機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第41話

予想外のマヴ戦を終えた瞬間から、俺の中の時間の進み方が狂った。

勝利のアラートも、運営の声も、賞金の数字も、全部が遠くで鳴っているだけだった。

頭の中に残っていたのは、ニャアンの叫びと、オメガ・サイコミュの光と、そして――マチュが軍警に見つかったという言葉だけだ。

 

「……っ、マチュ」

俺は赤いガンダムを最短のルートで潜らせ、帰投の動線を切り詰めながら、同時に思考も切り詰めた。

余計な想像を挟むな。

想像は恐怖を育てる。

恐怖は判断を遅らせる。

遅れは取り返しがつかない。

それは前の世界で、骨の奥まで叩き込まれている。

 

ニャアンの震える声を、俺は耳の奥で何度も反芻した。

軍警に見つかった。

別れた。

マチュは逃げた。

だから大丈夫――と考えたい。

けれど、このコロニーの軍警は“優秀じゃない”代わりに“数”で動く。

数で動く相手は、運が悪いと最悪を引き当てる。

 

「……ポメラニアンズ」

まずはそこだ。

マチュは、逃げるならあそこへ向かう。

俺がそう仕込んだ。

仕込んだ以上、そこにいる可能性が一番高い。

 

俺は格納庫へ駆け込むように移動し、機体を最低限の処置だけで放り込み、ロックをかけるのも半分で走り出した。

息が切れているのに、胸の奥の冷えがそれを上回って、呼吸が浅くなる。

走りながら、雨の匂いに気づいた。

このコロニーの天候制御は完璧なはずなのに、たまにこういう“湿り気”が落ちてくる。

偽物の空が泣く、みたいな冗談を言う余裕はない。

 

「はぁ……はぁ……いたっ」

ようやく見つけた。

ポメラニアンズの裏口近く、薄暗い通路の先で、マチュが立っていた。

いや、立っていたというより、ふらつきながら歩いていた。

そして――先程までニャアンが着ていたパイロットスーツを、マチュが身に纏っている。

髪が濡れている。

頬に水滴がついている。

息が上がっている。

それだけで、何があったか分かる。

 

「大丈――」

俺が声をかけるより早く、マチュはこっちを見るより早く、走り出した。

逃げる走り方だ。

誰かに追われた後の走り方だ。

その背中に、俺の足が止まりかける。

 

……どうして。

どうして逃げる。

どうして、俺から。

答えを探している暇はなかった。

このまま離れたら、また二度と届かなくなる気がした。

それはただの思い込みじゃない。

“届かなかった過去”が、俺の中に実在している。

 

キラキラの裂け目みたいな光が、さっきの戦いで一瞬だけ蘇らせた記憶がある。

目の前で、マチュが死んだ記憶がある。

どんなに走っても届かなかった、あの距離の記憶がある。

 

「っ……!」

俺は、これまでにない脚で走り出していた。

足場なんて安定しないコロニーの通路なのに、転ぶことを計算に入れずに、ただ真っ直ぐ追った。

追って、追って、追って、最後に腕を伸ばした。

 

そのまま、俺はマチュを後ろから抱き締めた。

 

「マチュ――!」

叫んだ声が、情けないくらい震えていた。

 

「ニャアンとっ――!」

マチュが、俺の腕の中で暴れた。

逃げようとしているんじゃない。

殴ろうとしている。

怒りで、俺の胸を叩いている。

 

「えっ、なに……やめて、離して!」

「離せるかよ……!」

俺は力を緩めない。

緩めた瞬間に、また消える気がした。

消えたら終わる。

終わらせたくない。

 

「ニャアンとはキラキラを見たよねっ!」

マチュが叫ぶ。

その言葉が胸に刺さる。

返答できない。

あの場で、俺は確かにサイコミュ同士の共鳴を起こして止めた。

止めた結果、ニャアンに俺の記憶が流れた。

その記憶の中には――マチュが死んだ世界もあった。

それをマチュに言えるわけがない。

 

「私とマヴの時には見なかったのにっ、なんでっ!」

マチュの声が、怒りの形をしているのに、根っこは不安だった。

置いていかれる不安。

知らない場所へ連れていかれる不安。

昨日の抱きつきと同じ温度の不安。

 

俺は抱き締める力を、少しだけ緩めた。

締め付けると折れる。

折れたら、守る意味がなくなる。

 

