機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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MOON

「はぁ、疲れたぁ……さすがに今日は、心臓がまだドクドクしてる」

そう呟きながら俺の家のドアを開けて入ってきたのは、ついさっきまでクラバの宙域で動いていたマチュだった。

 

「どうしたんだ、こんな時間にいきなり来るなんて、何かあったのか」

俺は台所の明かりをつけながら、なるべく普通の調子で問いかけたつもりだった。

 

「お母さんに、門限過ぎたって絶対怒られるから、ちょっとここにいさせてほしいの」

マチュは靴を脱ぎながら、怒られたくないというより、今夜の出来事を家で説明したくない顔をしていた。

 

「……それって、大丈夫なのか、普通なら色々と誤解されるだろうし」

俺は思わず口にしてから、余計な事を言ったと少しだけ後悔した。

 

「んっ、何が大丈夫なの、話がいきなり飛びすぎて分かりにくいんだけど」

マチュは首を傾げながら、疲れの中にもいつもの強さで返してくる。

 

「いや、その……ここは一応、男が一人で住んでる家だし、普通はそういうの気にするだろ」

俺は言いながら、言葉がどんどん情けなくなるのを自覚していた。

 

「あぁ、それは大丈夫だよ、お母さんもランガだったら別にいいって言ってたから」

マチュはあっさり言い切って、俺の心臓を別方向に殴ってきた。

 

「えぇ……それを俺に直接言われると、どう返事をしていいか分からないんだが」

俺は本当に困ってしまい、視線の置き場を探して部屋の端を見てしまう。

 

「留守の間、娘を一人で置いとくより、ランガのところなら安心できるって言ってたよ」

マチュはさらっと追撃してきて、俺は余計に言葉を失った。

 

「そっ、そうなのか……信頼されてると考えれば嬉しいのかもしれないけど、重いなそれ」

嬉しいはずなのに、嬉しさより怖さが先に来てしまうのが、いまの俺の歪みだ。

 

「とにかく入っていい、玄関で立ち話してると余計に怪しいし疲れるし」

マチュは当たり前のように言って、俺の返事を待たずに部屋へ踏み込みそうになる。

 

「えっ、あぁ、ちょっと待ってくれ、部屋がその……少しだけ散らかってるから」

俺は慌てて手を伸ばし、マチュの視線を室内に入れる前に遮った。

 

「そうなの、ランガって意外とズボラなの、ちょっと面白いんだけど」

マチュはからかうように笑ったが、俺の心臓は笑えない速度で跳ねていた。

 

「散らかってるって言っても汚部屋じゃないし、ほら、ちょっとだけだから」

俺はそう言いながら部屋に先に入って、まず最初にやったのは片付けではなく隠蔽だった。

 

「……これが見つからない場所に仕舞わないと、本当に洒落にならないからな」

俺はコートの内側に隠していたナイフや、工具の類や、癖で置きっぱなしにしていた危ない物を、視線の届かない棚へ押し込んだ。

 

「マチュには、せめてこの側面の俺は見せたくないんだよ、見せた瞬間に距離が壊れる」

口には出さず、胸の中だけで呟きながら、最後に机の上を一瞥して息が止まった。

 

(やばい、あれだけは今夜見られたら、本当に面倒が一気に増える)

俺は急いで近づき、例のスマホ――ペイルライダー用のアプリが入った端末を、雑誌の下に滑り込ませた。

 

「よし……とりあえず、入っていいぞ、座る場所は少ないけどな」

俺が玄関へ声をかけると、マチュは疲れた足取りで入ってきた。

 

「ふーん、ここがランガの部屋かぁ、思ったより広いし普通に落ち着くね」

マチュは遠慮のない感想を言いながら、ぐるりと部屋を見回す。

 

「まっまぁ、一人暮らしだからな、余計な物を増やさないようにはしてる」

俺は軽く答えつつ、彼女が“見てはいけない物”を探り当てないように目で追う。

 

「座れる場所ないって言ったけど、ベッドに座っていいなら全然問題ないよ」

マチュは勝手に納得して、ベッドの端へ腰を下ろした。

 

「クッションもあるし、適当に使ってくれ、俺は……えっと、麦茶でも出す」

俺は台所へ逃げるように向かい、冷蔵庫を開けて冷えた麦茶を取り出した。

 

「飲み物いるって言おうと思ってたけど、ランガの方が早いの珍しいね」

マチュが後ろから言う声に、俺は少しだけ救われる。

 

「今日は色々あったからな、喉くらい潤さないと頭が回らないだろ」

俺はコップに注いで戻り、テーブルへ置いた。

 

「はい、冷えてるやつだし、さっきまで冷蔵庫で冷やしてたから安心して飲める」

コップを置く音がやけに大きく響き、俺は一瞬だけビクッとした。

 

「あっ……どうしたの、急に固まって、何か変なものでも見えたの?」

マチュが首を傾げ、俺の視線の先を追いかけようとする。

 

「なっ、なんでもないよ、ただちょっと考え事をしていただけだから気にするな」

俺は咄嗟に誤魔化し、マチュの視線があの雑誌の下へ行かないように話題を捻った。

 

「えっとさ、こんな風に散らかってるけど、マチュには迷惑じゃないか」

自分でも雑な話題転換だと思いながら、とにかく時間を稼ぐ。

 

