機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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Hypothesis

「はぁ、本当だったら出るつもりはなかったんだけどな」

愚痴みたいに吐き捨てた俺の声は、格納庫の金属に吸われて消えた。

本音だ。

俺は目立ちたくない。

シイコとの一件で余計な影を引き寄せた可能性がある以上、次も俺が前に出るのは最悪の選択肢に近い。

けれど、最悪の選択肢を選ばないと、もっと最悪が来る時がある。

今回がまさにそれだった。

 

「……ごめん」

背後で、マチュが小さく言った。

謝る相手を間違っている。

原因はマチュじゃない。

原因は、寝台で真っ赤な顔をしているシュウジだ。

だが、マチュは自分のせいにする癖がある。

戦場に近づくほど、人は自分の責任を抱え込み始める。

抱え込むと、折れる。

 

「謝るな」

俺は工具を置きながら短く言った。

「悪いのは風邪ひいたあいつだ」

「でも、私がもっとしっかりしてたら……」

「しっかりしてたら風邪が治るのか」

「……治らない」

「なら、それで終わりだ」

 

赤いガンダムの整備は、最低限を終えた。

昨日の戦いで無理がかかった箇所は、ケーンの工具と俺の手で応急処置ができる範囲なら埋めた。

本当ならちゃんとパーツを替えたいが、そんな贅沢ができる環境じゃない。

俺ができるのは“壊れないように祈る整備”じゃなく、“壊れる場所を自分で選ぶ整備”だ。

戦場の整備は、いつだってそうだ。

 

そのまま、俺は今回の対戦相手を調べ始めた。

エントリー情報、過去の戦績、映像の癖、武装の傾向。

クラバの連中は戦争を知らない奴が多いが、だからこそ“有名な名前”が出ると厄介だ。

有名な名前は、負けた時に騒ぎが大きくなる。

 

「今回は……いつものザクじゃなくて、ドムか」

俺は画面をスクロールしながら呟いた。

 

ドム。

ザクⅡと並ぶ名機のひとつ。

地上戦用としての集大成だと、俺の知る歴史では語られていた。

重厚な体躯、装甲の厚み、剛性のあるフレーム。

格闘戦においては、相手に“押し勝つ”ための設計思想が露骨に出る。

 

「……宇宙でドム?」

俺は眉をひそめた。

本来ならリック・ドムという形で宇宙用に調整される。

だがクラバはごった煮だ。

地上用の皮を被ったまま宇宙に出てくる機体もいる。

そういう無茶な改造ができるのが、ジャンク屋の悪いとこであり、強みでもある。

 

そして、ドムは俺にとって無関係でもない。

 

「リック・ディアスの系列……と言えるんだよな」

そう考えると、皮肉みたいに懐かしさが湧く。

ティターンズにいた頃でも、エゥーゴに移った後でも、あの系列の機体は身近だった。

あの“重さ”と“押し”は、嫌というほど知っている。

 

だが、今回の情報で一番胃に悪いのは、機体じゃなかった。

 

「……何より、今回の対戦相手が、まさか黒い三連星の二人だとはな」

俺は思わず口にしてしまった。

 

黒い三連星。

有名だ。

連携で獲物を落とす、三人で一つの刃になる部隊。

俺の前世でも資料や噂で聞いた名前だし、エゥーゴでも「連携の象徴」として語られることがあった。

ただ、俺は彼らと深く関わった記憶はない。

だからこそ厄介だ。

知らない相手は、読みづらい。

 

「知ってる人?」

寝台の方から、シュウジの声がした。

熱でやられているはずなのに、こういう時だけ耳が良い。

腹立つくらいに。

 

「……まぁ、噂程度だ」

俺は淡々と返した。

「とにかく、今は関係ない。敵は敵だ」

 

過去の英雄だろうが、今ここでやるのは違法の喧嘩だ。

名誉も勲章も関係ない。

関係あるのは、目の前の一撃で死ぬか生きるかだけだ。

 

「とりあえず、行ってくる」

俺はシュウジに視線を向ける。

「お前は大人しく寝てろよ」

 

「分かった」

シュウジは赤い顔のまま、薄く笑った。

「ガンダムをよろしく」

 

その言い方が、妙に“託す”言い方で癪に障る。

ガンダムは物だ。

だが、あいつの口から出ると、物じゃなくなる。

物じゃなくなるから、面倒が増える。

 

