機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第42話

雨に濡れたままのマチュを、俺は半ば引きずるように家まで連れ帰った。

理由は単純で、この話は彼女のお母さんに聞かれたくなかったし、誰かの耳に入った瞬間に戻れなくなる類の話だった。

コロニーの夜雨は妙に冷たくて、偽物の空が作る湿り気なのに、骨の奥まで染みる質の悪さがあった。

俺は玄関でタオルを放り投げ、マチュの濡れた髪を雑に拭こうとして叩かれ、結局は互いに笑えないまま部屋へ入った。

 

「……ランガが戦争って言ったけどさ」

マチュはタオルを肩にかけたまま、遠慮せずに椅子へ座ってこちらを見た。

「私が知ってる限り、ランガはずっとここにいたし、戦争ってゲームの中の話でしょ」

「あぁ、普通ならそう言うべきなんだろうなって思うよ、それでも俺は違うって言う」

「違うって、どういう事」

「本当に戦っていたかもしれないし、もっと言えば俺は“ここ”の俺じゃない」

「……かもって何、そこが一番怖いんだけど」

「断言できないからだよ、俺の頭の中にある記憶が本物だって証明する術が、今の俺にはない」

 

マチュは眉をひそめたまま、麦茶のコップを握りしめた。

握りしめる手の力が強いから、俺は口を開く前に一度だけ息を整えた。

 

「マチュはさ、もしもあの時の選択が違ったらどうなってたんだろうって考えることあるか」

「そりゃ、何度だってあるよ、授業サボった時とか、変なこと言った時とか」

「俺にとっての“もしも”は、そういう軽い話じゃなかったんだよ」

「……軽い話じゃないって」

「ここが戦争に巻き込まれて消えた時から、俺には選択を選ぶ余裕がなかった」

 

マチュの目が大きくなる。

その反応は当然だし、俺はそこで初めて「自分がどれだけ異常な前提を口にしたか」を実感した。

 

「えっ、ここが……消えたって」

「消えたって言い方が正確じゃないかもしれないけど、少なくとも俺のいた場所は壊れて、俺は生き残って、そこから戦うしかなくなった」

「……待って、ちょっと待って、ランガ、急に話が大きすぎる」

「大きいよ、だから隠してたし、隠したままでいたかった」

 

俺は視線を落とし、指先でコップの縁をなぞりながら続けた。

言葉を選ぶたびに、マチュが一歩ずつ遠くなる気がして怖かったが、それでも言わなければもっと遠くなると分かっていた。

 

「もしも一年戦争が、ジオンじゃなくて連邦が勝っていたらどうなってたと思う」

「そんなの……あり得ないよ、だって今の歴史はジオンが勝ったって」

「あぁ、俺も普通は考えてなかったよ、ジオンが勝った歴史なんて」

「……じゃあ、ランガのいた世界は」

「連邦が勝った世界だった」

 

マチュは口を開きかけて閉じて、まるで言葉の置き場を探すみたいに部屋を見回した。

俺の部屋は整理されているのに、その視線は「ここが急に知らない場所になった」みたいに揺れていた。

 

「俺は多分、あのキラキラの先からこっちに来たんだと思う」

「キラキラの先に……」

「お前が言うキラキラを、俺も見たし、そこで何かが繋がって、俺はここへ投げ込まれた」

 

そこから先、俺はぽつり、ぽつりと話した。

言葉を並べるほど、自分の中の死臭が部屋に広がる気がして、息が詰まった。

 

「俺はティターンズに入った」

「ティターンズって何」

「地球連邦軍の中の組織で、正義の顔をして、正義じゃないことをやる連中だ」

「そこでペイルライダーに乗せられて、HADESっていう人を壊す仕組みを当たり前みたいに使わされた」

「それから地球で、シローって男とアイナって女に助けられて、俺は初めて“戦う理由”を疑った」

「疑ったのに、結局は戦って、エゥーゴって組織に行って、それでも戦って」

「最後は、シロッコって男と戦って、俺は死んだ」

 

マチュの顔が固まっていくのが分かる。

固まるのは怖いからだし、怖いのは理解できないからだ。

俺はその怖さを無視できず、それでも最後まで言い切った。

 

「それが、俺がマチュに隠してたことだ」

 

沈黙が落ちた。

コロニーの雨音だけが薄い壁の向こうで続いていて、まるで偽物の世界が本物の泣き方を真似しているみたいだった。

 

「……じゃあ、ランガが乗ってたあの機体は」

マチュがようやく言葉を絞り出す。

「ペイルライダーって言ってたよね」

「分からない」

俺は正直に答えた。

「なぜかこの世界にもあった、俺の相棒だったペイルライダーだし、なんでここにあるのかも分からない」

「でも“俺が知ってる機体”と同じ構造だったし、同じ癖で動いたから、偶然じゃ済まない」

 

マチュが唇を噛んだ。

そして、いちばん怖い質問を投げてくる。

 

「ランガは……ペイルライダーに乗ったら死ぬの」

「操縦してHADESに殺されることはない」

「じゃあ、もしこのまま戦ったら、死んで、またどこかに行くの」

「死なない」

俺は即答した。

「今度は、マチュを守るために絶対に死なない」

 

