機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
マチュの、初めてのクラバ。
その始まりを、俺は自分の手で呼び込んだくせに、心のどこかで「本当にやらせていいのか」と問い続けていた。
答えは出ない。
答えが出ないままでも時間は進み、エントリーのカウントがゼロへ落ちていく。
「……マチュ」
声に出しても届かない。
届かない代わりに、俺はペイルライダーのコックピット越しに、彼女が立つ場所を見守る。
クラバの舞台はサイド6の外、宇宙空間の暗がりだ。
非合法の賭け事である以上、軍警の目から逃げる必要があるし、だからこそ灯りの少ない宙域が選ばれる。
サイド6の反射光が遠くで薄く滲んでいて、それ以外は漆黒しかない。
暗いというだけで人は距離を誤る。
距離を誤ると速度を誤る。
速度を誤ると、死ぬ。
俺はその「死ぬ」を、嫌というほど知っている。
だから今は、ペイルライダーのセンサーを最大まで回して、マチュのジークアクスを画面の中心に固定した。
この程度の距離なら、熱源も推進の癖も、姿勢制御の小さな震えも読み取れる。
読み取れるからこそ、怖い。
怖いものが見えすぎると、人は未来まで見えてしまう。
「……出てくるな」
俺の呟きは、敵へ向けたものでも、味方へ向けたものでもなく、俺自身の中の最悪へ向けた祈りだった。
視界の奥、黒い闇から二つの点が浮かび上がる。
マヴで来ると分かっていても、実際に現れると胸が重くなる。
相手はこの世界で広く普及しているザク。
機体の輪郭は量産機のそれなのに、装備はクラバ仕様で盛られていて、銃口の光がやたらと落ち着きなく揺れていた。
「……ザクか」
俺は口の中で言葉を転がす。
マチュに教えた。
ザクマシンガンの散布界と、クラッカーの投げどころと、撃ち合いを長引かせるほど不利になる理屈を、なるべく恐怖を混ぜずに噛み砕いて教えた。
グリプス戦役で学んだ経験を、そのまま渡したら彼女の目が変わると思ったから、言葉を削って、危険だけを残して渡した。
――それでも、マチュは不思議そうにした。
『ランガって、なんでそんなに知ってるの?』
その問いに、俺は笑って誤魔化した。
誤魔化したまま、罪悪感だけが残った。
「……勝手過ぎる気持ちだって、分かっている」
俺は誰に聞かせるでもなく、胸の奥でそう繰り返す。
マチュが生きているのが嬉しい。
それは疑いようがない。
でも同時に、今目の前で戦おうとしているマチュが、どこか“偽物”に見えてしまう瞬間がある。
偽物という言い方が乱暴なのは分かっているし、彼女が笑う時の温度は本物だと知っている。
それでも、前の世界と今の世界が違うという事実は、俺の中で別の結論を引きずり出す。
つまり俺は、本来この世界にいたはずの俺から、この世界のマチュと時間を奪っている。
それは、前の世界で俺からマチュを奪った連中と、構造として同じだ。
同じ所業を、俺は許せないはずなのに、俺自身がそれをやってしまっている。
だから俺が今できるのは、せめて、彼女が望むことを支えることだけだ。
支えると決めた。
支えると決めたのに、支え方が間違っていないかと、ずっと疑っている。
「……始まったな」
カウントが落ち切り、両陣営の推進光が同時に伸びる。
マチュのジークアクスは、最初の一秒で距離を詰めない。
それが良い。
初手で突っ込むのは勇気じゃなくて衝動で、衝動は読みやすい。
彼女は衝動を抑えて、まず姿勢を整え、相手の射線を見て、角度を作る。
それだけで、俺は少しだけ息ができた。
「……やれる」
そう思った瞬間、敵の片方が閃光弾を投げた。
白い光が宇宙に咲くのはおかしいはずなのに、機体のセンサーに刺さる光は、現実の白さとして届く。
画面の中のジークアクスが、一拍だけ遅れる。
遅れは致命になる。
「マチュっ……!」
俺は思わず操縦桿を握り絞めた。
握り絞めても、俺は出られない。
出られないと決めたのは俺だ。
だから、ここで出たら全部が崩れる。
崩れた先に待っているのは、軍警でもザクでもなく、マチュの未来の断裂だ。
ジークアクスの動きが鈍い。
