機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
ジークアクスが紫色の裂け目を横切り、白いガンダムの正面へ鋭く回り込んだ。
マチュは一度も減速せず、敵の胸部へ飛び込む直前で機体を垂直に跳ね上げる。白いガンダムの頭部がその軌道を追い、右腕のビームサーベルが迎撃の角度へ持ち上がった。
「そこは俺が止める!」
半歩後ろを飛んでいたガンダムXを前へ滑り込ませ、敵の斬撃線へこちらのサーベルを差し込む。
二本の光刃が噛み合った瞬間、青白い火花が視界いっぱいに弾けた。右腕から肩へ重い衝撃が抜け、損傷した機体の骨格が、もう勘弁してくれと言わんばかりに軋んでいる。
白いガンダムは力任せに押してこなかった。
こちらの腕が耐えられる角度を測るように刃を滑らせ、ガンダムXのサーベルを外側へ誘導する。その最小限の動きによって生まれた隙間へ、空いている左手がジークアクスの頭部を狙って伸びた。
『させないって言ってるでしょ!』
マチュが機体を捻り、ジークアクスの踵で白い腕を蹴り上げた。
敵の指先が頭部装甲を掠め、薄い破片が紫の光へ散っていく。マチュはそのまま背面へ回ろうとしたが、白いガンダムは振り返りもしないまま左脚を後方へ跳ね上げた。
『うわっ、こいつ見えてるの!?』
「見えてるというより、来る場所を先に知ってる!」
俺はガンダムXの肩を白い機体へぶつけ、蹴りの軌道を僅かに外へずらした。
ジークアクスが擦れ違うように離脱し、二機の間へ細い距離が生まれる。だが、白いガンダムは追撃せず、その場で静かに機体を立て直した。
紫色の裂け目を背負う姿には、戦闘の激しさがまとわりついていない。
まるで、俺たちの攻撃も回避も、最初から決められた順番で起きているだけだと知っているようだった。
「ドゥー、相手の音は変わったか」
「少しだけ大きくなった。でも、戦っている人の音じゃない」
「どういう意味だ」
「もう終わったことを、もう一回なぞってるみたい。マチュがどこへ動くかも、ランガが間に入ることも、前から知ってたみたいに聞こえる」
補助席から届くドゥーの声に、俺は白いガンダムの両手を見た。
右手にはビームサーベル。
左手は、いまだにジークアクスへ向けられている。
撃墜するなら、もっと簡単な機会はいくつもあった。マチュが次元裂け目へ押し戻された瞬間も、俺が損傷した脚部で割り込んだ瞬間も、相手はコックピットを狙えたはずだ。
それでも、白い指が求めているのはジークアクスの頭部だった。
「マチュ、あいつは君を殺したいんじゃない。ジークアクスの中にある何かへ触れようとしてる」
『だったら余計に触らせない。私の機体なんだから、勝手に中を覗くなって話でしょ』
「その理屈は分かりやすくて助かる」
『ランガは考え過ぎなんだよ。嫌なことは嫌って先に言えばいいの』
「それができてたら、もう少し早く君のところへ帰ってたかもな」
通信の向こうで、マチュが一度だけ息を詰まらせた。
『そういう話を戦ってる最中に混ぜないでよ』
「悪い。戦いが終わったら、ちゃんと続きを話す」
『絶対だからね』
ジークアクスが再び加速する。
今度は正面から斬り込まず、白いガンダムの周囲へ円を描くように旋回した。赤い推進光が紫の裂け目を何度も横切り、敵の観測を外側へ引っ張っていく。
俺はその円の内側へガンダムXを残し、敵がどちらへ腕を伸ばしても止められる距離を保った。
『面白いね』
突然、知らないはずの回線から少年の声が届いた。
声量は大きくない。
けれど、紫色の裂け目が広がる時に聞こえた軋みと同じように、耳ではなく機体の内側から響いてくる。