俺は赤いガンダムに乗り込んだ。

コックピットの匂いは、ペイルライダーとは違う。

油の匂いの奥に、どこか乾いた金属の匂いがある。

歴史が違う匂いだ。

だが操縦系統は、感覚的には近い。

最低限の動かし方なら、手が勝手に覚えている。

 

「さて、ランガ・ロード……ガンダム、行くぞ」

俺は独り言みたいに言って、操縦桿を握った。

 

発進。

暗い宇宙。

クラバの宙域。

サイド6の光が遠くで滲み、そこから外れるほど闇が濃くなる。

闇が濃いほど、距離感が狂う。

距離感が狂うほど、事故は増える。

事故が増えるほど、人は死ぬ。

 

「武装確認」

俺は頭を切り替える。

今回、赤いガンダムに“ビームライフル”はない。

ガンダムハンマーもあるが、ドム相手には相性が悪い。

ドムのバズーカ運用を考えると、遠距離で撃たれ続けると厳しい。

なら、俺が前に出て盾になる。

マチュが隙を狙う。

本当ならシュウジがそこにいた。

だが今日は違う。

 

「……来たか、マチュ」

俺は通信を開いた。

ジークアクスの反応が近づいてくる。

いつもの流れなら、マチュの声が返る。

「うん、来た!」とか「大丈夫!」とか、そういう元気な声が。

 

だが――

 

「あっ、あの……ランガさん」

 

「……はっ?」

俺の喉が詰まった。

今の声は、マチュじゃない。

マチュの声じゃないどころか、俺がこの状況で一番聞きたくない種類の声だった。

 

俺は反射で通信画面を開く。

そこに映ったのは、恐る恐るこちらを窺うニャアンだった。

ジークアクスのコックピットに、ニャアンがいる。

ヘルメットが少しズレていて、目が丸い。

目が丸いのは、泣きそうだからだ。

 

「……なんでお前が、それに乗ってるんだ」

思わず呟いたのは、悪くないだろう。

というか、悪いに決まっている。

最悪だ。

最悪の種類が変わっただけで、最悪なのは変わらない。

 

ニャアンが慌てて言う。

「あの、その……マチュが、急に……」

「急に?」

「……お母さんに呼ばれて、出られなくなって」

 

その瞬間、俺の頭の中で昨日の会話が繋がる。

進路希望。

門限。

母親の目。

そして、マチュが“隠している何か”。

 

「……そういうことか」

俺は一度だけ目を閉じた。

怒る暇はない。

呆れる暇もない。

今は戦場だ。

そして、隣にいるのがマチュではなくニャアンだとしても、やることは変わらない。

生きて帰る。

それだけだ。

 

「ニャアン、聞け」

俺は声を低くした。

「今から言うことを、一字一句間違えるな」

「は、はい!」

 

「操縦桿は握るな」

「えっ」

「ジークアクスは、変に触ると余計に暴れる」

「じゃ、じゃあどうやって……」

「呼吸しろ」

俺は短く言った。

「お前が怖いのは分かってる」

「でも怖いままでもいい」

「怖いまま、俺の声だけ聞け」

 

ニャアンの喉が鳴る音が通信越しに聞こえた。

心臓の音がうるさいのも分かる。

この子は戦争を知らない。

だからこそ、今ここにいるのが間違いだ。

間違いだが、もう戻れない。

 

「ランガさん……私、死にますか」

ニャアンが小さく言った。

その声が、刺さった。

前の世界で、同じ声を何度も聞いたからだ。

死ぬか、と聞くのは、もう半分死んでいる人間の声だ。

 

「死なせない」

俺は即答した。

理由はない。

根拠も薄い。

それでも、今言える言葉はそれしかない。

 

「俺が前に出る」

「お前は、俺の後ろから離れるな」

「分かったら、返事」

 

「……はい!」

ニャアンの返事が、少しだけ強くなる。

その強さだけで、今は十分だ。

 

遠くで、敵機の熱源が増える。

ドム――いや、黒い三連星の二機。

次の瞬間、宇宙がまた戦場になる。

 

「……くそ」

俺は操縦桿を握り絞める。

本当だったら出るつもりはなかった。

本当だったら、マチュと組むはずだった。

本当だったら、こんな状況にはならなかった。

 

だが、現実はいつも“本当だったら”を踏み潰してくる。

だから俺は、踏み潰されたままでも立つ。

立って、守る。

守るために、勝つ。

 

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