機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第114話

 次元の裂け目から現れたガンダムは、こちらへ刃を向けないまま、イオマグヌッソの赤い亀裂を見つめていた。

 

 白い装甲は焼け焦げ、肩から腰へ走る輪郭には、俺の知る連邦系モビルスーツとは異なる継ぎ目が刻まれている。それでも、額の角と二つの眼が作る顔だけは、戦場を越えて受け継がれてきた名前を隠そうともしなかった。

 

 ガンダムXの警戒表示は、目の前の機体を敵性とも友軍とも判定できず、赤と青の枠を交互に明滅させている。

 

「シャリア中佐、あの機体から通信は届いていますか」

 

『通常回線には何もない。呼び掛けにも応じないが、完全な無人機とも思えない』

 

 キケロガは後方へ残り、ギャン部隊とイオマグヌッソの自律迎撃機を同時に牽制している。緑色の光が遠くを縫うたび、再形成されかけた包囲が静かに崩れていった。

 

「ドゥー、中にいる誰かの声は聞こえるか」

 

「一人の音に、いくつも重なってる。話してるんじゃなくて、昔の声が同じ場所へ残ってるみたい」

 

「敵意は、まだないんだな」

 

「今はないけど、何かを見つけようとしてる。あの赤い亀裂の奥を、ずっと探してる」

 

 目的が分からない以上、こちらから斬り掛かるわけにはいかない。

 

 イオマグヌッソを守ろうとしているのか、それとも中枢へ到達しようとしているのか、あるいはこの場所へ出たこと自体が偶然なのかも分からない。世界を越えた直後の人間へ、所属も事情も聞かず銃口を向けるほど、俺は自分の経験を忘れてはいなかった。

 

 俺がこの世界へ落ちた時、最初に欲しかったものは敵味方の識別ではなかった。

 

 ここがどこなのかを告げる声と、まだ帰れる場所があると信じさせてくれる誰かの手だった。

 

「まずは話を――」

 

 言い終えるより早く、イオマグヌッソの亀裂から赤い推進光が飛び出した。

 

 細い光の尾が激しく揺れ、裂けた外殻の間を縫うように加速する。その機体は次元のガンダムへ一直線に迫り、迷いのない軌道でビームの刃を振り抜いた。

 

 白いガンダムが半身だけを後ろへ引く。

 

 二本の光刃が宇宙で噛み合い、青白い火花が紫色の裂け目へ雨のように散った。

 

「ジークアクス……!」

 

 機体識別表示が出るより先に、俺の口から名前が漏れていた。

 

 頭部を低くして懐へ潜り込み、弾かれた反動を旋回へ変えながら、次の斬撃を敵の死角へ滑り込ませる。直線の速さだけではなく、自分の勢いすら振り回すような危うい機動には、見間違える余地がなかった。

 

 あの動きをする人間を、俺は一人しか知らない。

 

「マチュ……!」

 

 呼び掛けても、通信は繋がらない。

 

 ジークアクスは白いガンダムの肩を狙って刃を振り下ろすが、相手は手首を返すだけの小さな動作で受け流した。その直後、空いていた左腕がジークアクスの頭部へ伸びる。

 

 殴る動きではない。

 

 何かを掴もうとしている。

 

「ランガ、あのガンダムはマチュを壊そうとしてない」

 

「だったら、どうして頭を狙ってる」

 

「分からないけど、機体の中に触ろうとしてる音がする」

 

 白いガンダムの指先がジークアクスへ届く寸前、マチュは全身の推進器を噴かして距離を外した。

 

 けれど、その回避方向まで読まれていた。

 

 白い機体は先に次元裂け目側へ回り込み、ビームサーベルを横薙ぎに振るう。ジークアクスがシールドで受けた瞬間、二機の間から弾けた光が赤い外殻を照らした。

 

 マチュの機体が紫の裂け目へ押し戻される。

 

『待ちたまえ、ランガ・ロード君。あのガンダムは、まだ誰を敵と見なしているかさえ分からない』

 

 シャリアの制止が通信へ響いた。

 

「分かっています。敵だとは決めていません」

 

『ならば、感情だけで飛び込むべきではない』

 

「そうですね。でも、あそこにいる機体だけは、誰が乗っているか知っています」

 

 右脚部スラスターへ出力を集中する。

 

 左脚部は損傷表示を出し続け、背部のサテライトキャノンも冷却不足のまま機体を重くしている。まともな加速が一度しか残っていなくても、その一度を使う場所はもう決まっていた。

