機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
そこに立っていたのは、ガンダムだった。
さっきの動き、さっきの叫び声、そしてさっきの緑色の閃光。
どう考えても、あれに乗っているのは――マチュだ。
「……マチュが、乗ってるのか」
俺の声が、自分でも分かるくらい乾いていた。
守りたい相手が、いま兵器の中心にいる。
その事実は、安堵より先に、嫌な冷たさを胸に沈めてくる。
「うん、よく分からないけど……自然と動かせる感じがして」
通信越しのマチュの声は震えているのに、言葉そのものは妙に真っ直ぐだった。
怖いはずなのに、怖さだけで止まれない声だ。
その声を、俺は知っている。
戦場に飲まれそうになって、それでも踏みとどまる人間の声だ。
「自然と……?」
俺は疑問を噛み砕く暇もなく、マチュの次の言葉を待ってしまう。
嫌な予感と、見たくない確信が、同じ場所で膨らむ。
「なんかね、コックピットの横に……オメガサイコミュ、って書いてあるデバイスがある」
「っ……」
その単語だけで、俺の背中が冷えた。
サイコミュ。
一年戦争の頃から開発されていた、パイロットの意思や感応を、機体の操作へ反映させるための総称。
俺が知る範囲でも、ビットやファンネルの遠隔制御に繋がり、もっと身近なところではZガンダムのバイオセンサーが象徴的だった。
けれどマチュは言った。
「操縦桿を握らずに、自然と動かせる」と。
それが本当なら、あれは“補助”じゃない。
意思そのものを機体制御へ直結させる、もっと露骨な接続だ。
つまり、マチュの心が揺れれば揺れるほど、機体も揺れる。
そして、揺れが閾値を越えれば、世界まで揺れる。
そんな思考をしている間にも、もう一体のザクがこちらへ迫っていた。
さっき頭を落とした方とは別の機体が、地下の通路を削りながら降りてくる。
マシンガンの照準がぶれているのは、暗所と混乱のせいだ。
だが、ぶれていても当たれば死ぬ。
「マチュ!」
「えっ!?」
俺は叫び、同時に旧ザクを動かした。
狙いは撃ち返すことじゃない。
生き残るための空間を作ることだ。
近くの扉。
整備用の非常口。
薄暗い通路の端にある、外へ抜けるハッチ。
俺はそこへマチュのガンダムを誘導し、自分の旧ザクも続けて滑り込ませる。
金属の擦れる音。
圧の変化。
ハッチが開く瞬間、空気が吸い出されるような感覚。
そして――視界が、開いた。
「……宇宙、か」
言葉にした途端、肺が少しだけ軽くなる。
俺は何度もクラバで宇宙を見てきた。
けれど今の宇宙は、今までの宇宙と違う。
隣に、マチュがいるからだ。
そしてマチュが、ガンダムに乗っているからだ。
その事実が、宇宙の暗さを別の種類の恐怖に変える。
「ランガ、外、出ちゃった……」
マチュの声が小さい。
小さいのに、妙に遠い。
まるで、どこか別の場所へ引っ張られているみたいな声だ。
「マチュ、俺の声が聞こえるか」
「……うん、聞こえる……けど……」
その“けど”が怖い。
心が別の周波数へ切り替わる瞬間の前兆みたいに聞こえる。
「っ……」
その瞬間、俺の眼前に広がったのは、虹だった。
宇宙で虹なんて見たことがない。
光は屈折しないはずだ。
水滴もない。
大気もない。
なのに、虹がある。
虹という言葉では足りないほど、色が“割れて”いる。
世界のレイヤーが剥がれて、その断面が発光しているみたいな光景だった。
「……キラキラ」
僅かに聞こえた声。
マチュだ。
いや、マチュの声なのに、マチュじゃないみたいに軽い。
俺の心臓が嫌な鳴り方をした。
虹の向こう側に見えたのは――地球だった。
あり得ない距離感で、あり得ない存在感で、青い球体が視界の中央に浮かんでいる。
さっきまでサイド6の外縁にいたはずなのに、視界が“地球圏の夢”へ接続されている。
それだけでも十分おかしいのに、さらにおかしいものが見えた。
地球へ向かって落ちていく、巨大な岩塊。
それがただの隕石ではないと、俺の知識が勝手に名前をつけた。
「あれは……アクシズ」
喉が渇いた。
なぜアクシズがそこにある。
なぜこの時代に。
なぜこの世界で。
問いが溢れて、全部が同じ一点へ収束する。
“歪み”だ。
この世界は、俺の知る宇宙世紀とは違うはずなのに、違うからこそ、こういう“あり得ない記憶”が混線する。
そして、アクシズを押し返そうとしている影があった。
白い機体。
背中のフィン。
輪郭だけで分かる。
あれは――
「あれは、ガンダムなのか」
