機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
白と赤の光がぶつかった瞬間、宇宙から色が消えた。
サテライトキャノンの砲身を通して伝わった衝撃が、ガンダムXの肩から背骨へ突き抜ける。固定した脚部スラスターが悲鳴を上げ、展開したリフレクターの一枚が限界角度を越えて細かく震えた。
正面モニターは光量を絞っている。それでも、白い砲撃と赤いビームの境界だけは、焼き付いた傷のように視界の中央へ残っていた。
二つの光は、すぐには混ざらなかった。
白は地球を背にして前へ進み、赤はイオマグヌッソから地球へ向かって押し寄せる。その間に生まれた境界が、宇宙空間を無理やり二つへ引き裂いている。
『照射軸を維持しろ。反動補正が遅れているぞ』
テムさんの声が飛び込んできた。
「分かってます。右脚の出力を三パーセント落とす」
『二パーセントにしろ。三では月面受信軸から外れる』
「この振動で二パーセントを要求しますか」
『だから君が乗っている。機体に任せるな』
俺は歯を食いしばり、右脚の噴射を僅かに絞った。
ガンダムXの巨体が、発射反動へ逆らうようにゆっくり姿勢を戻す。照準環の中央へ、イオマグヌッソのエネルギー伝達中枢が再び重なった。
けれど、光の境界は少しずつこちらへ近づいていた。
「押されてる」
補助席からドゥーの声が届いた。
数値を見るまでもない。
サテライトキャノンの白い光は、イオマグヌッソの赤へ少しずつ削られている。砲身の照射出力は最大値を保っているのに、境界線だけがじりじりと月側へ戻されていた。
『敵側の出力、予測値を上回っています』
『ランガ、施設全体へ照準を広げれば押し返せる可能性がある』
HADESの表示と同時に、艦橋からも別の射撃解が送られてきた。
照準を広げろ。
外殻を巻き込め。
生命反応を損害として許容しろ。
赤い線が、イオマグヌッソの輪郭すべてを呑み込む。
「却下する」
俺は表示を消した。
『現在の照準では、出力差を埋められない可能性があります』
「施設を焼けば、守ったことにならない」
『敵主砲は地球圏を射程に収めている。損害の比較を――』
「人の名前を計算式へ入れるな」
HADESの表示が瞬いた。
その一瞬の揺らぎさえ、イオマグヌッソは見逃さなかった。
赤いビームが太く膨らみ、白い光の先端を噛み砕くように押し込んでくる。
砲身の基部が軋んだ。
冷却系統の警告が赤く染まり、背部リフレクターの一枚から白い火花が散る。サテライトキャノンの光はまだ途切れていない。けれど、一本の柱だったものが、端から少しずつほどけ始めていた。
「ランガ、白い光が散り始めてる」
「受信経路は?」
「月も太陽も残ってる。でも、撃った光の方が形を保てなくなってる」
ドゥーが息を止めた。
「違う。何かが、横から触ってる」
「横から?」
「剣の音」
装備ラックの映像を開く。
νガンダムのビームサーベルが、誰にも握られないまま強い光を放っていた。
さっきまでは静かな青白さだった。
今は違う。刃は細かく脈打ち、そのたびにガンダムXの武装系統へ未知の反応が走っている。
サーベルの光が揺れる。
それに合わせて、砲身の振動が一瞬だけ収まった。
「テムさん、ビームサーベルから主砲系統へ電力が流れています」
『電力ではない。少なくとも通常のエネルギー経路では説明できん』
「止めますか」
『止めれば、サテライトキャノンの収束が崩れる』
テムさんが短く息を呑む音がした。
『出力を増やしているのではない。散り始めた光を、一本へ縫い直している』
サブモニターに新しい波形が浮かぶ。
月面マイクロウェーブ。
ソーラ・システムから送られた変換エネルギー。
そして、νガンダムのビームサーベルから発生している、分類できない青白い反応。
