機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
マチュとシュウジ。
二人のクラバは、気づけばもう四連勝していた。
「強くなったな……本当に」
俺は口の中でそう呟きながら、端末に残る試合ログを指先でなぞった。
勝ち方が変わっている。
最初はただ必死に生き残るだけだったのに、今は「勝ち筋」を選んで、勝ち筋のために危険を切り捨てている。
それができるのは、素養があるからだ。
そして素養がある人間は、望めば望むほど、さらに強くなれる。
「……でも、それ以上に強くなれるのが怖い」
俺は声に出してしまいそうになって、喉の奥で飲み込んだ。
マチュの才能がこれ以上開花する意味が、彼女にとって幸せなのかどうか、俺には分からない。
強くなれば、見える景色は増える。
見える景色が増えれば、背負う重さも増える。
背負った重さは、いつか彼女の肩を折るかもしれない。
「……だけど、俺は踏み込んで欲しくないと願っているのかもな」
そう思う自分が勝手だという自覚はある。
マチュ自身は、いま確かに“その先”を見たがっている。
賞金を稼いでいる理由だって、単純な遊びじゃない。
あの子は、目的のために進んでいる。
そして俺も、その目的を知っている。
地球。
本物の海。
本物の空。
あの子が「見たい」と言った場所。
そのために、金が必要で、そのためにクラバが必要で、そのためにマヴが必要で、気づけば、全部が一本の線になっていた。
「ちょっと、聞いてるの、ランガ?」
背後から声をかけられて、俺は現実に引き戻された。
「えっ、あぁ、聞いてる聞いてる」
慌てて返した俺に、マチュはジトっとした目を向ける。
この目は、戦場のスコープより刺さる。
逃げ道がないからだ。
「ほんとに聞いてた? さっきからずっと難しい顔してる」
「難しい顔は、癖みたいなものだし、気にしないでくれ」
「気にするよ、今ここで相談してるの私なんだけど」
そう言われて、俺はようやく机の上に広げられた画面へ視線を落とした。
中古のスペースブライト――地球行きに必要な移動手段の候補。
中古のくせに値段がやたらと高い。
いや、正確に言えば、本体価格のほかに維持費や整備費や許可やら、全部が高い。
「中古のスペースブライトか……」
俺は画面をスクロールしながら、条件を読み上げるように確認する。
「ねぇ、やっぱり十五万以上かかるの?」
マチュが真剣な顔で聞いてくる。
その真剣さが、俺を余計に追い込む。
夢じゃなく、現実の数字として地球を見ているからだ。
「……まぁ、当たり前だよ」
俺はできるだけ冷静に答えた。
「そもそも運用コストがあるし、整備も必要で、許可も必要で、保険も必要で、税金みたいな雑費も必要になるから」
「中古で買ったとしても、すぐ動かせるとは限らないし、むしろ動かすまでに金が溶ける可能性もある」
「うぇ、現実ってやだ」
マチュが頬を膨らませる。
それでも、すぐには諦めない顔だ。
諦めない顔を見ていると、胸の奥が少し痛い。
諦めて欲しいわけじゃない。
ただ、諦めないほど危険に近づくのが、この世界の悪い癖だから。
「というより、ランガも検討してたんだ」
マチュが急に言う。
それは責める言い方じゃなく、少しだけ嬉しそうな言い方だった。
まるで“同じ夢を見ている仲間”を見つけたみたいに。
「んっ、まぁな」
俺は短く頷いた。
「マチュが地球に行きたいって言ってただろ、だから調べただけだ」
「そ、そうなんだ……」
マチュは視線を横に向けて、耳の先が少しだけ赤く見えた。
風呂上がりだからそう見えただけかもしれないが、俺はその赤さに余計な意味を乗せたくなくて、わざと画面に集中するふりをした。
その時、玄関の方から足音がした。
鍵が回り、ドアが開く音。
そして、聞き慣れた落ち着いた気配。
「あっ、お帰りぃ」
マチュが声をかける。
俺は内心で固まった。
この時間帯に来る足音は、十中八九マチュのお母さんだ。
しかもこのタイミングで帰ってくるのは、嫌な予感がする。
「……マチュ、まさかバレないとでも思ってたの」
低い声。
怒っている。
俺の背中が冷える。
クラバがバレたのか。
いや、もしバレているなら、俺の家にいる時点で面倒が爆発する。
「っ!」
マチュが固まった。
俺も息を止めた。
「進路希望、クラゲって書いたそうね」
「えっ」
俺は間抜けな声を漏らしてしまった。
クラバじゃない。
進路希望の話だった。
安心していいのか分からない種類の話題だ。
「えっ、それは、その……」
マチュが言い訳を探すが、マチュのお母さんは容赦しない。
