機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第118話

白と緑に輝く巨大な掌が、星空を押し潰しながら迫ってきた。

 

 指と指の隙間だけで戦艦が通れそうなのに、その向こうへ逃げられるとは少しも思えない。巨腕が動くたびに周囲の残骸が押し流され、イオマグヌッソの外壁から剥がれた装甲板が、荒天の海へ投げ込まれた木片のように回転していた。

 

 宇宙には風がないはずなのに、ガンダムXの機体が見えない暴風へ晒されている。

 

「マチュ、左側へ推力を集中してくれ。ニャアンは右から衝撃の流れを削ってほしい」

 

『削るって、あれをどうやって削るの!』

 

「全部止めなくていい。俺たち三機が潰れない幅だけ作るんだ」

 

『要求が細かいのに、やってることは無茶だよね』

 

 マチュの声が回線へ弾んだ直後、ジークアクスがガンダムXの左側から前へ出た。

 

 彼女は巨大な掌へ向かって突進し、指の間を斬り開こうとはしなかった。白緑の光へ接触する寸前で機体を急反転させ、全身の推進器を横方向へ噴かして、巨腕の軌道へ赤い光の壁を作る。

 

 押し返せなくても、流れは変えられる。

 

 こちらへ真っすぐ迫っていた掌が、僅かに右へ傾いた。

 

『ニャアン、今!』

 

『分かってる。エスビットを二人の後ろへ置く』

 

 ジフレドから二基のエスビットが飛び出した。

 

 紫の小さな光は、巨大ガンダムを撃つのではなく、ガンダムXとジークアクスの後方へ回り込む。二基が離れた位置から同時にビームを放ち、俺たちの退路へ流れ込もうとする残骸だけを焼き払った。

 

 白緑の巨腕が三機の横を通過する。

 

 直接触れていないにもかかわらず、砕けたシールドがさらに潰れ、左肩の装甲が根元から剥がれた。ガンダムXは横向きに押し流されるが、ジークアクスが左から機体を支え、ジフレドのエスビットが右後方へ帰還経路を示している。

 

『ランガ、そっちの姿勢が崩れてる!』

 

「分かってる。今、右脚を戻す!」

 

『壊れてるのに無理して動かさないで!』

 

「壊れているから、動くうちに使うんだ!」

 

『そういう台詞を格好いいと思ってるなら、後で説教だからね!』

 

「帰った後なら、いくらでも聞く!」

 

 声を返しながら操縦桿を引き、右脚部スラスターへ残った推力を流し込む。

 

 機体が大きく震えた。

 

 ガンダムXは巨腕の余波から抜け、三機の中央へ再び姿勢を戻す。正面には白緑の巨神が立ち、その左手はイオマグヌッソの亀裂へ、右手は次元裂け目へ伸ばされている。

 

 二つの世界を、両手で無理やり一つへ繋ごうとしていた。

 

『まだ止めるつもりなんだね』

 

 シュウジの声が、巨大ガンダムの全身から響いた。

 

『もう君たちの武器は届かない。光も刃も、この身体には意味がない』

 

「大きくなったからって、耳まで遠くなったのか」

 

『何を言っているの』

 

「何度も言ってる。俺たちは、お前を倒しに来たんじゃない」

 

 俺は武装制御盤へ手を伸ばした。

 

 画面には、使用不能と判定された装備が並んでいる。

 

 左腕シールド、全損。

 左脚部推進器、出力低下。

 背部リフレクター、二枚破損。

 サテライトキャノン、砲身過熱および固定機構損傷。

 

 どの表示も赤い。

 

 機械が出している答えは一つしかなかった。これ以上の使用をやめろと、画面の隅々から警告されている。

 

「テムさん、聞こえていますか」

 

 返事はすぐには届かなかった。

 

 次元の歪みによって通信が途切れ、白い雑音だけが回線を満たす。それでも数秒後、遠い場所から引き寄せたような声が戻ってきた。

 

『聞こえている。君が何をしようとしているのかも、残念ながら分かっている』

 

「サテライトキャノンを再展開します」

 

『砲身固定部は破損している。リフレクターも受信姿勢に耐えられない』

 

「修理しろとは言いません。構えられるだけでいい」

 

『撃てる保証はないぞ』

 

「今までだって、撃てる保証より先に、撃つ理由を選んできました」

 

 通信の向こうで、テムさんが息を吐く音がした。

 

『機体が先に答えを出すな。それが私の指示だった』

 

「覚えています」

 

『ならば、最後まで君が決めろ。強制展開用の予備回路を開く』

 

 武装制御盤へ新しい表示が浮かぶ。

 

 サテライトキャノン強制展開。

 

 俺は迷わず承認へ指を落とした。

 

 背部で、何かが砕ける音が響く。

 

