機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
「……くだらない」
俺の声は、宇宙に響かないはずなのに、自分の胸骨には妙に重く残った。
くだらないと言い切った瞬間、シイコ・スガイの刃が一拍だけ止まり、そこに“怒り”ではなく“確認”の色が混じった。
こいつは俺を憎んでいない、こいつはただ、自分の世界を守るために否定している。
だからこそ厄介で、だからこそ――俺はここで終わらせる必要がある。
『……何が、くだらないっていうの』
シイコの声が、さっきより低く、そして冷たい。
『私の現実よ、私の正しさよ、それをあなたが笑う資格があるの』
「資格がどうとか、そういう話をしていないと言っているんだよ」
俺は刃を合わせたまま、わざと距離を詰めずに言葉を返した。
「ニュータイプを認めないだの、進化を否定するだの、そんな看板を掲げて誰かを殺しても、結局は自分が楽になりたいだけだろう」
「楽になりたいから、相手を“認めない”って形で消したいだけだろう」
『黙れ!』
シイコのゲルググが、スティグマの軌道でこちらの死角へ滑り込む。
さっきまでよりも鋭い、怒りの入った刺突で、刃の狙いが“勝つ”から“折る”へ変わっている。
俺の偽装ガンキャノンの関節を、俺の刃を、俺の心を折りに来ている。
「……来ると思ったよ」
俺は吐き捨て、ワイヤーを撃たずに“身体だけ”で軌道を作った。
スラスターを短く吹かし、慣性を殺さずに角度だけを変え、刃の交点を一瞬だけずらす。
その一瞬で、シイコのスティグマの“最短”が外れる。
外れた瞬間に、俺は初めて確信した。
(見える)
(あいつの次の一手が、手を出す前から見える)
ニュータイプという言葉を、俺は嫌ってきた。
才能だの可能性だの、そういう綺麗な言葉で括られると、戦場で生き残った“汚い勘”まで奪われる気がしたからだ。
けれど今、俺の中で起きているのは“勘”じゃない。
確率が、視界に線として浮かんでいる。
シイコの姿勢制御が、次にどこへ重心を置くかが、刃の角度より先に見えてしまう。
『……なに、その目』
シイコが一瞬だけ声を揺らす。
揺らした瞬間、俺はさらに確信する。
こいつも感じている。
俺の反応速度が、ただの操縦技術じゃない領域へ入ったことを。
「マチュ、今は俺を見るな、ポカタを押さえ続けろ」
俺は通信で短く言った。
『分かった! でもランガ、今の……何か変だよ!』
「変でもいい、今は勝つだけだ」
視界の端で、ジークアクスがポカタ機の逃げ道を塞ぎ、シュウジが“必要なだけ”で相方を支えている。
二人の連携が、いつの間にか形になっているのが腹立たしいほど頼もしい。
俺はその頼もしさを盾にして、シイコだけへ集中できる。
シイコが、もう一度スティグマで来る。
来る場所が見える。
来る角度が見える。
来るタイミングが、呼吸の前から見える。
「遅い」
俺は言ってしまった。
言った瞬間に、シイコの殺気が跳ねる。
跳ねた殺気が、俺の視界では“乱れた線”として見える。
乱れた線は、予測しやすい。
予測しやすいなら、勝ち筋が一本になる。
俺はワイヤーを撃った。
今度はデブリではない。
シイコ機の脚部付近、推進剤タンクの外装にアンカーを噛ませる。
致命じゃない位置。
だが“軌道”を奪うには十分な位置だ。
『っ!?』
シイコが反射で姿勢を戻そうとする。
戻そうとした瞬間が、遅い。
遅いから、俺は張力を掛ける。
ただ引くんじゃない、回転モーメントを与えるように引く。
相手のスティグマは“慣性の裏側”から刺す技だ。
なら、慣性そのものをこちらが管理してしまえばいい。
シイコの機体が、ほんの僅かに回る。
回った瞬間、スティグマの“最短”が最短ではなくなる。
最短ではなくなった刃は、ただの刃でしかない。
「ここだ」
俺は奪ったビームサーベルを振り上げず、あえて“置いた”。
相手が来る場所に刃を置く。
刃を置いたまま、ワイヤーで相手を“そこへ連れていく”。
立体軌道装置みたいに自分が飛ぶのではなく、相手の軌道を縫い止める。
この違いが分かる相手は少ない。
そして、シイコは今、それを理解する前に間に合わない。
『なっ……!』
シイコの声が、初めて明確な驚きになる。
驚いた瞬間、反応は遅れる。
遅れた反応は、宇宙では死に直結する。
俺の刃が、シイコ機の武装腕の関節を裂いた。
殺さない。
墜とすのではなく、戦えない状態へ落とす。
復讐者を止めるには、殺すより“続けられない現実”を叩きつける方が効く時がある。
『……うそ、こんな……』
シイコが呻く。
『反応できない、見えてるのに、身体が追いつかない……!』
「見えてるなら分かるだろ、今の俺はお前のスティグマを“先に触ってる”んだよ」
俺は冷たく言い切る。
「それがニュータイプだとかどうとか、そういう名前を付けたいなら勝手に付けろ」
「俺は今、マチュを守るために必要なことをやってるだけだ」
その瞬間、ポカタ機がマチュから逃げようとして、逆にジークアクスの射線へ入った。
マチュは迷わない。
迷わず一撃で“武装を失わせる”角度を選び、ポカタ機の主武装を潰した。
『ランガ! 相手、崩れた!』
『うん、終わらせるよ』
マチュの返事は短い。
短いのに、芯がある。
この子は本当に強くなっている。
だからこそ、俺は余計に怖い。
シイコはまだ動こうとする。
動こうとするが、関節が壊れた機体は軌道が作れない。
軌道が作れないなら、スティグマは成立しない。
「……終わりだ、シイコ」
俺は言い、最後にワイヤーを緩めて相手の姿勢を完全に奪った。
シイコ機は回転し、武装を失ったまま宇宙に漂う。
同時に運営の乾いた宣告が通信に割り込んだ。
終わった。
終わったはずなのに、俺の心臓は止まらない。
勝ったから止まらないのではなく、勝ったことで別の問題が始まると分かっているから止まらない。
『ランガ! 勝った! ねえ、見てた!?』
マチュの声が弾んでいて、俺はその弾みが嬉しいのに、同時に怖い。
「見てたよ、だから言っただろ、浮かれるな」
俺はなるべく普通の声で返した。
「帰投する、いまはそれだけ考えろ」
『うん! でも、あとでパーティだよね!』
「……約束したからな、逃げられない」
そのやり取りの間に、シイコの機体から通信が入ってきた。
声が、さっきより静かだ。
静かだから、余計に怖い。
『ニュータイプなんて、認めない』
『あれは人を壊すだけの言葉よ』
『私のマヴを返して……私の戦争を終わらせて……』
俺は、その言葉に返すべき慰めを持っていなかった。
慰めた瞬間、彼女の復讐は別の形で延命する。
延命した復讐は、また誰かを焼く。
それだけは、駄目だ。
だから俺は、最後まで同じ答えしか出せない。
勝った後に言うのは残酷だと分かっていても、俺はそれを言う。
「……くだらない」
その一言を、俺は自分にも向けていた。
復讐に縋った過去の俺へも、ニュータイプという言葉に怯える今の俺へも、全部まとめて。
くだらないものに飲まれてマチュを失うくらいなら、俺はくだらないと言い切って、守り続けるしかない。