、展開したリフレクターが巨大な翼のように輝いた。
俺は照準を最後の一点へ固定する。
「サテライトキャノン、照準固定」
発射レバーの硬さが指先へ返ってくる。
「撃つのは俺だ」
正面で赤い光が弾けようとする。
背後から月の白い光が押し寄せる。
俺は呼吸を止めず、その二つがぶつかる直前の一瞬を待った。
「全員が帰れる時まで――まだ、引き金は引かない」