機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
# 本編
## 世界を見下ろす白い巨神
三機の刃が、白いガンダムの動きを同時に縫い止めていた。
正面ではガンダムXが右腕のビームサーベルを押さえ、左側ではジークアクスが肩を食い込ませている。反対側からはジフレドの紫色の刃が伸び、シュウジの左腕を次元裂け目から遠ざけていた。
赤、紫、青白い三本の光が、白い装甲の周囲で一つの輪を作っている。
『今なら押し切れるよ、ランガ!』
「押し切るんじゃない。裂け目から離せれば十分だ!」
『細かいことは後でいいから、もっと力を入れて!』
「それを最初に押し切るって言うんだよ!」
マチュの返事に重なるように、ジークアクスの推進器が噴き上がった。
白いガンダムの巨体が、次元裂け目の中心から僅かに押し出される。ニャアンのビットも左右へ回り込み、戻ろうとする軌道を紫の射線で塞いでいた。
『右側は閉じた。シュウジは、もう裂け目へ戻れない』
「助かる、ニャアン。そのまま維持してくれ!」
『維持はできるけど、長くは無理。ジフレドが、何かに引っ張られてる』
「何かって何だ?」
『裂け目の奥。こっちから押しているのに、向こう側から機体を掴まれてるみたい』
ニャアンの声が終わる前に、白いガンダムの装甲へ緑色の筋が走った。
最初は胸部中央に細い亀裂が生まれただけだった。
けれど、その線は肩から腕へ、腰から脚へ、機体の輪郭そのものをなぞるように広がっていく。
白い装甲の隙間から、脈打つ緑の光が噴き出した。
「ドゥー、シュウジの反応はどうなってる!」
「大きくなってるんじゃない。遠くにあるものが、こっちへ重なってきてる」
「機体の質量は?」
「表示が追いつかない。でも、白いガンダムの後ろに、同じ形が何十枚も重なってる音がする」
正面モニターの距離計が激しく乱れた。
百メートル。
五百メートル。
測定不能。
数字が増えたのではない。基準そのものが、目の前で踏み潰されていた。
『これで揃った』
シュウジの声だけが、変わらない大きさで通信へ届く。
『三つの答えが、扉へ触れた。だからガンダムは、世界の大きさへ戻ろうとしている』
「何を言って――」
白と緑の閃光が、戦場を飲み込んだ。
光量制御が落ち、モニターが一瞬だけ真っ白に染まる。操縦桿から伝わる振動は爆発の衝撃ではなく、近くに存在するものが急激に重くなる時の圧力だった。
宇宙には空気がない。
それでも、巨大な何かが息を吸い込んだように、周囲の残骸も光も裂け目へ引かれていく。
「全機、離れろ!」
俺は叫びながら、ガンダムXのスラスターを最大へ開いた。
ジークアクスとジフレドも左右へ散る。
だが、白い閃光の内側から伸びた腕は、それより速かった。
いや、速いという表現では足りない。
俺たちの前にあった腕が伸びたのではなく、腕と呼ぶしかない巨大な構造物が、宇宙の奥からこちらへ重なってきた。
白い指が星々を隠し、緑色の光をまとった掌がイオマグヌッソの外殻さえ小さく見せる。
閃光が薄れた時、白いガンダムは通常のモビルスーツではなくなっていた。
頭部だけで戦艦を覆い隠せる。
肩から先は、目で追うたびに距離感が崩れる。
数十倍に巨大化した白いガンダムが、次元裂け目を背負って宇宙へ立っている。
遠くの地球から届く青い光は、その胸元へ小さな反射を作るだけだった。星々は巨体の影へ隠され、人の形をした夜そのものが、俺たちを見下ろしている。
『でか過ぎるでしょ……!』
マチュの声が通信へ響いた。
「その感想には全面的に同意する!」
『ランガ、距離を取って! 右腕が動く!』
ニャアンの警告と同時に、巨神の肩が僅かに揺れた。
ただ、手を横へ振っただけだった。
武器は使っていない。
指先すら、こちらへ狙いを定めていない。
それでも、巨大な腕が押し退けた空間と残骸が、壁となって三機へ襲いかかった。
「マチュ、下へ逃げろ! ニャアンは上だ!」
『ランガは!?』
「真ん中にいる奴が、いちばん逃げ遅れる!」
『そういうのを聞いてるんじゃない!』
ジークアクスが下降し、ジフレドが上方へ進路を変える。
俺も腰部スラスターを噴かしたが、損傷した左脚部が一瞬だけ出力を失った。ガンダムXの姿勢が傾き、その僅かな遅れへ白い衝撃が追いつく。
シールドを前へ出す。
次の瞬間、視界が横へ吹き飛んだ。
巨腕へ直接触れてもいない。
