機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
マチュの「空って、自由ですか」って一言。
あれは、ただの憧れの言葉のはずなのに、俺の胸の奥に刺さって抜けなかった。
「……自由か」
俺は思わず呟いた。
答えが出ない。出せない。
俺の知る宇宙は広いのに、どこにも逃げ場がなくて、自由って単語はいつも“嘘の包装紙”みたいに使われてきたからだ。
「ねえ、ランガ」
マチュが俺の顔を覗き込んでくる。
「自由って、あるの?」
「……」
言葉が詰まる。
正解が分からない。
肯定すれば、彼女を危険に近づける気がして、否定すれば、彼女の目の光を折ってしまう気がした。
「……自由は、たぶん」
俺が言いかけた、その瞬間。
「皆! モビルスーツだ!」
倉庫の奥から叫び声が飛んで、空気が一気に固まった。
「え、なに?」
マチュが振り返る。
「外! 外見て!」
ケーンが窓際へ走り、俺も反射でついていく。
アンキーが低い声で言った。
「……面倒なのが来たね」
視線の先、夜のスラムの上空で、二つの巨体がぶつかり合っていた。
デブリとビル影で輪郭が途切れ途切れになるのに、あの“骨格”だけは見間違えない。
「……ガンダム」
俺の口から勝手に出た。
「え、ガンダム?」
マチュが目を丸くする。
「本物の?」
「……本物って言い方がもう怖いな」
俺は息を吸って、さらに目を凝らした。
片方は赤い機体。
あの時、宇宙で俺の前に現れた赤いガンダムと同じだ。
背中に、見覚えのある形状――一年戦争の頃のビットじみた装備が浮かび、光点が軌道を描いて相手を削っていく。
「うわ……なにあれ、背中から飛んでる」
マチュが小さく呟く。
ジェジーが舌打ちする。
「最悪だ……あれ、また“例の赤”だろ」
ケーンが早口で言う。
「もう一機もガンダム系だよ! 形は違うけど、フレームの雰囲気が同じだ!」
もう一体のガンダムは、赤とは別の輪郭だった。
頭部の意匠も違う。装甲も違う。
それでも、あれは間違いなく“ガンダム”の系譜だ。
二体のガンダムが、スラムの上で噛み合うみたいにぶつかって、火花と残光だけを残していく。
「……どっちかに、俺の知る誰かが乗ってるのか?」
俺の独り言に、アンキーが鼻で笑う。
「ロマンに浸ってる場合じゃないよ、ランガ」
「分かってる」
分かってるが、目が離せない。
その瞬間、二体のガンダムが同時に距離を取り、影に溶けるように――消えた。
まるで最初からそこに居なかったみたいに、夜だけが残る。
「……消えた?」
マチュが声を震わせる。
「なに今の……」
俺が返事を探している間に、別の音が増えた。
鈍い重低音。
警報のサイレン。
そして、上空から降りてくる量産機のシルエット。
「軍警だ」
俺が言うより早く、ジェジーが吐き捨てた。
「……ザクだ、しかも複数」
ケーンが青ざめる。
マチュが唇を噛む。
「……ひどい」
軍警ザクは、ガンダムを探す名目で、スラムを踏み荒らし始めた。
ライトで照らし、建物を蹴り、怒鳴り、住民を壁に押し付ける。
その光景は、見たことがある。
いや、俺もやったことがある。
ティターンズが“粛正”って言葉を盾に好き放題していた、あの匂いと同じだ。
「アイツら……」
俺が低く言うと、アンキーが吐き捨てる。
「ジオンが戦争に勝っても、スペースノイドは自由になれないってことだね」
俺は唇を噛んだ。
「……いつまで経っても、苦しいままだ」
その時、軍警の一機が、こっちに顔を向けた。
モノアイの光が、倉庫の入り口を舐める。
「あっ、まずい! ザクを隠せ!」
ジェジーが叫ぶ。
「はぁっ!? 隠せって……うぅ……!」
ケーンが情けない声を出しながらも動く。
ポメラニアンズの連中が、倉庫奥の旧ザクを必死に引っ張る。
マチュが俺の袖を掴んだ。
「ねぇ、戦わないの?」
ジェジーが即答する。
「軍警とやるバカが居るか!」
アンキーも続ける。
「勝てても終わりだよ、全部潰される」
マチュが食い下がる。
「でも、このまま見てるの?」
「見てない、隠す」
「それって、逃げるってこと?」
「違う、生き残るってことだ」
俺は言い切った。
「マチュ、隠れてくれ」
俺は彼女の肩を押して、影へ誘導しようとした。
「俺がその間に――」
言い終える前に、マチュが走った。
「マチュ! ちぃ!」
俺の喉が焼けた。
間に合わない。
距離がある。
なのに、彼女は一直線に旧ザクへ向かっている。
「やめろ! 乗るな!」
俺が叫ぶ。
マチュは振り返らない。
「しょうがないじゃん! このまま、やられるの見たくないから!」
「……ッ」
俺はジェジーの腕を掴んだ。
「少し借りるぞ!」
「えっ、お前! インストーラー返せ!」
俺はインストーラーデバイスをひったくり、旧ザクのコックピットへ飛び込むマチュを追う。
「何をやってるんだ、馬鹿!」
俺が怒鳴る。
マチュが操縦席で必死に手を動かす。
