機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

26 / 46
ASSASSIN

コロニーの夜の街は、昼間より静かなはずなのに、俺の耳には妙にうるさく感じた。

屋台の鍋が煮える音と、換気ダクトの唸りと、遠くの列車のブレーキ音が、全部まとめて「ここは戦場じゃない」と言い張っている。

だから余計に、俺みたいな異物は目立つ。

目立たないようにフードを深く被り、足音を殺し、呼吸のリズムまで落として、俺は“獲物”の背中を追っていた。

 

フラナガンスクールを首席で卒業したばかりの青年パイロット、エグザベ・オリベ。

若いのに背筋が真っ直ぐで、歩幅が一定で、周囲を気にしているくせに歩く速度を落とさない。

ああいうのは、優秀で真面目で、そして一番「上の命令」に忠実になりやすい。

つまり、口が固い。

口が固いなら、まずは固い口を開かせる“体勢”を作るしかない。

 

「……すまないな、俺も好きでやってるわけじゃない」

俺は独り言を飲み込んで、距離を詰めた。

闇の角、店の照明が届かない位置、監視カメラの死角。

エリートが警戒する方向を、わざと外す。

彼が振り返った時に何もない場所を作り、振り返らない瞬間に背後へ入る。

 

案の定、エグザベは背後の気配に気づいた。

気配に気づくのが遅いわけじゃない。

むしろ早い。

だが、その早さは「軍人としての正しさ」から来ている。

正しさは読みやすい。

 

「……誰だ、そこにいるのは、姿を見せろ」

エグザベの声は若いのに、無駄な震えが少なかった。

訓練の成果だろう。

訓練の成果は、戦場だと“死を遅らせる”程度には役に立つ。

 

「姿を見せたら、お前は俺の顔を覚えるだろうし、それは困るんだよ」

俺はボイスチェンジャー越しに声を潰しながら、真正面には出ず、あえて半身の影から言葉だけを投げた。

言葉が先に刺されば、人は視線の向きを間違える。

 

「……脅迫か、こちらは軍人だぞ、軽々しく手を出せば戻れないぞ」

「戻れる戻れないの話じゃなくて、今すぐここで黙ってもらう必要があるだけだ」

 

俺は一歩踏み込み、ナイフを突き出した。

突き出すのは殺すためじゃない。

反射を引き出すためだ。

反射を引き出せば、相手の戦い方が見える。

 

「舐めるなっ、そんな直線の刃で当たると思うなよ」

エグザベは刃を避け、即座にカウンターを入れようとした。

動きは綺麗だ。

綺麗すぎて、逆に分かりやすい。

 

「全く、そんな分かりやすい動きで戦うんじゃないよ」

俺は身体を翻し、彼の背後へ滑り込み、肩と腰のラインを同時に押さえた。

押さえるのは筋肉じゃない。

重心だ。

重心を奪えば、強い腕も強い脚も役に立たない。

 

「なっ、いつの間に背後へ……!」

「動くな、動いたら余計に痛い目を見るだけだし、俺もそれは避けたい」

 

刃をエグザベの首筋へ当てる。

ほんの僅かに皮膚が切れ、冷たい金属の感触が伝わった瞬間、エグザベの呼吸が一拍だけ止まった。

止まった呼吸は恐怖だ。

恐怖は、訓練より正直だ。

 

「……お前、何者だ、軍警か、それとも反ジオンの工作員か」

「軍警でも工作員でもないし、言い方を変えるなら俺は今夜だけの通行人だ」

「通行人が首に刃を当てるわけがないだろう、ふざけた嘘をつくな」

 

「嘘をついているつもりはないが、順番があるから今は我慢して聞け」

俺はそう言って、わざと力を抜き、しかし逃げられない圧だけは維持した。

締め上げれば喋る、というのは半分しか正しくない。

締め上げれば、喋る前に壊れる人間もいる。

壊れたら情報が抜けない。

 

「はぁ、こういうのは面倒なんだけどな」

俺は本音を漏らしながら、エグザベを地面へ叩きつける形で制圧した。

音は大きくしない。

衝撃は短く。

意識を飛ばさない程度に、抵抗の意志だけを折る。

 

「ぐっ……!」

エグザベが呻く。

体が地面に押さえつけられ、呼吸が乱れる。

 

「別に俺はお前と争う気はないし、刃を突きつけたのも悪かった」

「けどまぁ分かるだろう、こちらの立場も、君を怖がらせないと君は止まらない」

 