 

「ドゥー、衝撃が来る。ハーネスを締め直してくれ」

 

「もう締めた。ランガが名前を呼んだ時から、行くと思ってた」

 

「俺より判断が早くなってないか」

 

「待ってるだけの席には戻りたくないから」

 

 補助席から金具を引く音が聞こえた。

 

 以前なら、彼女へ残れと言っていただろう。危険から遠ざけることが守ることだと信じ、本人が選んだ場所さえ奪っていたかもしれない。

 

 今は、彼女が自分で締めたハーネスの音を背中で受け取る。

 

「なら、一緒に行こう。今度は誰も置いていかない」

 

「うん、マチュのところまで一緒に行く」

 

 操縦桿を限界まで押し込んだ。

 

 ガンダムXの右脚部と腰部スラスターが同時に噴き、白い冷却霧が後方へ吹き飛ぶ。損傷した機体は真っすぐ進もうとして左右へ揺れたが、俺は背部装備の重心を使って軌道を一本へ絞った。

 

 白いガンダムの刃が、ジークアクスへ迫る。

 

 間に合わないという表示を、HADESが何度も点滅させる。

 

「計算が遅い。俺はもう、そこへ行くと決めている!」

 

 ジークアクスと白いガンダムの間へ、ガンダムXを滑り込ませた。

 

 シールドを斜めに構えた直後、敵のビームサーベルが表面へ食い込む。正面から受け止めれば損傷した左腕ごと持っていかれるため、機体を半回転させて斬撃の力をイオマグヌッソ外壁側へ逃がした。

 

 光刃が盾の表面を走り、青白い火花がコックピットの前を横切る。

 

 背後にいるジークアクスの装甲へ、光の粒が雨のように降り注いだ。

 

「マチュ、聞こえるか!」

 

 開放回線へ声を叩き込む。

 

 雑音しか返らない数秒が、戦闘より長く感じられた。

 

 俺は右手のビームサーベルを振り上げ、白いガンダムの腕部へ刃を滑らせる。切断は狙わず、相手の武器を外へ押し退けるだけの軌道を選んだ。

 

 敵機は俺の刃を避けながら後退し、初めてガンダムXへ二つの眼を向けた。

 

 その視線の向こうに何がいるのか、まだ分からない。

 

 けれど、今は背後から届いた細い雑音の方が、宇宙のすべてより大きかった。

 

『……ガ……聞こえ……ランガ?』

 

「聞こえてる。俺だ、マチュ!」

 

 回線が繋がり、サブモニターへジークアクスのコックピット映像が開いた。

 

 そこにいたマチュは、俺が記憶していた姿より少しだけ髪が乱れ、頬には薄い傷が走っていた。大きく開かれた目が何度も瞬き、確かめるように画面へ顔を近づけてくる。

 

『ランガ……本当に、ランガなの?』

 

「偽物に見えるなら、もう少し格好よく登場したかったんだけどな」

 

『だって、あんた、ずっと来なくて……通信だけ送ってきて、それで……』

 

 マチュは言葉の途中で口を閉じ、袖口で目元を乱暴に擦った。

 

 それから一度だけ鼻を啜り、今度は画面のこちらへ噛みつくような顔を向けてくる。

 

『遅いよ! 何回待たせるつもりだったの!』

 

 その声を聞いた途端、操縦桿を握り締めていた指が僅かに緩んだ。

 

 怒鳴られているのに、胸の奥へ積もっていた冷たいものが、薄い氷みたいに崩れていく。地球の青が二機の装甲へ反射し、赤と紫に染められていた戦場へ、帰る場所の色を戻していた。

 

「悪かった。道に迷ったうえに、途中で大砲まで撃ってた」

 

『知ってるよ! あんなの見たら、心臓が止まるかと思った!』

 

「止まってなくてよかった。俺も、ちゃんと生きて帰った」

 

 用意していた言葉は、もっと気の利いたものだった気がする。

 

 それでも、今の俺の口から出たのは、彼女へ送った通信と同じ言葉だけだった。

 

「通信じゃなく、今度は直接言いに来た。俺は生きて、君のところへ帰ってきた」

 

 マチュの唇が小さく震えた。

 

 彼女は返事の代わりに顔を横へ向け、数秒だけ画面から目を逸らした。肩が一度だけ上下し、次にこちらへ戻った時には、いつものように強く持ち上げた口元があった。

 

