機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第110話

 発射レバーへ掛けた指を、俺はまだ動かさなかった。

 

 サテライトキャノンの充填表示は百を示している。それでも、砲身の奥で脈打つ光には僅かな揺らぎが残っていた。月面送信網へ重ねられた妨害波が、細い傷のように受信経路を走り、撃てるという表示と、届くという確信の間に暗い溝を作っている。

 

 正面では、イオマグヌッソの赤い砲口が膨張を続けていた。

 

 環状構造を巡った光が中心へ収束するたび、巨大施設の輪郭が内側から焼き出される。蒼い地球の手前に、もう一つの赤い太陽が生まれようとしているようだった。

 

『敵主砲、最終発射工程へ移行しました。予測発射まで、残り二十秒です』

 

「こちらの受信効率は、まだ安定しないんですか」

 

『月面系統だけでは不足している。妨害の影響で、出力が発射直後に落ち込む可能性がある』

 

 テムさんの声は平静だったが、通信画面の奥で指が忙しく動いていた。

 出力不足でも撃つことはできる。だが、狙った一点を貫けなければ、広がった熱量が周囲の区画まで飲み込む。

 

 イオマグヌッソを止められても、その中にいる誰かを消せば、俺が選んだ射線の意味はなくなる。

 

「ランガ、月の光が細くなってる。切れてはいないけど、このままだと途中でほどける」

 

 補助席から届くドゥーの声に、俺は照準環を見つめたまま頷いた。

 

「ほどける前には撃たない。確実に中枢だけを抜ける光が必要だ」

 

『敵は待ってくれんぞ、ランガ・ロード』

 

 ガトーの声が通信へ割り込む。

 遠距離モニターには、青いリック・ドムが無人迎撃機の群れへ砲撃を浴びせる姿が映っていた。敵そのものではなく、月面信号へ干渉する中継ノードだけを一発ずつ潰している。

 

「分かっています。それでも、今のまま撃てば射線が太すぎます」

 

『ならば、太くするのは出力だけにしろ。照準まで妥協する必要はない』

 

『その通りだ。撃てるから撃つのではなく、守れる形になった時に撃つのだ』

 

 ラルさんのグフが、ソーラ・システム方面へ抜けようとした誘導弾へヒート・ロッドを巻きつけた。軌道を捻じ曲げられた弾頭が無人機の隊列へ飛び込み、光の道から遠い場所で爆発する。

 

 青い二機は、こちらへ振り返らない。

 

 それでも、二人が何を守っているのかは分かっていた。

 ガンダムXではなく、俺が選び終えるための時間を守っている。

 

『予測発射まで、残り十五秒です』

 

 HADESが新しい射撃解を表示する。

 

 施設外殻ごと撃ち抜け。

 伝達中枢周囲の生命反応を損害として許容しろ。

 敵主砲より一瞬でも早く、最大出力を解放しろ。

 

「その答えは、もう何度も見た」

 

 俺は表示された射撃解を手動で消した。

 

「速いだけで、正しいふりをするな」

 

 赤い警告が視界の隅で増殖する。

 HADESは機体を生かすための答えを出している。だが、俺が帰したいのは機体だけじゃない。ドゥーも、ラルさんも、ガトーも、あの艦にいる人々も、地球で待っているマチュも、誰一人として許容損害の文字へ落としたくなかった。

 

 その時、戦艦後方の暗闇で、無数の光が開いた。

 

『ソーラ・システム、展開開始』

 

 艦橋の声が響くと、宇宙に浮かんでいたミラーパネルが一斉に姿勢を変えた。

 

 一枚では小さな鏡に過ぎない。

 けれど、数え切れないほどの反射面が同じ角度へ揃うと、そこには宇宙そのものを切り取った巨大な光の壁が生まれた。

 

 地球の縁から昇った太陽光が、一枚目のミラーへ触れる。

 

 次の鏡へ。

 さらに次の鏡へ。

 ばらばらだった光の破片が、一本の川へ集まり始める。

 