三つの波形が重なり、崩れかけていた砲撃の収束率を押し上げていく。
「ランガ、剣の光が白い方へ混ざってる。ほどける場所を、一つずつ繋いでる」
「誰かが握ってるみたいに?」
「ううん。握らせようとはしてない」
ドゥーは少し間を置いてから続けた。
「ランガの手が離れないように、下から支えてる感じがする」
俺は発射レバーを握った指を見た。
白い光の中に、昔の戦場が一瞬だけ重なった。
巨大な兵器。燃える空。正しさを掲げたまま、人を数へ変えていった命令。守ると言いながら、帰る場所ごと焼いた者たち。
νガンダムのサーベルから届く光は、勝てと言わなかった。
敵を消せとも、前へ出ろとも言わない。
ただ、同じ場所へ戻るなと、言葉にならない形で背中を支えている。
「聞こえてる」
「誰がいるの?」
「分からない。でも、命令じゃない」
俺は主砲制御画面を開き、ビームサーベルの未知反応を収束補助系統へ接続した。
安全装置が一斉に警告を返す。
異なる兵装間の接続。規格外の波形。予測不能の過負荷。
全部正しい警告だ。
だからこそ、判断を機械へ渡さない。
「ビームサーベルの反応を、主砲出力へは入れるな。照射光の外周制御だけに回す」
『そんな調整を戦闘中に行うつもりか』
「出力で勝てないなら、散らさなければいい」
『言うだけなら簡単だ』
「やるのは俺です」
俺は照準補正をさらに手動へ寄せた。
サテライトキャノンの白い光へ、青白い縁が生まれる。
散ろうとしていたエネルギーが中心へ戻り、細く、鋭く、一本の柱へ締め直されていく。
境界線の後退が止まった。
『ランガ、押し戻された位置で均衡している』
ガトーの声が入る。
『照準を動かすな。その一点を保てば、向こうの攻撃は地球へ届かん』
「押し返さなくていいんですね」
『力比べに勝つ必要はない』
ラルさんの声が、砲撃の振動を越えて届いた。
『向こうの光を、誰にも届かせなければよい。それが君の選んだ勝利だろう』
俺はレバーを握る手へ力を込めた。
「そうでした。俺たちは、あれを奪うために撃ったんじゃない」
赤と白の境界が激しく震える。
イオマグヌッソのビームは、まだ巨大だった。
サテライトキャノンだけでは相殺できない出力だったはずだ。それでも、νガンダムのサーベルが整えた青白い縁が、白い光を最後まで一本のまま保っている。
赤が白を削る。
白も赤を削り返す。
境界から剥がれた光の粒が、燃える雪のように宇宙へ散った。音のない世界で、それらはゆっくり回転し、地球の青を一瞬だけ隠しては消えていく。
「消せなくても、止められる」
砲身の温度が限界を越える。
サテライトキャノンの外装が赤熱し、リフレクターの一部が光の中で歪み始めた。
「俺たちが帰る空へ、一歩も通すな!」
照射軸を固定する。
脚部スラスターが限界まで噴き、ガンダムXの全身が震える。肩部フレームから装甲片が剥がれ、白い光の中へ吸い込まれた。
補助席のハーネスが軋む。
「ドゥー、切ってもいい!」
「切らない。今は私も、ここにいるって決めてる!」
「なら、最後まで付き合ってくれ!」
「最初から、そのつもり!」
彼女の声と同時に、νガンダムのビームサーベルが一際強く輝いた。
青白い光が主砲の収束系へ流れ込む。
白い砲撃の輪郭が細く締まり、赤いビームとの境界が一点へ圧縮される。
押し返したわけではない。
互いの光が、互いを食べ尽くしている。
『敵ビーム出力、低下を確認』
『サテライトキャノン側も出力低下。照射維持可能時間、残り三秒』
三秒。
昔の俺なら、その三秒で敵を貫こうとした。
今は、光が消えるまで手を離さないために使う。
「二秒」
ドゥーが数える。
赤い光の太さが半分へ減る。
白い光も細くなり、青白い縁だけが最後まで輪郭を保っている。
