機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
赤いガンダムの整備を始めた。
整備と言っても、工場みたいな設備があるわけじゃない。
薄暗い地下の隠し区画に、工具と予備パーツと、ケーンが「奇跡のジャンク」と呼ぶ外装の残骸が少しあるだけだ。
それでも、先日の戦いの一件で、ガンダムが無理をしていた部分は目視だけで分かった。
関節の可動域に微細な引っかかりがある。
推進系の配線が一度“焦げた”匂いがする。
装甲の内側に、衝撃を逃がしきれなかった痕が残っている。
「なるほどな、この部分の交換とかしたいけど……材料がなさそうだな」
俺は独り言を吐きながら、パネルを外して内部のフレームを覗き込んだ。
設計思想が“分かりやすい”のがガンダムの怖さであり、同時に整備しやすさでもある。
優秀な機体は、無駄が少ない。
無駄が少ない機体は、壊れた時に壊れ方もはっきりしている。
「……ランガって、モビルスーツの整備とか出来たの?」
マチュが背後から覗き込み、驚いたように言った。
声のトーンは軽いのに、目は真剣で、さっきまでの興奮がまだ残っている。
「まぁ、機械弄りが趣味だったからな」
俺はそう答えた。
半分は嘘で、半分は本当だ。
本当のところは、ティターンズにいた頃に叩き込まれた技術だ。
部隊の中で浮いた時、補給が遅れた時、自分の機体を自分で生かすしかない瞬間が何度もあった。
ジムⅡやハイザックみたいな量産の発展機が揃っていた時代でさえ、結局は「誰が手を動かせるか」が生死を分けた。
「ほら、ここ」
俺は配線の束を指で軽く持ち上げる。
「この辺り、熱で硬化してるし、被覆が少しだけ割れてる」
「えっ、そんなの分かるの?」
「焦げた匂いがするだろ、あと触ると微妙に弾力が違う」
マチュは鼻を近づけて、少しだけ顔をしかめた。
「……ほんとだ、なんか変な匂い」
「こういう匂いがしたら、次に壊れるのはだいたいここだ」
俺は淡々と言いながら、応急的に被覆を巻き直して固定し、熱の逃げ道を作るように配線の取り回しを変えた。
このガンダムは、ペイルライダーと似た構造をしている。
つまり、俺の手が勝手に「こう直せ」と言ってくる。
それがありがたいのに、同時に不気味だった。
俺がこの世界へ流れ込んだ理由と、ガンダムがここにある理由が、同じ場所で繋がりそうで怖い。
「とりあえず、これである程度は動けるはずだ」
最後に締結を確認して、俺はパネルを元に戻す。
工具を置いた瞬間、肩の力がようやく抜けた。
「うん、ありがとう」
マチュが素直に言った。
そして、妙に自然な調子で続ける。
「ガンダムも喜んでるよ」
「……そうか」
俺は短く返した。
“ガンダムが喜ぶ”なんて、普通の会話じゃ出てこない。
けれど最近のマチュは、それを普通の言葉みたいに口にする。
オメガサイコミュがどう作用しているのか分からないが、マチュと機体の距離が異様に近い。
その近さは、彼女の心を強くするかもしれない。
同時に、彼女の心を壊すかもしれない。
俺は改めて赤いガンダムを見上げた。
そこに立つ機体は、俺がこれまで見てきたどのガンダムとも違う。
姿だけで言えば、マチュのジークアクスの方が近いのかもしれない。
しかし、赤いガンダムから感じる“圧”は、形では説明できない。
あのプレッシャー。
宇宙で初めて対峙した時の、背骨の奥を撫でるような圧。
あれが、ここにもいる。
「……」
俺が黙ったまま見つめていると、マチュが小さく呼んだ。
「ランガ?」
「何でもない」
俺は視線を外し、話題を変えた。
変えないと、マチュの目が余計に深くなる。
深くなったら、俺の隠しているものが見つかる。
