機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
# 本編
## 次元の向こうから来たガンダム
キケロガが切り開いた緑の道を、ガンダムXは白い冷却霧を引きながら真っすぐ進んでいた。
背後ではギャン部隊が再び陣形を組み直そうとしていたが、そのたびに緑色のオールレンジ攻撃が《ハクジ》の進路だけを正確に押さえ込んでいる。キケロガは一機で戦場全体を見渡しながら、俺が通るべき細い一本だけを残していた。
『ランガ・ロード君、外縁はこちらで引き受ける。君は前方の反応だけを追いたまえ』
「助かります、シャリア中佐。ですが、あの中にいるのは本当にマチュなんですか」
『少なくとも、彼女の感応はあの施設内部へ向かっている。彼女自身がそこにいるのか、それとも何かへ引かれているのかまでは、私にも断言できない』
シャリアの声には妙な静けさがあった。
知らないことを知っているふりはせず、それでも必要な道だけは示してくる。その言葉の置き方は、ラルさんともガトーとも違っていた。
「マチュの音、さっきより近いけど、何度も壁にぶつかって戻ってくる」
補助席のドゥーが、目を閉じたまま小さく呟いた。
「声そのものは聞こえるのか」
「言葉にはなってない。でも、前へ行こうとしてる。ランガと同じで、止められても同じ場所に戻ってくる音がする」
「それは、かなりマチュらしいな」
口元が僅かに緩んだ直後、イオマグヌッソ外殻の赤い非常灯が一斉に明滅した。
『自律防衛機構の再起動を確認。外殻砲台、進入機へ照準を固定しています』
シャリアの警告と同時に、亀裂の縁から無数の砲口がせり出した。
赤い光点がガンダムXの装甲へまとわりつき、その数だけ予測射線がコックピットへ流れ込んでくる。サテライトキャノンの砲身は冷却不良を起こし、左脚部推進器も完全な出力を出せない。正面から火力を比べる余地は、もう残っていなかった。
「HADES、索敵補助だけ起動する。撃墜線も自動回避も要らない」
赤い表示が視界の端へ広がり、砲台ごとの発射順序を細い数字へ変えていく。
最初は右上。
続いて左下。
その二射を避けた先へ、中央砲台が追撃を重ねる。
「右上から二秒後、左下が半拍遅れて来る。ドゥー、亀裂の内側に人の反応はあるか」
「外壁の近くにはいない。斬っていい場所は、砲台と赤い眼だけ」
「了解。だったら、道を刻む」
右上の砲口が光った瞬間、俺は左脚の出力を絞り、背部装備の重さだけで機体を横へ滑らせた。
赤いビームがガンダムXの肩先を掠め、冷却霧を真っ二つに裂く。続く左下の砲撃へ機体を沈ませ、反動で浮いたところへ中央砲台が照準を重ねてきた。
「読めてるぞ」
ビームサーベルを振り下ろす。
中央砲台の砲身だけが根元から落ち、赤熱した金属片が外殻を滑っていった。そのままガンダムXの肩を壁面へ寄せ、右側に並ぶ観測端末を一閃で切り払う。
赤い眼が連続して消える。
「ランガ、左から小さいのが来る」
外殻の隙間から、自律迎撃端末が群れになって飛び出した。
人が乗る大きさではない。尖った先端と簡易推進器だけを持つ機体が、蜂の群れみたいにガンダムXへ殺到してくる。
「シャリア中佐、後方の迎撃を頼めますか」
『もちろんだが、君はずいぶん自然に人を使うようになったね』
「一人で全部やろうとすると、帰れなくなると教わりました」
『それは良い学習だ。では、後ろは見なくていい』
キケロガから放たれた緑の光が、俺の背後を通り過ぎた。
複数方向から伸びた射線が、自律迎撃端末の推進器だけを正確に撃ち抜く。勢いを失った機体群が宇宙へ散り、その隙間を俺は一度も振り返らずに抜けた。
正面の亀裂が、もうモニターいっぱいに広がっている。
