機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
コロニーの夜の街は、昼間より静かなはずなのに、俺の耳には妙にうるさく感じた。
屋台の鍋が煮える音と、換気ダクトの唸りと、遠くの列車のブレーキ音が、全部まとめて「ここは戦場じゃない」と言い張っている。
だから余計に、俺みたいな異物は目立つ。
目立たないようにフードを深く被り、足音を殺し、呼吸のリズムまで落として、俺は“獲物”の背中を追っていた。
フラナガンスクールを首席で卒業したばかりの青年パイロット、エグザベ・オリベ。
若いのに背筋が真っ直ぐで、歩幅が一定で、周囲を気にしているくせに歩く速度を落とさない。
ああいうのは、優秀で真面目で、そして一番「上の命令」に忠実になりやすい。
つまり、口が固い。
口が固いなら、まずは固い口を開かせる“体勢”を作るしかない。
「……すまないな、俺も好きでやってるわけじゃない」
俺は独り言を飲み込んで、距離を詰めた。
闇の角、店の照明が届かない位置、監視カメラの死角。
エリートが警戒する方向を、わざと外す。
彼が振り返った時に何もない場所を作り、振り返らない瞬間に背後へ入る。
案の定、エグザベは背後の気配に気づいた。
気配に気づくのが遅いわけじゃない。
むしろ早い。
だが、その早さは「軍人としての正しさ」から来ている。
正しさは読みやすい。
「……誰だ、そこにいるのは、姿を見せろ」
エグザベの声は若いのに、無駄な震えが少なかった。
訓練の成果だろう。
訓練の成果は、戦場だと“死を遅らせる”程度には役に立つ。
「姿を見せたら、お前は俺の顔を覚えるだろうし、それは困るんだよ」
俺はボイスチェンジャー越しに声を潰しながら、真正面には出ず、あえて半身の影から言葉だけを投げた。
言葉が先に刺されば、人は視線の向きを間違える。
「……脅迫か、こちらは軍人だぞ、軽々しく手を出せば戻れないぞ」
「戻れる戻れないの話じゃなくて、今すぐここで黙ってもらう必要があるだけだ」
俺は一歩踏み込み、ナイフを突き出した。
突き出すのは殺すためじゃない。
反射を引き出すためだ。
反射を引き出せば、相手の戦い方が見える。
「舐めるなっ、そんな直線の刃で当たると思うなよ」
エグザベは刃を避け、即座にカウンターを入れようとした。
動きは綺麗だ。
綺麗すぎて、逆に分かりやすい。
「全く、そんな分かりやすい動きで戦うんじゃないよ」
俺は身体を翻し、彼の背後へ滑り込み、肩と腰のラインを同時に押さえた。
押さえるのは筋肉じゃない。
重心だ。
重心を奪えば、強い腕も強い脚も役に立たない。
「なっ、いつの間に背後へ……!」
「動くな、動いたら余計に痛い目を見るだけだし、俺もそれは避けたい」
刃をエグザベの首筋へ当てる。
ほんの僅かに皮膚が切れ、冷たい金属の感触が伝わった瞬間、エグザベの呼吸が一拍だけ止まった。
止まった呼吸は恐怖だ。
恐怖は、訓練より正直だ。
「……お前、何者だ、軍警か、それとも反ジオンの工作員か」
「軍警でも工作員でもないし、言い方を変えるなら俺は今夜だけの通行人だ」
「通行人が首に刃を当てるわけがないだろう、ふざけた嘘をつくな」
「嘘をついているつもりはないが、順番があるから今は我慢して聞け」
俺はそう言って、わざと力を抜き、しかし逃げられない圧だけは維持した。
締め上げれば喋る、というのは半分しか正しくない。
締め上げれば、喋る前に壊れる人間もいる。
壊れたら情報が抜けない。
「はぁ、こういうのは面倒なんだけどな」
俺は本音を漏らしながら、エグザベを地面へ叩きつける形で制圧した。
音は大きくしない。
衝撃は短く。
意識を飛ばさない程度に、抵抗の意志だけを折る。
「ぐっ……!」
エグザベが呻く。
体が地面に押さえつけられ、呼吸が乱れる。
「別に俺はお前と争う気はないし、刃を突きつけたのも悪かった」
「けどまぁ分かるだろう、こちらの立場も、君を怖がらせないと君は止まらない」
