機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
白と緑に輝く巨大な掌が、星空を押し潰しながら迫ってきた。
指と指の隙間だけで戦艦が通れそうなのに、その向こうへ逃げられるとは少しも思えない。巨腕が動くたびに周囲の残骸が押し流され、イオマグヌッソの外壁から剥がれた装甲板が、荒天の海へ投げ込まれた木片のように回転していた。
宇宙には風がないはずなのに、ガンダムXの機体が見えない暴風へ晒されている。
「マチュ、左側へ推力を集中してくれ。ニャアンは右から衝撃の流れを削ってほしい」
『削るって、あれをどうやって削るの!』
「全部止めなくていい。俺たち三機が潰れない幅だけ作るんだ」
『要求が細かいのに、やってることは無茶だよね』
マチュの声が回線へ弾んだ直後、ジークアクスがガンダムXの左側から前へ出た。
彼女は巨大な掌へ向かって突進し、指の間を斬り開こうとはしなかった。白緑の光へ接触する寸前で機体を急反転させ、全身の推進器を横方向へ噴かして、巨腕の軌道へ赤い光の壁を作る。
押し返せなくても、流れは変えられる。
こちらへ真っすぐ迫っていた掌が、僅かに右へ傾いた。
『ニャアン、今!』
『分かってる。エスビットを二人の後ろへ置く』
ジフレドから二基のエスビットが飛び出した。
紫の小さな光は、巨大ガンダムを撃つのではなく、ガンダムXとジークアクスの後方へ回り込む。二基が離れた位置から同時にビームを放ち、俺たちの退路へ流れ込もうとする残骸だけを焼き払った。
白緑の巨腕が三機の横を通過する。
直接触れていないにもかかわらず、砕けたシールドがさらに潰れ、左肩の装甲が根元から剥がれた。ガンダムXは横向きに押し流されるが、ジークアクスが左から機体を支え、ジフレドのエスビットが右後方へ帰還経路を示している。
『ランガ、そっちの姿勢が崩れてる!』
「分かってる。今、右脚を戻す!」
『壊れてるのに無理して動かさないで!』
「壊れているから、動くうちに使うんだ!」
『そういう台詞を格好いいと思ってるなら、後で説教だからね!』
「帰った後なら、いくらでも聞く!」
声を返しながら操縦桿を引き、右脚部スラスターへ残った推力を流し込む。
機体が大きく震えた。
ガンダムXは巨腕の余波から抜け、三機の中央へ再び姿勢を戻す。正面には白緑の巨神が立ち、その左手はイオマグヌッソの亀裂へ、右手は次元裂け目へ伸ばされている。
二つの世界を、両手で無理やり一つへ繋ごうとしていた。
『まだ止めるつもりなんだね』
シュウジの声が、巨大ガンダムの全身から響いた。
『もう君たちの武器は届かない。光も刃も、この身体には意味がない』
「大きくなったからって、耳まで遠くなったのか」
『何を言っているの』
「何度も言ってる。俺たちは、お前を倒しに来たんじゃない」
俺は武装制御盤へ手を伸ばした。
画面には、使用不能と判定された装備が並んでいる。
左腕シールド、全損。
左脚部推進器、出力低下。
背部リフレクター、二枚破損。
サテライトキャノン、砲身過熱および固定機構損傷。
どの表示も赤い。
機械が出している答えは一つしかなかった。これ以上の使用をやめろと、画面の隅々から警告されている。
「テムさん、聞こえていますか」
返事はすぐには届かなかった。
次元の歪みによって通信が途切れ、白い雑音だけが回線を満たす。それでも数秒後、遠い場所から引き寄せたような声が戻ってきた。
『聞こえている。君が何をしようとしているのかも、残念ながら分かっている』
「サテライトキャノンを再展開します」
『砲身固定部は破損している。リフレクターも受信姿勢に耐えられない』
「修理しろとは言いません。構えられるだけでいい」
『撃てる保証はないぞ』
「今までだって、撃てる保証より先に、撃つ理由を選んできました」
通信の向こうで、テムさんが息を吐く音がした。
『機体が先に答えを出すな。それが私の指示だった』
「覚えています」
『ならば、最後まで君が決めろ。強制展開用の予備回路を開く』
武装制御盤へ新しい表示が浮かぶ。