 暗い宇宙に、人工の朝焼けが広がった。

 

『太陽光収束率、四十パーセント。中継変換装置を起動する』

 

「月面送信網へ重ねるつもりですか」

 

『月から足りない分を、太陽から借りる』

 

 テムさんは画面の向こうで、こちらを真っすぐ見た。

 

『ただし、その光を何へ変えるかは君が決めろ。光そのものに善悪はない』

 

「分かっています。照準は変えません」

 

『ならば、最後まで手を離すな』

 

 ソーラ・システムへ敵の誘導弾が殺到する。

 

 黒い点の群れが、朝焼けの川へ石を投げ込むように接近していく。

 その前へ、ラルさんのグフが立った。

 

『巨大な力を持った時ほど、誰を守るための力なのかを忘れてはならん』

 

 ヒート・ロッドが弧を描き、誘導弾の先頭を絡め取る。

 ラルさんは弾頭を破壊せず、機体を回転させて軌道だけを横へ流した。誘導弾は後続の列へぶつかり、光路を外れた場所で連鎖爆発を起こす。

 

『左側は持たせる。ガトー、上方の観測機を頼む』

 

『すでに照準へ入れている。余計な世話だ』

 

 青いリック・ドムの砲撃が三本走った。

 

 一撃目が観測ノードを貫き、二撃目が妨害波の発振器を砕く。三撃目は光路の端へ回り込もうとした指揮機の推進器を撃ち抜き、敵編隊そのものを回転させた。

 

『ランガ、照準を動かすな。敵の目は私が潰す。君は最後の一点だけを見ていろ』

 

「了解しました。そちらへ振り向かないことが、今の援護だと思っておきます」

 

『ようやく学んだか。ならば、その学習を無駄にするな』

 

 太陽光が中継装置へ集まり、マイクロウェーブへ変換される。

 

 月面から届く白い光へ、ソーラ・システムが作った金色の流れが重なった。二つの道はガンダムXの直前で一つになり、展開したリフレクターへ雪崩れ込んでくる。

 

 機体全体が大きく震えた。

 

 背部フレームが軋み、固定した脚部へ反動が伝わる。コックピットの照明が一瞬消え、次の瞬間には白い光があらゆる隙間から噴き出した。

 

「ランガ、太陽の音が混ざった。月より荒いけど、温かい」

 

「暴れさせないように、一本へまとめる」

 

「向こうの赤い音も大きくなってる。もう、こっちの名前まで飲み込もうとしてる」

 

「それでも、俺たちは名前を渡さない」

 

 受信率が上昇する。

 百という表示を越え、サテライトキャノンの安全限界へ迫っていく。

 

 砲身が熱を持ち、右肩を支えるフレームから白い蒸気が噴き出した。宇宙ではすぐ霧散するはずの冷却剤が、月光と太陽光を受けて一瞬だけ翼の周囲へ薄い雲を作る。

 

 その白い靄の中で、別の光が生まれた。

 

「ランガ、剣が光ってる」

 

「剣?」

 

 サブモニターへ装備ラックの映像を呼び出す。

 

 固定されていたνガンダムのビーム・サーベルが、誰の手にも握られていないまま淡い光を漏らしていた。

 

 ロックは外れていない。

 起動命令も出していない。

 それなのに、柄の先から青白い刃が静かに伸び、赤い警告で埋め尽くされたコックピットへ柔らかな反射を落としている。

 

 HADESの赤とも、サテライトキャノンの白とも違う。

 

 その光を見ていると、誰かの声が聞こえた気がした。

 はっきりした言葉ではない。命令でも、撃てという叫びでもない。ただ、力を持った手が、同じ場所へ戻らないように押し留める気配だけがあった。

 

 以前の世界で積み上がった残骸。

 守ると言いながら、焼かれていった街。

 正しい兵器だと呼ばれたものが、正しい人間を作らなかった時間。

 

