機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
イズマ・コロニー近傍の注意域は、地図で見るほど整然としていなくて、破砕された外壁材と古い推進剤タンクが、ゆっくりと自転しながら浮遊していた。
光はコロニーの反射とデブリの影で細切れになり、視界は悪く、距離感だけが妙に誇張されて、近いものほど遠く見える錯覚がまとわりつく。
俺はその錯覚を嫌というほど知っているから、モニターに頼らず、速度計と慣性の手触りだけで空間の奥行きを組み立て直した。
「シロー、行けるか」
僚機の旧型ザクが通信越しに声を出した瞬間、俺は返事を飲み込んで、先に敵の射線を読むことを優先した。
敵は二機のマヴで、改造されたザクの輪郭がデブリの隙間にちらつき、マシンガンの初速と散布界だけが先に俺の肌を撫でてくる。
弾幕が来る、という予感より先に、弾幕が「来た後」を想像できるのが、俺の悪い癖であり生存の癖でもあった。
開幕と同時に、旧型ザクが一歩前へ出たのは勇気ではなく、たぶん焦りだったのだろう。
敵の一機が狙いを定め、短い連射でザクの肩から胸へと弾を滑らせ、装甲が剥がれて内部フレームが露出した。
次の瞬間に追撃の斉射が入って、旧型ザクの推進剤タンクが破れて白い噴流が噴き出し、機体が意思を失ったように回転し始めた。
「っ……!」
通信が途切れる音の代わりに、俺の内側で何かが冷たく閉じる感触がしたが、そこに感情を置く余裕はなく、置いたら次に死ぬのは俺だと知っている。
俺は偽装改修された自機の重さを、嫌悪ではなく道具として扱うために、まず推進剤の残量を頭の中で割り振った。
直線で逃げれば弾幕に削られ、減速すれば次の射線が通り、旋回だけで避ければ推進剤が枯れて詰むので、答えは一つしかない。
「近距離で、視界の外に入り続ける」
俺は自分にそう言い聞かせるように呟き、同時にマルチアンカーのワイヤーをデブリへ撃ち込んだ。
ワイヤーが食い込む音は宇宙には響かないはずなのに、巻取りモーターの振動が操縦桿を通して指に伝わり、俺はその振動で固定が成功したと判断した。
引くのではなく、引かれる。
推進剤を吹かして加速するのではなく、ワイヤーの張力で速度ベクトルを折り、慣性を殺さずに角度だけを変える。
立体機動装置みたいに空間を切り裂きながら、俺はデブリの影へ滑り込んだ。
敵の弾幕が俺のいた空間を薙いだのは、俺がそこを離れてから一拍遅れてであり、その一拍の遅れが敵の限界でもあった。
視界が悪いという条件は、命中率を下げるだけではなく、撃つ側の「確信」を奪うから、撃つほどに迷いが増える。
迷いが増えれば射線は散り、散った射線は俺にとって通路になる。
俺は通路の端だけを舐めるように滑り、デブリの影を次の影へ繋ぎながら、敵の二機を「同じ画角に入れない」ように配置を崩した。
マヴは二機で挟み撃ちにしてこそ意味があるのに、俺はワイヤーで軌道を折り続け、片方の視界に入る瞬間にはもう片方の射線がデブリで遮られる位置に自分を置いた。
敵の片方が焦って前へ出るのが見えた。
前へ出た瞬間、後ろの機体との間に一瞬だけ距離が空き、連携の呼吸が乱れた。
俺はその乱れを、勝機ではなく「当然の結果」として拾い上げる。
ワイヤーを切り替え、今度は敵機の背後に漂う大型デブリへ撃ち込んで、巻き取りで一気に半径を縮めた。
推進剤は短く吹かすだけに留め、加速の主役はワイヤーに渡し、余計な噴射で自分の位置を光で知らせないようにする。
敵がこちらを見失い、マシンガンの照準が空を探り始めた瞬間、俺はその機体の死角、つまりモノアイの首振りが追いつかない角度へ入り込んだ。
近距離に移った瞬間、宇宙の戦いは「当てる」から「奪う」へ変わる。
俺は相手のマシンガンの銃口を狙わず、腕の付け根の関節を狙い、撃てる状態を壊してから勝つ手順を選んだ。
一撃目は、デブリで作った影から出る瞬間に合わせ、最小の振りで敵の前腕装甲を裂き、銃の保持力を落とす。
二撃目で銃を弾き、銃身が慣性で回転しながら漂うのを見て、敵の指が「撃つ」から「掴む」へ切り替わるのを確認する。
掴む動作に入った瞬間は、射撃より遅くて大きいから、そこが一番無防備になる。
俺はワイヤーを敵機の腰部に回し、絡め取るというより、姿勢制御の自由度を奪うように張力をかけた。
敵機が反射でスラスターを吹かし、姿勢を戻そうとしたが、張力がかかった状態で噴射すると回転モーメントが増幅し、余計に姿勢が崩れる。
俺はその回転に合わせて自機を同調させ、相手と「同じ回転」を共有したまま、最後に回転軸だけをずらして、相手を自転させるように放り出した。
これで一機は戦闘不能だ。
撃破ではないが、戦闘域から排除できればそれでいい。
残る一機は、相方が崩れたのを見て、距離を取ろうとした。
距離を取らせれば、弾幕に戻る。
弾幕に戻れば、こちらは推進剤を削られる。
だから俺は逃がさない。
ワイヤーをデブリへ撃ち込み、巻き取りで加速しながら、今度は推進剤を一段だけ使って速度を上乗せし、敵の逃走ベクトルの「先」に自分を置いた。
敵は俺を見て避けようとするが、視界が悪い場所では避ける方向が遅れ、遅れた回避はそのまま死角を晒す。
俺はその死角へ滑り込み、敵のマシンガンがこちらを向け直す前に、腕の関節とセンサー周りだけを切り刻む。
一撃ごとに推進剤の残量を頭の中で差し引きし、必要以上に噴射せず、必要な瞬間だけ噴射して、慣性で刃を運ぶ。
敵が最後の足掻きでバズーカを引き抜こうとした瞬間、俺はワイヤーをその武装へ引っ掛け、引くのではなく「引かせる」形で相手の姿勢を崩した。
武装は重く、重いものは慣性の裏切りが大きいから、引き抜いた瞬間に機体の回頭が遅れ、銃口が空を切る。
その空白に俺の機体が滑り込み、バズーカの握りを踏みつけるように叩き落とし、最後に頭部センサーの側面を浅く裂いた。
モノアイが一瞬だけ瞬いてから消え、敵機は何かを探すように手足を動かしたが、視界がなくなった機体は宇宙では獲物でしかない。
俺はそこで初めて息を吐き、推進剤の残量を確認して、余裕が残っていることに気づいてしまい、むしろ胸の奥が冷えた。
圧倒したのは嬉しくない。
圧倒できる自分が、戦場の自分そのものだからだ。
漂うデブリの影から、運営の通信が割り込んできた。
勝敗の宣言は乾いていて、しかしこの世界ではそれが娯楽の言葉として消費される。
「勝者、エントリー“シロー”——」
その偽名が宇宙に刻まれた瞬間、俺は操縦桿を握る手の力を少しだけ強くして、恩人の名を汚さないために次も勝つしかないと理解してしまった。