「……あの時、放っておいたらニャアンは死んでた」

俺はようやく言葉を出した。

綺麗な言い訳じゃない。

ただの事実だ。

 

「なんでっ、そう思うの!」

「知ってるからだよ」

「知ってるって何を――」

 

俺は言ってしまった。

言いたくなかったのに、言葉が勝手に落ちた。

 

「サイコミュに囚われた人間の末路を」

 

「……ぇっ」

マチュの身体が、腕の中で固まる。

雨粒が落ちる音が、やけに大きく聞こえた。

俺は濡れているのに、それを感じない。

感じるのは、言葉を出してしまった後の後悔だけだ。

 

「……ジークアクスが、これまで暴走しなかったのは」

俺は続ける。

止まったら、マチュの不安が育つ。

不安が育つと、彼女は一人で答えを探しに行く。

それが一番危険だ。

 

「マチュのニュータイプが、優れてたからだ」

「良い方向に、な」

「ニャアンも高いかもしれない」

「けど、放っておけば、死ぬ」

 

「なんで……そんな事を知ってるの、ランガ」

マチュの声が、小さくなる。

怒りが引いて、代わりに知りたさが顔を出す。

この顔が一番怖い。

踏み込む覚悟の顔だからだ。

 

「……知ってるからだ」

俺は苦く言う。

「ずっと前から」

 

抱き締めたまま、俺は動けない。

離したら何かが壊れる。

離さなければ、また別の何かが壊れる。

その狭間で、俺は言葉を探した。

 

「できれば……知ってほしくない」

本音が漏れる。

戦場の俺を、マチュに見せたくない。

見せたら、彼女の世界が汚れる。

汚れた世界で彼女が笑えるか分からない。

 

「けど……」

俺は言葉を詰まらせた。

 

「……知ってほしくないって、どういうの」

マチュが背中を預けてくる。

俺とは正反対に、彼女は落ち着いていた。

落ち着きは、覚悟の形でもある。

 

「本当の俺……本当の俺は……俺は」

喉が締まる。

喋ったら、終わる気がした。

喋ったら、マチュが俺を見る目が変わる気がした。

 

その沈黙を破ったのは、マチュだった。

 

「……ランガはさ」

「えっ」

 

「私にとって、ずっと偽物だったの」

 

「偽物って……」

俺は戸惑いを隠せなかった。

偽物なのは俺の方だ。

この世界の“本物の俺”はどこかにいる。

それを奪っているのは俺だ。

なのに、マチュは別の意味で偽物と言った。

 

「ずっと前は、マチュマチュって呼んでくれた」

「でも、ある日からアマテさんって余所余所しく呼ぶようになって」

「距離も離れて」

「そんなランガは……私にとって、お母さんの次に息苦しかった」

 

その言葉に、俺は息を呑んだ。

前の世界の罪悪感と、この世界の距離感の罪悪感が、同じ場所で混ざる。

 

「けど」

マチュが続ける。

「マチュって、また呼んでくれたあの時から」

「私にとっては本物だった」

 

「……偽物かもしれないよ」

俺は絞り出す。

「俺は……本物じゃないかもしれない」

 

「偽物、偽物って言うけどさ」

マチュが、少しだけ笑う。

「私が感じてる心は、確かに本物だから」

 

その言葉が、胸に落ちた。

理屈じゃない場所に、落ちた。

俺がどの世界線の誰であろうと、彼女がいま感じている温度は本物だと言い切る。

それは強い。

強すぎて、俺が折れそうになる。

 

「だから、教えて」

マチュが言う。

「今のランガの本当の事を」

 

俺は、ゆっくり頷いた。

頷くしかなかった。

ここで拒んだら、彼女は別の形で知ろうとする。

そしてその別の形は、たぶんもっと危険だ。

 

「俺も、分からない事だらけだ」

俺は正直に言った。

「この世界がどうなってるかも、ジークアクスが何なのかも、俺が何者なのかも」

 

「うん」

マチュが小さく返す。

うん、が重い。

受け止める覚悟のうんだ。

 

「それでも……聞いてくれるか」

俺は息を吸い直す。

喋ったら、戻れない。

でも戻れない場所に、もう足は入っている。

 

「良いよ」

マチュが言った。

迷いのない声だった。

 

俺は、雨に濡れた通路で、ようやく言葉を選ばずに吐き出した。

 

「俺の戦争を」

 

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