機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
白いガンダムは、細くなった次元の裂け目へ機首を向けていた。
巨大だった面影はもう残っておらず、焼けた白い装甲と弱々しい推進光だけが、あれほど激しかった戦いの続きを静かに物語っている。ビームサーベルを失った右手は何も握らず、開いた掌を紫色の光へ向けていた。
世界を終わらせようとしていた手が、自分の帰る場所を探している。
『僕は、向こう側へ帰るよ』
通信へ届いたシュウジの声には、巨大ガンダムから響いていた重なりがなかった。
少年一人の声だった。
『今度は、誰かの答えを先に決めないために、向こう側で話してみる』
「最初から上手く話せるとは思うなよ。相手が聞いてくれるとも限らない」
『ランガは、そういう時にどうしたの』
「大体は失敗して、何度か怒鳴られて、それでも逃げずに同じ相手へ話し直した」
通信の向こうで、シュウジが僅かに息を漏らした。
『それなら、僕にもできるかもしれない』
「できなかった時は、そこで終わりにするな。勝手に一人で結論を出す癖だけは、向こう側へ置いてこい」
『君もね、ランガ』
「俺も?」
『自分だけが消えれば済むと思う癖を、もう使わないで』
返す言葉が一瞬だけ見つからなかった。
ジークアクスが通信回線の向こうで小さく機体を揺らし、ジフレドのエスビットも同意するように紫色の灯を明滅させた。
『ほら、シュウジにも言われてる』
「マチュは黙っていてくれ。今、少し格好のつかないところなんだ」
『もう十分見てきたから、今さら隠しても遅いよ』
『私も、マチュの方が正しいと思う』
「ニャアンまで加わるのか。戦闘が終わった途端、急に味方が減った気がするな」
シュウジの小さな笑い声が通信へ混ざった。
それを聞いた白いガンダムが、紫の裂け目へゆっくり近づいていく。
『マチュ、今度会う時は、世界を終わらせる話じゃなくて、何をしたいか聞かせてほしい』
『それは私の台詞だよ。次はガンダムが言ってることじゃなくて、シュウジがやりたいことを教えて』
『分かった。今度は、僕の言葉で話す』
白いガンダムが裂け目の縁へ触れた。
紫色の光が機体の腕から胸部へ流れ、白い輪郭を向こう側の星空へ溶かしていく。違う宇宙の光が一瞬だけ覗き、その奥には俺たちの知らない世界が静かに広がっていた。
「シュウジ、帰った先で迷ったら、誰かへ名前を呼んでもらえ」
『どうして』
「自分がどこにいるのか分からなくなっても、名前を呼ぶ声が残っていれば、戻る方向だけは見失わずに済む」
俺が言葉を終えると、白いガンダムは裂け目の中で僅かに振り返った。
『それなら、君はもう大丈夫だね』
シュウジの声を最後に、白い機体は向こう側の星空へ消えた。
次元の裂け目がゆっくり閉じ始める。
紫色の光は細い糸となり、最後には暗い宇宙へ溶けていった。歪んでいた星々が本来の場所へ戻り、遠方では青い地球が雲をまとったまま静かに回っている。
俺はビームサーベルを消灯した。
ガンダムXの右腕から青白い刃が消え、戦場へ本当の暗さが戻る。恐ろしいほど静かなはずの宇宙が、今は夜明け前の部屋みたいに穏やかだった。
「帰ったな」
誰へ言ったのか、自分でも分からなかった。
「うん。でも、ちゃんと自分で帰っていった」
背後の補助席から、ドゥーが静かに答えた。
「そうだな。今度は誰にも押し戻されず、自分で選んだ」
ガンダムXの正面へ、赤い推進光が近づいてくる。
ジークアクスだった。
武装をすべて収納し、損傷したガンダムXへゆっくり相対速度を合わせている。マチュの操縦は戦っている時より慎重で、二機の肩が触れない距離を保ちながら、コックピット同士を向かい合わせようとしていた。
『ランガ、動かないで』
「命令口調になってないか」
『動いたらぶつかるから言ってるの。左脚が壊れてる機体で細かい調整しないで』
「一応、こっちの方が操縦歴は長いんだけどな」
『待たせた時間の方が長いから、今は私が決める』
言い返そうとして、やめた。
ジークアクスが近づくたび、通信画面のマチュが大きくなる。乱れた髪、頬へ走った薄い傷、何度も袖口で拭ったらしい目元まで、もう雑音へ隠れる距離ではなかった。
彼女が本当にいる。
声だけでも、感応だけでもなく、傷ついた機体に乗って俺の目の前まで来ている。
『通信だけじゃ足りない』
マチュがそう言うと、ジークアクスのコックピットハッチが開き始めた。
外の光が操縦席へ流れ込み、機密服姿の彼女を青く照らす。背後に地球を置いた姿は、宇宙へ開いた小さな窓の中で、長い時間を越えてようやく届いた答えみたいに見えた。
「マチュ、気密確認はしたのか」
『したよ。命綱も付けたし、姿勢制御も切り替えた』
「なら、もう少し待て。こちらも区画を分ける」
『また待つの?』
「今回は三十秒くらいだ」
『その三十秒を、何回積み重ねたと思ってるの』
「痛いところを正確に狙うな」
俺は操縦区画の隔離操作へ手を伸ばした。