『二人とも、前とは違う動きをする』
ジークアクスの軌道が僅かに乱れた。
『その声……』
マチュの言葉から、勢いが一瞬だけ抜け落ちる。
白いガンダムはその隙を見逃さず、ジークアクスの進行方向へ先回りした。右手のサーベルが振り下ろされ、マチュがシールドを持ち上げるより早く頭部へ迫る。
「マチュ、下がれ!」
ガンダムXを滑り込ませ、敵の手首へサーベルの側面をぶつけた。
斬るのではなく、軌道だけを変える。
白い刃はジークアクスの角を掠め、紫色の空間へ長い残光を引いた。
『久しぶり、マチュ』
その呼び方を聞いた瞬間、ジークアクスが完全に動きを止めた。
画面に映るマチュの目が、大きく開かれている。唇が僅かに動いても、最初の音は通信へ乗らなかった。
『シュウジ……なの?』
白いガンダムの二つの眼が、静かに明滅する。
『そうだよ。僕も、ガンダムも、君に会うために来た』
『どうして、そっちのガンダムに乗ってるの。どうして私のジークアクスを狙うの!』
『ジークアクスを壊したいわけじゃない。確かめなくちゃいけないんだ』
『何を?』
『この世界が、まだ終われるかどうか』
その言葉と同時に、白いガンダムが踏み込んだ。
推進器の閃光は小さいのに、機体は距離そのものを折り畳んだように眼前へ現れる。敵のサーベルがガンダムXの首を狙い、俺はシールドを差し込んで刃を受け流した。
盾の表面が焼け、赤熱した装甲が粒になって飛び散る。
「世界が終われるか確かめるために、マチュへ刃を向けるのか」
『君には、僕の言っていることが分かるはずだよ』
「初対面の相手から理解者扱いされるほど、話した覚えはない」
ガンダムXのサーベルを切り返し、白いガンダムの肩へ振り下ろす。
相手は上体を僅かに傾けただけで刃を避けた。その動きの途中でこちらの手首を押さえ、ガンダムXの勢いを利用しながらイオマグヌッソ側へ投げ流してくる。
俺は腰部スラスターを噴かし、外殻へ叩きつけられる直前で姿勢を戻した。
『君も、僕と同じだから』
紫色の光が、白いガンダムの輪郭を二重に揺らしている。
『ランガ・ロード。君も、この世界の人じゃない』
操縦桿を動かす指が、ほんの一拍だけ遅れた。
その僅かな空白へ、敵のサーベルが伸びてくる。
『ランガ!』
ジークアクスが横から飛び込み、白い刃をシールドで弾いた。
マチュはガンダムXの前へ機体を出したまま、こちらへ振り返らない。
『ぼんやりしないで。ランガが守るだけの戦いじゃないんだから!』
「助かった。今ので貸し借りなしだな」
『まだ私の方が待たされた分だけ多いから!』
「それは戦闘後に分割で返す!」
俺たちは同時に左右へ散った。
白いガンダムの視線が揺れる。
マチュは敵の右へ回り、俺は左側からサーベルを突き込む。相手は二機の攻撃を交互に受け流しながら、それでもジークアクスの頭部へ近づこうとしていた。
「シュウジと言ったな。俺のことを、どこまで知っている」
『詳しい過去は知らない。でも、世界の外へ落ちた人には、同じ音が残る』
白いガンダムとガンダムXの光刃が押し合う。
二機の間で揺れる青白い光が、別々の歴史を隔てる壁のように細く伸びた。刃の向こうにいる少年の姿は見えないが、その声には、誰かへ理解してもらおうとする熱がほとんどなかった。
答えはもう決まっていて、俺はそこへ同意するはずだと信じている。
『君も帰る場所を失って、ここへ流れ着いたんだね』
「そうだ。俺は別の歴史で一度死んで、この世界へ来た」
『だったら分かるはずだよ。違う世界が重なれば、どちらかが歪む。誰かが正しい形へ戻さなくちゃいけない』
