機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
次元の裂け目から現れたガンダムは、こちらへ刃を向けないまま、イオマグヌッソの赤い亀裂を見つめていた。
白い装甲は焼け焦げ、肩から腰へ走る輪郭には、俺の知る連邦系モビルスーツとは異なる継ぎ目が刻まれている。それでも、額の角と二つの眼が作る顔だけは、戦場を越えて受け継がれてきた名前を隠そうともしなかった。
ガンダムXの警戒表示は、目の前の機体を敵性とも友軍とも判定できず、赤と青の枠を交互に明滅させている。
「シャリア中佐、あの機体から通信は届いていますか」
『通常回線には何もない。呼び掛けにも応じないが、完全な無人機とも思えない』
キケロガは後方へ残り、ギャン部隊とイオマグヌッソの自律迎撃機を同時に牽制している。緑色の光が遠くを縫うたび、再形成されかけた包囲が静かに崩れていった。
「ドゥー、中にいる誰かの声は聞こえるか」
「一人の音に、いくつも重なってる。話してるんじゃなくて、昔の声が同じ場所へ残ってるみたい」
「敵意は、まだないんだな」
「今はないけど、何かを見つけようとしてる。あの赤い亀裂の奥を、ずっと探してる」
目的が分からない以上、こちらから斬り掛かるわけにはいかない。
イオマグヌッソを守ろうとしているのか、それとも中枢へ到達しようとしているのか、あるいはこの場所へ出たこと自体が偶然なのかも分からない。世界を越えた直後の人間へ、所属も事情も聞かず銃口を向けるほど、俺は自分の経験を忘れてはいなかった。
俺がこの世界へ落ちた時、最初に欲しかったものは敵味方の識別ではなかった。
ここがどこなのかを告げる声と、まだ帰れる場所があると信じさせてくれる誰かの手だった。
「まずは話を――」
言い終えるより早く、イオマグヌッソの亀裂から赤い推進光が飛び出した。
細い光の尾が激しく揺れ、裂けた外殻の間を縫うように加速する。その機体は次元のガンダムへ一直線に迫り、迷いのない軌道でビームの刃を振り抜いた。
白いガンダムが半身だけを後ろへ引く。
二本の光刃が宇宙で噛み合い、青白い火花が紫色の裂け目へ雨のように散った。
「ジークアクス……!」
機体識別表示が出るより先に、俺の口から名前が漏れていた。
頭部を低くして懐へ潜り込み、弾かれた反動を旋回へ変えながら、次の斬撃を敵の死角へ滑り込ませる。直線の速さだけではなく、自分の勢いすら振り回すような危うい機動には、見間違える余地がなかった。
あの動きをする人間を、俺は一人しか知らない。
「マチュ……!」
呼び掛けても、通信は繋がらない。
ジークアクスは白いガンダムの肩を狙って刃を振り下ろすが、相手は手首を返すだけの小さな動作で受け流した。その直後、空いていた左腕がジークアクスの頭部へ伸びる。
殴る動きではない。
何かを掴もうとしている。
「ランガ、あのガンダムはマチュを壊そうとしてない」
「だったら、どうして頭を狙ってる」
「分からないけど、機体の中に触ろうとしてる音がする」
白いガンダムの指先がジークアクスへ届く寸前、マチュは全身の推進器を噴かして距離を外した。
けれど、その回避方向まで読まれていた。
白い機体は先に次元裂け目側へ回り込み、ビームサーベルを横薙ぎに振るう。ジークアクスがシールドで受けた瞬間、二機の間から弾けた光が赤い外殻を照らした。
マチュの機体が紫の裂け目へ押し戻される。
『待ちたまえ、ランガ・ロード君。あのガンダムは、まだ誰を敵と見なしているかさえ分からない』
シャリアの制止が通信へ響いた。
「分かっています。敵だとは決めていません」
『ならば、感情だけで飛び込むべきではない』
「そうですね。でも、あそこにいる機体だけは、誰が乗っているか知っています」