言った瞬間、俺の腕が勝手に伸びていた。
理由は分からない。
届くはずがない。
なのに伸びる。
伸びる手が、勝手に“そこへ行くべきだ”と主張している。
聞こえた。
声が、聞こえた。
あまりに鮮烈で、あまりに遠いのに、鼓膜じゃなく胸の内側に直接届いた。
『νガンダムは伊達じゃない!』
「……っ」
息が止まりそうになる。
νガンダム。
アムロさん。
俺の知る未来の象徴。
それが、今ここにあるはずがない。
だが目の前の光景は、あると言い張っている。
俺の伸ばした手は届かなかった。
νガンダムに、アムロさんに、届くはずがない。
なのに――
「っ!」
ザクの手が、掴んだ。
何を掴んだのか分からない。
分からないまま、指が勝手に握り込んでいる。
握った瞬間、掌の中に“熱”が生まれる。
熱が刃になって、視界が白くなる。
その時、現実が戻ってきた。
こちらに迫る存在。
さっき追ってきたザク。
虹の幻の外側から、現実の殺意が突っ込んでくる。
「ランガ!」
マチュの叫び。
だがその声より早く、俺の腕が動いた。
ザクの手に握られた“それ”を、俺は振り上げる。
ビームサーベル。
あり得ない。
でも、振り上げた瞬間に、熱の刃が伸びて宇宙を裂く。
俺は理屈より先に、最短の軌道で振り下ろした。
迫るザクが、簡単に切り裂かれる。
装甲が溶け、フレームが割れ、機体が二つに分かれる。
あまりに呆気なく、あまりに暴力的だ。
「なっ……」
俺自身が声を漏らした。
威力が凄まじすぎる。
ザクという機体が“紙”みたいに見える。
そして次の瞬間、サーベルの光がふっと弱まった。
熱源が切れる。
エネルギーが尽きたのか、接続が解けたのか、理由は分からない。
ただ、刃は消えた。
「まさか……アムロさんのガンダムの、ビームサーベル……?」
言葉にした途端、背筋が凍る。
幻覚なら良かった。
錯覚なら良かった。
でも俺の掌には、確かに“握った感触”が残っている。
「ランガっ!」
マチュの声が近くなる。
ガンダムの手が、こちらへ伸びる。
その手が旧ザクの腕を掴んだ。
「大丈夫!?」
「……なんとか」
俺は息を吐く。
「とにかく、早く戻ろう」
宇宙でどれくらい持つか分からない。
酸素や姿勢や、機体の限界もあるが、それ以上に“マチュの心”がどこまで引っ張られるか分からない。
このまま長居したら、また虹が開く。
また向こう側が覗く。
そしてその向こう側に、マチュが連れて行かれる気がする。
「ランガ、今の……なに」
「説明は後だ」
俺は言い切る。
「今は帰る。帰って、息をしよう」
「……うん」
ガンダムが俺の旧ザクを引き、俺は推進を最小限にしてコロニー側へ姿勢を合わせる。
戻る道は、さっき来たハッチのはずだ。
だが、さっきの光景が脳裏に焼き付いて、距離感が狂う。
俺は必死に計器へ意識を固定し、現実の速度と角度だけを信じる。
そして、サイド6へ戻りながら、俺は自分でも驚く言葉を呟いていた。
「……幻じゃ、なかったのか」
手元を見る。
旧ザクの手の中に残っているもの。
さっきまで燃えていた熱の名残。
形は確かに“柄”としてそこにあり、俺の指がまだそれを握っている。
νガンダムのビームサーベル。
そんなはずがない。
そんなはずがないのに、俺の掌はそれを“本物”として記憶している。
マチュのガンダムが、俺を引いていく。
そして通信越しに、彼女の声が震えている。
「ランガ、私……どうして動かせたんだろう」
「……分からない」
俺は正直に言った。
「でも、分からないまま動かすのは危険だ」
「じゃあ、もう乗っちゃ駄目?」
「駄目じゃない」
俺は言葉を選ぶ。
「乗るなら、俺が横にいる時だけにしろ」
守るための条件。
縛るためじゃない。
そう言い聞かせても、胸の奥が痛む。
自由という言葉を、俺はまだ正しく扱えない。
それでも今は、マチュが消えないように、手綱を握るしかない。
サイド6の暗さが戻ってくる。
偽物の空。偽物の静けさ。
だが、俺の手の中にある“本物の残滓”が、その偽物をさらに不気味に照らしていた。
「……これは、ただの偶然じゃない」
俺は呟く。
誰に聞かせるでもなく、ただ自分の恐怖に名前を付けるために。
そして、ザクの手に握られたままのその柄を見つめながら、俺は確信してしまう。
この世界の歪みは、俺だけじゃなく、マチュの心にまで触れている。
触れているなら、もう逃げ場はない。
逃げ場がないなら、守り方を選ぶしかない。
俺は柄を強く握り直した。
握り直した指先が、まだ熱い気がした。