機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

18 / 46
RETURN

宇宙から――サイド6へ、戻って来た。

正確には「戻って来られた」と言うべきだろう。

戻る途中の感覚はまだ指先に残っていて、呼吸のたびに胸の奥が少しだけ遅れて痛んだ。

 

「戻ってこれた……」

マチュが、ほっとしたように言った。

その声の軽さが、俺の胃の底を少しだけ温める。

 

「あぁ」

俺は短く返しながら、コックピットの計器を落ち着かせて、ゆっくりとハッチを開いた。

空気が戻る。

空気があるだけで、人間はここまで安心できるのかと思う。

宇宙は呼吸を奪わないようでいて、精神の呼吸だけは簡単に奪う。

 

俺はザクから降りる。

関節の軋みと、機体の古い油の匂いが鼻についた。

マチュもガンダムのハッチから身を乗り出して、地面に降りる。

互いに顔を見て、互いに生きていることを確認するだけの数秒が、妙に長い。

 

「ランガ! 凄かったよね!」

マチュの顔は、楽しそうだった。

怖かったはずなのに、恐怖より先に興奮が目に出ている。

さっき見た“虹”と“地球”と“アクシズ”と、そしてあの一瞬の輝きが、彼女を掴んで離さないのが分かった。

 

俺はそれが嬉しい、とは言えなかった。

嬉しいより先に、違和感がある。

あの光景は美しすぎた。

美しすぎるものは、だいたい人間を殺すための餌だ。

 

「どうしたの、ランガ?」

マチュが首を傾げてくる。

楽しいのに、俺の顔が固いのが分かったのだろう。

 

「いや、少しな」

俺は曖昧に答えて、視線をザクの右手へ移した。

 

そこに、握られている“柄”があった。

無我夢中で振り回したもの。

熱の刃が伸びて、ザクを簡単に切り裂いたもの。

あれが今もここにあるという事実だけで、さっきの光景が幻じゃないと確定してしまう。

 

俺は一歩、ゆっくり近づいた。

近づくほど、喉が渇く。

手が勝手に動いて触れてしまいそうで、触れた瞬間に何かがまた接続される気がして怖い。

 

「っ……」

マチュも気づいたらしく、俺の横から覗き込む。

 

「あれ、これって……確かビームサーベルだっけ?」

彼女の言い方が軽い。

軽いからこそ、背筋が寒くなる。

ビームサーベルを“確か”で済ませる世界。

それが今、彼女の現実になりかけている。

 

「……」

俺は返事を遅らせる。

言葉にしたら、より現実になる。

より現実になったら、マチュの憧れが“危険”と同じ意味になってしまう。

 

「あれ、ザクってこんなの持ってたっけ?」

マチュが不思議そうに言う。

彼女には、虹の向こうの幻が見えていなかったのだろう。

見えていたら、この質問は出ない。

見えていなかったことに、少しだけ救われた。

 

「……さぁな」

俺はそう答えた。

嘘ではない。

少なくとも「このザクの標準装備ではない」のは確かだが、説明するには話が長すぎて、話したら彼女をさらに巻き込む。

 

俺はそのまま、ビームサーベルの柄が外から見えないように、ザクの手を機体の影へ寄せた。

“隠す”という行為が習慣になっていることが、ここでも嫌になる。

だが隠すしかない。

今はまだ、隠すしかない。

 

「マチュ、とりあえず送っていくよ」

俺がそう言うと、マチュは目を瞬かせた。

 

「えっ、けど、これらはどうするの?」

彼女の視線はガンダムとザク、そして倉庫の奥を行き来する。

今の彼女は、好奇心が勝っている。

好奇心が勝つと、危険は“面白い”に変換される。

それが一番危ない。

 

「ふふんっ、そこは大丈夫、大丈夫」

俺はわざと軽く言ってみせた。

軽く言わないと、マチュが不安を増やす。

不安が増えたら、また勝手に動く。

それが一番困る。

 

「俺がなんとかするから」

「いや、なんとかって……」

マチュの声が疑いの色を含む。

 

「とにかく、また面倒なのが来る前に」

俺はそこで言葉を切った。

面倒、という単語で濁すしかなかった。

軍警だとか、ガンダムだとか、歪みだとか、言った瞬間に日常が崩れる。

 

「うっ、うん……分かった」

マチュは渋々頷いた。

門限が過ぎていることも、彼女は分かっている。

そして今夜の出来事を、家で説明できないことも、たぶん分かっている。

それが彼女の目を、少しだけ曇らせた。

 

俺はマチュを送り届けた。

帰り道、彼女はいつもの調子で文句を言いかけて、途中で黙った。

黙ったまま、最後に小さく言う。

 

「ねえ、ランガ」

「なんだ」

「私、怖かった」

「……」

「でも、ちょっとだけ、綺麗だって思った」

 

