機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
発射レバーへ掛けた指の下で、ガンダムXの全身が震えていた。
それは機体が壊れようとしている振動だけではなく、異なる世界から届いた二つの光が、一本の砲身へ押し込まれたために生まれた脈動だった。
ジークアクスのエンディミオン・ユニットから溢れた赤白い粒子が、ニャアンのエスビットを経由してサテライトキャノンへ流れ込んでいる。装備ラックではνガンダムのビームサーベルが青白く輝き、その光も武装系統の奥を通り、砲撃の輪郭を外側から縫い直していた。
二つのエネルギーは混ざり合わないまま、互いの欠けた部分へ手を伸ばしている。
赤白い光が前へ進む力を作り、青白い光が散ろうとする熱を一本へ束ねるたび、砲身の内部から低い音が返ってきた。その音は巨大兵器の唸りというより、何人もの呼吸が同じ間隔へ揃っていく響きに近かった。
『充填率、限界値を超えてる!』
マチュの声が、震える通信回線へ飛び込んでくる。
「分かってる。少しでも軸が外れたら、シュウジごと額を吹き飛ばす」
『それをやらないために、私が力を送ってるんだからね!』
「だから、出力を上げ過ぎるな。君の全力は加減を知らない」
『今それをランガが言うの!?』
『二人とも、声は聞こえてるけど、エスビットの経路が揺れるから操縦を優先して』
ニャアンの静かな声が間へ入り、俺とマチュはほとんど同時に口を閉じた。
ジフレドの前方では、二基のエスビットが白い火花を散らしながら光路を維持している。片方の装甲には細い亀裂が走り、もう片方も姿勢制御用の噴射を断続的に乱していた。
それでも、ニャアンは機体を下げなかった。
『右側の収束が薄い。マチュ、出力をほんの少しだけ落として』
『ほんの少しって、どれくらい?』
『マチュが少ないと思う量の、さらに半分くらい』
『私の扱い、雑じゃない?』
『たぶん正確だと思う』
こんな状況でも、通信の向こうから二人の声が届く。
巨大な白緑の掌が目の前へ迫り、遠くの地球さえ指の隙間から僅かに見えるだけなのに、その言葉の応酬は、不思議なくらい俺の手を落ち着かせていた。
以前の俺なら、この一撃を自分だけの責任へ変えていただろう。
二人を下がらせ、ドゥーを切り離し、失敗した時には一人で消えればいいと考えたかもしれない。けれど、今の発射レバーには俺一人の力だけが掛かっているわけではない。
マチュが選んで渡した光がある。
ニャアンが壊れかけた道を繋いでいる。
ドゥーが巨大な感応の奥から、小さなシュウジの位置を聞き取っている。
誰かを守るために一人になるのではなく、誰かと帰るために全員の力を借りる。
その違いは、握ったレバーの重さよりもはっきり掌へ残っていた。
「ドゥー、照準はまだ合っているか」
「少し左へ流れた。巨大なガンダムの額じゃなくて、その奥の細い音を見て」
「見えないから困ってるんだけどな」
「ランガなら見える。数字じゃなくて、帰したい人を見る時の目で探して」
「ずいぶん難しい要求をするようになったな」
「ランガが私に難しいことを教えたから、返してるだけ」
俺は照準補正を手動へ切り替え、砲身を僅かに左へ振った。
視界の中央には巨大ガンダムの額が広がり、白い装甲へ無数の緑色の脈動が走っている。その一つ一つが次元裂け目と繋がり、巨体へ向こう側の質量を送り続けていた。
けれど、ドゥーの言葉へ耳を澄ませると、その膨大な反応の奥に、不自然な空白が一つだけある。
荒れ狂う濁流の中で、小さな石だけが流されずに残っているような場所だった。
「見つけた」
「そこにシュウジがいる」
巨大ガンダムの掌が、さらに近づいた。
