機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
彼女――シイコ・スガイと、クラバでの決闘を取り付けた後、俺はその足でポメラニアンズへ戻った。
戻ったと言っても、胸の中は全然落ち着いていない。
あの女の笑い方は、戦争の笑い方だった。
「殺す」と言う言葉を、雑談の温度で口にする。
あの手の人間は、自分の中の理屈が完成していて、そこに他人の事情が割り込む余地がない。
だからこそ厄介で、だからこそ、ここで止める必要がある。
格納庫の扉を押し開けると、油と鉄の匂いが鼻に刺さる。
ケーンが工具を手にしていて、ジェジーがいつもの不機嫌顔で壁にもたれていて、アンキーが奥で煙草の火を揺らしていた。
いつも通りの光景なのに、俺の中の警報だけが鳴り止まない。
「次の試合には、俺が出る」
俺は余計な前置き無しで言った。
言い切らないと揺らぐからだ。
「出るって――」
ジェジーが目を剥く。
「あれ以来、お前全然出てねぇじゃねぇか! なんだ急に!」
「事情がある」
俺は短く返した。
「事情があるんだよ。それじゃ」
それだけ言って、俺は踵を返した。
これ以上ここで話せば、余計な心配や余計な詮索が増える。
今は“俺が出る”という事実だけでいい。
そして、俺が勝つ。
勝って、あの女の刃が赤いガンダムへ届く前に、折る。
その時だった。
背中に、嫌な声が刺さる。
「……魔女と何か約束したのかい」
アンキーの声だった。
軽いのに、逃がさない声。
俺は足を止めて、半分だけ振り返る。
「……魔女?」
その言葉に、聞き覚えがない。
だからこそ、反射で聞き返してしまう。
アンキーは煙を吐き、目だけで俺を測った。
「あんたが話してたシイコ……あの女が呼ばれてた名前だよ」
ケーンが横から早口で割り込む。
「あの後調べたんだけどさ!」
「ユニカムって呼ばれる撃墜王の中でも、百機以上撃墜して、“魔女”の異名で呼ばれたスーパーユニカム!」
ジェジーが眉をひそめる。
「……そんな相手に、本当に勝てるのかよ」
その問いかけが、普通なら重いはずだった。
でも、俺の中では違った。
百機。
撃墜王。
魔女。
そういう言葉は、戦場にいた俺にとって“飾り”に近い。
俺はため息を吐いた。
ため息で済ませないと、ここで俺の中の冷たい部分が顔を出す。
「……百が、なんですか」
俺が言った瞬間、場が一瞬止まる。
「えっ」
ケーンが間抜けな声を出した。
ジェジーが「お前なぁ」と言いかける。
俺は続けた。
「戦争中に、敵の数なんて数えてられませんよ」
「数えてたら、その瞬間に自分がその数になるだけだ」
「冗談だと思ってんのか」
ジェジーが噛みつく。
「……冗談じゃない」
俺は視線を落としたまま言った。
「敵の数を数える余裕がある奴から死ぬ」
「だから、数は意味がない」
「意味があるのは、目の前の一機をどう壊すかだけだ」
アンキーが小さく息を吐く。
「……その言い方、ほんとに戦争を知ってる人間の口だね」
俺は返さない。
返したら、余計なものが溢れる。
「……俺はこれで」
俺は言って、今度こそ歩き出した。
正直、これ以上話したら、何を出すか分からない。
俺が出したくないのは、武器じゃない。
俺の中の“戦場の俺”だ。
そのまま離れようとした、次の瞬間。
「っ」
背中に衝撃。
抱きつかれた、という衝撃。
俺は反射で身構えた。
襲撃か。
刃物か。
そんな思考が一瞬で走った。
だが、次に聞こえたのは、細い呼吸だった。
振り向くより早く、俺は匂いで分かった。
石鹸の匂い。
甘いシャンプーの匂い。
「……えっ、マチュ?」
気づいていなかった。
いつの間にここへ来た。
いつの間にこの距離に入った。
その事実が怖いのに、それ以上に、今の状況が胸を締め付ける。
マチュが、俺を抱き締めている。
両腕で、逃がさないように。
「いや、マチュ、なんでそんな――」
俺が言いかけたところで、彼女の声が落ちてきた。
「置いていかないで」
「……えっ」
言葉の意味が、すぐに理解できなかった。
いや、理解したくなかった。
置いていくつもりなんてない。
ないのに、俺の行動が“置いていく人間”に見えたという事実が痛い。
「置いていかないでって……いきなり何を言ってるんだ」
俺が言うと、マチュは腕の力を強めた。
離す気がない。
離したら本当に消えると思っている力だ。
「……ランガ」
マチュの声が震えている。
「さっき、あの人と話してからずっと可笑しかった」
「まるで、私の知らない所へ行くみたいな気がした」
「……マチュ」
俺は否定できなかった。
否定したら嘘になる。
あの女を見て、俺は過去の自分を見た。
復讐にしか目がなかった自分。
そして、その自分を否定したくて、戦おうとしてしまった。
戦うことで、マチュから見れば“遠くへ行く”に見えたのだろう。
俺はそっと、マチュの腕をほどいた。
ほどいた瞬間、マチュが驚いた声を出す。
「ぇっ」
その驚きが、俺の罪悪感を増やす前に、俺は正面から抱き返した。
逃げないようにじゃない。
“いる”と伝えるために。
体温で、呼吸で、言葉より先に伝えるために。
「離れる訳ないだろ」
「……ランガ」
マチュの声が少しだけ柔らかくなる。
抱き締めて分かる。
体温がある。
確かに温かい。
前の世界で、どれだけ求めても届かなかったものが、今ここにある。
それだけで、俺の胸の奥が勝手にほどける。
(本物だろうと偽物だろうと関係ない)
(今この瞬間、ここにいる)
(それだけでいい)
「俺は、マチュから離れない」
俺は低い声で、噛み締めるように言った。
約束じゃない。
宣言だ。
俺自身に向けた宣言。
「……本当?」
マチュが小さく聞く。
「あぁ、本当だ」
俺は頷く。
頷きながら、絶対に離さないように腕に力を入れる。
そのまま数秒。
静かになった空気の中で、背後の気配がやっと戻ってくる。
ジェジーが目を逸らして咳払いをして、ケーンが「うわぁ」って顔をしていて、アンキーが面白そうに口角を上げているのが分かる。
そして、その視線が痛い。
痛いからこそ、マチュが少し照れたように離れようとする。
だが、離れる前にマチュが顔を上げた。
さっきまでの不安が、いたずらみたいな光に変わっている。
「……だったら」
マチュが言う。
「勝ったら、なんか美味しい物でパーティだから」
「えっ」
俺が間抜けな声を出す。
「心配させた罰」
マチュがジト目で俺を見る。
この目だ。
この目に逆らえる人間は、たぶんこのコロニーにいない。
「……うっ、分かった」
俺は観念して頷いた。
頷くしかなかった。
マチュは満足そうに笑って、ようやく俺から離れる。
その瞬間、胸の奥が少しだけ寒くなる。
離れたのに寒い。
それがもう、俺の答えなんだろう。
守る。
離れない。
勝つ。
そして、パーティのために美味いものを探す。
馬鹿みたいな未来の約束が、今の俺には救いだった。