機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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その日、俺とマチュは並んでポメラニアンズへ向かった。

クラバの勝ちが続いて、マチュの足取りが少し軽くなっているのが分かる。

軽くなった足取りは悪い事じゃない。

けれど軽くなったぶんだけ、落ちる時の高さも増える。

俺はその落差を想像して、無意識にフードの縁を指で押さえた。

 

「そういえばさ」

マチュが歩きながら首を傾げる。

「ランガって、あそこに最初に行った時より、ずっとフード深く被ってるよね」

「……気づいたか」

「気づくよ、だって顔半分くらい隠れてるし、ちょっと怪しいよ」

 

怪しいと言われて、俺は苦笑いで誤魔化す。

誤魔化すしかない。

本当は、怪しいどころの話じゃない。

俺の存在はこの世界にとって異物で、異物は見つかった瞬間に“処理対象”になる。

 

「うぅん、そうだな……実はさ」

俺はなるべく柔らかい声を作った。

「俺、あそこでクラバに出てるんだけど、その時は正体隠してたんだ」

 

「えっ」

マチュが立ち止まりかける。

「聞いてない! なんで教えてくれなかったの!」

「いや、言ったら止めるだろ」

「止めるよ! 普通止めるよ!」

 

マチュの声が大きくなる。

それを聞いて、周囲の通行人が一瞬こっちを見る。

俺は反射的にマチュの肩を軽く押して、歩く速度を戻した。

 

「落ち着けって、ここで声張ると余計に面倒だ」

「面倒って何よ、ランガが勝手に面倒な事してるだけじゃん!」

「その通りだ、だから今は責任を取る」

「責任って……」

 

マチュはまだ不満そうに頬を膨らませる。

でも、怒り方が“生きてる怒り方”なのが救いだった。

怒れる余裕があるうちは、まだ自分を失っていない。

 

「モビルスーツも、偶然拾った奴だからな」

俺は話題を少しずらして、真実の芯だけ残す。

「見つかったら色々まずい」

「えぇ、何それ! 今度見せてよ!」

「今度な、今日は駄目だ」

「なんで!」

「今日は余計な目が増えてる気がする」

 

その言葉で、マチュは口を閉じた。

俺の声の温度が変わったのを感じ取ったのだろう。

こういうところだけ、マチュは勘が鋭い。

 

「……分かった、今日は我慢する」

「偉い」

「子供扱いしないで」

「してない」

「してる!」

 

そんなやり取りをしながら、目的地へ近づく。

難民区域の手前、露店の匂いが少し濃くなる通り。

そこに、妙な鳴き声が混じった。

 

「ワンッ、ワンッ! ワンワンッ!」

鋭い吠え声。

それも、ただの甘えじゃない。

“誰かを追い払う”吠え方だった。

 

「ん?」

マチュも足を止める。

「犬……?」

 

視線を向けると、ポメラニアンが一匹、何かに向かって吠えている。

小さい体なのに、声だけはやけに勇ましい。

そして、吠えられている側の人間が――困った顔で立ち尽くしている。

 

「はぁ……全く」

俺はつい溜息をついた。

「少しごめんな、マチュ」

「あぁ、うん」

マチュは素直に頷き、俺の後ろへ下がる。

 

俺は騒ぎの中心へ近づいた。

ポメラニアンは俺を見ると、まだ吠えようとしたが――俺が目線を合わせて低い声を出した瞬間、ピタッと止まった。

 

「おぉい、駄目だぞ」

俺はゆっくり言う。

脅すためじゃない。

落ち着かせるための声。

 

ポメラニアンが一瞬だけビクリとする。

そして次の瞬間、信じられないくらい素直に腹を見せた。

尻尾が、さっきの勇ましさが嘘みたいに揺れる。

 

「良い子だ」

俺は頭を撫でながら呟く。

「ほんと、飼い主が無責任だと困るなぁ」

 

「なっ、てめぇ……シロー!」

奥から怒鳴り声。

ジェジーだ。

声で分かる。

この男は声だけで喧嘩を起こせる。

 