白緑の指が動くたび、周囲の空間が押し潰され、イオマグヌッソの外殻から剥がれた装甲片が砲身へ衝突して砕けていく。リフレクターの一枚が耐えきれずに歪み、視界の隅へ新たな警告が浮かんだ。
発射可能時間は、残り僅かしかない。
『ランガ、もう待てない!』
マチュの声が鋭く響く。
『あいつの手が届いたら、三機まとめて押し潰される!』
『エスビットも限界。次に経路が切れたら、同じ形では繋ぎ直せない』
ニャアンの報告へ、俺は短く息を吸った。
正面では巨大ガンダムの二つの眼が、星の代わりみたいに白く輝いている。その奥にいるシュウジは、この砲身を見ているのだろうか。
それとも、もう巨大な身体の声しか聞こえていないのだろうか。
「シュウジ、聞こえるか」
『聞こえているよ、ランガ』
返事はすぐに届いた。
巨体から響く声は、宇宙全体を震わせるほど大きいはずなのに、聞こえ方だけは少年のままだった。
『その光を撃っても、この身体は壊せない。君たちの世界を延命させても、向こう側との歪みが大きくなるだけだよ』
「この一撃は、その身体を壊すためのものじゃない」
『だったら、何を撃つつもりなの』
「お前を連れ戻す」
発射レバーを握り込む。
巨神の掌が、ガンダムXの砲口を覆い隠そうと落ちてくる。
『マチュ、出力を合わせろ!』
『最初からそのつもり!』
『ニャアン、光路を固定してくれ!』
『二基とも残ってる。今なら真っすぐ届く!』
「ドゥー、最後の位置を頼む!」
「そのまま。ランガの見ている場所で合ってる!」
二つのエネルギーが砲身の奥で一つの形へ収束した。
エンディミオンの赤白い光が脈打ち、νガンダムのビームサーベルから流れた青白い輪郭が、その周囲を包み込む。サテライトキャノンの砲口から漏れた輝きがガンダムXの全身を覆い、傷ついた機体を巨大な光の弓へ変えていった。
その向こうで、地球の青が巨神の指の隙間から僅かに覗いている。
学校へ行く人がいる。
コロニーの狭い通路を走る人がいる。
誰かを待ちながら、帰ってきた時に何を言うか考えている人がいる。
誰かが夢と呼んだからといって、それらの時間が軽くなるわけではない。
「これは世界を終わらせるための光じゃない」
発射レバーを最後まで引いた。
「お前を、終わりしか見えない場所から連れ戻すための光だ!」
サテライトキャノンが吼えた。
赤白い奔流が砲口から解き放たれ、その外側を青白い光が螺旋状に走る。三機の力を束ねた砲撃は広がらず、巨大ガンダムの額に残る一点へ向かって、暗い宇宙を真っすぐ貫いていった。
発射の反動でガンダムXの右肩が沈む。
固定部が裂け、背部リフレクターの一枚が完全に折れた。それでも、ジークアクスが左側から肩を押し上げ、ジフレドのエスビットが右側の光路を支えている。
『ランガ、下がらないで! 私も押してる!』
「押し過ぎるな。砲身が先に折れる!」
『こういう時くらい、少しは私を信用してよ!』
「信用してるから、隣に置いてるんだ!」
サテライトキャノンの光が巨大ガンダムへ迫る。
シュウジは逃げなかった。
白緑の巨体が右腕を引き、指の間へ巨大な柄を握り込む。次元裂け目から溢れた光が掌へ集まり、一本のビームサーベルとして伸び始めた。
その刃は山脈より長く、白い外縁の内側で緑色の奔流が渦巻いている。振り上げられただけで星々が隠れ、イオマグヌッソの外殻へ巨大な影が落ちた。
『この世界は、ララァが見続けている夢だ』
シュウジの声が、巨剣と共に降ってくる。
『夢を終わらせなければ、二つの世界が重なったまま壊れていく!』
巨大なビームサーベルが振り下ろされた。
白緑の光刃がサテライトキャノンの奔流へ正面から激突する。
