機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第43話

アンキーの動きが、ここ数日ずっと引っかかっていた。

彼女は普段から裏の匂いを隠さない女だが、今回は匂いの“質”が違う。

金の匂いでも、クラバの噂でもなく、もっと硬い――軍の匂いが混じっていた。

それが気のせいで済むなら良い。

だが俺の中の嫌な予感は、気のせいという言葉を信用しない。

 

マチュに過去を話した。

話したことで肩の荷が下りたはずなのに、逆に視界が広がった。

視界が広がると見えるものが増える。

見えるものが増えると、守るべき線も増える。

そして一番嫌なのは、その線を誰かが平気で踏みに来ることだ。

 

だから俺は動いた。

尾行なんて趣味じゃない。

けれど、敵かもしれない相手を放置するほど、俺はもう甘くない。

甘くないせいで、マチュを傷つける言い方も増える。

それでも、傷つく言葉より失う現実の方が嫌だった。

 

アンキーが向かったのは、表通りの露店から少し外れた路地だった。

そこは人の流れが途切れる場所で、監視カメラも薄い。

つまり、話をするには都合が良い。

都合が良い場所で話す相手は、だいたい都合が悪い相手だ。

 

俺はフードを被り、足音を殺し、角の影に溶けた。

そして――いた。

アンキーの向こう側に、スーツ姿の男が立っている。

姿勢が良い。

背筋の角度が、軍人のそれだ。

だが軍人の中でも、前線の兵士じゃない。

話すために生きている人間の立ち方だ。

 

(シャリア・ブル)

名前だけは、もう頭に入れていた。

木星帰りの男。

シャアのマヴ。

この世界の“英雄”の一角。

だが俺の中では、それ以上に最悪の連想を引きずってくる名前でもあった。

木星帰りという言葉は、どうしてもシロッコを呼び起こす。

 

俺はわざと姿を見せる形で前へ出た。

隠れ続けるより、今ここで線を引いた方がいい。

マチュが巻き込まれる可能性があるなら、なおさらだ。

 

「なるほど」

俺は低い声で言った。

「つまりは、あんたらは敵だって認識で良いんだな」

 

その言葉と同時に、アンキーが目を見開いた。

驚きと苛立ちが混じった目で、俺を睨む。

いつもの余裕の目じゃない。

つまり、図星だ。

 

「あんた、なんでここに――」

アンキーが言いかけたところで、俺は被せた。

余計な言い訳を聞くつもりはない。

 

「決まってるだろ」

「敵かもしれない可能性があるなら、用心する」

「特に、大切な人を利用して」

「大切な友人の秘密を探るような奴には、な」

 

アンキーの口元が歪む。

図星を刺された時の歪みだ。

そして、図星を刺されてもなお笑える女の歪みでもある。

 

「ちっ……やっぱり気づいてたか」

アンキーは舌打ちをして、煙を吐き捨てるように言った。

「まったく、鼻が良すぎる男は嫌いだよ」

 

「俺も、本当だったら会うつもりはなかった」

俺は本音を吐き捨てた。

「けど、相手が相手だ」

「見逃せる話じゃなくなった」

 

その時、スーツの男が一歩だけ前に出た。

その歩幅が小さいのに、空気が変わる。

支配の仕方を知っている歩幅だ。

 

「おや」

男は柔らかい声で笑った。

「そんな酷いことを言わないでくださいよ」

「私は君のファンでもありますから、シローさん」

 

「……」

心臓が一拍遅れた。

俺は“シロー”という偽名を、この場で呼ばれたくなかった。

呼ばれた瞬間に、相手が俺の“内側”へ踏み込んでくるのが分かるからだ。

 

俺は男を観察する。

整った顔立ち。

落ち着いた目。

年齢は、クワトロ大尉より少し上に見える。

だが、その年齢の読みは当てにならない。

シロッコだって見た目だけなら若く見える時があった。

それが余計に嫌な方向へ繋がる。

 

男は微笑みを崩さない。

崩さないまま、こちらの反応を楽しんでいる。

楽しんでいるように見えるのが一番危険だ。

 

「ふふっ」

男が小さく笑った。

 

「何が可笑しい」

俺は睨みを強めた。

刃物は出さない。

だが出せる距離だという事だけは、身体の角度で伝える。

 

「いえ」

男は穏やかに言った。

「私自身、会って話をしたかったのですが」

「まさか、こんな少年だとはね」

 

「……そういうあんたは」

俺はわざと、刺す言葉を選ぶ。

「俺が考えてたより、ずっと歳を取ってるな」

 

男は目を細めた。

笑っているのに、目だけが鋭い。

この目は、切れる。

言葉で人を切る目だ。

 

「おや、私を若く見ていたんですか?」

「少なくとも二十代前半だと思ってた」

俺が言うと、男は肩をすくめる。

 

「おや、三十に入っても未婚の私への嫌味でしょうか」

「ちげぇよ」

俺は即答した。

くだらない話に引きずられると、主導権を取られる。

 

男はそこで、急に丁寧な提案をする。

提案の形をした誘導だ。

この手の人間は、会話を“部屋”にする。

部屋に入れた相手を、好きな位置へ座らせる。

 

「さて」

男は柔らかい声で言った。

「互いに聞きたい事はかなりありますが、どうでしょう」

「お茶でも飲みながら、ゆっくりと」

 