「一秒」
遠くに地球の大気が戻ってくる。
白と赤に染められていた不自然な夜明けが薄れ、海の青が光の向こうからゆっくり姿を現した。
「消える」
ドゥーの声と同時に、二つのビームが互いを食い尽くした。
光は爆発しなかった。
巨大な音も、勝利を告げる閃光もない。
白と赤の境界が細い糸になり、その糸が中央から静かに切れた。
宇宙へ、暗闇が戻ってきた。
星々が一つずつ姿を現す。
蒼い地球は傷つかず、雲をまとったまま静かに回っていた。
俺は発射レバーから手を離した。
右腕の感覚がすぐには戻らない。
サテライトキャノンの砲身から白い冷却剤が噴き出し、過熱したガンダムXの周囲へ雨上がりの霧みたいに広がった。
『イオマグヌッソ主砲、出力消失』
『地球圏への被害反応、確認されません』
艦橋の報告が続く。
歓声が通信の奥から聞こえた。
けれど、俺は正面から目を離さなかった。
イオマグヌッソの外殻には、二つの光がぶつかった余波で大きな亀裂が走っていた。環状施設の一部が暗く沈み、裂け目の奥から赤い非常灯が点滅している。
そのさらに奥で、何かがこちらを呼んだ。
音ではない。
胸の奥を軽く叩かれるような感覚。
何度も跳ね返りながら、それでも真っすぐこちらへ届こうとする強い気配。
「ドゥー、今のは」
「聞こえた。ランガが探してる人に似てる」
マチュ。
名前を口にするより先に、操縦桿を握り直していた。
『ランガ、サテライトキャノンは使用不能だ。砲身の冷却を待て』
「待ちません」
『機体の損傷率を見ろ。背部装備を抱えたままの突入は危険だ』
テムさんの声に、俺は損傷表示を確認した。
右肩部過熱。
リフレクター二枚破損。
サテライトキャノン再使用不能。
左脚部スラスター出力低下。
それでも、ビームサーベルは使える。
「撃ち合いは終わりです。次は中へ行く」
『敵の迎撃部隊が亀裂へ集結している』
ガトーが状況を告げる。
「なら、通れる道を一つだけ残してください」
『相変わらず簡単に言う』
『だが、若い者を送り込むのが我々の役目だ』
ラルさんのグフが、イオマグヌッソの亀裂へ向かって機体を反転させた。
『ランガ、帰還路はこちらで維持する。君は目的を忘れるな』
「マチュを見つけます。イオマグヌッソの発射機構も止める」
『順番はどうする』
ガトーの問いに、俺は一瞬だけ息を置いた。
「人を先に助けます。兵器は、その後で止める」
『それでよい。ならば進め』
サテライトキャノンの砲身を収納する。
動作の途中で固定機構が引っかかり、背部装備から金属の悲鳴が上がった。俺は完全収納を諦め、砲身を移動に支障が出ない角度で固定する。
代わりに右手へビームサーベルを展開した。
装備ラックに残るνガンダムのサーベルは、役目を終えたように淡い光へ戻っている。その光が消える前に、俺は一度だけ視線を向けた。
「ありがとうとは言わない。まだ終わってないからな」
青白い刃が、僅かに揺れた気がした。
ガンダムXの推進器を開く。
前方ではラルさんのグフがヒート・ロッドで迎撃機を外壁へ叩きつけ、ガトーのリック・ドムが亀裂周辺の観測ノードを一撃ずつ沈黙させていた。
二つの青が、再び道の左右へ立つ。
その中央を、俺は真っすぐ進んだ。
「ドゥー、戻る道は聞こえるか」
「聞こえる。後ろにラル大尉とガトーさんがいる。前には、マチュに似た音がある」
「なら、迷わない」
過熱した機体から白い冷却剤が流れ、ガンダムXの後ろへ細い霧の尾を引いた。
光の激突が消えた宇宙で、その軌跡だけがイオマグヌッソへ伸びている。
「撃ち合いは終わりだ」
赤い非常灯が漏れる亀裂を照準中央へ入れる。
「次は俺が、イオマグヌッソの中へ行く!」
ガンダムXは星の戻った暗闇を蹴り、巨大施設の裂け目へ向かって一気に加速した。