「正しい形を、誰が決める」
『ガンダムがそう言っている』
その一言に呼応するように、白い機体の眼が強く輝いた。
ドゥーが補助席で小さく息を吸う。
「ランガ、今の声はシュウジだけじゃない。後ろから、もっとたくさん重なった」
「ガンダムの意思だと思うか」
「分からない。でも、みんな同じ言葉を言ってるんじゃない。違うことを言ってるのに、シュウジが一つだけ選んで聞いてる」
俺は白いガンダムの刃を押し返し、スラスターを噴かして距離を取った。
「聞こえたものを選ぶのは、自分だ。機体へ決めさせるな」
『君だってHADESという声を使っている』
「使っているだけだ。俺の代わりに撃たせたことはない」
『それでも、ガンダムは君をここへ導いた』
「違う。俺をここへ連れてきたのは、帰ると約束した相手だ」
ジークアクスがガンダムXの隣へ戻る。
マチュは通信画面の中で口を結び、俺を見つめていた。それから何も言わず、機体を半歩だけ前へ並べる。
その位置が、返事の代わりだった。
『シュウジ、さっきから世界を終わらせるって、どういう意味なの』
『シャロンの薔薇が作った夢を、終わらせるってことだよ』
「シャロンの薔薇?」
聞き覚えのない言葉へ眉を寄せると、マチュがこちらを向いた。
『ランガは知らないんだ』
「俺がいた歴史には、少なくともそんな名前の兵器はなかった」
『兵器って言い切っていいのかも、分からないけど……向こう側から来たモビルアーマーなんだ。こっちでは建造されていないはずなのに、ゼクノヴァで現れた』
マチュは白いガンダムを警戒しながら、息を継ぐ間も短く説明を続ける。
『その中には、ララァ・スンっていう人が眠っていた。向こう側から来た人で、ずっと誰かを探していたの』
「向こう側の住人が、機体ごとこの世界へ来たのか」
『うん。それがシャロンの薔薇。世界を越えてきた、眠っているララァだよ』
イオマグヌッソ外殻の赤い亀裂が、大きく脈打った。
紫色の次元裂け目も同じ間隔で広がり、二つの傷が互いを呼び合うように宇宙を歪ませる。遠くに見えていた地球の輪郭まで、熱を持った水面越しのように揺れていた。
「シュウジ、お前もその向こう側から来たのか」
『そうだよ』
白いガンダムがサーベルを下げた。
攻撃を止めたわけではない。
次に踏み込むため、最も無駄のない位置へ刃を戻しただけだ。
『僕は、シャロンの薔薇が本来いた世界の住人だ』
『じゃあ、どうしてこっちへ来たの。ララァを連れ戻すため?』
『違うよ、マチュ』
シュウジの声には、再会した相手へ向ける柔らかさが残っていた。
その柔らかさと、続く言葉があまりにも噛み合っていないため、紫の光だけがひどく冷たく見えた。
『ララァが作ったこの世界を、終わらせるために来た』
通信から音が消えた。
遠方ではキケロガのオールレンジ攻撃がギャン部隊を牽制し、イオマグヌッソの防衛砲台も赤い光を放っている。それなのに、俺の耳にはマチュが息を吸う音だけが残った。
『この世界を、ララァが作った……?』
『彼女は叶わなかった願いを抱えて、別の可能性を夢にした。でも、夢はいつまでも続けられない。二つの世界が重なったままなら、向こう側も、この世界も壊れる』
『だから全部なくすの? ここにいる人も、コロニーも、地球も?』
『夢が終われば、元に戻るだけだよ』
マチュの手が、画面の中で操縦桿を強く握り込んだ。
指先が白くなるほど力を入れても、声はすぐには出てこない。代わりにジークアクスの姿勢が僅かに低くなり、白いガンダムへ向けたサーベルの切っ先が、一度も揺れずに止まった。
『元に戻るって、誰にとっての元なの』
