機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
ホテルから逃げ切った時点で、俺の中ではもう半分、答えが揃っていた。
ドゥーの狂気と、ティターンズの匂いと、シャリアの「キシリア来訪」という情報。
それらが同じ夜に重なるのは偶然じゃない。
偶然に見せかけて、必然にするのがバスクのやり方だ。
「……サイコガンダムによる蹂躙」
息を整えながら、俺は路地裏の暗さに身を沈めた。
頭の中で映像が組み上がる。
サイコガンダムが暴れ、軍警が混乱し、人が逃げ惑い、そして――“要人”が死ぬ。
キシリア暗殺。
これが表の狙いだろう。
確かに、あれをコロニー内で暴れさせれば、ここは持たない。
外壁が抜ければ終わりだ。
コロニーは穴が開いた瞬間から、町じゃなく棺になる。
それは俺が一番よく知っている。
だが。
「……それだけなのか」
俺は呟いた。
正確にターゲットを始末する。
それで満足するような男じゃない。
バスクは“殺す”より“見せる”。
恐怖を見せ、反抗心を潰し、正義の看板を掲げて粛清を正当化する。
だからこそ嫌だ。
嫌な予感が、まだ奥に残っている。
その予感を引きずりながら、俺は街の方へ出た。
雨は弱くなっていたが、空気はまだ湿っていて、コロニーの照明が路面に滲む。
人は相変わらず歩いている。
平和な顔で、明日の予定を考えながら。
その平和が、今夜崩れるかもしれないのに。
「……」
俺は歩きながら、通信端末を握りしめた。
マチュに連絡を入れるべきか。
入れた瞬間に、彼女は家を飛び出す。
飛び出したら危険だ。
危険だが、何も言わなければもっと危険だ。
迷っている暇がない。
そう思った瞬間――前方に人影が見えた。
街灯の下、傘を畳みながら立っている女性。
見慣れた輪郭。
マチュの母親、タマキさんだ。
「あれ……もしかして、ランガ君?」
タマキさんが気づいて、目を丸くした。
「たっ、タマキさん」
俺は思わず声を詰まらせた。
「珍しいですね、こんな所で」
「仕事の帰りよ」
タマキさんは疲れた笑みを浮かべる。
その笑みが、妙に現実的で胸に刺さる。
この人は戦場を知らない。
だからこそ守りたい。
マチュだけじゃない。
マチュの生活そのものを守りたい。
「それにしても、あなたもこんな時間に何をしてるの?」
タマキさんが当然の質問を投げてくる。
当然すぎて、俺は一瞬だけ言葉に詰まった。
本当のことは言えない。
でも嘘を雑に吐けば、この人は勘が良いから見抜く。
「えっ、いやぁ……ちょっと、バイトで」
俺は半分本当のことを言った。
バイト。
クラバのことを指すなら、確かにバイトみたいなものだ。
命を切り売りして金を稼ぐ仕事。
それをバイトと呼ぶのは、少し笑えないが。
「……そう」
タマキさんは頷き、少しため息を吐いた。
そして、雨粒のついた前髪を指で払ってから、言いづらそうに口を開く。
「……こんなこと、あなたに聞くのは野暮かもしれないけど」
「少し、いいかしら?」
「えっ、なんでしょうか」
俺は身構えた。
このタイミングで、タマキさんが言いづらい話をする。
嫌な予感が、別方向から来る。
「あの子のこと」
タマキさんが静かに言った。
「最近、よく分からないの」
その言葉が、胸の奥を軽く叩いた。
マチュのことを一番近くで見ている母親が、分からないと言う。
それは、マチュが変わった証拠であり、同時に俺がここへ来てからの歪みの証拠でもある。
タマキさんが続ける。
進路希望が曖昧なこと。
塾に最近行っていないこと。
ぼんやりと空を見る時間が増えたこと。
怒るというより、困っている声音だった。
「……すいません」
俺は正直に頭を下げた。
「それ、多分……俺のバイトと関わってます」
「ランガ君の?」
タマキさんが驚いて、俺を見る。
俺は言葉を整えた。
嘘を混ぜる。
でも嘘だけにはしない。
この人の不安を軽くするには、“筋の通った理由”が必要だ。
「俺、実は色々な所を見に行きたいって考えてました」
「だから資格の勉強とか、宇宙で生き残るためにモビルスーツや宇宙船の免許を取ろうとしてて」
「マチュ……アマテさんが、それを気にしたみたいで」
「一緒にやってるんです」
タマキさんの眉が少し上がる。
「あの子、そんなことは……」
「まぁ、普通じゃないですよね」
俺は苦笑いを作った。
「俺も自覚してます」
