機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
このサイド6のセキュリティに関して、一言で言えばザルと言っても良い。
平和を前提に組まれた警備網は、侵入者ではなく“迷子”を想定しているような間の抜け方をしていて、監視端末の癖を掴めば、俺でも穴を開けられる。
だが、その簡単さが逆に、あの世界の異常さを照らし返す。
あの世界は警備が堅牢だったのではない。
人間が堅牢に追い詰められていて、穴を開けようとした瞬間に、弾丸と疑念と命令が同時に飛んできただけだ。
「場所としては、ここか」
ハッキングで引き抜いた古い設備データ、戦後整理の名目で捨てられた記録、そして説明のつかない直感。
それらが、難民区域の奥にある廃棟を指し示している。
端末上の電力使用量が、死んだはずの建物だけ妙に生きていた。
換気の流量も、図面のない“空白”だけが一定の周期で揺れている。
現実の数字が、直感の方向を裏打ちしていた。
俺はそういう合流点だけは信じることにしている。
信じないと、マチュを守るための判断が、ただのオカルトになってしまうからだ。
「何よりも、俺をこの世界に導いたのは……あの音だ」
死の直前に聞こえた、歌声のような、波のような、あの音。
何なのかは分からない。
だが、聞こえた瞬間に世界が裏返り、俺は吸い込まれるようにここへ落ちた。
ならば発生源に近づけば、歪みの正体に触れられるかもしれない。
仮説としては薄い。
薄いが、俺の中には、薄い仮説に縋らなければならない理由がある。
「……はぁ。本当に、いつからオカルトに頼るようになったのか」
呟きながら、俺はフードの縁を指で引き下げる。
顔を隠すのは臆病だからではない。
俺の視線が平和の中で刃物になってしまうと自覚しているからだ。
そして、その刃物で誰かを切る前に、俺はマチュを遠ざけたい。
今朝の俺を見た彼女が、家に来るかもしれない。
その時に俺がいなければ、彼女は探しに来る。
難民区域にまで踏み込んで、過去の俺が見たのと同じ“壊れ方”を、彼女に見せてしまうかもしれない。
それだけは嫌だ。
伸ばした手が空を掴み、転がった顔を前に声も出せずに立ち尽くした、あの結末だけは。
難民区域は、コロニーの裏側だった。
一年戦争で住む場所を失った人間が寄り集まり、仮の生活を積み上げている。
表のサイド6が整った平和の顔をしているなら、ここはその裏で腐りかけた縫い目だ。
道は狭く、匂いは濃く、視線は重い。
そして俺は、その重さに慣れすぎている自分を発見して、気分が悪くなった。
「出来れば、早く帰らないといけない」
独り言は、決意というより自制だった。
俺が長居すればするほど、戦場の癖が戻る。
癖が戻れば、優しさは遅れてやってくる。
遅れた優しさは、時々、誰かを守れない。
歩いていると、視線の針が皮膚に刺さる。
身なりの比較的整った俺は、この区域では異物で、同時に餌でもある。
追い剥ぎだろう。
俺は溜息を吐き、わざと路地裏へ入った。
相手が「カモだ」と思う位置へ、こちらから移動してやる。
追ってくる足音が増える。
焦りと欲が混じった呼吸。
戦場とは違うが、危険の匂いは同じだった。
俺は物陰に寄り、気配を薄くする。
次の瞬間、二人が路地へ雪崩れ込んだ。
「なっ、あいつはどこに行った!」
「こっちに行ったと思ったんだが!」
声が大きい。
素人だ。
俺は背後に回り、まず利き腕を取る。
肘の関節角度を殺し、手首を捻って、刃物を持てない形へ固定する。
次に膝裏へ体重を乗せ、相手を“倒す”のではなく“動けなくする”。
殺さない。
殺さない方が合理的だ。
死体は騒ぎを呼ぶ。
「なっ……!」
もう一人が動いた瞬間、俺は短くナイフを抜き、床へ落とした石片を蹴って目の前に跳ねさせた。
視線が逸れる。
その一拍で距離を詰め、胸元の服を掴んで壁に押し付ける。
刃は喉へ触れさせない。
触れさせなくても、温度で脅しは成立する。
「動くな。動けば……痛い目を見る」
二人の呼吸が止まる。
この程度の殺気で固まる。
悲しいことに、ここは戦場ではない。
戦場なら、殺気はただの空気で、誰も止まらない。
俺は片手で端末を操作し、地図を表示して見せた。
「この場所を知っているか。案内できるなら、今ここで終わりにする」
「そっ、そんな所……知るかぁ!」
目が嘘を吐いていない。
偶然で拾えるほど、都合のいい案内役じゃない。
「……だったら、消えろ」
俺は拘束を解き、二人を突き放した。
逃げる勢いのまま、彼らは闇へ消えていく。
俺も立ち去ろうとして、そこで別の気配に気づいた。
第三者。
さっきから、ずっと見ていた目。
「おい」
「っ」
逃げようとした背中へ、俺はナイフを投げる。
刺すつもりはない。
足元の壁へ突き立て、進路を塞ぐ。
金属板に刃が食い込む音が、言葉よりも速い制止になる。
「さっき見ていたなら分かるだろ。聞くが、お前、この場所を知っているか」
振り向いたのは、黒い長髪の少女だった。
年はマチュと同じくらい。
だが制服が見慣れない。