鈍いというより、迷っている。
迷いの中心にあるのは恐怖で、恐怖は次の恐怖を呼ぶ。
相手のザクが射線を合わせ、マシンガンの弾幕が散る。
弾幕は当たらなくても、当たる場所を狭める。
狭められた空間では、人は呼吸ができなくなる。
「……くそ」
俺は歯を噛みしめた。
ここで声を出して通信を飛ばすのは簡単だ。
でもそれをした瞬間、マチュは「助けられた」という記憶で戦い方を固定してしまう。
それは、戦場で最も危険な固定だ。
だから俺は、別の方法を選ぶ。
声ではない。
言葉でもない。
ただ、気配だけを寄せる。
『マチュ、大丈夫だ』
それは通信機じゃない。
でも、さっきの虹の裂け目を見た後なら、分かる。
人と人が同じ周波数に触れた瞬間、言葉は媒体を必要としなくなる。
『……ランガ?』
返事が返ってくる。
それが返ってくるだけで、俺は少し救われる。
まだ彼女は“戻っている”。
まだ彼女は“ここにいる”。
『いつでも俺は見守っている』
『だから、恐れないで』
『……うん』
短い肯定が返る。
その瞬間、ジークアクスの姿勢が変わった。
迷いが消えたわけじゃない。
でも、迷いが“方向”を持った。
恐怖が消えるのではなく、恐怖を抱えたまま前へ進むための筋肉が入った。
「……そうだ、それでいい」
俺は息を吐く。
そこからのマチュは、別人みたいだった。
弾幕の外側へ逃げるのではなく、弾幕の“間”へ入る。
突っ込むのではなく、滑り込む。
射線を避けるのではなく、射線の形を読んで、次に射線が来ない場所を先に取る。
マヴの相方――シュウジの動きも、妙に静かに噛み合っている。
シュウジが敵の視線を引くように一瞬だけ姿勢を見せ、マチュがその一拍で死角へ入る。
会話がないのに連携が成立しているのが、相変わらず気持ち悪いほど綺麗だ。
「……頼むぞ、シュウジ」
俺は小さく呟いた。
頼むなんて言葉を、俺は本当は嫌っている。
頼むという言葉は、相手の生死を相手に預ける言葉だからだ。
それでも今は、頼むしかない。
敵のザクが距離を取ろうとする。
距離を取らせれば、撃ち合いに戻る。
撃ち合いに戻れば、マチュの心がまた揺れる。
だがマチュは、そこで止まらない。
ジークアクスが一気に軌道を折り、相手の“逃げる先”へ回り込む。
進路を塞ぐというより、相手の逃げる気持ちを折る動きだ。
折れた相手は判断を誤る。
判断を誤った相手は、武器を選び損ねる。
「……勝ち筋が見えてる」
俺は、画面の中の加速と減速のリズムを見て確信した。
マチュは、勝ちにいっている。
勝ちにいっているのに、無茶をしていない。
そのバランスが、一番怖いほど美しい。
そして決着は早かった。
敵の一機が焦って突っ込み、姿勢を崩した瞬間、シュウジが一閃で“戦えない状態”に落とす。
もう一機が救いに入ろうとしたところへ、マチュが角度を合わせ、逃げ道を潰し、最後に一撃で終わらせた。
爆発は小さく、残骸は暗い宇宙に散っていく。
勝った。
マチュが、生きたまま勝った。
「……ふぅ」
俺は、ようやく息を吐いた。
緊張が解けた瞬間、全身の力が抜ける。
握り絞めていた操縦桿から手を離そうとして、指が痺れているのに気づいた。
俺はどれだけ力を入れていたんだ。
戦っているのはマチュで、見守っているだけなのに。
画面の向こうで、マチュが小さく跳ねるみたいに機体を揺らし、通信が入る。
『ランガ! 勝ったよ!』
その声が、嬉しさで震えている。
俺は返事をする前に、一拍だけ黙った。
嬉しい。
本当に嬉しい。
でも、その嬉しさは危険でもある。
勝てたことが、次の戦いの理由になるからだ。
『……よくやった』
俺はようやく返した。
『でも、浮かれるな』
『次はもっと危ない』
『うん、分かってる』
マチュが言う。
その言葉が、本当に分かっているのかどうか、俺にはまだ判断できない。
判断できないから、俺はこれからも見守る。
見守るために、俺は自分の居場所を隠し続ける。
隠し続けながら、支える。
それが正しいのかは分からない。
でも今夜だけは、ひとつだけ確かなことがある。
マチュは生きている。
そして俺も、まだ壊れていない。