タマキさんは、空を見上げた。
雨雲の向こうに偽物の空がある。
その空を見て、母親が思うのは“閉塞”だろう。
「……あの子にとって、ここは不自由だったのかしら」
「なんで、そう思いますか」
俺が聞くと、タマキさんは静かに言う。
「あなたも知ってるでしょ」
「アマテがプールに落ちたこと」
「……あの時もそうだけど」
「あの子、どこかここを窮屈だと思ってるような気がするの」
俺は喉の奥で、危険な単語を飲み込んだ。
ニュータイプ。
その単語を母親に言うのは良くない。
けれど、別の言い方ならできる。
「少し前に、俺が見たお伽話ですよ」
俺は遠回しに言った。
「宇宙で住んでる人間は、地球とは違う感覚を持つことがある」
「だから、世界を見たいって思うのかもしれない」
「そんな、非科学的な……」
タマキさんが苦笑する。
「世の中、色々ありますよ」
俺は返した。
「それにマチュは、多分……世界を見たいだけです」
「世界をか」
タマキさんは小さく頷いた。
「私には分からなかったかな」
「人それぞれです」
俺は言った。
「俺が地球に行く話をしたら、マチュも興味持ってましたし」
「それであの子、地球で泳ぎたいって言ってたのね」
タマキさんは疲れた笑みを浮かべる。
その笑みに、俺は救われる。
救われるが、同時に胸が痛む。
この人は知らない。
知らないまま、守られるべきだ。
「どんな道に行きたいか、マチュも今は分からないんです」
俺は続けた。
「将来が漠然としてる」
「だから知りたいんです」
「勉強じゃない何かを」
タマキさんが自嘲気味に言う。
「……はぁ、本当に親失格なのかしら、私」
「そんなこと、絶対ないです」
俺は即答した。
即答できる。
俺はロクデナシな大人をたくさん見てきた。
だからこそ、この人がどれだけちゃんとしているか分かる。
「……ランガ君」
タマキさんが真剣な目になる。
「もしも、あなたが地球に行く時になったら」
「絶対に私に言いなさい」
「いきなりどうして?」
俺が聞くと、タマキさんは苦く笑った。
「あの子は多分、あなたについていくわ」
「だから、その時にはあなたに任せるためにもね」
「……えぇ、もちろん」
俺は頷いた。
任せる。
その言葉が重い。
でも、重くても受け取るしかない。
「最近、仕事が立て込んでて」
タマキさんが肩を落とす。
「苛立ってたかもしれないわ」
「お疲れ様です」
俺は言った。
本音だ。
この人が苛立つのは当たり前だ。
背負っているものが多すぎる。
タマキさんが最後に、何気ない調子で付け足した。
「何より、コロニーでアマラカマラ商会から来た空調機の設置とか色々あったからね」
「……空調機」
俺の思考が止まった。
止まった瞬間に、全てが繋がる。
アマラカマラ商会。
素性の知らない会社。
表の買収。
キシリア来訪。
そして――コロニーのインフラ。
(しまった)
気づくのが遅すぎた。
“会社”が怪しいのではなく、怪しい会社が触るべき場所が違う。
空調機。
空調。
コロニーの空気の流れ。
空気の流れは、群衆誘導と避難経路と密閉区画の制御に直結する。
つまり――これは舞台装置だ。
サイコガンダムで壊すための舞台じゃない。
壊す“前に”閉じ込めるための舞台だ。
「えっ、承認で忙しくて……ランガ君?」
タマキさんが俺の異変に気づく。
俺は頭を抱えた。
怒りと恐怖が同時に湧いて、声が荒くなるのを止められない。
「くっそ……そういうことかよ、あの野郎!」
「ら、ランガ君?」
タマキさんが戸惑う。
戸惑うのは当然だ。
彼女は今、世界の縁に立たされている。
何も知らないまま、縁に立たされている。
俺はタマキさんの肩を掴んだ。
強く掴みすぎないように気をつけながら、それでも急がせるために圧を込めた。
「タマキさん!」
「すぐにこのコロニーから逃げてください!」
「いきなり何を言ってるの!」
タマキさんが声を上げる。
当然だ。
事情も説明されずに逃げろと言われて、納得する人はいない。
「とにかく早く!」
俺は食い下がる。
「理由は後で言います!」
「今は時間がない!」
もし俺の推測が当たっていれば、このコロニーは――。
あの時と同じように、日常が一瞬で地獄へ変わる。
そして今回は、誰かの偶然じゃなく、誰かの計画で地獄になる。
俺の喉から、抑えきれない言葉が漏れた。
「あの地獄を繰り返すのかよ……バスク!」