この区域の子供が着る布とは違い、どこか外の世界の匂いがする。
それが逆に不自然で、俺の警戒を強めた。
「そっ、そこは……」
「知っているようだな」
俺が一歩踏み出した瞬間、少女の腹が鳴った。
ぐぅぅぅ。
「……」
「////」
顔を赤くして俯く。
恥と空腹が混じった沈黙は、嘘よりずっと信用できた。
俺は一度息を吐き、声の温度を落とした。
「……はぁ。飯を奢る。その代わり仕事だ。案内してくれ」
「えっ、良いの」
「さっきまでのは……追い剥ぎ対策で、乗りが続いただけだ。悪かった」
完全な本音ではない。
だが、少なくとも殺す気はない。
俺は壁に刺したナイフを抜き取り、鞘へ収めた。
「名前は」
「……ニャアン」
露店で軽食を買い、彼女に渡す。
ニャアンは疑うように見つめたが、俺が同じ物を先に食べると、ようやく齧り始めた。
噛む速度が速い。
空腹を隠せない人間は、まだ壊れきっていない。
そういう勝手な評価が自分の中で立ち上がるのが、俺は嫌だった。
「……なんで、そこに行こうと」
ニャアンが問いかける。
この区域の奥へ向かうこと自体が、彼女の常識では危険なのだろう。
「確かめたいからだ」
「確かめたいって、それだけで、こんな所に」
もっともだ。
普通の人間なら、難民区域の奥に行く理由は、住むか、裏稼業か、どちらかしかない。
俺は答えを濁した。
本当の理由は、マチュの名を盾にしてしまうからだ。
守るためだと口にした瞬間、俺は自分の弱さを正当化してしまう。
俺は端末の画面を開き、さっき抜いたログの一部を見せた。
監視網の穴、電力使用の偏り、そして、この建物が“使われている”という証拠。
「ここに触れた痕跡は残る。お前が俺と話したことも、下手をすれば拾われる」
「……え」
「だから、今ここで手順を覚えろ。これを消す」
脅しではない。
共犯化だ。
ニャアンの指が震えながら画面をなぞり、俺の言う通りに操作する。
これで彼女は、俺を売ることが簡単ではなくなる。
同時に、俺も彼女を切り捨てにくくなる。
戦場でよく使った関係の結び方を、俺は平和の中で再現してしまった。
「……分かった」
「なら、案内を頼む」
「うっ、うん」
食事を終え、俺たちは歩き出す。
ニャアンは地理を知っていて、迷いなく路地を選ぶ。
周囲への警戒が常に抜けないのは、この区域が彼女にとって“生活”であり“罠”でもあるからだろう。
歩いている途中で、俺は背後に別の気配を感じた。
尾行。
人数は複数。
足音の間隔が揃っている。
そして、靴底の擦れる音が、軍の規格品に近い硬さを持っている。
さらに決定的なのは、耳の奥に入ってくる極小の無線ノイズだ。
会話は聞こえない。
だが通信している。
民間人の追い剥ぎじゃない。
「騒ぎすぎたか」
「えっ、何?」
ニャアンが首を傾げる。
俺は答えず、建物へ視線を固定した。
目的地。
外から見ればただの廃倉庫。
だが端末の数字と直感が、ここだと言っている。
そして、あの音の残響が、耳の奥で微かに震えた。
俺は扉を押し開け、内部へ滑り込む。
ニャアンも遅れて入ってきた。
「ここに一体、何が……何もないように見えるけど」
「……分からない。ただ――」
背後の気配が濃くなる。
扉の外で、靴底が床を擦った。
俺の脳内で警報が鳴り、同時に過去が割り込む。
転がった顔。
伸ばした手。
届かなかった指先。
あの瞬間の無力が、今の俺の背中を突き上げる。
マチュを、もう二度と、ああはさせない。
「走れ」
「えっ!?」
俺は走る。
ニャアンも慌てて追う。
追ってきた連中の正体が、俺の中で形になる。
隠密。
極秘。
このコロニーが持っている、表には出ない牙。
「……このコロニーの極秘部隊か」
「えっ、どういう事」
「さぁな」
説明している暇はない。
俺は壁の継ぎ目と床の微かな傾きを読み、空気の流れを追った。
換気の流量が、ここだけ不自然に“吸っている”。
設備図にない空白が、空気だけは生きている。
つまり、裏に空間がある。
俺はパネルの縁を押し込み、隠し扉をこじ開ける。
ニャアンが目を見開き、転びそうになりながら続いた。
「おい、あの男っ、やはり!」
「どういう事だ、なぜ――っ」
背後の声が遠ざかり、地下の湿った空気が肺に入る。
階段を降り、暗い廊下を抜ける。
心臓が早鐘を打つ。
期待じゃない。
恐怖だ。
これが本当にあるなら、俺はまた戦争へ戻れる。
戻れるという事実が、守るための力になると同時に、俺の人間性を削る刃にもなる。
「えっ……何がっ、それに何なのっ、これ」
薄闇の奥に、巨大な輪郭が立っていた。
装甲の曲線。
関節の配置。
沈黙の圧。
見慣れたはずの存在が、ここでは“ありえないはずの形”で佇んでいる。
俺は喉の奥が熱くなるのを感じた。
安堵ではない。
懐かしさでもない。
もっと厄介な、帰巣本能に近い何かだ。
そして同時に、胸の奥で嫌悪が沸く。
俺がそれを必要としてしまうことへの嫌悪だ。
「……また会ったな、ペイルライダー」
そこには、俺の相棒が立っていた。
待っていたように。
隠されていたように。
そして何より、この世界の歪みそのものとして、沈黙していた。