右脚部スラスターへ出力を集中する。
左脚部は損傷表示を出し続け、背部のサテライトキャノンも冷却不足のまま機体を重くしている。まともな加速が一度しか残っていなくても、その一度を使う場所はもう決まっていた。
「ドゥー、衝撃が来る。ハーネスを締め直してくれ」
「もう締めた。ランガが名前を呼んだ時から、行くと思ってた」
「俺より判断が早くなってないか」
「待ってるだけの席には戻りたくないから」
補助席から金具を引く音が聞こえた。
以前なら、彼女へ残れと言っていただろう。危険から遠ざけることが守ることだと信じ、本人が選んだ場所さえ奪っていたかもしれない。
今は、彼女が自分で締めたハーネスの音を背中で受け取る。
「なら、一緒に行こう。今度は誰も置いていかない」
「うん、マチュのところまで一緒に行く」
操縦桿を限界まで押し込んだ。
ガンダムXの右脚部と腰部スラスターが同時に噴き、白い冷却霧が後方へ吹き飛ぶ。損傷した機体は真っすぐ進もうとして左右へ揺れたが、俺は背部装備の重心を使って軌道を一本へ絞った。
白いガンダムの刃が、ジークアクスへ迫る。
間に合わないという表示を、HADESが何度も点滅させる。
「計算が遅い。俺はもう、そこへ行くと決めている!」
ジークアクスと白いガンダムの間へ、ガンダムXを滑り込ませた。
シールドを斜めに構えた直後、敵のビームサーベルが表面へ食い込む。正面から受け止めれば損傷した左腕ごと持っていかれるため、機体を半回転させて斬撃の力をイオマグヌッソ外壁側へ逃がした。
光刃が盾の表面を走り、青白い火花がコックピットの前を横切る。
背後にいるジークアクスの装甲へ、光の粒が雨のように降り注いだ。
「マチュ、聞こえるか!」
開放回線へ声を叩き込む。
雑音しか返らない数秒が、戦闘より長く感じられた。
俺は右手のビームサーベルを振り上げ、白いガンダムの腕部へ刃を滑らせる。切断は狙わず、相手の武器を外へ押し退けるだけの軌道を選んだ。
敵機は俺の刃を避けながら後退し、初めてガンダムXへ二つの眼を向けた。
その視線の向こうに何がいるのか、まだ分からない。
けれど、今は背後から届いた細い雑音の方が、宇宙のすべてより大きかった。
『……ガ……聞こえ……ランガ?』
「聞こえてる。俺だ、マチュ!」
回線が繋がり、サブモニターへジークアクスのコックピット映像が開いた。
そこにいたマチュは、俺が記憶していた姿より少しだけ髪が乱れ、頬には薄い傷が走っていた。大きく開かれた目が何度も瞬き、確かめるように画面へ顔を近づけてくる。
『ランガ……本当に、ランガなの?』
「偽物に見えるなら、もう少し格好よく登場したかったんだけどな」
『だって、あんた、ずっと来なくて……通信だけ送ってきて、それで……』
マチュは言葉の途中で口を閉じ、袖口で目元を乱暴に擦った。
それから一度だけ鼻を啜り、今度は画面のこちらへ噛みつくような顔を向けてくる。
『遅いよ! 何回待たせるつもりだったの!』
その声を聞いた途端、操縦桿を握り締めていた指が僅かに緩んだ。
怒鳴られているのに、胸の奥へ積もっていた冷たいものが、薄い氷みたいに崩れていく。地球の青が二機の装甲へ反射し、赤と紫に染められていた戦場へ、帰る場所の色を戻していた。
「悪かった。道に迷ったうえに、途中で大砲まで撃ってた」
『知ってるよ! あんなの見たら、心臓が止まるかと思った!』
「止まってなくてよかった。俺も、ちゃんと生きて帰った」
用意していた言葉は、もっと気の利いたものだった気がする。
それでも、今の俺の口から出たのは、彼女へ送った通信と同じ言葉だけだった。
「通信じゃなく、今度は直接言いに来た。俺は生きて、君のところへ帰ってきた」
マチュの唇が小さく震えた。