 固定されたままだった長大な砲身が、焼けた金具を押し潰しながらゆっくり持ち上がった。外れた装甲片が白い火花を散らし、冷却剤が機体の肩から霧となって噴き出していく。

 

 リフレクターも動き始める。

 

 正常な二枚が先に開き、損傷した残りの板が遅れて追従する。片方は途中で止まり、もう片方は軋みながら本来の角度を越えそうになる。

 

「ランガ、右の板が折れそう」

 

 ドゥーが補助席から身を乗り出した。

 

「折れる前まで使う。受信経路は聞こえるか」

 

「月の音は遠い。太陽の光も、さっきの衝突で散ってる」

 

「なら、砲身は空のままか」

 

「ううん。別の音が近づいてる」

 

 ドゥーの言葉と同時に、左側のジークアクスが強く輝いた。

 

 機体表面を細い光が走り、頭部から胸部、背部へ向かって複雑な紋様を描いていく。赤とも白とも言い切れない輝きが装甲の隙間から溢れ、ジークアクスの周囲へ幾重もの輪を作った。

 

『何これ……ジークアクスが、また勝手に動いてる』

 

「マチュ、エンディミオン・ユニットだ」

 

『分かってる。でも、前と反応が違う。今度は裂け目じゃなくて、ランガの方を見てる』

 

 ジークアクスの光が、細い帯となって宇宙へ伸びる。

 

 それは巨大ガンダムへ向かわず、傷だらけのガンダムXへ流れ込もうとしていた。けれど二機の間では次元歪曲が渦を巻き、伸びた光は途中で何度も散らされる。

 

『このままだと届かない』

 

 ニャアンの声が静かに割り込んだ。

 

『エスビットを中継点にする。二人とも、軌道を動かさないで』

 

「そんなことができるのか」

 

『できるかどうかは、今からジフレドに聞く』

 

 二基のエスビットがジークアクスとガンダムXの間へ移動した。

 

 片方がマチュの機体に近い位置へ、もう片方がサテライトキャノンの砲口付近へ留まる。ニャアンが何かを調整すると、エスビット同士の間へ紫色の細い線が結ばれた。

 

『ジフレド、全部受けなくていい。散った光を拾って、向こうへ渡して』

 

 一基目のエスビットへエンディミオンの光が触れる。

 

 紫色の外殻が激しく震え、表面から火花が散った。壊れる寸前まで揺れながらも、エスビットは光を受け止め、細く絞って二基目へ送り出す。

 

 二基目から放たれた光が、サテライトキャノンの砲口へ注ぎ込まれた。

 

 機体全体が、心臓を打たれたように大きく震える。

 

「砲身内部へエネルギー流入。識別不能」

 

『識別しなくていい』

 

 マチュの声が、通信越しに真っすぐ届いた。

 

『それは私の力じゃないし、ジークアクスだけの力でもない。でも、今はランガへ渡したいって思ってる』

 

「渡した後は、全部俺に任せるつもりか」

 

『違うよ』

 

 ジークアクスがガンダムXの左側へ並ぶ。

 

 マチュは巨大ガンダムを見たまま、機体の肩をこちらへ寄せた。二機の装甲は触れていない。それでも、エンディミオンの光がサテライトキャノンへ流れるたび、彼女の手が発射レバーへ重なっているような感覚が掌へ返ってくる。

 

『今度は一緒に撃つ。最後に引き金を引くのがランガでも、そこまで届かせるのは私たちだから』

 

『私もいる』

 

 ニャアンが、少しだけ間を置いて続けた。

 

『エスビットが一基でも外れたら、光が途切れる。だから、ランガが構えている間は私が道を残す』

 

「二人とも、危険過ぎる。砲撃の反動へ巻き込まれたら――」

 

『そこから先を言ったら怒るよ』

 

 マチュの声が急に低くなった。

 

『私たちは守られるために来たんじゃない。ランガと一緒に、シュウジを連れ戻すために来たの』

 

『それに、今さら私たちだけ離れても遅いと思う』

 

 ニャアンのエスビットから、白い煙のような粒子が漏れ始める。

 

『もう繋がってるから、離れる方が壊れる』

 

 俺は返しかけた言葉を飲み込んだ。

 

 二人を下げる理由なら、いくらでも並べられる。機体の損傷、エネルギーの逆流、次元裂け目の拡大、巨大ガンダムの質量。

 

 けれど、そのどれも二人が自分で選んだ位置を奪う理由にはならなかった。

 

「分かった。マチュは出力を一定に保ってくれ。ニャアンはエスビットの間隔を固定する」

 

『了解。今度こそ、勝手に一人で撃たないでよ』

 

「俺の指が動く前に、君の声を聞く」

 

『約束だからね』

 

『私は右側の収束率を見る。二人とも、会話に夢中で光を散らさないで』

 