俺は返事ができなかった。

綺麗だと思うのは、悪いことじゃない。

だが綺麗だと思ったものが、人を戦場へ引っ張ることもある。

その“ちょっとだけ”が、未来を変える。

だから俺は、言葉じゃなくて、ただ頷いた。

 

「じゃあ、また明日ね」

マチュはそう言って手を振り、ドアの向こうに消えた。

 

俺は振り返り、夜の空気を吸った。

ここからが本番だ。

隠しものを片付ける時間だ。

面倒の種を摘む時間だ。

 

すぐに俺はペイルライダーへ向かった。

偽装外装のズゴックが、倉庫の暗がりで鈍い影になっている。

ズゴックの装甲のおかげでパワーは十分にあり、重量物を運び込むには都合がいい。

俺は機体を起動し、静かに進めた。

推進は最小。

音も光も出しすぎない。

目立たない動きが、戦場よりも重要になる夜がある。

 

ポメラニアンズの拠点へ戻り、ガンダムとザクを運び込む。

その瞬間、ジェジーが吠えた。

 

「あれって、もしかしてシローなのか!? おい、お前、今までどこに――」

「うるさい」

俺は言葉を切る。

「お前達が色々と面倒な事をしたからだろ」

 

「はぁ!? 俺のせいかよ!」

「お前が引き金を引かなきゃ、ここまで騒ぎになってない」

「言い方がムカつくんだよ!」

 

ケーンが慌てて割って入る。

「まぁまぁ、今は口喧嘩してる場合じゃないよ! それよりその機体、どこから――」

「説明は後だ」

俺は短く答え、収納作業を優先した。

 

幸い、施設自体は壊れていない。

ガンダムもザクも、強引に押し込めるスペースはある。

俺は手順を頭の中で組み、最短の動きで格納していく。

金属が擦れる音が響くたび、さっきの虹の残光が脳裏を掠めて、背中が冷たくなる。

ここに置いておくこと自体が危険だ。

だが置いておかなければ、もっと危険になる。

そういう矛盾の中で、俺は手を動かすしかなかった。

 

作業がひと段落したところで、アンキーから通信が入った。

周囲に他の連中がいるから、彼女はわざと軽い声で言う。

 

「それにしても、シロー」

「あなた、可愛い彼女がいたんだね」

 

「……やっぱりバレてたか」

俺は苦く笑う。

隠したつもりでも、あの女の嗅覚は鋭い。

 

「色々聞きたい事はあるけどね」

アンキーの声は軽いのに、その軽さが逆に重い。

“聞きたい事”が、俺の素性なのか、機体なのか、ガンダムなのか、全部なのか分からない。

分からないから怖い。

 

「……それは」

俺が言いかけると、アンキーが先に遮る。

 

「ここじゃ無理かもしれないね」

「そっちも、周りにその話を聞かれたくないだろ」

 

「……分かった」

俺は頷くしかない。

今は向こうの要求を断る訳にはいかない。

ポメラニアンズという足場を失えば、地球行きの金が消える。

それはマチュの願いを遠ざける。

そして、俺の“確かめたい本物”も遠ざける。

 

通信が切れて、倉庫の音が戻る。

ジェジーがまだ不満そうに唸っている。

ケーンが端末でログを追っている。

ニャアンは隅の方で小さくなっている。

マチュはいない。

それが、今は一番ありがたい。

 

俺は作業台の端に腰を下ろし、手のひらを開いた。

指先に、まだ熱が残っている気がする。

もちろん錯覚だ。

だが錯覚だと言い切れないものが、今夜の俺には多すぎた。

 

(νガンダムのビームサーベル)

(オメガサイコミュ)

(虹の向こうの地球)

(アクシズ)

 

俺の知る宇宙世紀の記憶が、勝手にこの世界へ侵入してきて、現実と混線する。

それがゼクノヴァのせいなのか、マチュのせいなのか、俺のせいなのか。

答えはまだない。

 

だが一つだけ確かなことがある。

マチュは“動かせた”。

そして“綺麗だと思った”。

その二つは、戦場の入口としては十分すぎる。

 

(守る)

俺は心の中でだけ繰り返す。

(守ると決めたなら、今夜の出来事を放置しない)

(放置すれば、次に壊れるのは日常だ)

 

俺は立ち上がり、フードを直し、もう一度格納庫の奥を見た。

ここにあるものは、どれも“面倒”の塊だ。

だが面倒を恐れて逃げたら、面倒は必ずマチュの方へ寄っていく。

それだけは、絶対に嫌だ。

 

「……考えるか」

俺は小さく呟き、アンキーとの次の会話を想像して胃が重くなるのを感じながら、手を動かす準備を始めた。

今夜は終わっていない。

むしろ、今夜から始まったんだと思う。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。