彼女は返事の代わりに顔を横へ向け、数秒だけ画面から目を逸らした。肩が一度だけ上下し、次にこちらへ戻った時には、いつものように強く持ち上げた口元があった。
『だったら、戦いが終わってから顔を見て、もう一回言って』
「一回じゃ足りないのか」
『足りないから待ってたんでしょ!』
「それもそうだな。だったら、何度でも言うよ」
マチュが目を細め、コックピットの中で操縦桿を握り直した。
正体不明のガンダムは、俺たちが話している間も攻撃を仕掛けず、白い装甲を紫の裂け目へ浮かべている。ただし、視線だけはジークアクスの頭部から外れていなかった。
『ランガ、あいつをイオマグヌッソへ近づけちゃ駄目。何をするつもりなのか、全然分からない』
「俺たちを殺す動きじゃないが、ジークアクスへ触れようとしている」
『私の機体に、何かあるってこと?』
「今のところは分からない。ただ、確かめるなら斬り壊す前に止めたい」
『相変わらず、面倒な方を選ぶんだね』
「それを君に言われるとは思わなかった」
マチュの眉が上がり、次の瞬間には小さな笑い声が回線へ弾けた。
戦場の真ん中で聞くには似合わないくらい軽い声だった。けれど、その笑いがジークアクスの推進音へ重なると、孤立していた二機の軌道が初めて同じ方向へ揃った。
白いガンダムがビームサーベルを構え直す。
殺気はないまま、次に進むためには俺たちを退かせると、その姿勢だけで告げていた。
「マチュ、俺が正面で刃を受ける。君は側面から腕の動きを止めてくれ」
『嫌だよ。ランガがまた一人で盾になる作戦じゃん』
「今回は、受けた後に君が戻ってくると分かってる」
『そういう言い方、ずるいんだけど』
「だったら、別の案を頼む」
マチュは一度だけ白いガンダムを見つめ、ジークアクスの脚部スラスターを小さく噴かした。
『私が前へ出て、あいつの視線を取る。ランガは半歩後ろから反撃を潰して』
「前へ出すぎるなよ。次元裂け目へ押し込まれたら追えない」
『分かってる。でもランガこそ、私を庇って機体を止めたら許さないから』
「注文が多いな。けど、その方が君らしい」
『その台詞、そっくり返すからね』
ジークアクスがガンダムXの横へ並ぶ。
損傷して白い霧を引く俺の機体と、赤い残光をまとったマチュの機体が、肩を揃えて同じ敵へ向き直った。
以前の俺なら、彼女を後ろへ隠しただろう。
守るという言葉を盾にして、彼女が自分で選んだ空まで狭くしていたかもしれない。けれど、今のマチュは俺の背後ではなく、同じ高さで操縦桿を握っている。
だから、こちらも彼女を見張るのではなく、託された半歩を守ればいい。
「ドゥー、相手の感応に変化はあるか」
「二人が並んだら、向こうの音が少し大きくなった。ジークアクスだけじゃなく、ガンダムXも見てる」
「ますます目的が分からないな」
『目的なら、動きを止めてから聞けばいいよ』
マチュがジークアクスの機首を僅かに下げた。
『話はあとにしよう、ランガ。今は一緒に、あいつを止める!』
「了解した。今度は君を一人で行かせない」
白いガンダムの二つの眼が鋭く光る。
紫色の次元裂け目が背後で大きく脈打ち、イオマグヌッソの赤い非常灯が、始まる戦いの秒読みみたいに明滅した。
ジークアクスが先に加速する。
マチュは直線で近づくと見せながら、敵の射程へ入る直前で機体を鋭く横へ振った。白いガンダムの頭部が彼女を追い、右腕の光刃が迎撃の角度へ持ち上がる。
「今度は、俺が見えてないな」
その半歩後ろから、ガンダムXを加速させる。
俺は敵の腕が動く線へビームサーベルを差し込み、マチュへ向かう反撃だけを外側へ弾いた。火花が二機の間へ咲き、その向こうでジークアクスがさらに深く敵の懐へ潜り込む。
『行くよ、ランガ!』
「合わせるぞ、マチュ!」
二つの推進光が宇宙で交わり、紫の裂け目を背負うガンダムへ向かって、同時に駆け出した。