機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
# 本編
## 呪いをほどく光
サテライトキャノンと巨大な光刃の境界が、宇宙の中央で細かく震えていた。
白緑のビームサーベルが押し込まれるたび、ガンダムXの砲身は右肩ごと軋み、赤熱した外装から冷却剤が噴き出す。けれど、その白い霧はすぐに砲撃の熱へ焼かれ、窓を打つ雨のような粒へ変わって消えていった。
星空を二つへ割った光の向こうで、シュウジの巨体が揺らいでいる。
『夢を終わらせなければ、二つの世界が壊れる!』
「だからって、生きている人間まで夢の一部にするな!」
俺は発射レバーを握り直した。
掌の感覚はほとんど残っていない。それでも、指を離した瞬間にマチュとニャアンから届いている光路まで途切れることだけは、考えるより先に分かっていた。
『エンディミオンの出力、まだ上げられる!』
「上げ過ぎるな、マチュ。砲身が先に崩れる!」
『崩れそうなのは見れば分かるよ! でも、ここで押されたら全部終わる!』
『二人とも、そのまま続けて。流れた光は私が戻す』
ジフレドのエスビットが位置を変え、砲身の外へ溢れた赤白い粒子を拾い直す。
紫色の光路が一度だけ弧を描き、散りかけた力をサテライトキャノンへ戻した。その瞬間、νガンダムのビームサーベルが装備ラックの中で強く輝き、青白い反応が砲撃の外周を細く縫い直していく。
赤白い熱と青白い刃が、一本の光へ近づいていく。
ただし、そこへ束ねられたものは出力だけではなかった。
照準環の奥へ、見覚えのある空が映った。
燃えている。
俺が死んだ世界の空だった。
戦火で赤く染まった街並みの向こうに、もう一人のマチュが立っている。髪を風へ乱しながら何かを叫んでいるのに、爆発音へ呑まれて言葉までは聞こえない。
手を伸ばした。
けれど、届かなかった。
伸ばした腕の先で景色だけが白く焼け、彼女の姿は炎と煙の向こうへ消えていく。
「……これを見せているのか」
「ランガの中の音が、砲撃へ混ざってる」
ドゥーの声が背後から届いた。
「シュウジも見てる。ランガがずっと隠してた場所まで、光が連れていってる」
サテライトキャノンの内部を流れる光が、記憶を粒子へ変えている。
俺が見ないふりをしてきた場面も、忘れたと思い込んでいた声も、砲身の奥から次々に浮かび上がっていった。
別の歴史でマチュを失った日。
もう一度会えたなら、今度こそ何もさせず、どこにも行かせず、自分の目が届く場所へ置けば守れると思っていた時間。
そして、この世界で彼女と出会った日。
同じ顔を見た瞬間、失った過去が喉元までせり上がった。それでも、目の前にいるマチュは記憶の中の彼女と同じ仕草をしながら、まるで違う方向へ走っていった。
こちらの都合を待たず、ジークアクスへ乗り込んだ。
危険だと言っても、自分で決めた場所へ向かった。
俺が手を伸ばせば、黙って掴まるのではなく、こちらの手首まで掴み返した。
『これは……君の記憶なの』
光の向こうから、シュウジの声が届いた。
巨神の声ではない。
広い空間へ投げ出された少年が、遠くにいる誰かへ確かめるような声だった。
「そうだ。俺が失って、間違えて、選び直してきたものだ」
『どうして、そこまで失っても、また同じ人を想えるの』
言葉へ返そうとした瞬間、別の記憶が砲撃の中へ浮かんだ。
現在のマチュが、俺の胸倉を掴んでいた。
守るために離れろと言った俺へ、彼女は顔を近づけ、こちらが目を逸らせない距離から言い返している。
勝手に決めるな。
自分だけ死ぬつもりで戦うな。
一緒に地球へ行くと約束しただろう。
その声の後、唇へ残った短い熱まで光へ変わり、巨大な白緑の刃へ届いていく。
「同じじゃない」
『でも、彼女たちは――』
「俺が失ったマチュと、今ここにいるマチュは違う。それぞれが自分の時間を生きて、自分の答えを持っている」
ジークアクスから送られる光が僅かに強くなった。
通信画面の中で、マチュが唇を結んでいる。彼女にも、エンディミオン・ユニットを通じて記憶の欠片が流れているのだろう。
それでも、彼女は目を伏せなかった。
『私を見て、別の私を思い出したことはある?』
砲撃の最中とは思えないほど、静かな問いだった。
「ある」
誤魔化さずに答えた。
マチュの眉が僅かに動く。
「最初は何度も重ねた。失った場面を変えるために、君を守らなきゃいけないと思っていた」