『だったら、戦いが終わってから顔を見て、もう一回言って』

 

「一回じゃ足りないのか」

 

『足りないから待ってたんでしょ!』

 

「それもそうだな。だったら、何度でも言うよ」

 

 マチュが目を細め、コックピットの中で操縦桿を握り直した。

 

 正体不明のガンダムは、俺たちが話している間も攻撃を仕掛けず、白い装甲を紫の裂け目へ浮かべている。ただし、視線だけはジークアクスの頭部から外れていなかった。

 

『ランガ、あいつをイオマグヌッソへ近づけちゃ駄目。何をするつもりなのか、全然分からない』

 

「俺たちを殺す動きじゃないが、ジークアクスへ触れようとしている」

 

『私の機体に、何かあるってこと?』

 

「今のところは分からない。ただ、確かめるなら斬り壊す前に止めたい」

 

『相変わらず、面倒な方を選ぶんだね』

 

「それを君に言われるとは思わなかった」

 

 マチュの眉が上がり、次の瞬間には小さな笑い声が回線へ弾けた。

 

 戦場の真ん中で聞くには似合わないくらい軽い声だった。けれど、その笑いがジークアクスの推進音へ重なると、孤立していた二機の軌道が初めて同じ方向へ揃った。

 

 白いガンダムがビームサーベルを構え直す。

 

 殺気はないまま、次に進むためには俺たちを退かせると、その姿勢だけで告げていた。

 

「マチュ、俺が正面で刃を受ける。君は側面から腕の動きを止めてくれ」

 

『嫌だよ。ランガがまた一人で盾になる作戦じゃん』

 

「今回は、受けた後に君が戻ってくると分かってる」

 

『そういう言い方、ずるいんだけど』

 

「だったら、別の案を頼む」

 

 マチュは一度だけ白いガンダムを見つめ、ジークアクスの脚部スラスターを小さく噴かした。

 

『私が前へ出て、あいつの視線を取る。ランガは半歩後ろから反撃を潰して』

 

「前へ出すぎるなよ。次元裂け目へ押し込まれたら追えない」

 

『分かってる。でもランガこそ、私を庇って機体を止めたら許さないから』

 

「注文が多いな。けど、その方が君らしい」

 

『その台詞、そっくり返すからね』

 

 ジークアクスがガンダムXの横へ並ぶ。

 

 損傷して白い霧を引く俺の機体と、赤い残光をまとったマチュの機体が、肩を揃えて同じ敵へ向き直った。

 

 以前の俺なら、彼女を後ろへ隠しただろう。

 

 守るという言葉を盾にして、彼女が自分で選んだ空まで狭くしていたかもしれない。けれど、今のマチュは俺の背後ではなく、同じ高さで操縦桿を握っている。

 

 だから、こちらも彼女を見張るのではなく、託された半歩を守ればいい。

 

「ドゥー、相手の感応に変化はあるか」

 

「二人が並んだら、向こうの音が少し大きくなった。ジークアクスだけじゃなく、ガンダムXも見てる」

 

「ますます目的が分からないな」

 

『目的なら、動きを止めてから聞けばいいよ』

 

 マチュがジークアクスの機首を僅かに下げた。

 

『話はあとにしよう、ランガ。今は一緒に、あいつを止める!』

 

「了解した。今度は君を一人で行かせない」

 

 白いガンダムの二つの眼が鋭く光る。

 

 紫色の次元裂け目が背後で大きく脈打ち、イオマグヌッソの赤い非常灯が、始まる戦いの秒読みみたいに明滅した。

 

 ジークアクスが先に加速する。

 

 マチュは直線で近づくと見せながら、敵の射程へ入る直前で機体を鋭く横へ振った。白いガンダムの頭部が彼女を追い、右腕の光刃が迎撃の角度へ持ち上がる。

 

「今度は、俺が見えてないな」

 

 その半歩後ろから、ガンダムXを加速させる。

 

 俺は敵の腕が動く線へビームサーベルを差し込み、マチュへ向かう反撃だけを外側へ弾いた。火花が二機の間へ咲き、その向こうでジークアクスがさらに深く敵の懐へ潜り込む。

 

『行くよ、ランガ!』

 

「合わせるぞ、マチュ!」

 

 二つの推進光が宇宙で交わり、紫の裂け目を背負うガンダムへ向かって、同時に駆け出した。

 

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