「ニャアンは戦闘中でも手厳しいな」

 

『マチュを待たせた人には、このくらいでいいから』

 

『やっぱりニャアン、もっと言って!』

 

「戦いが終わってから順番に聞く!」

 

 サテライトキャノンの充填表示が上昇していく。

 

 月面マイクロウェーブとは違う。

 

 太陽光を変換した熱とも違う。

 

 エンディミオン・ユニットから流れ込む光は、砲身を満たしながら、その内部へ幾つもの細い声を残していく。マチュの真っすぐな音、ニャアンの静かな音、補助席からそれらを聞き分けるドゥーの呼吸。

 

 どれか一つでは、巨大な白緑光へ届かない。

 

 それでも、三つの音が互いの隙間を埋めると、空だった砲身へ一本の射線が生まれた。

 

「ランガ、シュウジの小さい音が見える」

 

 ドゥーが額の位置を指し示す。

 

「巨大な顔の中央じゃない。額の奥から、裂け目へ繋がってる細い線がある」

 

「照準へ出せるか」

 

「数字にはできない。でも、私がランガの名前を呼べば、その場所と重なる」

 

「ずいぶん感覚的だな」

 

「マチュたちも感覚でやってる。ランガだけ数字を待つのは、ずるいと思う」

 

「確かに、反論しにくい」

 

 俺はサテライトキャノンの砲身を持ち上げる。

 

 長大な砲身は固定部の破損によって左右へ揺れ、照準環の中央を安定して通らない。右肩部へ残った姿勢制御を集中し、左腕で砲身基部を支える。

 

 傷だらけのガンダムXが、白緑の巨神へ砲口を向けた。

 

 大きさだけを比べれば、針で山を狙っているようなものだった。巨大ガンダムの頭部だけで視界の半分が埋まり、額へ走る緑の光は地平線のように長く伸びている。

 

 それでも、山の向こうに一人の少年がいる。

 

 終わらせるしかないという声に囲まれ、巨大な身体へ置いていかれそうになっている。

 

『ランガ、ガンダムがもう一度腕を動かす』

 

 マチュが警告する。

 

 巨大ガンダムの右肩が上がり、掌がこちらへ向けられた。

 

 次に振り払われれば、構えを維持できる保証はない。エスビットもジークアクスも、サテライトキャノンへ力を渡したままでは回避が遅れる。

 

「照準固定。目標は額の奥、次元接続核」

 

 HADESが警告を返す。

 

 対象巨大構造体、貫通不能。

 砲身耐久限界。

 発射後の生還率、算出不能。

 

「生還率を勝手に締め切るな」

 

 俺は自動照準を切った。

 

「帰ると約束した人が、すぐ隣で見てるんだぞ」

 

『見てるだけじゃないよ』

 

 ジークアクスから流れる光が強まった。

 

『私も一緒に帰るんだから、勝手に終わらせないで』

 

『帰る道は私が残す』

 

 ニャアンの二基のエスビットが、最後の位置補正を終える。

 

 紫色の線が真っすぐ伸び、エンディミオンの光を一度も散らさず、サテライトキャノンへ送り込んだ。

 

 充填率が最大値へ届く。

 

 砲身内部から白と赤の光が溢れ、冷却剤の霧を内側から染め上げる。展開したリフレクターは今にも砕けそうに震えながら、それでも最後まで翼の形を保っていた。

 

 νガンダムのビームサーベルも、装備ラックの中で青白い光を灯している。

 

 白緑の巨神。

 赤白く燃えるエンディミオン。

 青白い剣の残光。

 

 異なる世界から来た力がガンダムXへ集まり、そのすべてを撃つ理由だけが、俺の手へ残されている。

 

「ドゥー、位置を教えてくれ」

 

「もう少し上。緑の光が一度だけ細くなる場所」

 

 砲身を僅かに持ち上げる。

 

「そこから右へ。大きな音の後ろに、小さいシュウジがいる」

 

 照準環の中央へ、巨大ガンダムの額が重なった。

 

「見つけた」

 

 巨神の掌が動き始める。

 

 星空を閉ざす白い指が、三機へ向かって落ちてくる。マチュもニャアンも退かず、ジークアクスとジフレドをガンダムXの左右へ並べたまま、光の経路を支え続けていた。

 

『ランガ、私たちはここにいる』

 

「聞こえてる」

 

『だから、ちゃんと一緒に撃って』

 

「ああ。今度は、誰の力も置いていかない」

 

 サテライトキャノンの砲口が、白と赤の輝きで満たされる。

 

 俺は操縦桿から右手を離し、発射レバーへ指を掛けた。

 

 シュウジの巨大な掌が迫る中、三機の光を装填した砲身を、その額へ真っすぐ構えた。

 

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