『それで、途中から変わったの?』
「君が俺の言うことを、まるで聞かなかったからな」
『そこはもう少し格好よく言えないの?』
「事実を綺麗に飾っても、君にはすぐばれる」
通信の向こうで、マチュの口元が少しだけ持ち上がった。
ジークアクスは光路を保ったまま、ガンダムXの左肩へ機体を寄せる。その小さな接触が、損傷したフレームを通して掌へ返ってきた。
『私は、誰かの代わりにはならないよ』
「ああ」
『でも、ランガが失った人のことを忘れろとも言わない』
彼女は操縦桿を握り直した。
『それも持ったまま、私の隣へ来ればいい。私が隣にいるかどうかは、そのたびに私が決めるから』
「ずいぶん厳しい条件だな」
『勝手に守るよりは簡単でしょ』
「それもそうだ」
マチュが小さく笑った。
その声が光へ混ざり、失われた世界の夕焼けを少しずつ溶かしていく。赤く燃えていた空の向こうから、今の地球の青い輪郭が重なり、届かなかった手の先へ現在のマチュが自分から手を伸ばした。
過去が書き換わったわけではない。
失った彼女が戻ってきたわけでもない。
それでも、同じ結末へ向かうはずだった運命の線は、目の前の少女が自分で選んだ一歩によって別の方向へ曲がっていた。
『運命が、変わった……』
シュウジが呟いた。
「俺が変えたんじゃない」
サテライトキャノンの照準を一度も外さず、俺は答える。
「マチュが選んで、俺もその選択を受け取った。どちらか一人の願いだけじゃ、ここまでは来られなかった」
『でも、失いたくないと思えば、そばへ置きたくなるはずだ』
「思うさ」
否定しなかった。
「危険な場所へ行くなと言いたい。俺の見える場所にいてほしいとも思う。けれど、それを理由に相手の未来まで閉じたら、守ったことにはならない」
『離れていくかもしれないのに』
「その時は、離れても生きられる道を残す」
『自分が選ばれなかったとしても?』
「それでもだ」
答えた瞬間、巨大なビームサーベルが揺れた。
山脈ほどの光刃を巡っていた緑の筋に、細い亀裂が走る。そこから剥がれ落ちた粒子が宇宙へ流れ、暗闇へ吸い込まれる前に、涙のような光を残した。
シュウジの記憶が、逆流するようにこちらへ届いた。
白い空間。
遠くにいるララァへ伸ばされた手。
彼女を救いたいと願いながら、その答えを一度も本人へ尋ねなかった時間。
壊れる世界を止めるため、誰も選べなくなる前に自分が終わりを決めようとした瞬間。
その願いは最初こそ細い糸だった。
けれど、握り続けるうちに何本もの鎖へ変わり、シュウジ自身の手首から、ララァ、マチュ、ニャアン、二つの世界へ伸びていった。
守りたいという言葉が、誰も動けない形へ全員を縛っている。
『僕は……』
シュウジの声が途切れる。
白緑の巨神はサテライトキャノンを押し返そうとしている。けれど、その手は先ほどまでのように強く巨剣を握り込んでいなかった。
『ララァを救いたかった』
「それは間違いじゃない」
『向こう側も、この世界も壊したくなかった』
「それも分かる」
『だから、僕が終わらせるしかないと思った』
「そこから先を、お前一人で決めたんだ」
巨剣へ、さらに亀裂が走る。
『僕が選ばなければ、誰かが傷つくと思った』
「その結果、選ばせてもらえなかった全員が傷ついた」
『僕は……救おうとしていたのに』
「願いを持つことが悪いんじゃない」
砲撃の出力を押し上げず、一定へ保つ。
ここで力を上げれば、弱まった巨剣ごとシュウジを貫ける。HADESはその結果を射撃解として表示し、敵性中枢の破壊を勧めてきた。
俺はその表示を閉じた。
「捨てろとは言わない。ただ、相手を縛る握り方だけを放せ」
光の中で、シュウジが長い間黙った。
巨大ガンダムの手へ巻き付いていた緑の筋が、一本ずつ解けていく。光の鎖は切断されるのではなく、握る力を失った指の間から静かに抜けていった。
『ガンダムは、世界を終わらせろと言っていた』
「今も聞こえるのか」
返事までに、僅かな間があった。
『……分からない』
「なら、機体の声じゃなく、お前の言葉で決めろ」
『僕の言葉』
「ああ。終わらせるしかないと繰り返す声の下に、ずっと置き去りにしてきた声があるはずだ」
ドゥーが補助席で小さく息を吸った。
「ランガ、小さいシュウジの音が大きくなってる。巨体の方が、少しずつ遠くなってる」
白いガンダムの輪郭が透け始める。