「……何を言っている、目的を言え、目的を言わないなら俺は叫ぶぞ」

「叫べば周囲が騒ぐし、騒げば軍警が来るし、軍警が来れば君の評価が落ちる」

「君はエリートだろう、評価が落ちるのは嫌なはずだし、その計算くらいは出来るはずだ」

 

「っ……!」

エグザベの沈黙が、肯定だった。

真面目で優秀な人間は、脅しが「痛み」より「立場」に刺さる。

 

「まさか、お前……ガンダム・クァックスを奪った一般人か」

「クァックス、なるほど、そういう名前で管理されているのか」

俺は内心で頷く。

ジークアクスだのクァックスだの、呼び名が揺れているのも情報の混乱の証拠だ。

 

「まあ、呼び名はどうでもいいし、俺が聞きたいのは一つだけだ」

「クァックスにあるオメガ・サイコミュ、あれは一体なんなんだ」

 

「……それはっ、その、機密事項だ、俺の口から出せる話じゃない」

「機密事項か、まあそうだよな、そんなのを簡単に話せるわけがない」

 

俺はわざと溜息を吐き、次に来る言葉を“脅し”として見せる。

本当はやりたくない。

だが、やらないと相手は一生「機密」で逃げる。

 

「……まぁ、そのうち話したくなるようになる方法はあるけどな」

「何をする気だ、俺は少尉だぞ、脅迫は軍法会議ものだ」

「軍法会議が怖いなら、最初からここで俺を止めていればよかっただろう」

 

俺はナイフをわざとちらつかせ、刃先を彼の指元へ置いた。

置くのは刃物の重さを伝えるためだ。

切るためじゃない。

切ると決めたら戻れないからだ。

 

「昔、とある所で“エンコ”ってやり方があるんだよ」

「嘘をつく度に指を一本落とすってやつで、最初は左の小指から順番にやる」

「最後には右手もなくなって、二度と操縦桿が握れなくなる、そういう拷問の類だ」

 

「なっ……そんな……お前は本気でそんなことを……!」

「本気に見えるなら効果はあるし、効果があるなら話は早い」

俺は冷たく言い切り、刃先の角度だけをわざと見せた。

 

エグザベの呼吸が荒くなり、喉が鳴った。

恐怖は強いが、彼の目はまだ折れていない。

折れていないのは、彼が“知らない”可能性があるからだ。

知らないなら脅しても意味が薄い。

知らないのに切ったら、俺がただの悪党になる。

 

「本当に、ほとんど知らないんだ、あの事は……!」

「俺は運用側じゃなくて、ただの実働要員だし、サイコミュの中身まで触れられる立場じゃない」

「それに、オメガって名前の詳細は上から降りてこない、俺も知りたいくらいなんだ」

 

必死な声だった。

必死な声は嘘を混ぜられない。

嘘を混ぜる余裕がある声と、余裕のない声の差は、戦場で何度も聞いてきた。

 

「……嘘ではなさそうだなぁ」

俺は刃を引き、呼吸を一つ落とす。

「はぁ、全く、無駄足だったかもしれないな」

 

「待て、無駄足ってなんだ、俺を襲っておいてそれで終わりか」

「終わりだよ、情報がないならこれ以上続ける意味がない」

「だったら最初から襲うな、話を聞くなら正面から聞け」

「正面から聞ける世界なら、俺は今夜こんな真似をしてない」

 

俺は立ち上がり、エグザベの拘束を解く。

解いた瞬間、彼の緊張が一気に抜け、膝が僅かに震えた。

恐怖から解放された反動だろう。

 

「……覚えておけ、次に同じ真似をしたら、俺は逃げないぞ」

「次があるかどうかは分からないし、次があるなら俺も別のやり方を選ぶ」

 

そう言って背を向けた瞬間、背後で“どさっ”という鈍い音がした。

振り返ると、エグザベが気絶して地面に倒れていた。

真面目な人間は、恐怖を我慢するのが上手い。

我慢した分だけ、糸が切れると一気に落ちる。

 

「……やべぇ、やりすぎた」

俺は頭を掻きながら、喉の奥が苦くなるのを感じた。

「やっぱり、あの人がやった拷問を真似るのは、流石にやり過ぎだったか」

 

足元の青年を見下ろしながら、俺はもう一度だけ自分に言い聞かせる。

俺の目的は勝利でも支配でもない。

マチュを守るために情報が欲しいだけだ。

そのために、俺自身が怪物になったら意味がない。

 

「……次は、もっとマシなやり方を探す」

そう呟いて、俺は夜の角へ溶けるように消えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。