機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
「さてっと、これからどうするべきか」
俺は息を吐いて、天井――いや、正確にはコロニーの外壁越しに浮かぶ“影”へ視線を向けた。
頭上に見える戦艦。
形だけなら、俺の知る歴史で何度も見た輪郭だ。
一年戦争を勝利へ導いた伝説の戦艦、ホワイトベース。
戦いの終わりと共に、時代の役目を終えて散っていったはずのあの船。
それがこの世界では、クワトロ大尉――シャア・アズナブルに鹵獲され、ジオンの象徴として“ソドン”へ改造されている。
冗談みたいな話なのに、目の前にあるのは冗談ではなく現物で、夜の闇の中でも堂々と存在している。
この世界は、正史が逆流しているわけじゃない。
逆流した水が、別の水路を勝手に掘って、そこに町まで作ってしまったみたいな歪み方をしている。
「……ジークアクスはジオンの兵器だ」
俺は口の中で確認するように呟き、端末の画面を見下ろした。
ジークアクスがジオン側の機体である事実は、俺の中でほぼ確定している。
それに、オメガ・サイコミュなんて名前のデバイスが搭載されている時点で、嫌な予感しかない。
ジオンとニュータイプ研究。
俺が知る限り、この二つがまともに手を繋いだ歴史は一度もない。
まともに手を繋ぐどころか、たいていは人間の尊厳を踏み潰して、その上に“進化”という言葉を飾り立てる。
「最悪の組み合わせだな、ジオンとニュータイプ研究所が関係している可能性が高い」
その推測を口にした途端、背筋が少しだけ冷えた。
推測が当たっていたら、マチュは今すでに“狙われる理由”を抱えている。
狙われる理由を抱えたまま、クラバに興味を持ち、空を綺麗だと笑っている。
これが平和なら、平和は残酷すぎる。
オメガ・サイコミュについて調べたくても、壁が硬い。
情報のロックが硬いというより、触れた瞬間に「触れたことが相手に伝わる」タイプの硬さだ。
下手に深掘りすれば逆探知される。
逆探知されたら、俺の隠しているものが全部、一本の線で繋がる。
繋がったら最後、軍警だけじゃなく、ジオン側の回収部隊だって動く。
そして、動いた先にいるのが“シャリア・ブル”なら、なおさら厄介だ。
「俺自身は普通の学生って立場だから、設備を整えることもできない」
言いながら、自分で苦笑した。
普通の学生の皮を被っているだけで、中身は戦場の生存者だ。
だが皮を破れば終わる。
皮を破れば、マチュが俺を見る目が変わる。
その変化が怖い。
怖いという感情すら、俺はちゃんと持ち続けたい。
「ポメラニアンズに頼るのも無理だし、あいつらを巻き込むのは論外だ」
アンキーもケーンもジェジーも、裏の匂いを嗅ぎ分ける鼻を持っている。
だが、彼らの鼻が嗅げるのは“金になる危険”までだ。
“世界の歪み”は金にならない。
金にならない危険は、裏社会でも扱いが雑になる。
雑に扱われた結果、守りたいものが巻き込まれる。
それだけは許せない。
ため息を吐いても問題は消えない。
むしろ今は、問題が増え続けている。
目を逸らせば逸らすほど、マチュが一番近い距離で巻き込まれる。
「……ジオンが隠していた兵器を強奪したんだ」
俺は“強奪”という言葉の重さを噛み締めた。
本人たちは盗んだつもりもないだろう。
マチュは導かれて乗った。
俺は守るために戦った。
結果として、ジオンの隠し球をスラムの連中が握っている形になっている。
そんなものを、ジオンが放置するはずがない。
「そんなに遠くないうちに、ジオン側が動く」
俺は断言に近い声で言った。
動かなかったら動かなかったで、その裏にもっと嫌な意図があるだけだ。
そして、最悪なのが――。
「ザビ家の連中がほとんど生き残っている」
資料だけで読んだ名前が、今の世界では“現役”で息をしている。
ギレンとキシリア。
この二人が生き残っているというだけで、未来は十分に地獄になれる。
勝者が変わっても、権力の匂いは変わらない。
権力の匂いが変わらないなら、踏み潰されるのはいつも弱い側だ。