「んっ、何を言ってるの、そんなに汚く見えないし、むしろ綺麗に見えるかな」

マチュはあっけらかんと答えて、また周囲を眺めた。

 

(やめろ、そっちを見るな、お願いだから今夜だけは気づくな)

俺は心の中でだけ必死になり、こっそりスマホに手を伸ばそうとした。

 

「うわっ……!」

その瞬間、俺は足を引っ掛けて転んだ。

 

「えっ、大丈夫!?」

マチュが慌てて立ち上がろうとしたが、俺は勢いのままベッドへ倒れ込み、マチュの上に覆いかぶさる形になってしまった。

 

「っ!? あっ……!」

寸前で俺は腕を突き、体重がマチュに乗りきらないように踏ん張ったが、それでも距離は近すぎる。

 

「ごっ、ごめん! 本当にわざとじゃないし、今のは完全に事故だ!」

俺は焦って言い訳を並べるが、声が裏返りそうで余計に情けない。

 

「だっ、大丈夫だから……その、まず深呼吸して、落ち着いてから動いて」

マチュは顔を背けていて、頬がほんのり赤い。

 

「あのぉ、そろそろどいてくれるかなぁ……なんてぇ」

マチュが小さく言い、俺はそこでようやく自分が“上から覗き込む形”になっていると気づいて背筋が凍った。

 

「あっ、あぁ、本当にごめんなさい、今すぐどくから許してほしい」

俺は慌てて立ち上がり、マチュに背中を向けた。

 

心臓が激しく高鳴っていた。

耳の奥がうるさいほどで、俺は自分の鼓動がマチュに聞こえてしまうんじゃないかと本気で怯えた。

 

(嬉しいとか、恥ずかしいとか、そういう感情を抱く資格はない)

(俺はただ守るためにここにいて、守るために嘘をついているだけだ)

そう何度も頭の中で繰り返し、過去の自分を叩いて黙らせる。

 

「……ねぇランガ、さっきのは本当に事故だって分かったから、そんなに固くならなくていいよ」

マチュが背中越しに言ってくる。

 

「いや、固くなるだろ普通は……俺は今、色々と神経が擦り切れてる」

俺は正直に言いながら、まだ視線を合わせられなかった。

 

「それじゃ、私ここで寝てもいい? さすがに今日は頭も体も限界」

マチュが言う。

 

「……あぁ、もちろんだし、ベッドは使ってくれ、俺はソファで寝るから」

俺は即座にそう決めた。

 

「えっ、ランガがソファなの? それは悪いって、半分こ……」

「駄目だ、半分こは色々と駄目だし、今夜は距離が必要だ」

俺は強めに言い切り、マチュは少しだけ口を尖らせた。

 

「……分かったよ、じゃあお言葉に甘えてベッド借りるね」

マチュはそう言って、クッションを抱え直し、靴下のままベッドの上へ体を沈めた。

 

「布団はそこにあるし、寒かったら勝手にかけていいからな」

俺が言うと、マチュは小さく頷いた。

 

「じゃあ、ランガもちゃんと寝てね、今日みたいな顔してたら倒れるよ」

その言葉が優しすぎて、俺の胸が少しだけ痛んだ。

 

「……分かってる、出来るだけ寝る」

俺はそう答えて、ソファへ移動した。

 

夜になっても眠れないのは当たり前だった。

目を閉じれば宇宙の暗闇が来て、虹の裂け目が来て、ガンダムの声が来て、そしてマチュの叫びが来る。

それでも今夜の一番きついのは、さっきの距離と、さっきの体温だ。

近すぎた温度は、過去の喪失を簡単に呼び起こす。

 

「っ……」

胸の奥に浮かんだのは、前の世界で死んだ時のマチュの顔だった。

目を見開いたまま、何も映さない瞳で、俺の中の時間を止めた顔。

 

「マチュ……」

俺は小さく呼ぶ。

今の寝息を立て始めたマチュなのか、過去の取り戻せないマチュなのか、自分でも分からないまま呼ぶ。

 

それでも、呼んだあとに気づく。

寝息が聞こえる。

ベッドの方から、規則的な呼吸が聞こえる。

それだけで、俺は少しだけ救われてしまう。

 

俺はそっと起き上がり、部屋の明かりを落とし、寝室の入り口からマチュの様子を見た。

マチュは丸くなって眠っていて、眉間の力が抜けていて、さっきまでの興奮も怒りも嘘みたいに静かだった。

寝顔は無防備で、無防備だからこそ、俺の中の守りたい衝動が痛いほど強くなる。

 

「……本当に、勝手だな俺は」

生きていて嬉しいのに、近づく資格がないと思ってしまう。

守りたいのに、守り方が全部戦場の作法でできている。

その矛盾を抱えたまま、それでも今夜は“生きている寝顔”を見られる。

 

俺はソファへ戻り、毛布を胸まで引き上げた。

まだ眠れないと思ったのに、耳に残るのが鼓動ではなく寝息になった瞬間、身体の力が抜けていく。

 

「……明日も守る」

誰に誓うでもなく、ただ自分の中の恐怖を縛るために呟く。

 

そして俺は、マチュの寝顔が視界の端に残っているのを確かめたまま、ようやく目を閉じた。

怖い夢が来る前に、少しでも眠って、明日また嘘をついてでも守るために。

 

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