機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
「あの軍人からは、詳しい情報は結局得られなかったな」
自分の声がやけに乾いて聞こえて、俺はフードの奥で舌打ちした。
夜の路地裏で首筋に刃を当てて、地面に押さえつけて、それでも“欲しい答え”は出てこなかった。
いや、出てこなかったというより――持っていなかった。
持っていない情報を、どれだけ脅しても、どれだけ圧をかけても、出てくるはずがない。
そんな当たり前を、俺は戦場で何度も知っていたはずなのに。
「……だから、無駄足だった。無駄足だったのに、余計な汚れだけ増えた」
俺はコートの縫い目を指先でなぞり、ナイフの柄に残る体温の幻を振り払うように息を吐いた。
ここから先、同じ物を身につけて歩くのは危険だ。
“俺”に繋がる可能性があるものは、徹底的に消す。
それが、戦場の後始末であり、今の俺が生き延びるための作法でもある。
人気のない処理場へ回り、コートとナイフを分解し、燃える物と燃えない物を分けて、痕跡が残りにくい形で処分する。
捨てるというより、存在を世界から引き剥がす。
自分の影を薄くする。
薄くしなければ、あの“木星帰り”が嗅ぎつける可能性が上がる。
そしてそれは、マチュへ近づく可能性と同義だ。
「……それにしても、あの軍人」
俺は、処分を終えた手でフードを深く被り直し、歩きながら思考を回す。
あっさりと動揺した。
あっさりと怖がった。
あっさりと“知らない”を叫んだ。
訓練された体の動きは確かにあった。
だが、戦場の匂いが薄すぎた。
「本当に軍人なのか? ……いや」
自分で言って、すぐに否定する。
軍人かどうか、なんて本質じゃない。
この世界は一年戦争が終わって五年程度だ。
“戦争を知らない軍人”がいてもおかしくない。
むしろそれが普通なのかもしれない。
戦場をくぐったことがない人間は、刃物の冷たさに弱い。
弱いのが悪いんじゃない。
ただ、弱い相手から得られる情報には限界があるというだけだ。
「……ジークアクスの手がかりが欲しかったのに」
俺は唇を噛む。
オメガ・サイコミュが何なのか。
なぜマチュが“自然に”動かせたのか。
なぜ虹が見えたのか。
なぜνガンダムのビームサーベルが、ザクの手に残ったのか。
問いばかり増える。
答えは増えない。
「手掛かりがあるとすれば……やはり、あれか」
俺の足は自然に向きを変えた。
向かう先は、ペイルライダーを格納している場所。
普段ならクラバに出る前か、整備の必要が出た時くらいしか近づかない場所だ。
だが今の目的は、ペイルライダーそのものじゃない。
“あの日”の残骸――あの柄だ。
「……あの時の現象は未だに分からないけど、確かにあれはガンダムだ」
格納庫のロックを解除し、扉の隙間から油と冷気が漏れてくる。
中に入ると、ズゴック外装で偽装されたペイルライダーが影のように座っている。
その足元のケース。
俺が隠すように押し込んだ、νガンダムのビームサーベルの柄。
「何か意味があるかもしれないからな」
俺はケースを開き、柄を取り出した。
見た目はただの金属片だ。
けれど、俺の指先はその“ただの金属片”を、ただの金属片として扱えない。
あの瞬間、確かに熱が生まれた。
確かに光が伸びた。
確かにザクが両断された。
そして確かに、俺は“届かないはずの場所”を見た。
「……サルベージする」
俺は端末を繋ぎ、ビームサーベル側の残存データを読み取る作業を始めた。
正規の整備端末があるわけじゃない。
手持ちの解析ツールと、ペイルライダーの内部端末の応用で、無理矢理“読める形”に変換する。
普通の学生がやる作業じゃない。
でも、普通の学生なら、こんな物を握っていない。
「元々、他陣営に渡っても問題ないように、基本データしか積んでない……か」