「ランガも来たなら、一緒に止めるしかないでしょ!」
「止めるってのは“止め方”がある!」
「そんなの知らない!」
「……知ってる奴が今ここにいるだろ!」
外で金属が軋む音。
軍警ザクがこっちへ寄ってくる。
俺は操縦桿を握り、旧ザクを立ち上がらせる。
重い。遅い。整備も甘い。
ペイルライダーの反応に慣れた手が、苛立つほど鈍く感じる。
「とりあえず、掴まってろ!」
「えっ」
マチュが後ろで体勢を固める。
軍警ザクがこちらに気づいた。
「なっ、ここにもモビルスーツが!」
モノアイが光り、ザクマシンガンの銃口が向く。
「撃たれる!」
マチュが叫ぶ。
俺は即座に周囲を見る。
コロニー内、しかも市街地。
撃ち合えばスラムが焼ける。
それだけは避けたい。
「コロニーで、しかもこんな市街地で撃つな!」
俺は近くの瓦礫を掴み、投げた。
狙うのは機体じゃない。銃口だ。
瓦礫が銃口に噛み、直後に暴発。
ザクマシンガンが火を噴いて、弾が自分の脚元を抉る。
「うわっ!」
相手が体勢を崩した隙に、俺は旧ザクを反転させた。
「地下だ、降りるぞ!」
「地下!?」
「逃げるんじゃない!」
俺は言い切る。
「ここで戦えば被害が大きい、奴らはガンダムを探してるけど、俺たちも放っておかれない!」
「だから、戦う場所を変えるの?」
「あぁ!」
本当は、ペイルライダーへ向かう時間を稼ぎたい。
でも今は、それを言えない。
マチュの正義と、俺の現実を、同じ言葉で繋ぐ必要がある。
地下へ降りる。
薄暗い通路、湿った空気、配線の匂い。
その先で、俺は足を止めた。
「……なっ」
そこに、ガンダムがあった。
しかも、コックピットが開いている。
空っぽのまま“乗れ”と言っているみたいに。
「なんで、こんな所に……」
俺が呟いた、その時だった。
「……一つだけじゃ、足りない」
背後で、誰かの声。
マチュの声だった。
「えっ」
次の瞬間、マチュが飛び出した。
「なっ、待て!」
俺が腕を伸ばす前に、彼女は操縦席へ滑り込む。
導かれるように。
まるで、最初からそこに座るべきだったみたいに。
「マチュ! くそっ!」
俺は追うが、上から軍警ザクが降りてくる音がした。
間に合わない。
ザクの銃口が、ガンダムへ向く。
その瞬間、耳の奥で声がした。
あまりに懐かしくて、背骨が冷えた。
『運命は時に残酷かもしれない。けれど、君は守ると決めたんだろう』
「……アムロさん?」
疑問はある。
でも、今は答えを探す時間じゃない。
「やらせるかよ!!」
俺は旧ザクを前に出し、蹴り上げた。
軍警ザクの腹部に衝撃を入れ、一瞬だけ動きを止める。
そのまま壁へ押し当てるようにタックル。
装甲が軋み、コックピットが揺れる。
「ぐっ!」
マチュが息を呑むのが背後で分かった。
俺は叫ぶ。
「機体の性能が、戦力の決定的な差じゃないんだよぉ!!」
ヒートトマホークを奪い取り、相手の頭部へ叩き込む。
モノアイが割れ、光が消える。
だが、もう一機が来た。
横から、俺の死角へ。
「っ!」
世界が一瞬止まったみたいに見える。
死ぬ瞬間はスローモーションになる、という話を思い出す。
本当にそうだとしたら、俺は今その中にいる。
「やらせるかぁぁぁぁぁ!!!」
叫び声。
同時に、緑色の光が走った。
ビームサーベル。
軍警ザクの頭が吹き飛ぶ。
「……ガンダム」
俺が呆ける。
そして、通信が割れる。
「ランガ! 大丈夫!?」
その声で、理解するには十分すぎた。
マチュが、ガンダムに乗っている。
「……マチュ」
俺は息を吐く。
怒鳴りたいのに、喉が震えて声が出ない。
守れた安堵と、守らせてしまった恐怖が同時に来る。
「今、私、やれたよね?」
マチュが必死に言う。
「私、怖かったけど……でも!」
「……褒めるのは後だ」
俺は自分の声を取り戻す。
「今は逃げる。生きて帰る」
「逃げるの、嫌なんだけど!」
「嫌でも逃げる!」
俺は言い切る。
「お前が死んだら、俺が終わる!」
言ってから気づく。
今のは本心すぎた。
でも、もう遅い。
マチュの返事が一拍遅れて、震えた声が返る。
「……分かった」
俺は旧ザクの操縦桿を握り直し、マチュのガンダムと並走できる角度を取る。
地下の狭さは、俺の味方だ。
射線が通らない。
デブリと壁は盾になる。
そして何より、マチュの機体が“本物の刃”を持っている。
「ランガ、次はどうするの」
「……次は」
俺は息を吸う。
答えは一つだ。
この一連は偶然じゃない。
ガンダムがここにある。
マチュが乗れた。
軍警が来た。
全部が繋がっている。
「次は、守り方を選ぶ」
俺は言った。
「お前の自由を、壊さない守り方を」
そう言った直後、遠くでまた金属が軋んだ。
追撃が来る。
戦いは終わっていない。
でも、たった一つだけ確かだ。
マチュの問いに、俺はまだ正しい答えを持っていない。
それでも、答えを探すために生き残ることだけは、今夜も決められる。