機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
俺が意識を集中させた瞬間、コックピットの空気が薄くなる錯覚が走った。
酸素が減ったわけじゃないのに、肺が勝手に「息をするな」と命令するような、あの嫌な感覚だった。
サイコガンダムと対峙した時にも似ているが、あれよりもっと生々しい。
目の前の敵は巨大な機体ではなく、怯え切ったはずの少女が乗っているジークアクスで、しかもその恐怖がいま刃になってこっちへ向いている。
ジークアクスのオメガ・サイコミュが、声もなく発光した。
光は派手じゃないのに、視界の端が滲み、空間の輪郭が一拍遅れて見えるようになる。
その遅れが、戦場では致命になる。
だから俺は、遅れを潰すためにさらに意識を沈め、赤いガンダムの内側へ手を伸ばすように“触れた”。
次の瞬間、俺の方に流れ込んできたのはニャアンの感情だった。
言葉ではなく温度で、恐怖の冷たさと、怒りの熱さと、諦めの重さが、まとめて胸へ突き刺さる。
同時に、断片的な映像が見えた。
瓦礫と煙と、崩れた天井と、泣き声と、手を伸ばしても届かなかった背中。
それがニャアンの過去だと、説明もなく理解できた。
故郷を失い、ひとり生き残り、誰にも助けられないまま“生き方”だけが歪んで残った記憶。
「……っ」
俺は喉の奥で息を飲んだ。
この感情は、知っている。
この痛みは、俺も持っている。
だからこそ、今の暴走は“敵”じゃなく、“壊れかけた生存”なんだと分かってしまう。
「ニャアンっ、止まれっ、俺を見ろっ!」
叫びながら、俺はサイコミュ同士の共鳴へ踏み込んだ。
結果がどうなるか分からない。
分からないが、ここで迷っていたらニャアンが俺を斬るか、俺がニャアンを斬るか、そのどちらかになる。
それだけは避ける。
避けるためなら、俺はまた“向こう側”へ手を伸ばす。
ジークアクスのオメガ・サイコミュがさらに強く輝き、宇宙の暗闇に不自然な光が咲く。
それに呼応するように、赤いガンダム側のサイコミュも脈を打ち、まるで二つの心臓が同じリズムで鳴り始めたみたいだった。
そして――繋がった。
繋がった瞬間、俺は“やばい”と思った。
「っ!」
俺は反射で接続を切ろうとした。
だが切れない。
いや、正確には俺の側の反応は切れている。
切れているのに、繋がりだけが残っている。
残っているのは、ジークアクス側の光が消えないからだ。
光が消えないのは、ニャアンの意識が“握ったまま”だからだ。
「……まさか」
サイコガンダムの記憶が、嫌な角度で重なる。
あの機体は搭乗者の能力で動き、能力が増幅され、増幅が制御を奪う。
それはつまり、ニャアンも――ニュータイプとして覚醒している。
覚醒が暴走して、暴走がジークアクスを武器に変えている。
そして、繋がりは一方通行じゃなかった。
俺の記憶もまた、ニャアンへ流れていく。
勝手に流れた。
止めようとしても止まらない。
止まらないまま、ニャアンの中へ俺の過去が落ちていく。
『……えっ、なに、これ……』
ニャアンの声が、通信じゃなく頭の内側で響いた。
驚きと恐怖と混乱が混ざった声で、さっきまでの「敵だ、敵だ」という叫びとは別物だった。
それが“素のニャアン”の声だと、俺は確信する。
ジークアクスの動きが止まった。
止まったというより、刃を振り上げる筋肉が抜けたように、機体の姿勢がふっと緩む。
俺はそこでようやく息を吐いた。
息を吐いた瞬間、全身にどっと疲労が落ちてくる。
「……たく、ようやく落ち着いたか」
俺は言葉を荒くしながらも、ビームサーベルの刃先を僅かに下げた。
刃を下げるのは、信頼の合図でもある。
『えっ、その……ごめんなさい……』
ニャアンの声が、いつもの怯えた声に戻る。
戻ったことが、まずは救いだった。
だが、救いだけで終わる話じゃない。
「早く離れるぞ」
『えっ?』
「クラバは終わったんだ、さっさと引き上げる」
「それに、ここに長居すると軍警だって嗅ぎつけるし、さっきのお前の動きは目立ちすぎた」
ニャアンが黙った。
黙ったのは理解したからだろう。
理解した瞬間、また怖くなる。
理解した子は、次に“質問”をする。
『……あの』
「なんだ」
『さっきの……一体なんですか』
『なんで、マチュが……』
その言葉が出た瞬間、俺の背中に冷たい汗が浮かんだ。
俺の記憶が流れたのなら、ニャアンは見たはずだ。
前の世界のマチュの死。
俺が抱えている“失った時間”の残骸。
今この世界のマチュだけを知っているなら、ニャアンがそんな不安そうな顔で問いを投げるはずがない。
だから俺は、反射で睨んだ。
睨むのは脅すためじゃない。
線を引くためだ。
ここから先は踏み込ませないという線を。
「それ以上は、喋るなよ」
『ひっ……』
ニャアンが縮こまる。
いつもの反応だ。
いつもの反応だから、少しだけ胸が痛む。
だが、痛んでいる暇はない。
ここで話せば、情報は広がる。
広がれば、マチュの周囲が燃える。
「はぁ……とにかく急いで戻る」
「ここで話すと誰かに聞かれるし、聞かれたら終わりだ」
『わ、分かりました……』
俺は赤いガンダムの姿勢を整え、ジークアクスの隣へ寄り添うように航路を取った。
守るために近づき、監視されないために闇へ潜る。
その矛盾を飲み込みながら、俺達はコロニーへ戻っていく。
「向こうで話す、いや、正確には話せる範囲だけ話す」
俺は言い聞かせるように呟いた。
ニャアンは小さく頷く。
その頷きが、さっき爆散したリック・ドムよりずっと重い。
俺達はまだ知らない。
コロニーへ帰った時、今夜の戦い以上に、とんでもない“後始末”が待っていることを。
そしてその後始末は、俺やニャアンだけじゃなく――マチュの平和まで巻き込む形で、もう動き始めていることを。