ただ振り払われた余波だけで、ガンダムXのシールドが中央から砕けた。
左腕へ衝撃が走り、肩の装甲が外側へ捲れる。サテライトキャノンの固定部も耐えきれず、背部で金属が裂ける音を響かせた。
「ぐっ……!」
ハーネスが胸へ食い込み、息が一度だけ止まる。
「ランガ、マチュが流されてる!」
ドゥーの声に顔を上げる。
ジークアクスが回転しながらイオマグヌッソ外殻へ飛ばされていた。右肩から火花を引き、姿勢制御の噴射も安定していない。
「マチュ!」
『まだ動く! だから来なくて――』
「その言い方を信じると思うか!」
ガンダムXの右脚部と腰部へ残った推力を集中し、流されるジークアクスへ機体を向けた。
速度差を合わせ、背後から両腕で受け止める。
機体同士が激突し、ガンダムXのフレームがもう一度軋んだ。俺はジークアクスの勢いを正面から止めず、二機で大きく円を描きながら外殻への衝突軌道を外していく。
『ランガ、離して! そっちの腕が壊れる!』
「腕より、君の方が交換部品を探しにくい!」
『今それ言う!?』
「今だから言う!」
ジークアクスの回転が止まる。
マチュが推進器を噴かし、ガンダムXの腕から自力で離れた。二機の距離が開いた直後、上方へ飛ばされていたジフレドから紫の光が戻ってくる。
二基のビットがそれぞれ俺とマチュの後方へ回り、現在位置を示す標識のように点滅した。
『攻撃には使えなくても、帰る方向くらいは示せるから』
ニャアンの声は速いが、言葉の間に余計な息が混じっていない。
「助かった。ジフレドは無事か」
『左側の推進器が少し壊れた。でも、ビットは二基とも動く』
『なら反撃しよう! 大きいなら、狙う場所も大きいはず!』
「マチュ、その理屈は雑過ぎる!」
『考えている間に、あいつがイオマグヌッソへ手を伸ばしてる!』
巨大ガンダムの左腕が、イオマグヌッソへ向かっていた。
白緑の掌が外殻を覆い、指先が赤い亀裂へ触れようとしている。反対側の腕は次元裂け目へ残され、向こう側とこちら側を両手で結ぶような姿勢を取っていた。
『ガンダムが、この世界へ触れようとしている』
シュウジの声が、巨体のどこからともなく響く。
『小さな身体のままでは、扉を開けても世界を終わらせられない。だから、世界に触れられる形になった』
「世界より大きくなったつもりでも、そこで生きる人間の答えまで踏み潰せると思うな!」
HADESへ解析命令を出す。
巨大ガンダムの頭部、胸部、肩部、関節、指先。
攻撃可能な部位を順番に照準へ入れる。
返ってくる表示は、どれも同じだった。
有効損害なし。
装甲貫通率、算出不能。
撤退推奨。
「撤退先に世界が残っていないなら、推奨になってないだろ」
俺はHADESの表示を閉じた。
「ニャアン、防御光がどう反応するか見てくれ。マチュは近づき過ぎず、相手の視線だけを上へ向ける」
『近づき過ぎるなって、どこまで?』
「あの顔の倍くらい離れろ」
『顔だけで何百メートルあると思ってるの!』
「だから近づくなって言ってる!」
『二人とも、話してる間に撃つよ』
ジフレドがビームライフルを構えた。
ニャアンは連射せず、巨大ガンダムの胸部へ一発だけ放つ。ビームは白い装甲へ届く直前、緑色の薄膜へ触れた。
着弾の閃光は起きなかった。
光が水面へ落ちたように平たく広がり、巨大な装甲の表面を左右へ流れ、そのまま消えていく。
『弾かれたんじゃない』
ニャアンがすぐに続ける。
『届く直前に、ビームの向きそのものが変えられてる。エネルギーを受けてないから、熱も残らない』
「なら、同時に別方向から撃て!」
『もうやってる』
二基のビットが、巨大ガンダムの頭上と背後へ回り込んでいた。
ライフルの二射目と同時に、紫色のビームが三方向から巨体へ降り注ぐ。胸部、首の後方、肩関節へそれぞれ着弾したはずの光は、すべて緑色の薄膜へ吸い込まれ、波紋だけを広げて消えた。
焦げ跡すら残らない。
『全部駄目。防御範囲に切れ目がない』
「動いた瞬間は?」
『まだ分からない。だから、もう一度腕を振らせないで』
『それなら私が上へ行く!』
ジークアクスが巨大ガンダムの頭部へ向けて加速した。
「マチュ、待て!」
『待ってたら、世界へ触られる!』
白い指の間を、ジークアクスが小さな赤い光となって駆け抜ける。
巨体の周囲では距離感が崩れ、頭部へ近づいているはずなのに白い装甲面が壁のように延々と続いていた。それでもマチュは推進器を切らず、額の角へ向けて真っすぐ突っ込んでいく。