サテライトキャノン強制展開。
俺は迷わず承認へ指を落とした。
背部で、何かが砕ける音が響く。
固定されたままだった長大な砲身が、焼けた金具を押し潰しながらゆっくり持ち上がった。外れた装甲片が白い火花を散らし、冷却剤が機体の肩から霧となって噴き出していく。
リフレクターも動き始める。
正常な二枚が先に開き、損傷した残りの板が遅れて追従する。片方は途中で止まり、もう片方は軋みながら本来の角度を越えそうになる。
「ランガ、右の板が折れそう」
ドゥーが補助席から身を乗り出した。
「折れる前まで使う。受信経路は聞こえるか」
「月の音は遠い。太陽の光も、さっきの衝突で散ってる」
「なら、砲身は空のままか」
「ううん。別の音が近づいてる」
ドゥーの言葉と同時に、左側のジークアクスが強く輝いた。
機体表面を細い光が走り、頭部から胸部、背部へ向かって複雑な紋様を描いていく。赤とも白とも言い切れない輝きが装甲の隙間から溢れ、ジークアクスの周囲へ幾重もの輪を作った。
『何これ……ジークアクスが、また勝手に動いてる』
「マチュ、エンディミオン・ユニットだ」
『分かってる。でも、前と反応が違う。今度は裂け目じゃなくて、ランガの方を見てる』
ジークアクスの光が、細い帯となって宇宙へ伸びる。
それは巨大ガンダムへ向かわず、傷だらけのガンダムXへ流れ込もうとしていた。けれど二機の間では次元歪曲が渦を巻き、伸びた光は途中で何度も散らされる。
『このままだと届かない』
ニャアンの声が静かに割り込んだ。
『エスビットを中継点にする。二人とも、軌道を動かさないで』
「そんなことができるのか」
『できるかどうかは、今からジフレドに聞く』
二基のエスビットがジークアクスとガンダムXの間へ移動した。
片方がマチュの機体に近い位置へ、もう片方がサテライトキャノンの砲口付近へ留まる。ニャアンが何かを調整すると、エスビット同士の間へ紫色の細い線が結ばれた。
『ジフレド、全部受けなくていい。散った光を拾って、向こうへ渡して』
一基目のエスビットへエンディミオンの光が触れる。
紫色の外殻が激しく震え、表面から火花が散った。壊れる寸前まで揺れながらも、エスビットは光を受け止め、細く絞って二基目へ送り出す。
二基目から放たれた光が、サテライトキャノンの砲口へ注ぎ込まれた。
機体全体が、心臓を打たれたように大きく震える。
「砲身内部へエネルギー流入。識別不能」
『識別しなくていい』
マチュの声が、通信越しに真っすぐ届いた。
『それは私の力じゃないし、ジークアクスだけの力でもない。でも、今はランガへ渡したいって思ってる』
「渡した後は、全部俺に任せるつもりか」
『違うよ』
ジークアクスがガンダムXの左側へ並ぶ。
マチュは巨大ガンダムを見たまま、機体の肩をこちらへ寄せた。二機の装甲は触れていない。それでも、エンディミオンの光がサテライトキャノンへ流れるたび、彼女の手が発射レバーへ重なっているような感覚が掌へ返ってくる。
『今度は一緒に撃つ。最後に引き金を引くのがランガでも、そこまで届かせるのは私たちだから』
『私もいる』
ニャアンが、少しだけ間を置いて続けた。
『エスビットが一基でも外れたら、光が途切れる。だから、ランガが構えている間は私が道を残す』
「二人とも、危険過ぎる。砲撃の反動へ巻き込まれたら――」
『そこから先を言ったら怒るよ』
マチュの声が急に低くなった。
『私たちは守られるために来たんじゃない。ランガと一緒に、シュウジを連れ戻すために来たの』
『それに、今さら私たちだけ離れても遅いと思う』
ニャアンのエスビットから、白い煙のような粒子が漏れ始める。
『もう繋がってるから、離れる方が壊れる』
俺は返しかけた言葉を飲み込んだ。
二人を下げる理由なら、いくらでも並べられる。機体の損傷、エネルギーの逆流、次元裂け目の拡大、巨大ガンダムの質量。
けれど、そのどれも二人が自分で選んだ位置を奪う理由にはならなかった。
「分かった。マチュは出力を一定に保ってくれ。ニャアンはエスビットの間隔を固定する」
『了解。今度こそ、勝手に一人で撃たないでよ』