「残念ながら」

俺は首を振った。

「俺はこれから大事な用事がある」

「丁重にお断りしますよ」

 

男の笑みが、ほんの少しだけ薄くなる。

薄くなるのは、予想外だからだ。

予想外をぶつけると、人は一瞬だけ素に戻る。

その一瞬が、相手の核に触れるチャンスになる。

 

「おや、ふられてしまいましたか」

男はすぐに笑みを戻した。

戻すのが早い。

戻せる人間は、感情より制御が先にある。

つまり、厄介だ。

 

「では」

男が言う。

「一つだけ、答えてもらっても」

 

「なんだ」

俺は短く返す。

答える内容によっては、ここで終わらせる。

 

男は、まるで何でもない話題みたいに口にした。

だが、その単語は俺の中で爆発する。

 

「シャア大佐は、元気ですか」

 

「……」

ため息が漏れた。

この世界のシャア。

クワトロ大尉。

赤いガンダム。

全部が一本の線で繋がりそうで、胃が痛い。

 

「さぁな」

俺はわざと雑に言った。

「分かんねぇよ」

 

「……分からない、ですか」

男の声が僅かに沈む。

沈んだことで分かる。

この質問は社交辞令じゃない。

本気だ。

そして、あいつにとっては“祈り”に近い質問だ。

 

「あぁ」

俺は続けた。

「そもそも人として生きてるのか分からない」

「けど、もしかしたらの可能性はある」

 

「もしかしたら?」

男の余裕が、ほんの少しだけ崩れた。

崩れたのを俺は見逃さない。

ここが刺さる。

 

「お前らが言ってるサイコミュ」

俺は言った。

「あれはただニュータイプ能力を引き上げたり」

「キラキラを引き起こすだけじゃない」

 

男の目が、鋭くなる。

「……キラキラ」

「もしかしてゼクノヴァの事ですか?」

 

「……ゼクノヴァ」

俺はその単語を反芻する。

正式名称か。

つまりこいつらは、現象を“管理する言葉”を持っている。

管理する言葉を持つ連中は、管理するための実験も持っている。

 

「そうか、それが正式名か」

俺は言ってから、続けた。

「とにかく、それだけじゃない」

「時には、人の精神自体を取り込む事もある」

 

「っ!?」

男の顔に、驚きが浮かぶ。

驚きが本物だ。

つまり、少なくともこの男は“そこまで”は知らない。

知らないふりではなく、本当に知らない驚きだ。

 

「そんな事は……」

男が言いかけた。

 

「知らないよ」

俺は遮った。

「そもそもオカルトに片足突っ込んだ世界だろ」

「ニュータイプも変わらない」

「だけど――」

 

俺は一拍置いて、言葉を選ばずに落とした。

 

「もしシャアが行方不明になって、まだ戻ってないなら」

「赤いガンダム自体になってる可能性は、十分あり得る」

 

その瞬間、男の目の奥で何かが揺れた。

希望と恐怖が同時に揺れる。

“あり得る”という言葉は、救いにも地獄にもなる。

 

俺の脳裏に、シュウジのいつもの台詞が浮かぶ。

『ガンダムが言っている』

あれが本当に“ガンダム”ではなく、誰かの意識だとしたら。

意識が取り込まれ、機体の内側に残っているのだとしたら。

シュウジはそれを“声”として聞いているのかもしれない。

 

「……やはり、君は面白いですね」

男――シャリア・ブルが、穏やかに言った。

穏やかなのに、底が見えない。

底が見えない笑みほど、危険なものはない。

 

俺は警戒を強めた。

背中のアンキーも、どこか面白がっている気配がある。

この女もまた、危険だ。

危険が危険を呼んで、輪が広がっていく。

その輪の中心に、マチュを置かせるわけにはいかない。

 

「面白いで済ませるな」

俺は言った。

「俺はお前らに興味がない」

「興味があるのは、マチュが無事に明日を迎える事だけだ」

 

シャリア・ブルの目が細くなる。

その反応が、俺の言葉を“材料”として保存した顔に見えた。

この男は、会話の一言一言を拾って、あとで使う。

だから俺は、ここ以上は喋らない。

 

「アンキー」

俺は背中越しに言った。

「次に似た事したら、お前の商売ごと壊す」

 

アンキーが肩をすくめる。

「やれるもんなら、やってみな」

いつもの強がり。

だがその強がりの奥に、僅かな焦りがある。

焦りがあるなら、効いている。

 

俺は踵を返した。

ここでこれ以上粘れば、相手の部屋に入ってしまう。

入れば、出る時は血だ。

それはマチュに見せたくない。

 

背中に、シャリアの声が飛んでくる。

「また会いましょう、シローさん」

 

「二度と会わない方がいい」

俺はそう返して、夜の街へ溶けるように歩き出した。

 

胸の奥の嫌な予感が、さらに濃くなっていた。

アンキーが動き、シャリアが動き、ジークアクスが暴れ、サイコミュが繋がった。

全部がひとつの方向へ寄っている。

 

(……もうすぐ何かが始まる)

そう確信しながら、俺はマチュのいる場所へ急いだ。

守るために。

奪われないために。

そして、俺自身が“奪う側”に戻らないために。

 

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