機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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Red Gundam

「ふぅ、お腹、膨れた」

シュウジは俺から渡したハンバーガーの包み紙を丁寧に畳んで、満足したみたいに一度だけ頷いた。

その仕草が妙に静かで、こいつは腹が減っていても騒がないんだな、と変な所に感心してしまう。

 

「ランガ、これ、めっちゃ美味しかったんだけど!」

マチュは口の端にソースを付けたまま笑って、紙袋をくしゃっと握った。

「ニャアンも食べた? 大丈夫?」

 

「……は、はい」

ニャアンはまだ少し怯えた顔をしていたが、確かに口は動いている。

腹が減っている時の人間は嘘をつく余裕が減る。

俺はその“減った余裕”に賭けて、今の場を整えようとしていた。

 

「それでランガのお願い事って、何?」

マチュが、今度は真っ直ぐな目で訊いてくる。

こういう目が一番怖い。

誤魔化しが通じないという意味で。

 

「んっ、簡単に言うと、マチュと一緒にクラバに出て欲しいって話だ」

俺はシュウジの方に視線を向けて、用件を短く落とす。

 

「えっ」

驚いた声を出したのはマチュじゃなくニャアンだった。

ニャアンはハンバーガーを握ったまま固まって、俺とマチュとシュウジを交互に見た。

 

「えっ、もしかして……ランガも見たの! キラキラを!」

マチュが食い気味に身を乗り出す。

その単語が出た瞬間、俺の背中が嫌な冷え方をした。

 

「キラキラ?」

俺は一瞬だけ本気で意味が分からず、言葉の形をなぞった。

だがすぐに思い当たる。

虹の裂け目みたいな光。

地球が近すぎる距離で見えて、アクシズが落ちて、νガンダムの声が胸に刺さった、あの瞬間。

 

「……キラキラと言うべきかは分からないが、多分それだ」

俺は慎重に言葉を選びながら答える。

肯定しすぎると、マチュの憧れが加速する。

否定すれば、マチュの目の光が折れる。

そのどちらも嫌で、俺は“多分”に逃げた。

 

「やっぱり! けど、ランガも!」

マチュが嬉しそうに笑う。

嬉しそうに笑うほど、俺の胃の奥が重くなる。

綺麗なものに触れた時、人は一番危ない方向へ走るからだ。

 

シュウジは、マチュの笑顔を見ても表情を大きく変えない。

ただ、口の端だけが少しだけ上がったように見えた。

 

「見ただけかな」

シュウジが、いつもの淡々とした声で言う。

言い方が軽いのに、意味は重い。

“見ただけ”で済むなら、俺たちはここまで震えていない。

 

「……さぁな」

俺はそれだけ返した。

ここで深入りしても、答えは出ない。

答えが出ない話題を引きずると、余計な穴が空く。

 

ニャアンが、明らかに置いていかれた顔をしている。

というより、心の中で叫んでいるのが表情に出ている。

たぶん、こんな感じだ。

(えっと何、この会話、かなり怖いんだけど。キラキラ?って何。オカルト?)

(というか、この三人、変すぎる。ランガはヤバいし、マチュは止まらないし、シュウジはもっとヤバい)

言葉にしないだけで、全部目に書いてある。

 

「それで、クラバだっけ?」

シュウジが、話を平然と現実へ戻す。

「別に良いけど、ランガは出ないの?」

 

「あぁ、俺は出ない」

俺は即答した。

「少し事情があってな」

 

「事情?」

マチュが首を傾げる。

ニャアンも同時に首を傾げる。

二人とも同じ角度で、俺を疑うみたいに見るから、余計に居心地が悪い。

 

「少しね」

俺はそれ以上言わない。

“木星帰り”だの、“シロッコ”だの、そんな単語をこの場で出したら、全員の明日がズレる。

ズレた明日は、だいたい戻らない。

 

「そうなんだ」

シュウジは深く追及しない。

追及しないところが、逆に怖い。

知っているから追及しないのか、興味がないから追及しないのか、その違いが分からない。

 

「それで、あれは動かせるのか?」

俺は話題をずらし、核心へ戻す。

“あれ”は、もちろんマチュのガンダムだ。

 

「あぁ、この前ので、少しだけ」

マチュが言う。

少しだけ、という言い方が余計に怖い。

少しだけ動かせるものほど、次は“大きく動く”。

 

「そういう意味では、君の手を借りたいんだ」

俺はシュウジに言った。

「マチュの隣に、戦える奴が必要だ」

 

「はぁ、まぁ良いけど」

シュウジはあっさり頷く。

頷きが軽すぎて、逆に信用しにくいのに、こいつはこういう奴だとも思う。

 

シュウジが立ち上がる。

そして、足元のマンホールを指差した。

 

「じゃあ案内するよ」

「……マンホールから?」

マチュが目を丸くする。

「普通に道、あるよね?」

 

「普通の道は、普通に見られる」

シュウジの答えは短い。

短いのに妙に正しい。

俺はその理屈に頷いてしまう自分が嫌だ。

戦場の理屈は日常を痩せさせる。

 

「……あぁ、分かった」

俺は一拍遅れて頷いた。

そして、マチュに目配せする。

 

「マチュ、離れるな」

「うん、分かってる」

マチュが珍しく素直に頷く。

さっきの“ガンダム”が、彼女の中でも少しだけ現実になったのだろう。

 