「俺の指が動く前に、君の声を聞く」
『約束だからね』
『私は右側の収束率を見る。二人とも、会話に夢中で光を散らさないで』
「ニャアンは戦闘中でも手厳しいな」
『マチュを待たせた人には、このくらいでいいから』
『やっぱりニャアン、もっと言って!』
「戦いが終わってから順番に聞く!」
サテライトキャノンの充填表示が上昇していく。
月面マイクロウェーブとは違う。
太陽光を変換した熱とも違う。
エンディミオン・ユニットから流れ込む光は、砲身を満たしながら、その内部へ幾つもの細い声を残していく。マチュの真っすぐな音、ニャアンの静かな音、補助席からそれらを聞き分けるドゥーの呼吸。
どれか一つでは、巨大な白緑光へ届かない。
それでも、三つの音が互いの隙間を埋めると、空だった砲身へ一本の射線が生まれた。
「ランガ、シュウジの小さい音が見える」
ドゥーが額の位置を指し示す。
「巨大な顔の中央じゃない。額の奥から、裂け目へ繋がってる細い線がある」
「照準へ出せるか」
「数字にはできない。でも、私がランガの名前を呼べば、その場所と重なる」
「ずいぶん感覚的だな」
「マチュたちも感覚でやってる。ランガだけ数字を待つのは、ずるいと思う」
「確かに、反論しにくい」
俺はサテライトキャノンの砲身を持ち上げる。
長大な砲身は固定部の破損によって左右へ揺れ、照準環の中央を安定して通らない。右肩部へ残った姿勢制御を集中し、左腕で砲身基部を支える。
傷だらけのガンダムXが、白緑の巨神へ砲口を向けた。
大きさだけを比べれば、針で山を狙っているようなものだった。巨大ガンダムの頭部だけで視界の半分が埋まり、額へ走る緑の光は地平線のように長く伸びている。
それでも、山の向こうに一人の少年がいる。
終わらせるしかないという声に囲まれ、巨大な身体へ置いていかれそうになっている。
『ランガ、ガンダムがもう一度腕を動かす』
マチュが警告する。
巨大ガンダムの右肩が上がり、掌がこちらへ向けられた。
次に振り払われれば、構えを維持できる保証はない。エスビットもジークアクスも、サテライトキャノンへ力を渡したままでは回避が遅れる。
「照準固定。目標は額の奥、次元接続核」
HADESが警告を返す。
対象巨大構造体、貫通不能。
砲身耐久限界。
発射後の生還率、算出不能。
「生還率を勝手に締め切るな」
俺は自動照準を切った。
「帰ると約束した人が、すぐ隣で見てるんだぞ」
『見てるだけじゃないよ』
ジークアクスから流れる光が強まった。
『私も一緒に帰るんだから、勝手に終わらせないで』
『帰る道は私が残す』
ニャアンの二基のエスビットが、最後の位置補正を終える。
紫色の線が真っすぐ伸び、エンディミオンの光を一度も散らさず、サテライトキャノンへ送り込んだ。
充填率が最大値へ届く。
砲身内部から白と赤の光が溢れ、冷却剤の霧を内側から染め上げる。展開したリフレクターは今にも砕けそうに震えながら、それでも最後まで翼の形を保っていた。
νガンダムのビームサーベルも、装備ラックの中で青白い光を灯している。
白緑の巨神。
赤白く燃えるエンディミオン。
青白い剣の残光。
異なる世界から来た力がガンダムXへ集まり、そのすべてを撃つ理由だけが、俺の手へ残されている。
「ドゥー、位置を教えてくれ」
「もう少し上。緑の光が一度だけ細くなる場所」
砲身を僅かに持ち上げる。
「そこから右へ。大きな音の後ろに、小さいシュウジがいる」
照準環の中央へ、巨大ガンダムの額が重なった。
「見つけた」
巨神の掌が動き始める。
星空を閉ざす白い指が、三機へ向かって落ちてくる。マチュもニャアンも退かず、ジークアクスとジフレドをガンダムXの左右へ並べたまま、光の経路を支え続けていた。
『ランガ、私たちはここにいる』
「聞こえてる」
『だから、ちゃんと一緒に撃って』
「ああ。今度は、誰の力も置いていかない」
サテライトキャノンの砲口が、白と赤の輝きで満たされる。
俺は操縦桿から右手を離し、発射レバーへ指を掛けた。
シュウジの巨大な掌が迫る中、三機の光を装填した砲身を、その額へ真っすぐ構えた。