「それよりマチュ、これからクラバに参加するんだよな」
「えっ、うん、そうだけど」
「……だったら、今から教えることをなるべく覚えておいてくれないか」
マチュが眉を上げる。
「いきなりどうしたの、そんな怖い顔して」
自覚はないが、たぶん本当に怖い顔をしていたのだろう。
俺は慌てて表情を緩めようとして、失敗した。
「大事なことだからだ」
それだけは誤魔化せなかった。
マチュがやりたいことがクラバなら、俺に止める権利はない。
止めたところで、彼女は別の入口を探す。
入口が一つならまだ管理できるが、入口が増えたら守れない。
だから俺は、止めるのではなく、生き残るための条件を渡す。
それが俺にできる最低限の“支え方”だ。
「ランガの、そういう顔……初めて見た」
マチュの声が少しだけ落ちる。
その落ち方が、子供の不安じゃなく、大人の理解に寄っている気がして胸が痛んだ。
「……」
俺は返せない。
返せないまま、マチュの目を見た。
逃げない瞳だ。
その瞳が、俺を逃がしてくれない。
「けど、分かった」
マチュが真剣に頷く。
「教えて、ランガ」
「……それじゃ、マチュ」
俺は息を吸い、頭の中の戦術だけを言葉に変換する。
感情は混ぜない。
混ぜたら彼女が怖がる。
怖がったら逆に突っ走る。
だから冷たく、正確に。
「まず、二対二のマヴで大事なのは“視界の共有”だ」
「相方が見ている方向と、お前が見ている方向がズレると、死角が生まれる」
「死角は相手の入口になる」
「だから、お前が攻める時は、シュウジの射線を塞がない角度を意識しろ」
マチュが頷く。
「射線って、撃つ線?」
「そう、撃つ線で、同時に撃たれる線でもある」
「撃たれる線に長居するな」
次に、相手機体の癖。
この世界のザク改造機が多いこと。
武装が豊富な分、狙いが散ること。
散る武装は怖いが、散るほど“読みやすい癖”も出ること。
俺は知っていることを全部、マチュの言葉に合わせて噛み砕いて渡した。
「ランガ、なんか先生みたい」
「誉め言葉じゃないが、今はそう思ってくれ」
「うん、分かった」
それからマヴの基本。
相方の背中に入るな。
相方を盾にするな。
相方が盾になった瞬間、その相方は次の瞬間にいなくなる。
そういう現実を、俺は淡々と伝えた。
伝え終わったあと、マチュがじっと俺の顔を見た。
視線が鋭い。
鋭さが怖い。
「ランガ」
「……なんだ」
「もしかしてだけど」
マチュが一拍置く。
「私に隠して、クラバ、出てないよね」
「……」
詰んだ。
ここで嘘をついても、マチュは信じない。
信じないどころか、もっと深掘りする。
深掘りされたら終わる。
だから俺は、最悪だと分かりつつ、正直に答えた。
「……はい、出てました」
次の瞬間、マチュの頭突きが腹に入った。
可愛いとかじゃない。
普通に痛い。
息が潰れる。
「ぐふぅ……」
俺が情けない声を出すと、マチュは頬を膨らませたまま言った。
「そういうの、今度は隠さないで」
「……はい」
俺は頷くしかなかった。
守るために隠したのに、隠したことが彼女を怒らせる。
日常のルールは戦場のルールよりずっと難しい。
それでも、マチュが怒れるのは生きている証拠で、怒った後にちゃんと頷けるのは、彼女が前に進む人間だという証拠だ。
俺は腹の痛みを堪えながら、心の中でだけ決め直した。
(止めない)
(でも、死なせない)
(そのために、俺は俺のやり方で手を打つ)
赤いガンダムの影が、薄暗い空間にじっと立っている。
まるで、俺たちの会話を聞いていたみたいに。
そして俺は、整備した手をもう一度握りしめる。
機械は嘘をつかない。
嘘をつくのは人間だ。
だから俺は、嘘をつきながらでも守る。
マチュが無事に帰ってくる未来のために。