機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
先日の一件もあって、俺は今回のクラバには出場しないつもりだった。
あの“魔女”との決闘で目立ちすぎたし、シャリア・ブル――シロッコの影を疑っている以上、俺が表に出る回数は減らすべきだ。
だから今回は、マチュとシュウジの二人で試合に出る予定だった。
俺は俺で、裏方として最低限の整備をして、二人が生きて帰る確率を一桁でも上げる。
それで良い。
それで良いはずだった。
……なのに。
「……おい、お前、マジか」
声が自分でも驚くほど低くなった。
シュウジの顔が、明らかに赤い。
いつもなら「眠いのか」「飯を食ってないのか」くらいの覇気の薄さで済むのに、今日は違う。
目が潤んでいる。
呼吸が熱い。
額の汗が、変な湿り方をしている。
「だいじょうぶ」
シュウジは平然と言おうとして、語尾がふわっと落ちた。
その落ち方が、もう大丈夫じゃない。
「大丈夫の言い方じゃない」
俺はため息を吐き、手持ちの簡易計測器を取り出した。
風邪とか、そういう話だろうとは思った。
思ったけど、俺の中の“まさか”が引っかかっていた。
サイコミュだのキラキラだの、訳の分からない現象が起きる世界だ。
体調の異変だって、ただの風邪で済む保証はない。
測る。
数字が出る。
数字が、笑えない。
「……マジか」
俺は頭を抱えた。
完全に風邪だ。
熱がある。
それも「気合で動ける」領域を越えている。
こいつ、宇宙に出したら本当に死ぬ。
体が、判断より先に壊れる。
「しゅうじ、今日の試合は――」
俺が言いかけた、その瞬間。
「おぉい、シュウジって……あれ、ランガ?」
「ランガさん? どうしたんですか?」
入り口の方から声。
見れば、マチュとニャアンの二人が顔を出していた。
タイミングが悪い。
悪いが、助かる面もある。
マチュがいるなら、俺が嘘をつく理由が減る。
ニャアンがいるなら、シュウジを寝かせる手が増える。
「あぁ、いらっしゃい」
俺が言う前に、シュウジが赤い顔のまま、妙に律儀に二人を迎えた。
「あっ、よう」
シュウジは軽く手を上げようとして、上げきれずに肩が落ちた。
それを見て、マチュとニャアンの目が同時に揺れる。
「……ちょっと、ランガ」
マチュが妙に小声になって、俺の方へ駆け寄ってきた。
「もしかして……」
「んっ?」
俺が首を傾げた瞬間、マチュがなぜか真剣な顔で言った。
「ランガ! 分かってると思うけど、シュウジは男だよ!」
「……何を言ってるんだ?」
俺は本気で意味が分からず、口が半開きになった。
ニャアンまで、変な方向に顔を赤くして言う。
「も、もしかして……ランガさんとシュウちゃんって……」
「……シュウちゃん?」
俺はそこで別の疑問が湧いた。
いつの間に、ニャアンはシュウジをそんな呼び方してる。
こいつらの距離感、俺の知らないところで勝手に更新されてるのか。
「何を勘違いしてるんだ」
俺は呆れてため息を吐いた。
「シュウジと俺はそういう関係じゃない」
「何よりも、今はそんな話してる場合じゃない」
マチュが不満そうに口を尖らせる。
「じゃあ何、なんであんな顔赤いの」
「……大変な事になったぞ、マジで」
俺が言うと、マチュの眉が上がる。
「大変な事?」
俺はシュウジの方を指差した。
「こいつ、風邪ひいてる」
「えっ」
マチュとニャアンが同時にシュウジを見る。
さっきまでの“色っぽい赤み”が、一瞬で“病人の赤み”に変換される。
二人の表情が揃って青くなった。
「えっと、どうするの!?」
マチュが声を上げる。
「確か、試合に出なかったら……ペナルティとか、チームの信用とか……!」
ニャアンが小さく頷く。
「次のマッチメイク、外されるかも……」
そうだ。
クラバは遊びじゃない。
“出られない”は、弱いチームにとって死活問題だ。
それを理解した上で、俺は一つだけ答えを選んだ。
選びたくない答えだったが、選ばないとマチュが危険な選択をする。
「仕方ない」
俺は言った。
「あんまりやりたくなかったけど、俺がガンダムに乗って出る」
「えっ、大丈夫なの!?」
マチュが目を見開く。
その目の奥には、心配と、別の感情が混じっている。
“また置いていかれる”という怖さだ。
俺はそれに気づいてしまって、胸の奥が痛い。
「大丈夫だ」
俺は短く言い切る。
「俺は出たくないわけじゃない、出る必要がないと思ってただけだ」
「必要になったなら、出る」
シュウジが赤い顔のまま、ぼそっと言った。
「……ガンダムが、ランガなら乗れるって言ってる」
「ちょっと待て、勝手にガンダムに喋らせるな」
俺が突っ込むと、マチュが横から突っ込んでくる。
「いや、今それどころじゃないでしょ!」
ニャアンは既に動いていた。
「シュウちゃん、座って」
「……だいじょうぶ」
「大丈夫じゃない、寝て」
ニャアンは妙に手慣れた動きでシュウジを寝かせ、タオルを用意し、水も持ってくる。
難民区域で生きている子の手際だ。
生きるために人の世話も覚える。
そういう現実が、ここにもある。
「とりあえず、俺は準備する」
俺はマチュに視線を向ける。
「マチュはジークアクスに乗る準備をしておけ」
「うんっ、分かった!」
マチュは返事をして、すぐに動こうとした。
動こうとして――一瞬だけ止まった。
そして、俺を見る。
「……どうしたんだ?」
俺が聞くと、マチュは視線を揺らした。
「えっ、いや……なんでもないよ」
そう言って笑ったが、笑いが少しだけ硬い。
硬い笑いは、怖さを隠す笑いだ。
俺はその意味を深く捉えなかった。
捉えなかったというより、捉える余裕がなかった。
今は準備をしなければならない。
クラバの宇宙へ出るなら、俺は“シロー”ではなく“ランガ”として動く必要がある。
マチュの隣で、俺が死角を潰す必要がある。
そして何より、あの“魔女”の約束がまだ生きている。
誰が相手でも、次の試合で俺が目立てば、別の影が動く。
それでも、今は出るしかない。
「……行くぞ」
俺は小さく呟いて、フードを手に取った。
これからまた、平和の皮の下で戦場の呼吸をする。
その呼吸が、マチュを守るためのものだと信じるために。