ニャアンは口を開けたまま、マンホールを見ている。

「え、ちょ、下……?」

「落ちないように降りればいいだけだよ」

シュウジが淡々と言って、マンホールの蓋を開けた。

 

金属が擦れる音がして、湿った空気が上がってくる。

シュウジは先に降りる。

俺が次に降りる。

マチュがその後ろに続く。

最後にニャアンが、恐る恐る降りてくる。

順番だけで、関係が見えてしまうのが嫌だった。

俺は“守る側”で、マチュは“守りたい側”で、ニャアンは“巻き込まれた側”だ。

 

「……あの、ランガさん」

ニャアンが小声で呼ぶ。

暗い通路で声を出すと、それだけで位置がバレる気がして、俺は少しだけ苛立つ。

 

「なんだ」

俺は声を落として返した。

 

「なんで、あの人にクラバに出させるんですか?」

ニャアンは言葉を選びながら言う。

「その……正直に言うと、弱そうに見えるけど」

 

「なんだ、お前、気づいていなかったのか?」

俺はつい、呆れを含めてしまった。

シュウジが弱そうに見えるのは、たぶん正しい。

戦場で怖いのは“強そうな奴”じゃない。

強そうに見えないのに、当たり前の顔で人を殺せる奴だ。

 

「えっ?」

ニャアンが本気で首を傾げる。

純粋に分かっていない。

 

マチュが後ろから口を挟む。

「あれ、そういえばランガって、どうやってシュウジの事知ったの?」

「なんか前から知り合いだったみたいな感じするけど」

 

「……」

痛いところを突く。

マチュの勘は、こういう時だけ冴える。

俺は一瞬だけ迷って、でも嘘を積み上げるより、半分だけ本当を出す方が安全だと判断した。

 

「少し前に、一緒に行動したんだ」

「行動って?」

マチュが食いつく。

ニャアンも食いつきそうな顔をする。

 

「道に迷ってた時にな」

俺は短く付け足す。

「それ以上は今はいいだろ」

 

シュウジが足を止めずに言う。

「着いたよ」

 

通路の先に、古い金属扉があった。

鍵の機構は新しいのに、塗装は古い。

誰かが“古く見せる”ように加工している。

そういう小細工がある場所は、だいたい厄介だ。

 

シュウジが扉を開ける。

軋む音がして、薄暗い空間が広がる。

そして、その中心に――一つの巨人が立っていた。

 

「あれって、やっぱり……」

マチュが息を呑む。

 

俺は一歩、ゆっくり近づく。

間近で見るのは久しぶりだ。

機体の存在感が違う。

フレームの張り、装甲の線、何より“人の意思”を乗せるための余白の作り方が違う。

 

「あぁ」

俺は喉の奥で言葉を噛んでから、吐き出した。

「ガンダムだ」

 

赤いガンダム。

宇宙で俺の前に現れて、訳の分からない共闘を成立させて、そして消えた“歪みの象徴”。

その機体が、今ここにいる。

しかも、俺たちを待っていたみたいに。

 

「ねえ、ランガ……これ、触ってもいいの?」

マチュが小さく聞く。

その声が、子供みたいに純粋で、だからこそ怖い。

 

「触るな」

俺は即答した。

即答しすぎて、マチュが少しだけムッとする。

 

「え、なんで」

「……理由は二つある」

俺は呼吸を整えて言い直す。

「一つ、指紋が残る」

「二つ、こいつは触ると“返事をする”かもしれない」

 

「返事?」

マチュが眉をひそめる。

ニャアンがさらに青ざめる。

(オカルトだ)って顔が、さらに濃くなる。

 

シュウジが淡々と言う。

「返事はするよ」

「だって、ガンダムだから」

 

「その言い方やめてよ!」

マチュが小さく怒鳴る。

「ガンダムだからって何なの!」

 

「ガンダムが言ってるから」

シュウジは変わらず淡々と言った。

 

俺は赤いガンダムを見上げながら、背筋に冷たい汗が浮くのを感じた。

マチュはここに来てしまった。

ニャアンもここにいる。

シュウジはここにいる。

そして赤いガンダムも、ここにいる。

 

偶然に見えるが、偶然にしちゃ出来すぎている。

出来すぎている時は、だいたい“誰かが動かしている”。

 

(……シャリア・ブル)

(もしあれがシロッコなら)

(俺の動きも、マチュの動きも、全部読まれている可能性がある)

 

俺は喉の奥で唾を飲み、声を落とした。

 

「シュウジ」

「なに」

「マチュを守れ」

「うん」

シュウジは短く頷いた。

「守る、とガンダムが言っている」

 

マチュが、俺の袖を掴む。

「ランガ、私……」

言いかけて止まる。

たぶん、“乗りたい”と言いかけた。

目がそう言っている。

 

俺はその目を見て、心の中でだけ息を吐いた。

ここから先は、言葉で止められない。

止めるなら、条件で縛るしかない。

守るための条件で。

 

「……乗るなら、俺が許可した時だけだ」

俺はゆっくり言った。

「勝つためじゃない、生きて帰るための約束だ」

 

マチュは少しだけ口を尖らせて、それでも頷いた。

「……分かった」

 

その返事が本物だったことだけが、今の俺の救いだった。

 

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