表示されるログは薄い。
型式の断片。
熱源の出力曲線。
安全機構の古い規格。
そして、何よりも“思想”だけが濃い。
「……凄いな、このνガンダム」
νガンダム。
かつてアムロさんが乗っていたガンダムを、さらに推し進めた存在。
ガンダムMk-Ⅱの時点でも“人の反応”を追い越す速度があったのに、その先だ。
様々な状況への対応、機体と人の接続、そしてサイコミュの統合。
俺が知る世界では、あれは“最終回答”に近い存在だった。
解析を進めるほど、ある違和感が輪郭を持つ。
データは薄いのに、構造の癖が見える。
制御思想の“角度”が、どこか見覚えのある方向を向いている。
「……似てる」
俺は呟き、画面を何度も行き来する。
ジークアクスのオメガ・サイコミュ。
νガンダムのサイコミュ統合。
表の仕様は見えない。
でも、裏でやっていること――“意思を機体へ通すための回路の組み方”が、妙に近い。
「νガンダムのシステムは、ジークアクスと似ている部分が多い」
「……もしかして、あの時の現象は、互いのサイコミュが干渉した結果で生まれたのか?」
虹。
地球。
アクシズ。
そして、俺の手に現れたビームサーベル。
あれが単なる幻覚じゃなく、サイコミュ同士の“共鳴”で起きた現象だとしたら。
起点はマチュだ。
マチュが触れたから、世界が裂けた。
そう考えると背筋が寒くなる。
そして、同時に納得してしまうのがもっと嫌だ。
「……もっと詳しい情報が欲しい」
だが残念ながら、柄に残っているのはここまでだ。
νガンダム本体のログに繋がるような深い情報はない。
当たり前だ。
ビームサーベルは武器であって、記録装置じゃない。
「それでも、収穫はあった」
俺は画面を閉じ、柄をゆっくりケースへ戻した。
「丁度、ペイルライダーの強化プランも考えなきゃいけなかった」
ジオンが動く。
ソドンが動く。
シャリア・ブルが動く。
その時、現状のペイルライダーだけで対応できるとは思えない。
偽装外装で隠せても、戦場で勝てなければ意味がない。
勝てても、生き残れなければ意味がない。
「……まぁ、その前に」
俺は椅子にもたれ、天井を見上げた。
「なんとか地球へ行く手段も探さないとな」
マチュが言っていた地球への夢。
“本物を見たい”という願い。
今はその夢が、単なる旅行計画じゃなく、俺の中で“約束”になってしまっている。
約束になった以上、守らなければならない。
守るためには金がいる。
金を稼ぐにはクラバがいる。
でも俺は目立てない。
目立てば、木星帰りの影が伸びる。
「……結局、全部マチュの安全に繋がる」
一番優先すべきは、マチュの安全だ。
クラバを通して、マチュの中にある何かが解放されている感覚がある。
あれは才能なのか、呪いなのか、俺にはまだ判断できない。
ただ、止めることは難しい。
止めれば別の形で噴き出す。
噴き出した時に守れない方が、よほど怖い。
「だからせめて……」
俺は喉の奥で息を飲む。
「せめて、悲劇を起こさないように」
前の世界で、俺は悲劇を止められなかった。
止められなかった結果、マチュは死んだ。
その顔を、俺は今も忘れられない。
だから今の世界では、同じ終わり方だけはさせない。
そのためなら、俺はまた汚れる。
汚れてでも、守る。
「……まずは次の手だ」
俺は立ち上がり、格納庫のロックをかけ直す。
「軍警の若い奴からは無理だった」
「なら、別の線を探す」
ジオン側の動き。
ソドンの噂。
シャリア・ブルの影。
そして、ジークアクスの出所。
どこかに必ず“繋ぎ目”がある。
世界が歪む時、必ず綻びが残る。
その綻びを掴めば、マチュを守る手がかりになる。
俺はフードを手に取り、息を整えた。
迷っている暇はない。
迷えば、次の悲劇が先に来る。
「……行くか」
そう呟いて、俺は闇へ足を踏み出した。
守るために、まだ眠れない夜を続けるために。