機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
「乗れ!」
「えっ——」
返事を待つ暇はなかった。
俺はニャアンの腕を引いてコックピットへ押し込み、自分もすぐにペイルライダーへ跳び乗る。
ハッチの解除、開放、昇降、着座。
手順が身体に染みつきすぎていて、むしろ恐ろしくなる。
平和の皮を剥がした先に、俺の指が勝手に戦争の作法を並べてしまう。
ニャアンも狭い座席に身を縮めて乗り込んだ。
震えているのが視界の端で分かる。
「ねっ、ねぇ!」
「少し静かにしてろ。すぐに発進させる」
「発進させるって、これって、何なの!」
「見て分からないのか。モビルスーツだ」
「モビルスーツって……こんなの見た事もないし、色々と可笑しいよ!」
「……かもしれないな」
計器が点灯し、フレームが微かに震え、ペイルライダーが“起きる”。
俺は進路を脳内で組み直す。
ここで停滞したら包囲される。
猶予はせいぜい数十秒、いや、通路の幅と警備の配置から見て、二十秒もない。
向かうのは、このコロニーから宇宙へ出られる場所だ。
外へ出れば、追跡の条件が変わる。
内壁の地形に縛られない分、逃げ道は増える。
「そこにいる奴! 止まれ!」
通路の先に現れたのはザク。
ザクマシンガンを構え、銃口がこちらを指している。
だが、俺の知るザクとは違った。
モノアイと輪郭だけが“ザク”を名乗っていて、胴体の比率も関節の取り回しも、戦争用というより治安維持用の匂いがする。
特に下半身の球状推進剤タンクは異質で、推進思想そのものが別物に見えた。
「俺からしたら、あっちの方が異質だけどな」
向こうも同じ感想を抱いているのだろう。
ザクのパイロットが叫ぶ。
「なんだっ、そのモビルスーツはっ!」
俺は武装表示を確認し、舌打ちした。
ビームサーベルなし。
バルカンも弾切れ。
丸腰に近い。
つまり、奪うしかない。
「……まぁ、やるしかないよな」
隣でニャアンが息を呑む。
「なっ、何をするつもりなの!」
俺は答えない。
戦場では説明より先に結果が来る。
「とにかく、加速Gで殺されないようにしっかりしてろよ」
「えっ、それって——」
言い終える前に、俺は操縦桿を握り込み、スラスターを全開にした。
ペイルライダーが跳ねるように前へ出る。
身体が座席に押し付けられ、ニャアンの短い悲鳴が耳を叩いた。
相手も反応が速い。
ザクマシンガンが火を噴き、弾幕が通路を削る。
俺は軌道を折り、壁面すれすれを滑るように躱す。
火花が視界を横切り、装甲が削られる感触が伝わるが、致命じゃない。
致命じゃないなら、手は残る。
擦れ違いざま、俺は敵の腰部に固定されているヒートホークに目をつけた。
奪取の“工程”は一つでいい。
ロックの癖を見て、捻る角度を決め、掌で引き剥がす。
固定具が嫌な音を立てて千切れ、熱が掌に伝わった瞬間、俺はそのまま振り抜いた。
刃がザクの頭部を斜めに割り、モノアイ周辺を断ち切る。
「ぐっ——!」
メインカメラを潰されたザクが反射でこちらを掴もうとした。
俺は躊躇なく回し蹴りを叩き込み、機体ごと壁へ弾き飛ばす。
それでも敵は立ち上がろうとするが、目がない。
目がない機体は戦闘を続けられない。
撃墜ではなく無力化で十分だ。
死体は騒ぎを増やす。
「メインカメラをやられたら、追いかけるのは無理だ。やはり」
呟きながら、俺は先へ進む。
通路の先に次のザク。
さらにもう一機。
数としては十分。
だが、動きが軽い割に間合いの詰め方が甘い。
戦争を知らない。
弾幕が散り、壁が削れ、破片が舞う。
俺は破片を“地形”として扱い、射線を切り、切り返し、要点だけを断つ。
武器を落とさせる。
肘関節を割る。
頭部を潰す。
殺さないまま、戦力を削ぐ。
「こいつら、戦争をやった事がないな」
最後のザクの肩関節を叩き割り、腕を落とす。
落ちた腕ごとマシンガンを弾き飛ばし、モノアイを潰す。
機体がよろめき、膝をついた。
俺は止まらない。
止まれば追撃が来る。
秒を稼ぐ必要がある。
「何が起きたの……」
ニャアンの声が震える。
その震えが正常だと分かる自分が、少しだけ嫌だった。
「こっちだな」
出口を見つけ、迷いなく踏み込む。
隔壁の向こうから急に“広さ”が匂ってきた。
コロニーの内壁が遠ざかる感覚。
そして次の瞬間。
「これは……宇宙」
暗さが違う。
光の刺さり方が違う。
空間の奥行きが、居住区のそれではない。
ニャアンが息を呑み、言葉を失った。
俺も、ほんの一拍だけ黙る。
宇宙はどの世界でも宇宙だ。
だが俺にとって宇宙は、帰れる場所ではなく、奪われる場所だった。
「……っ!」
圧が来た。
皮膚の内側を撫でるような、意識を掴んで揺らすようなプレッシャー。
覚えがある。
ティターンズにいた時、敵として戦い、エゥーゴに移ってからは味方として背中を預けた相手。
同じ質の圧が、この世界の宇宙に漂っている。
その瞬間、過去が割り込む。
転がった顔。
伸ばした手。
届かなかった指先。
息を吸うことすら許されない沈黙。
守れなかった、という事実だけが、今も俺の体温を奪う。
次は違う。
次だけは違う。
その誓いが、俺の腕を動かす。
俺は反射で、さっき落としたザクのマシンガンを拾い上げた。
鹵獲した武器を即座に運用する。
生き残る癖が、ここでも俺を動かす。
銃口を、プレッシャーの源へ向ける。
「なっ——」
視界の端が赤く染まった。
眼前に迫る機体。
赤い装甲。
そして、紫色に光る瞳。
その組み合わせは常識の側から見れば悪夢だ。
赤いガンダムなど、ありえない。
だがこの世界は、“ありえない”が現実を名乗る場所だった。
俺は喉の奥の鉄の味を飲み下し、名前を呼ぶ。
確認であり、祈りであり、呪いでもある一語を。
「……ガンダム」
赤いガンダムが、俺の前に現れた。
まるで、歴史の歪みそのものが、こちらへ歩いてくるみたいに。