シュウジは答えない。
『私が学校へ行ったことも、ニャアンと会ったことも、ランガを待ってたことも、全部なかったことにするの?』
『そうしなければ、もっと多くのものが失われる』
『数の話なんかしてない!』
ジークアクスの推進器が弾け、マチュが白いガンダムへ飛び込んだ。
二本の刃が激突し、紫色の裂け目を横へ切り裂く。シュウジはマチュの連撃を受け流すが、今度のジークアクスは速さだけで攻めていなかった。
右から斬ると見せて急制動し、相手が作った回避先へ肩をぶつける。白いガンダムが姿勢を崩した瞬間、俺は側面へ回り込み、敵のビームサーベルをこちらの刃で封じた。
「マチュ、頭部への接触は俺が止める!」
『分かった。私はシュウジを、あそこへ行かせない!』
「シュウジ、俺も元いた世界を失った」
白い刃を押さえながら、ガンダムXの顔を相手へ向ける。
「死んで、流されて、守れなかったものを抱えたまま、ここへ来た。だから、お前の言っていることが少しも分からないとは言わない」
『だったら――』
「それでも、終わらせる側には立たない」
白いガンダムの左手がジークアクスへ伸びる。
俺はシールドでその腕を外側へ押し出した。損傷した左肩から警告が鳴り、装甲の亀裂が一段深くなる。
「世界を失った痛みは、他人の世界を奪う許可証じゃない」
『このままなら、二つとも消えるかもしれない』
「可能性だけで、今生きている人間を過去形にするな」
『それは君が、この世界へ居場所を見つけたから言えることだよ』
「そうだ。見つけたから守る」
俺は白いガンダムの腕を押し返し、ガンダムXをマチュの隣へ並べた。
「最初は借り物の世界だった。けれど、名前を呼ばれて、待っていると言われて、帰る場所になった」
横を見ると、ジークアクスの装甲へ地球の青い光が映っている。
マチュは何も言わず、機体の肩をこちらへ寄せた。金属同士が軽く触れ、振動が操縦桿を通じて掌へ返ってくる。
通信越しの約束ではない。
今ここに彼女がいて、同じ方向へ機体を向けている。
『シュウジ、ここで生きるかどうかは、私たちが決める』
マチュの声が、並んだ二機の間を真っすぐ進む。
『ララァが作った世界でも、誰かの夢でも関係ない。私はここで生きて、迷って、選んできた。だから、シュウジ一人に終わりなんて決めさせない!』
白いガンダムの二つの眼が強く輝いた。
背後の次元裂け目から紫の光が流れ込み、白い機体の影をイオマグヌッソ外殻へ大きく伸ばす。シュウジの声は聞こえないが、ガンダムの右手がサーベルを握り直した。
俺もビームサーベルを構える。
隣ではマチュがジークアクスの重心を前へ傾け、いつでも飛び込める姿勢を作っていた。
「同じ場所から来たとしても、俺とお前は同じじゃない」
『違うよ、ランガ』
シュウジの声が、紫色の光の中から静かに届く。
『君もいつか、終わらせるしかないと分かる』
「その時が来たら、ここにいる全員へ聞く。少なくとも、外から来た俺一人で答えは出さない」
ガンダムXとジークアクスの間にあった隙間が閉じる。
向こう側から来た白いガンダムと、こちら側で傷つきながら立つ二機の間に、暗い宇宙が一本の境界を作った。
「この世界の終わりは、ここで生きる者が決める」
『ううん、ランガ』
マチュがジークアクスのサーベルを持ち上げる。
『終わりじゃなくて、これからを決めるんだよ』
俺はその言葉を聞き、ガンダムXの切っ先を白い機体へ向けた。
「そうだったな。だったら、シュウジにも聞かせよう」
紫の裂け目が大きく脈打ち、三機の装甲を冷たい光で染め上げる。
「俺たちが選ぶ、ここから先を」