それは誓いで、同時に自分への命令だった。

この世界に来た理由があるとしたら、それはマチュを守るためだと、俺は勝手に決めてしまっている。

 

「……はぁ、なんか」

マチュが息を吐く。

「色々、すっきりしたかも」

「……マチュ」

「それでね」

マチュが顔を上げる。

「ニャアンに謝らないといけないよね、私、さっき酷かった」

「そうだな」

「今考えると、八つ当たりだった」

「……そういう時もある」

 

マチュは苦笑して、次にまた“あの単語”を口にした。

「結局、キラキラって何なんだろうね」

「分からない」

俺は首を振る。

「分からないが、調べる方法ならある」

「調べるって、何を?」

 

俺は一瞬だけ真面目に答えようとして、やめた。

重い話が続きすぎると、マチュは逆に壊れる。

だから、わざと軽く言った。

 

「ジークアクスに乗ってた奴を尋問」

「あぁ、ロッカーで私ごと入った人?」

「……はぁ」

「軍警に追われてた時にね、匿ってくれたけどね」

 

その話題の切り替えの軽さに、俺は思わず笑ってしまった。

笑ってしまった反動で、口が勝手に悪い冗談を吐く。

 

「よし、殺そう」

「うわぁ、即断即決!」

「いやぁ、ティターンズにいると、こういう汚れ仕事もやってたからね」

「なんだかランガって、かなり危ない人かもね」

「かもしれない、まぁ殺しはしないよ、殺しは」

「殺しよりヤバそうだね、それ」

 

マチュが言いながら、少しだけ笑う。

その笑いが救いで、救いだからこそ俺は釘を刺した。

 

「人殺しは、そんな良いもんじゃないよ、本当に」

「……けど」

「俺は、マチュが望む限り絶対に離れるつもりはない」

 

マチュが小さく頷いてから、急に真面目な目になった。

そして、俺の胸の奥をえぐる質問をぶつけてくる。

 

「……だったら、ランガに聞きたい事が一つ」

「なんだ?」

「ランガは本気で殺したい相手っていたの?」

 

俺は一瞬だけ言葉を失った。

正直に言えば、俺はその資格がない。

復讐を語る資格も、誰かを裁く資格もない。

前の世界で、マチュを殺した奴が誰なのか結局分からなかったし、分からないまま怒りに身を任せて戦った。

 

「正直に言うと、シイコさんのことを俺が言える立場じゃないのは分かってる」

俺はゆっくり言った。

「マチュを殺した奴らが誰なのか、結局分からなかったから」

 

「うっ……私が殺されたって聞くと、どうしても嫌な気持ちになる」

「ごめん」

「いや、分かってるけど……嫌」

「……分かった」

 

俺は一度だけ目を閉じてから、答えを選んだ。

もし殺したい相手がいるとしたら。

 

「あえて言うなら、二人」

「二人?」

「あぁ」

俺は息を吐く。

「前の世界で戦ったシロッコと、バスクだ」

 

マチュの顔色が変わる。

「……そいつら、ヤバいの?」

「シロッコは、このコロニーにいる可能性がある」

「えっ、いるの!?」

「可能性だ」

俺は言葉を絞る。

「ただ、こいつは正面から戦うと駄目だし、勝ち方の問題がある」

 

「そんなに強いの?」

マチュが息を呑む。

俺は正直に答えた。

 

「多分、俺とシュウジとマチュの三人で戦っても、勝てる保証はない」

「そこまでなの……?」

「当たり前だ」

俺は苦く笑う。

「あの時も、クワトロ大尉――向こうの世界のシャア・アズナブルと組んでも、本当に追い込めたかどうか分からなかった」

 

「うっ、いきなり名前が重い」

「重いよ、実際に重い」

 

俺は続ける。

「シロッコは最悪、戦わないという選択肢もある」

「けれど、バスクは放っておけない」

 

マチュが眉をひそめる。

「……そんなにヤバいの?」

 

俺はそこで言葉を切った。

なぜか悪寒が走ったからだ。

部屋が寒いわけじゃないのに、背中の皮膚が薄くなるような感覚。

“もうすぐ何かが始まる”と、戦場の勘が囁く。

 

「……戦争が起きる可能性がある」

俺は低く言った。

「というよりも、俺は今、嫌な予感がしてる」

 

マチュが黙る。

黙ったまま、俺の手を掴んだ。

震えていない手だった。

震えていないのが怖い。

この子はもう、引き返せない場所に片足を置き始めている。

 

「ランガ」

「……なんだ」

「怖いなら、隠さないで」

「……あぁ」

 

俺は頷いた。

隠して守るだけじゃ、もう追いつかない。

追いつかないなら、話して、共有して、それでも守るしかない。

 

窓の外で雨が続いている。

偽物の空が泣き続けている。

その泣き方が、まるで予告みたいで、俺は無意識に拳を握った。

もうすぐ、何か嫌なことが始まる。

それだけは、妙に確信があった。

 

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