機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
ニャアンの変化に、俺は一瞬で気づいた。
気づいた、というより――宇宙空間そのものの温度が変わったように感じた。
さっきまで怯えて、逃げるためだけに機体を動かしていた少女の気配が、急に“狩る側”へ反転したからだ。
ジークアクスは、もう動いていた。
逃げる軌道ではない。
デブリの影に隠れるでもない。
獲物の喉元へ噛みつく獣みたいに、ヒートホークを構えて一直線にリック・ドムへ突っ込んでいく。
「ニャアン! 何をしているっ!」
俺は叫んだ。
叫びながらも、目の前のリック・ドムを無視できない。
こいつが俺を押さえている限り、ニャアンへ走れない。
バズーカの残弾が、また飛ぶ。
俺はヒビの入ったシールドを前へ突き出し、衝撃を“受け止める”のではなく“受け流す”ように角度をつけた。
衝撃がコックピットの骨組みへ響く。
それでも耐える。
耐えながら、ビームサーベルで斬りつける。
だが、リック・ドムは躱した。
躱したというより、距離を取った。
距離を取る動きが妙に整っている。
俺の刃から逃げるための距離ではない。
別の目的のための距離だ。
(嫌な予感がする)
俺の胸の奥が、戦場の勘でざわついた。
案の定、そいつは向きを変える。
狙いが俺から、ジークアクスへ移った。
リック・ドムのヒート・サーベルが、ニャアンへ斬りかかる。
普通なら、ここで終わる。
操縦の“逃げ方”しか知らない人間は、斬撃に身体が固まって動けなくなる。
けれど――ニャアンは避けた。
避け方が素人じゃない。
恐怖で逃げる避け方ではなく、相手の間合いを測って“当たらない位置”へ滑り込む避け方だ。
そのまま、ヒートホークを構え直す。
狙いが、頭ではない。
胴体だ。
もっと言えば、胸部の一点。
「コックピットを……っ」
俺の声が、勝手に漏れた。
頭を割れば勝てる、というクラバの常識を無視している。
無視しているというより、最短で“人を殺す”角度を選んでいる。
「ニャアン! 駄目だっ! それではっ!」
俺は喉が裂けるくらい叫んだ。
だが、届かない。
通信が届かないんじゃない。
ニャアンの意識が、俺の声を“雑音”として弾いている。
振り下ろされたヒートホークが、リック・ドムの胸部へ突き刺さる。
突き刺さった瞬間、機体が一拍遅れて震えた。
そして――ジークアクスが離れる。
離れたのと同時に、リック・ドムが爆散した。
爆炎は宇宙で広がらない。
広がらないのに、破片と熱と光の圧だけが、肌に刺さるように飛んでくる。
「……マズい」
俺の口が乾く。
もし俺の予想が合っていれば、今のはただの“撃破”じゃない。
コックピットを狙った。
つまり、パイロットを殺した可能性がある。
クラバは違法でも、そこで“人が死ぬ”のは別の意味になる。
意味が変わると、世界が動く。
世界が動けば、マチュが巻き込まれる。
「やらせるか……!」
俺の動きは速くなる。
速くするしかない。
考えている暇がない。
考えれば遅れる。
遅れれば、次の死が生まれる。
もう一機のリック・ドムが、呆然としていた。
呆然としたのは、相方の爆散が予想外だったからか。
それとも、ジークアクスの挙動が“人間じゃない”からか。
俺はその隙を逃さない。
ビームサーベルで一閃。
狙いは頭部とバックパック。
殺すためじゃない。
“動けなくする”ためだ。
クラバの勝利条件を満たすためでもある。
これで終われば、最悪でも退路は作れる。
頭が裂け、バックパックが焼け落ちる。
リック・ドムは推進を失い、漂うだけの鉄塊になる。
運営の勝利宣告が通信に割り込む。
勝利。
勝利という言葉が、今は少しも嬉しくない。
俺はすぐにジークアクスへ向かった。
相手がいなくなった今、次に危ないのはニャアンそのものだ。
「止まれ! クラバは終わった!」
俺は正面から声を叩きつける。
声だけで止まってくれ、と祈る。
だが返ってきたのは、別の声だった。
ニャアンの声なのに、ニャアンじゃない熱の声。
「終わってない! そこの黒い奴がまだいる!」
ジークアクスが、俺へヒートホークを振るう。
刃が、俺の赤いガンダムへ向く。
味方を敵として認識している。
完全に、オメガ・サイコミュに振り回されている。
「ちっ!」
俺はビームサーベルで受け止めた。
受け止めた瞬間、衝撃が腕を通じて胸へ抜ける。
ニャアンの振りが重い。
素人の重さじゃない。
機体の出力と、意識の暴走がそのまま刃に乗っている重さだ。
「お前、落ち着けっ!」
「うるさいっ! あいつは敵!」
「俺は敵じゃない!」
「敵だっ! 敵だっ! 敵だっ!」
言葉が通じない。
いや、通じないというより、通じさせない“壁”がある。
壁の正体は、恐怖だ。
恐怖が暴力に変換されて、暴力がさらに恐怖を呼んでいる。
「ニャアン!」
俺が名を呼ぶ。
名前を呼べば戻ってくる、そんな甘い話じゃないと分かっていても呼ぶ。
「煩いっ、煩いっ、煩い!」
ニャアンの叫びと共に、ジークアクスの周囲で“光”が濃くなる。
あの感覚。
さっき感じたサイコガンダムの圧に近い。
視界が、ほんの僅かに歪む。
距離が、距離じゃなくなる。
「やめろ!」
俺は必死に訴えた。
「そのままじゃ、お前自身がどうなるか分からないぞ!」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
――駄目だ。
このまま言葉を投げても、刃の往復が増えるだけだ。
増えれば、どこかで俺の防御が遅れる。
遅れれば、ジークアクスの刃がガンダムのコックピットへ届く。
届いた瞬間、俺は“守る”ために“殺す”選択を迫られる。
それだけは、絶対に嫌だ。
「……仕方ない」
俺は歯を噛みしめた。
この赤いガンダムにも、何かがある。
シュウジが言っていた。
「ガンダムが言っている」と。
俺はそれを茶化してきた。
だが今は、茶化している場合じゃない。
(使いたくなかった)
(使ったら、戻れない気がする)
(でも、使わないと、もっと戻れない)
俺はサイコガンダムでの経験を思い出す。
意識が引きずられる感覚。
他人の声が、頭の内側で鳴る感覚。
あの“圧”に飲まれないように、自分の中心だけを握りしめるやり方。
「……集中する」
俺は息を整えた。
操縦桿を握る指の力を一度抜き、心臓の鼓動を数える。
数えて、鼓動の間に静けさを作る。
その静けさに、自分の意識を沈める。
「来い」
俺は心の中でだけ言った。
「俺の方へ来い、ジークアクスじゃない、ニャアンの方へ届いてくれ」
そうして、俺は意識を集中させる。
赤いガンダムの“内側”へ、手を伸ばすように。
ニュータイプとしての力を、嫌悪ごと握り込むように。