宇宙の中央へ、色の境界が生まれた。
赤白い砲撃と青白い収束光。
白緑の巨剣と、その奥で揺らぐ紫の次元裂け目。
光はすぐには爆発せず、互いを押し退けながら中央で膨張した。衝突点から波紋が広がり、イオマグヌッソの赤い外殻を照らすたび、遠方の星々が明滅する。
砲身を通じて戻った衝撃が、俺の両腕を痺れさせた。
「出力が押し返される!」
『エンディミオンの出力を上げる!』
「マチュ、待て! 急に上げればエスビットが持たない!」
『持たせる!』
ニャアンの声が重なる。
『二人とも、そのまま続けて。壊れる前に私が経路を組み替える!』
二基のエスビットが光の中で位置を変えた。
一基が上へ、もう一基が下へ移動し、乱れたエンディミオンの粒子を再び砲口へ集める。装甲から破片が剥がれ、紫色の小さな機体が火花へ包まれても、ニャアンは光路を切らなかった。
『シュウジ、やめて!』
マチュの声が砲撃へ重なる。
『ここには私も、ニャアンも、ランガもいる! 勝手に夢って呼んで、最初からなかったことにしないで!』
『夢の中にいる人は、自分が夢だと気づけない』
『気づく必要なんてない! 私はここで転んで、迷って、誰かを待った! それで十分に私の世界だよ!』
白緑の巨剣がさらに押し込まれる。
サテライトキャノンの光が僅かに曲がり、衝突点がこちらへ近づいてくる。ガンダムXの砲身が熱で赤く染まり、外装の継ぎ目から白い蒸気が噴き出した。
HADESが出力低下と離脱を要求する。
俺は表示を消さず、その文字の上へ手動固定の命令を重ねた。
「シュウジ、お前が向こう側を守りたいことまで否定するつもりはない!」
『だったら、なぜ邪魔をする!』
「守ることと、誰かの世界を消すことを同じにするな!」
『選ばなければ、両方を失う!』
「だからって、お前一人で全員の答えを奪うな!」
発射レバーへさらに力を込める。
握った指の感覚は薄れ、腕の奥まで痺れている。それでも、左右から届く二機の推進音が、ガンダムXの姿勢を支え続けていた。
マチュの光は前へ進もうとしている。
ニャアンの光は帰る道を残している。
νガンダムの青白い反応は、二つが散らないように一本へ縫い合わせている。
それらを受け取った俺が、途中で手を離すわけにはいかない。
「生きている世界を、夢と呼ぶな!」
俺の声と同時に、νガンダムのビームサーベルが強く輝いた。
青白い光が収束系へ流れ込み、押し曲げられていたサテライトキャノンの輪郭を再び真っすぐへ戻す。赤白い砲撃が細く締まり、白緑の巨剣へ深く食い込んでいった。
『これは君たちを消すためじゃない!』
シュウジの声にも、初めて大きな揺れが混じった。
『二つの世界が壊れる前に、正しい場所へ戻すためなんだ!』
「戻す場所に、お前自身はいるのか!」
『何を――』
「世界を終わらせた後、お前はどこへ帰る!」
巨剣の動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
白緑の光の奥で、小さなシュウジの反応が揺れる。ドゥーが補助席でハーネスを掴み、身を乗り出した。
「ランガ、今の声が届いた。大きな音の中で、小さいシュウジがこっちを見た!」
「なら、もう一度届ける!」
俺は照準を額の一点へ固定したまま、砲撃出力を引き上げた。
「お前だけが帰れない結末を、救いなんて呼ばせない!」
サテライトキャノンと巨大なビームサーベルが、宇宙の中央で互いの光を削り続ける。
白、緑、赤、青の輝きが混ざらずに拮抗し、その境界だけが細く震えていた。
俺たちの世界を守る光と、シュウジが二つの世界を救おうとする刃が、どちらも譲らないまま、星空を二つへ押し分けていた。