 俺は操縦桿から右手を離さず、左手だけを装備確認パネルへ置いた。

 

「聞こえている」

 

「誰の声?」

 

「分からない。でも、これは撃てっていう声じゃない」

 

 ビーム・サーベルの光が一度だけ揺れた。

 

「同じ間違いをするなっていう光だ」

 

 マチュの顔が浮かぶ。

 

 彼女と交わした約束は、俺に敵を倒せと言わなかった。

 帰ってこいと言った。生きて、一緒に地球へ行こうと言った。

 

 ドゥーは背後で、自分の意思で補助席に座っている。

 リオは番号ではなく、名前で呼ばれながら艦の中にいる。

 ラルさんもガトーも、俺が撃つためではなく、俺が選ぶための時間を作っている。

 

 サテライトキャノンを使う理由は、強いからではない。

 

 この一撃で未来を決めるためでもない。

 誰かが未来を選べる余白を残すために、今ここで兵器だけを止める。

 

「HADES、自動発射要求を完全遮断。敵主砲の射出口と、エネルギー伝達中枢だけを照準対象へ固定する」

 

 赤い表示が激しく明滅した。

 

 俺は砲身を右肩側へ旋回させ、ガンダムXの腰部を固定する。

 脚部スラスターを左右非対称へ調整し、発射反動が機体を月面受信軸から外さないよう姿勢を沈める。

 

 左腕でサテライトキャノンの砲身基部を支える。

 

 リフレクターの角度を最大へ。

 冷却系統を発射時優先へ。

 照準補正を手動へ固定。

 最終発射権限は、俺だけに残す。

 

 機体が、巨大な弓を引き絞るように沈んだ。

 

『敵主砲、発射まで残り五秒です』

 

 正面で、イオマグヌッソの赤い光が輪郭を失った。

 

 巨大な砲口だけではない。施設を巡っていた全ての赤が中心へ吸い込まれ、星を一つ燃やせるほどの熱が一点へ集まっていく。

 

 対するガンダムXの背後には、太陽と月から届いた白い光がある。

 

 遠い太陽。

 静かな月。

 その両方を背負ったガンダムXが、蒼い地球と赤い怪物の間に立つ。

 

『充填率、最大値へ到達。これ以上は機体が持たん』

 

 テムさんの声が響く。

 

『ランガ、最後の判断は君がしろ』

 

『退路は確保してある。撃った後は必ず戻れ』

 

 ラルさんの声が続く。

 

『敵の観測系統は沈黙させた。君の射線を遮るものはない』

 

 ガトーが短く告げる。

 

 俺は発射レバーへ指を掛けた。

 

「ドゥー、まだ帰れるか」

 

「帰れる。でも、一人では帰らない」

 

「分かってる。俺も一緒に戻る」

 

 彼女の呼吸が、補助席から一定の間隔で届く。

 

 その音へ合わせるように、俺は息を吸った。

 

 イオマグヌッソの赤い砲口が開く。

 サテライトキャノンの白い砲身が、最後の一点を捉える。

 

 HADESが勝利確率を表示する。

 

 俺はそれを見なかった。

 

 勝てるかどうかではない。

 誰を残すかを機械に選ばせないために、俺はここへ来た。

 

「イオマグヌッソも、HADESも、俺の代わりに未来を決めるな」

 

 νガンダムのビーム・サーベルが、装備ラックの中で静かに輝いている。

 

 青白い刃へ、マチュと歩くはずだった地球の空が重なった。

 今度は、失ってから守るのでは遅い。

 

 俺は発射レバーを握り込んだ。

 

「過ちは繰り返さない」

 

 レバーを最後まで引く。

 

「サテライトキャノン――撃てええええッ!」

 

 ガンダムXの砲口から、太陽と月を束ねた白い光が放たれた。

 

 同じ瞬間、イオマグヌッソの中心から赤い攻撃が解き放たれる。

 

 二つの光が互いを目指し、暗い宇宙を真っ二つに裂きながら走り始めた。

 

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