「なんでここに……!」

「少し用事があったんだよ」

俺は立ち上がりながら言った。

「それより、その犬、吠えすぎだ」

「吠えすぎじゃねぇ! こいつが勝手に――」

「勝手に吠えたなら、吠えた理由があるだろ」

 

ジェジーが言い返しかけた、その時。

俺の中で、警報が鳴った。

 

空気が変わった。

ほんの少しだけ甘い匂いが混じって、同時に背中が冷える。

戦場の直感が「見るな」と囁くのに、見てしまう。

見てしまうから、生き残ってきた。

 

「あら」

柔らかい声。

声だけ聞けば、ほんわかした穏やかな女性だ。

怒鳴り声の世界から、急に違う温度の声が刺さってくる。

 

「あなたが、もしかして噂のガンキャノン使いさん?」

「……」

 

俺は返事をせず、マチュを視界の端へ入れる。

前に出させない。

相手が何者でも、まずマチュを守る位置を作る。

それが最優先だ。

 

「えっ、らっ……じゃなかった、シロー?」

マチュが俺の様子の変化に気づき、こっちへ寄ってくる。

その寄り方が危ない。

俺は手の甲で軽く制して、マチュを背後へ押し戻した。

 

「……一体、何の用だ」

俺は声を落とした。

低い声。

相手の温度に合わせないための声。

 

女は微笑む。

優しい笑顔だ。

優しい笑顔なのに、俺の直感はひたすらに囁く。

――危険だ。

優しい笑顔で近づく奴は、戦場では一番信用できない。

 

「カネバンに用があって来たのだけど」

女は肩をすくめるように言う。

「まさか、一番会いたかったあなたに会えるとは思わなかったわ」

 

「……俺に、だと」

俺は眉をひそめる。

俺のことを知っている。

俺の“噂”を知っている。

ガンキャノン使い――つまり偽装の外側だけを掴んでいる。

どこから嗅ぎつけた。

軍警か。ジオンか。あるいは――もっと厄介な何かか。

 

女は、笑顔のまま一歩だけ近づく。

距離を詰める癖がある。

相手の拒絶ラインを踏みにじる距離感。

それは「相手が引く」と確信している人間の距離だ。

 

「あなた、赤いガンダムのこと、知っているのでしょ」

「……」

 

心臓が一拍遅れた。

その名前がここで出るのは早すぎる。

俺は答えない。

答えた瞬間に、相手が“当たり”を引く。

 

(こいつは、どこまで掴んでいる)

(赤いガンダムのことだけか)

(マチュのジークアクスのことまでか)

 

「……先に行っていてくれないか」

俺はマチュに、なるべく自然な声を作って言った。

「俺はちょっと、この人と話をしてくる」

 

「えっ、ちょっと、シロー……いや、ランガ!」

マチュが混乱したまま呼ぶ。

本名が口に出そうになる。

それを止めたい。

だから俺は視線だけで「黙れ」と伝えた。

 

女が、さらに柔らかく笑う。

「ごめんなさいね」

「えっと……ガールフレンドの人だったかしら」

 

「違っ――」

マチュが言いかけて、声が詰まる。

頬が赤い。

余計なことを言うな。

俺は内心で舌打ちする。

 

「少し、彼を借りるわね」

女はマチュに向かって、丁寧に頭を下げるような仕草までしてみせた。

丁寧な仕草。

丁寧な仕草で距離を奪う人間は、丁寧なまま人を壊す。

 

マチュが思わず問いかける。

「いや、その前に……あなた、誰なんですか」

 

女は、まるで“その質問を待っていた”みたいに、嬉しそうに目を細めた。

そして、笑顔のまま名乗る。

 

「シイコ・スガイよ」

 

その名前が、耳の奥に引っかかった。

知らないはずなのに、引っかかる。

知らない名前なのに、嫌な予感だけが確信に近い形で胸に落ちる。

 

俺はフードの下で息を吸い、マチュを背中に隠したまま、シイコ・スガイという女と向き合った。

ここから先は、雑談じゃない。

“踏み込まれたくない場所”へ、踏み込んでくる相手との会話になる。

そして、踏み込ませないための会話を、俺は選ばなければならない。

 

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