「このままジークアクスを放置するとは考えにくい」
俺はモニター上の監視映像を思い返す。
マチュが乗る前のジークアクスは、頭部のアンテナが閉じられていた。
閉じられているアンテナは、ただの収納ではない。
“封印”だ。
機体の能力が完全に解放されていない証拠であり、同時に解放された時に何が起きるか分からない証拠でもある。
「……つまり、まだ本気を出していない」
俺の喉が渇く。
本気を出していないものを、マチュが“自然と動かせる”と言った。
それがどれだけ危険か、説明する言葉を俺は持っていない。
言葉を持っていないから、手を打つしかない。
けれど、悲観だけでもない。
俺は画面を閉じずに、別の可能性を頭に並べる。
「交渉の材料には、なるかもしれない」
少なくとも、マチュの身の安全を保証する条件を引き出すためのカードにはなり得る。
交渉の相手がまともなら、だが。
まともじゃない相手なら、交渉の材料は“餌”になる。
餌になったら、こっちが釣られる。
釣られた先に待っているのは、マチュの涙か、マチュの血だ。
俺はそれを想像して、指先が震えそうになるのを抑えた。
「ポメラニアンズにバレる前に、ザクの映像データを抜き取っておいて正解だったな」
そう呟きながら、俺は映像の中の“顔”を拡大する。
軍警ザクに乗っていた、若い青年の顔。
まだ戦場の顔じゃない。
制服の着こなしも固く、目つきも“仕事”としての硬さが先に立っている。
つまり、軍に入りたてのエリートだ。
訓練は受けているが、汚れ方を知らないタイプ。
「エリート……か」
俺は一瞬だけ、嫌な記憶を引っ張り出しかけた。
ジェリド。
あの手の若いエリートは、正義を盾にして簡単に人を踏む。
だが、今は関係ない。
今必要なのは、恨みではなく情報だ。
シュウジから聞いた話でも、戦闘技術はある程度あるらしい。
なら、口も固い可能性がある。
口が固いなら、固い口を開かせる方法を選ばなければならない。
ただし、マチュの目の前でやる方法は選ばない。
俺の戦場人格は便利だが、便利なものほど日常を汚す。
「まず、最初にこいつを探し出して、情報を聞き出す」
俺は画面の中の青年の顔を見つめたまま、手順を頭の中で組み立てる。
「話はそれからだ」
言い切った瞬間、背後の闇の中で、マチュの寝顔が浮かんだ気がした。
昨夜の寝息。
あの無防備な呼吸。
守りたいものが“目標”になると、人間は恐ろしく強くなる。
同時に、恐ろしく弱くもなる。
俺はその両方を抱えたまま、次の一手を選ばないといけない。
「……俺は出られない」
クラバに出ない。
目立たない。
それがシロッコ――いや、シャリア・ブルがシロッコ級だと仮定した場合の最善手だ。
だが、マチュは出る。
出るなら、出るなと言うより、出るなら勝てと言うより、出るなら“死ぬな”と言うしかない。
「そのために、シュウジに頼んだ」
頼んだことが正しいかは分からない。
だが、頼まないよりはマシだ。
少なくとも、マチュの横に“戦い方を知っている”影を置ける。
それだけで生存率は上がる。
上がるが、ゼロにはならない。
俺は端末を閉じて、暗い天井を見上げた。
ソドンの影が、そこにある。
ホワイトベースの影が、ジオンの影になっている。
それはつまり、この世界が“勝者の正義”で塗り替えられている証拠だ。
「……自由なんて、どこにもないな」
口にしてから、昨日マチュに答えられなかった質問を思い出す。
空は自由か。
宇宙は自由か。
俺は答えを持っていない。
だが、ひとつだけ答えられることがある。
「自由がないなら、せめて生きて選べるようにする」
俺はそう決めた。
マチュが選べるように。
マチュが帰ってこれるように。
そのために、まず軍警の青年を探す。
探して、情報を抜く。
必要なら、俺は嫌われてもいい。
嫌われたとしても、マチュが生きていれば、それでいい。
「……行くか」
俺は立ち上がり、フードを手に取った。
夜の闇は、俺を隠してくれる。
隠しながら、守る。
それが今の俺の戦い方だ。