裂け目の縁では装甲板が内側へ捲れ、赤い非常灯が剥き出しの骨みたいなフレームを照らしていた。イオマグヌッソの内部は暗く、そこだけが巨大な怪獣の口腔みたいに見える。
「あと少しだ、マチュ」
操縦桿を前へ倒した瞬間、胸の奥を押していた気配が急に変わった。
マチュの響きではない。
白い部屋で聞いた感応とも、シロッコの冷たい視線とも、バスクの押し潰す声とも違う。どこか遠くで空そのものが割れ、その亀裂が自分の体内まで繋がったような感覚だった。
視界の中央で、星空が歪む。
「ドゥー、今のは何だ」
「分からない。マチュの音じゃない。でも、すごく遠いところから、無理やり押し出されてくる」
『ランガ・ロード君、速度を落としたまえ』
シャリアの声が鋭さを増した。
『あれはイオマグヌッソ内部から発生している反応ではない。施設の周囲へ、別の空間が重なろうとしている』
「別の空間……」
言葉にした途端、昔の感覚が喉の奥へ蘇った。
死んだ後、世界の境目を越えた時に感じた引力。
上下も距離も失われ、知らない歴史へ体だけを投げ込まれた、あの冷たい浮遊感。
「この感覚を知っている。世界の境目が無理やり開く時の気配だ」
『君は以前にも、次元を越えたと言っていたね』
「俺がここへ来た時と似ています。ただ、あの時よりずっと大きい」
イオマグヌッソの外殻と星空の間に、細い紫色の線が走った。
最初は傷のように小さかった裂け目が、内側から押し広げられていく。白と紫の光が滲み、周囲の星々が水面へ映った像のように波打った。
ガンダムXの計器が一斉に誤差を吐き出す。
距離不明。
速度不明。
質量反応、測定不能。
「HADES、照準を切れ。あれへ自動判定を出すな」
赤い敵性表示が消える前に、俺はシールドを前へ出した。
ビームサーベルは下げない。
けれど、切っ先を相手へ向けるほどの答えもまだなかった。
「ランガ、向こうから敵意は聞こえない」
「救難信号はあるか」
「それもない。ただ、何かを探してる音がする」
「何を探してる」
「たぶん、自分がどこにいるのか」
紫の裂け目が大きく開いた。
その向こうには、こちらとは違う星空があった。色も距離感もおかしく、遠近の区別が消えている。その歪んだ光の奥から、巨大な人型の影が押し出されてきた。
最初に見えたのは腕だった。
焼けた装甲が剥がれ、関節から細い火花が漏れている。続いて肩、胸部、頭部が裂け目を越え、最後に脚部がこちらの宇宙へ投げ出された。
機体は姿勢を保てず、緩やかに回転していた。
既存の連邦系統にも、ジオン系統にも完全には一致しない構造だった。けれど、どこかで見た技術の癖が混じっている。人間の動きを模した関節配置、胸部の重心、頭部へ集められた観測機構。
「ランガ、あの中に一人だけじゃない」
ドゥーの声が低くなった。
「操縦してる人の音の後ろに、いくつか重なってる。声なのか、記憶なのか分からない」
「次元を越えた時に、何かを連れてきたのか」
機体がゆっくり姿勢を立て直す。
右脚の推進器が短く噴き、回転が止まった。
頭部が持ち上がり、周囲に展開するギャンでも、後方のキケロガでもなく、真っすぐガンダムXへ向けられる。
暗かった顔に、二つの眼が灯った。
白い装甲。
額から伸びる鋭い角。
人間の瞳を模した、左右二つの光。
見たことのない機体だった。
それなのに、名称より先に、体の奥が答えを知っていた。
モビルスーツの歴史が変わっても、設計思想が違っても、傷だらけの姿になっても、あの顔だけは同じ場所へ繋がっている。
相手の右手が動いた。
こちらも反射的にビームサーベルを構える。
二機の間には、イオマグヌッソの赤い亀裂と、まだ閉じきらない紫の次元の裂け目だけが残った。
周囲の砲火が、一瞬だけ遠ざかったように感じられた。
「白い装甲に、二つの眼。それに、額の角……」
俺は操縦桿を握ったまま、正面の機体を見つめた。
「あれは、ガンダムだ」