『でかくなっただけで、私たちが消えていい理由になるわけないでしょ!』
ジークアクスがビームサーベルを振り下ろした。
刃は巨大ガンダムの額へ触れる寸前で止まる。
緑色の光が光刃を包み、押し返すように湾曲させていく。マチュが出力を上げても、サーベルの先端は装甲へ一歩も届かなかった。
『何これ、硬いんじゃない! 近づけない!』
「マチュ、離れろ! 指が動く!」
巨大ガンダムの手が持ち上がる。
ほんの僅かに人差し指を払っただけだった。
その動きが作った衝撃へジークアクスが巻き込まれ、機体は赤い光の尾を引きながら数百メートルも弾き飛ばされる。
『マチュ!』
ニャアンのビットがジークアクスの後方へ回り、光の射線で退避方向を示す。マチュは回転する機体をどうにか立て直し、イオマグヌッソ外壁への衝突を避けた。
「三機とも距離を取れ。攻撃しても意味がない!」
『意味がないなら、どうやって止めるの!』
「今探してる!」
『それ、見つかってから言う台詞じゃないの?』
「見つかってないから探すんだよ!」
俺はガンダムXを巨大な右手へ近づけた。
ビームが通らないなら、近接ならどうか。
巨大ガンダムの指関節へ狙いを定め、ビームサーベルを振り抜く。
青白い刃が白緑の光へ沈んだ。
斬った感触はない。
装甲へ触れた抵抗もない。
サーベルのエネルギーだけが薄い膜の中を横へ流され、巨大な指の表面へ光の筋を描いて消えていく。
「駄目か!」
その時、巨大ガンダムの腕が再び動いた。
目の前で山脈が横倒しになるように、白い巨腕が三機へ迫ってくる。
『また来る!』
「攻撃を中止して、防御陣形へ切り替える!」
『防げるの、あれを!?』
「一機ずつ飛ばされるよりはましだ!」
俺はガンダムXを三機の中央へ移動させた。
砕けたシールドを前へ向け、残った右腕で機体を支える。ジークアクスが左側へ並び、ジフレドは右側へ滑り込んだ。
『ランガが中央にいるの、また盾になるつもりでしょ』
「今回は三機で受ける。俺一人では無理だ」
マチュの返事が一瞬だけ止まった。
『……ちゃんと分かってるならいい』
『ビットを後方へ置く。衝撃で流されても、戻る方向を見失わないようにする』
「頼む、ニャアン。マチュは左側の姿勢制御を合わせてくれ」
『分かった。今度は勝手に離さないでよ』
「全員で離れないための陣形だ」
三機が互いの肩を寄せた。
以前なら、俺は二人を背中へ隠そうとした。
けれど今は、左右から伝わる推進音に機体を預けている。
ジークアクスの出力が左側の傾きを支え、ジフレドの噴射が右へ流れる軌道を戻す。ガンダムXだけで受け止めるのではない。三機の間で衝撃を逃がし、もう一度同じ場所へ戻るための形だった。
巨大な掌が星空を覆う。
白緑の光が近づき、地球の青が完全に隠れていく。
「ドゥー、衝撃に備えろ!」
返事がない。
「ドゥー?」
補助席を振り返る余裕はない。
ただ、彼女がハーネスを握る金具の音だけが、操縦席の後ろから小さく響いていた。
「聞こえる」
「何がだ!」
「大きなガンダムの音の奥に、小さい音が残ってる」
巨腕が迫る。
機体の警告音が重なり、通信さえ白い雑音へ埋もれていく。その中でドゥーの声だけが、細い糸のように耳へ届いた。
「全部がシュウジじゃない。大きな身体の奥で、小さいシュウジが一人だけ、置いていかれそうになってる」
「場所は分かるか」
「胸じゃない。額の奥から裂け目の方へ、行ったり戻ったりしてる」
その瞬間、装備ラックで青白い光が灯った。
νガンダムのビームサーベルが、誰にも握られないまま静かに反応している。
巨大ガンダムの白緑光へ呼応するように、細い刃が一度だけ揺れた。
HADESには弱点が映らない。
ライフルもビットも、マチュの刃さえ届かない。
それでも、あの巨体の全てがシュウジではないのなら、壊すべきものと連れ戻すべき人間は同じ場所にいない。
俺は砕けたシールドを前へ押し出し、迫る巨腕を睨み返した。
「マチュ、ニャアン、次の一撃を越えたら額を狙う!」
『あんな大きいのを越えてから、って簡単に言うね!』
『でも、ランガの声がさっきと変わった。何か見つけたんだね』
「ああ。ドゥーが、あの中にシュウジを見つけた」
巨大な掌が三機の眼前へ迫る。
白と緑の光が、世界を閉じる壁のように視界を埋め尽くした。
俺は操縦桿を握り、左右に並ぶ二機の推進音へ呼吸を重ねる。