「……何を言っている、目的を言え、目的を言わないなら俺は叫ぶぞ」
「叫べば周囲が騒ぐし、騒げば軍警が来るし、軍警が来れば君の評価が落ちる」
「君はエリートだろう、評価が落ちるのは嫌なはずだし、その計算くらいは出来るはずだ」
「っ……!」
エグザベの沈黙が、肯定だった。
真面目で優秀な人間は、脅しが「痛み」より「立場」に刺さる。
「まさか、お前……ガンダム・クァックスを奪った一般人か」
「クァックス、なるほど、そういう名前で管理されているのか」
俺は内心で頷く。
ジークアクスだのクァックスだの、呼び名が揺れているのも情報の混乱の証拠だ。
「まあ、呼び名はどうでもいいし、俺が聞きたいのは一つだけだ」
「クァックスにあるオメガ・サイコミュ、あれは一体なんなんだ」
「……それはっ、その、機密事項だ、俺の口から出せる話じゃない」
「機密事項か、まあそうだよな、そんなのを簡単に話せるわけがない」
俺はわざと溜息を吐き、次に来る言葉を“脅し”として見せる。
本当はやりたくない。
だが、やらないと相手は一生「機密」で逃げる。
「……まぁ、そのうち話したくなるようになる方法はあるけどな」
「何をする気だ、俺は少尉だぞ、脅迫は軍法会議ものだ」
「軍法会議が怖いなら、最初からここで俺を止めていればよかっただろう」
俺はナイフをわざとちらつかせ、刃先を彼の指元へ置いた。
置くのは刃物の重さを伝えるためだ。
切るためじゃない。
切ると決めたら戻れないからだ。
「昔、とある所で“エンコ”ってやり方があるんだよ」
「嘘をつく度に指を一本落とすってやつで、最初は左の小指から順番にやる」
「最後には右手もなくなって、二度と操縦桿が握れなくなる、そういう拷問の類だ」
「なっ……そんな……お前は本気でそんなことを……!」
「本気に見えるなら効果はあるし、効果があるなら話は早い」
俺は冷たく言い切り、刃先の角度だけをわざと見せた。
エグザベの呼吸が荒くなり、喉が鳴った。
恐怖は強いが、彼の目はまだ折れていない。
折れていないのは、彼が“知らない”可能性があるからだ。
知らないなら脅しても意味が薄い。
知らないのに切ったら、俺がただの悪党になる。
「本当に、ほとんど知らないんだ、あの事は……!」
「俺は運用側じゃなくて、ただの実働要員だし、サイコミュの中身まで触れられる立場じゃない」
「それに、オメガって名前の詳細は上から降りてこない、俺も知りたいくらいなんだ」
必死な声だった。
必死な声は嘘を混ぜられない。
嘘を混ぜる余裕がある声と、余裕のない声の差は、戦場で何度も聞いてきた。
「……嘘ではなさそうだなぁ」
俺は刃を引き、呼吸を一つ落とす。
「はぁ、全く、無駄足だったかもしれないな」
「待て、無駄足ってなんだ、俺を襲っておいてそれで終わりか」
「終わりだよ、情報がないならこれ以上続ける意味がない」
「だったら最初から襲うな、話を聞くなら正面から聞け」
「正面から聞ける世界なら、俺は今夜こんな真似をしてない」
俺は立ち上がり、エグザベの拘束を解く。
解いた瞬間、彼の緊張が一気に抜け、膝が僅かに震えた。
恐怖から解放された反動だろう。
「……覚えておけ、次に同じ真似をしたら、俺は逃げないぞ」
「次があるかどうかは分からないし、次があるなら俺も別のやり方を選ぶ」
そう言って背を向けた瞬間、背後で“どさっ”という鈍い音がした。
振り返ると、エグザベが気絶して地面に倒れていた。
真面目な人間は、恐怖を我慢するのが上手い。
我慢した分だけ、糸が切れると一気に落ちる。
「……やべぇ、やりすぎた」
俺は頭を掻きながら、喉の奥が苦くなるのを感じた。
「やっぱり、あの人がやった拷問を真似るのは、流石にやり過ぎだったか」
足元の青年を見下ろしながら、俺はもう一度だけ自分に言い聞かせる。
俺の目的は勝利でも支配でもない。
マチュを守るために情報が欲しいだけだ。
そのために、俺自身が怪物になったら意味がない。
「……次は、もっとマシなやり方を探す」
そう呟いて、俺は夜の角へ溶けるように消えた。