気密隔壁が補助席との間へ下り、ドゥー側の生命維持表示が独立系統へ切り替わる。俺自身の機密服も確認し、ハッチ開放用のレバーへ指を掛けたところで、背後を振り返った。
隔壁越しのモニターに、ドゥーが映っている。
彼女は補助席のハーネスを外さず、こちらの視線へ気づくと少しだけ首を傾けた。
「すぐ戻る」
「今は、その言い方をしなくていい」
「でも、君を一人にして外へ出る」
「置いていかれるのとは違う。ランガは戻る場所を、もう間違えないから」
ドゥーは膝の上で両手を重ね、それからハッチの向こうへいるマチュを見た。
「行ってきて。マチュは声だけじゃなくて、ランガが本当にいることを確かめたがってる」
「ドゥーは、それでいいのか」
「いいかどうかは、あとで三人で話す。だから今は、行ってきて」
隔壁越しに、彼女が小さく手を振った。
以前なら、ここで足を止めていたかもしれない。
誰か一人へ手を伸ばすことが、別の誰かを置き去りにする行為へ思えたからだ。けれど、ドゥーは自分の座る場所を自分で決め、俺へ進む方向まで示している。
だから、俺も彼女の選択を勝手に言い換えない。
「行ってくる」
ハッチ開放レバーを引いた。
ガンダムXのコックピットが宇宙へ開き、残っていた冷却剤の霧が外へ流れ出す。戦闘で熱を持ったハッチの縁へ手を掛け、命綱を固定して機体の外へ出た。
二つのコックピットが向かい合っている。
その間は数メートルしかない。
戦場では一秒で通り過ぎる距離なのに、今は何年分もの時間が詰まっているように見えた。
マチュがジークアクスの操縦席から身を乗り出す。
ヘルメットのバイザー越しでも、こちらを見つめる目ははっきり分かった。口元が少し動き、何かを言おうとしたらしいが、通信へ最初の声は届かなかった。
「マチュ、無理に飛ぶな。こちらから――」
『もう遅いよ』
彼女はジークアクスのハッチを蹴った。
赤い機体から離れた身体が、暗い宇宙を真っすぐこちらへ飛んでくる。腰に繋がった命綱が緩い弧を描き、背後の地球の青が彼女の輪郭を縁取った。
「本当に待たないな!」
俺はハッチから身を乗り出し、両腕を広げた。
マチュの身体が胸へぶつかる。
機密服同士の衝突が予想より強く、背中がコックピットの縁へ当たった。けれど、痛みを確認する前に彼女の両腕が俺の背中へ回り、逃がさないように強く引き寄せてくる。
「ランガ……!」
ヘルメット同士が軽く触れた。
通信越しの呼吸が近過ぎて、互いの言葉へ何度も重なる。俺は一度だけ手を宙へ止め、それから震えている彼女の背中へ腕を回した。
細い身体だった。
強く抱けば壊れそうなのに、こちらへ回された腕の力は驚くほど強い。胸へ伝わるはずのない鼓動が、機密服とヘルメットを越えて響いてくるような気がした。
『遅いよ』
「ああ」
『何回待ったと思ってるの』
「数えたら、もっと怒られそうだな」
『通信だけ送って、それで来たつもりになって……』
「ならない。だから、ここまで来た」
マチュの指が、俺の背中へ深く食い込む。
彼女は顔を上げようとせず、ヘルメットを俺の肩へ押しつけたまま、荒い呼吸を繰り返している。
俺も何か気の利いたことを言おうとした。
別世界の彼女へ届かなかった言葉も、ずっと胸の奥で繰り返してきた謝罪も、今なら全部言える気がしていた。
けれど、口から出たのは一番短く、何度も言い直してきた言葉だけだった。
「生きて帰った」
マチュの肩が一度だけ揺れた。
「通信だけじゃない。今度こそ、本当に君のところへ帰ってきた」
『遅い』
「ああ、遅くなった」
『遅過ぎるよ、ランガ』
「それでも、待っていてくれた」
『待たせたのはランガでしょ』
「そうだったな」
マチュがようやく顔を上げた。
バイザーの内側で目元が濡れていても、口元は無理やり上へ持ち上げられている。怒っている顔とも、笑っている顔とも違い、そのどちらも諦めずに同時に作ろうとしていた。
『でも……ちゃんと帰ってきてくれて、よかった』
その言葉の最後だけが、細く途切れた。
俺は彼女の背中へ回した腕に、もう一度力を込めた。
「ただいま、マチュ」
彼女は返事の代わりに、俺の胸へ顔を戻した。
命綱が二人の周囲でゆっくり輪を描き、傷だらけのガンダムXとジークアクスが、その小さな影を挟むように宇宙へ並んでいる。
遠くではジフレドが動かずに待ち、キケロガの緑色の灯も静かに明滅していた。閉じた次元裂け目の跡には星々が戻り、青い地球だけが何も急かさず、長い夜の終わりを見届けている。
俺たちは、すぐには腕を解かなかった。
説明も、謝罪も、これから決めなければならないことも、まだいくらでも残っている。それでも今だけは、互いがここにいるという重さを、離れる前に十分確かめておきたかった。
失った時間を取り戻すことはできない。
けれど、これから積み重ねる時間なら、抱きしめた腕の中にまだ残されている。
マチュの命綱と俺の命綱が宇宙で重なり、二本だった線は、帰る場所へ続く一つの輪を描いていた。