数十倍へ巨大化していた肩から白い薄片が剥がれ、緑色の光へ変わって宇宙へ流れた。その向こうから、隠れていた星々が一つずつ戻ってくる。
巨剣の亀裂は柄まで達していた。
『僕が世界を終わらせなければ、二つとも壊れるかもしれない』
「かもしれない未来へ、全員で答えを探せばいい」
『失敗するかもしれない』
「その時は、失敗した人間の隣へ立つ奴が必要だ」
『君は、それができるの』
「一人では無理だった」
俺は左右へ視線を向けた。
左にはジークアクスがいる。
右にはジフレドがいる。
背後にはドゥーがいて、遠くにはラルさんたちが帰還路を守っている。
「だから、できないことを一人で決めるのはやめた」
マチュが回線へ声を重ねた。
『シュウジ、終わらせる前に、私たちへ聞いてよ』
ニャアンも、少し遅れて続ける。
『私も、選ばれる場所へ従うだけじゃなくて、自分で残りたい場所を決めた。シュウジも、自分だけが消える答えを先に選ばないで』
巨大なガンダムの右手が開いた。
白緑のビームサーベルが、掌から離れる。
光刃は宇宙へ落ちることなく、その場で無数の緑色の粒子へ崩れた。粒子は雪のように四機の間を漂い、次元裂け目の紫色へ吸い込まれず、静かな星明かりとなって残っている。
『僕が握っていたのは、世界を救う手じゃなかった』
シュウジの声が、もう巨神からではなく、一人の少年の距離から聞こえた。
『離せなくなった願いを、みんなへ押しつけていただけだったんだね』
「気づいたなら、手を開け」
白い巨体が崩れていく。
腕が光の薄片となり、肩が星空へ溶け、イオマグヌッソを覆っていた巨大な胸部も透明になっていった。
最後に頭部がほどけ、その額の奥から通常サイズの白いガンダムが現れる。
機体は武器を持たず、次元裂け目の手前へ静かに浮かんでいた。
『ガンダムは、もう何も言っていない』
「なら、今度はお前が決めろ、シュウジ」
沈黙が一度だけ落ちる。
白いガンダムの手が、ゆっくり開かれた。
『僕は……この世界を終わらせない』
その言葉を聞いた瞬間、俺は発射レバーから指を離した。
「マチュ、出力を落とせ!」
『分かってる! ニャアン、経路を切るよ!』
『急に切ったら砲身が破裂する。上から順番に落として!』
ジークアクスのエンディミオン・ユニットが光を弱め、二基のエスビットが中継位置からゆっくり離れる。
νガンダムのビームサーベルも青白い輝きを細め、サテライトキャノンの砲撃を外側から包み込んだ。
シュウジへ届こうとしていた光は、彼の目前で細い粒子へ変わった。
破壊の熱を失った輝きが、白いガンダムの周囲を通り過ぎ、遠い宇宙へ流れていく。長い夜を越えた朝の霧のように、赤、白、青の粒子が星々の間へ溶けていった。
砲身が完全に沈黙する。
リフレクターの一枚が力を失い、ガンダムXの背後でゆっくり折れた。警告音が次々と消え、代わりにマチュとニャアンの荒い呼吸だけが通信へ残る。
星空を覆っていた影は、もうない。
遠方の地球が、雲をまとった青い姿を再び見せている。
『終わった……の?』
マチュが小さく尋ねた。
「少なくとも、撃ち合いは終わった」
『じゃあ、約束を覚えてる?』
「何の約束だ」
『戦いが終わったら、顔を見てもう一回言うって約束』
通信画面の中で、マチュが目元を拭うふりをしながら、こちらを睨んでいる。
「覚えてる。今度は通信じゃなく、本当に目の前で言う」
『また寄り道したら許さないから』
「もう巨大なガンダムは出てこないと思いたいな」
『そういう問題じゃない!』
ニャアンが小さく息を漏らした。
『二人とも、その会話は帰ってからにして。ジフレドのエスビット、本当に限界だから』
「悪い。帰還経路を確認する」
俺は操縦桿を握り直した。
傷だらけのガンダムXが、白いガンダムへゆっくり近づく。ジークアクスとジフレドも左右へ並び、誰も武器を構えていない。
「シュウジ、動けるか」
『少しだけなら』
「なら、一緒に戻るぞ」
『僕も?』
「お前だけが帰れない結末を、救いとは呼ばせないと言っただろ」
白いガンダムの二つの眼が僅かに揺れた。
やがて、機体の推進器が弱い光を灯す。
四機は星空の戻った宇宙で、同じ方向へ機首を向けた。
長い間、誰かを縛っていた願いは消えたわけではない。
けれど、握り締めていた手は開かれ、その掌には新しい答えを置けるだけの余白が残っていた。
俺たちは、その小さな余白を守るように並びながら、青い地球の見える場所へ帰り始めた。