「好きに決めていいって言ったじゃない、って言うと思った?」
「……う」
「好きに決めていい、っていうのは、考えた上で選べって意味だから」
「真面目に考えなさい、アマテの将来でしょ」
マチュは不機嫌そうに顔を逸らした。
それでも、反抗の仕方が子供っぽい。
まだ“壊れていない”反抗だ。
その反抗が見られるのが、俺には救いだった。
そして矛先が、なぜか俺に向いた。
「ランガ君からも、何かないの」
マチュのお母さんが俺を見る。
目が、逃がしてくれない目だ。
この人も、マチュと同じ目をしている。
母親の目だ。
「クラゲかぁ……」
俺は一拍置いて、正直に言う。
「俺は、別に良いと思いますよ」
「いや、それは――」
お母さんが言いかけたところで、マチュが「だって」と被せた。
俺はその瞬間に、言葉の続きを勝手に決めてしまった。
自分の中で一番汚い結論へ、最短で飛んでしまった。
「生きていたら、なんとかなりますから」
俺は淡々と言ってしまう。
「死んだら、それこそ、どんな将来も選べないので」
空気が止まった。
止まった空気の中で、俺は自分が何を言ったのか理解して、喉の奥が苦くなる。
言葉は正しい。
正しいが、重すぎる。
子供の進路相談で言う言葉じゃない。
「あっ……それは……」
マチュのお母さんが気まずそうに視線を揺らす。
マチュも一瞬だけ目を見開いた。
俺は空虚な笑みを浮かべるしかなかった。
本音と嘘が混ざった笑みだ。
「……とにかく、アマテもちゃんと考えなさいよ」
お母さんは言い切って、部屋から出ていった。
怒りの火種を残しながらも、どこかで「踏み込みすぎた」と感じたのだろう。
ドアが閉まる音が、やけに優しく響いた。
静かになった部屋で、マチュがこっちを見た。
さっきまで不機嫌だった顔が、急に悪戯っぽい笑みに変わる。
「ランガ、悪いねぇ」
「えっ、何がだ」
「お母さんに絡まれたでしょ」
「……絡まれたと言うか、俺が勝手に変なこと言っただけだ」
「違うの?」
マチュが首を傾げる。
俺は少しだけ息を吐いた。
「……まぁ、少しね」
正直に答える。
正直に答えると、マチュは嬉しそうに笑う。
この笑い方が、俺の胸を締め付ける。
守りたいと思ってしまう。
守りたいと思う資格がないと思ってしまう。
「ねぇ」
マチュが、今度は距離を詰めてくる。
「私の将来の夢がバレちゃったけど、ランガは何をしたいの?」
詰め寄る目。
逃げない目。
その目に答えないのは、卑怯だ。
でも、答えようとしても答えがない。
俺の将来は、前の世界で一度死んだ時点で終わっている。
終わっているのに、ここでまた始まってしまった。
始まってしまった以上、俺は何を望むんだ。
「……夢か」
俺は言葉を探す。
探しながら、マチュの呼吸の温度を感じてしまう。
近い。
近いからこそ、余計な言葉を言いたくなくなる。
「……旅をしたいかな」
やっと出た言葉は、逃げ道みたいな言葉だった。
「色々な所を、見て回りたい」
「旅!」
マチュの顔がぱっと明るくなる。
「良いよ! それ!! めっちゃ良い!!」
「ランガ、似合うし!」
似合う。
その言葉が、俺には少しだけ痛い。
彼女が思い描く旅は、きっと楽しい旅だ。
景色があって、食べ物があって、笑い話があって、寄り道があって、帰る場所がある旅だ。
俺が思い描く旅は、たぶん違う。
俺の旅の目的は――
歪みの中心を確かめること。
ジークアクスの正体に触れること。
ソドンの裏側を覗くこと。
シャリア・ブルの影が本当に“シロッコ”に繋がるのかを確かめること。
そして、マチュの未来を奪う悲劇を、二度と起こさないこと。
それは旅というより、戦場の延長だ。
でも、その戦場の延長を“旅”と呼ぶことでしか、俺はマチュの前で言葉を成立させられなかった。
「……うん」
俺は曖昧に頷く。
「旅は、いい」
「じゃあさ」
マチュが笑って言う。
「地球も、その旅の一つだね」
俺の胸がきゅっと縮む。
地球。
約束。
危険。
そして、“本物”。
「……そうだな」
俺はゆっくり答えた。
「その旅の一つだ」
マチュは嬉しそうに頷き、机の上の中古スペースブライトのページをもう一度開く。
数字に向き合う目をしている。
夢を夢で終わらせない目だ。
その目を見ながら、俺は心の中でだけ、別の言葉を繰り返した。
(俺の旅は、きっと綺麗じゃない)
(でも、綺麗じゃなくてもいい)
(マチュが生きて、選べるなら、それでいい)
マチュの笑い声が、部屋の中で弾んだ。
俺はその笑い声を、できるだけ長く聞けるようにしたいと思った。
それが俺の夢かもしれない、という事実を認めるのが怖くて、俺はまだ口には出せないままだった。