機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第48話

「あの地獄を繰り返すのかよっ、バスク!」

 吐き捨てた瞬間、雨の匂いが鼻の奥で苦くなった。

 コロニーの雨は偽物のくせに、記憶だけは容赦なく本物を引っ張り出してくる。

 俺はタマキさんの肩を掴んだまま、言葉の意味が伝わっていないのを理解しつつ、それでも背中を押すように視線で“逃げろ”を叩きつけた。

 

「とにかく家に帰って、アマテさんを連れて外に出て下さい!」

「ランガ君、何を言って……」

「説明してる時間がないんです、お願いです!」

 

 タマキさんは納得しきれない顔のまま、それでも俺の目を見て、そこに“冗談じゃない圧”がある事だけは掴んだのだろう。

 小さく頷き、傘を掴み直して足早に去っていく背中を見送った瞬間、俺は端末を取り出して通話を繋げた。

 ここで躊躇したら、あの人も、マチュも、まとめて巻き込まれる。

 

「シャリア・ブル! 急いでくれっ!」

『どうかしましたか? もう少しでキシリア様の移動が始まりますが』

「それどころじゃねぇ! すぐに空調機の設置を停止させろっ!」

『空調機?』

 

 シャリアの声が一瞬だけ鋭くなる。

 あいつは優雅に話しているようで、危険に対する反応速度だけは軍人のそれだ。

 なら伝わる。

 伝わってくれ。

 

「バスクの奴は……空調機から毒ガスを流そうとしているかもしれない」

『……っ』

 

 電話の向こうで、息を呑む気配がした。

 否定の声が出ないのは、あいつの頭の中でも同じ結論が走ったからだろう。

 空調はコロニーの血管だ。

 血管に毒を流せば、人は逃げられない。

 逃げられない群衆は、恐怖で潰れ、恐怖で暴走し、その混乱の中で暗殺は“事故”になる。

 それがバスクのやり方だ。

 

「空調機の件はそっちに頼む」

『……君は、どうするつもりだ?』

 

 問われた瞬間、俺は歯を噛みしめた。

 言いたくない。

 言えば、俺が見てきた世界の地獄まで込みで伝わってしまう気がしたからだ。

 けれど、言わないと動けない。

 

「……サイコガンダムに対抗する為に、少しやる事がある」

『サイコガンダム? それは一体――』

「正直に言えば俺も分からない、けど放っておけば危険だ」

「毒ガスの“前”に、あれが暴れたらコロニーが持たない」

『……分かりました』

 シャリアの声が低くなる。

『そちらは頼みますよ、シローさん』

 

 その偽名が耳に刺さる。

 だが今は気にしていられない。

 俺は通話を切り、雨の中を走り出した。

 

 向かう先は“とある会社”だった。

 厳密には会社というより、ジャンク屋とメカニックと、裏の依頼が交差する場所。

 表の世界で「出来ません」と言われる事を、「金と危機」で可能にする場所だ。

 そして俺は、そこに頼みを通していた。

 こんな夜が来る気がしていたから。

 

 扉を押し開けると、油と鉄と電気の匂いがぶつかってくる。

 その匂いを嗅いだ瞬間、心臓が少し落ち着くのが自分でも分かって嫌になった。

 俺は結局、こういう場所が“居場所”になってしまっている。

 平和の中にいると息が詰まるくせに、戦場の匂いだと呼吸ができる。

 それが異常だと分かっていても、止められない。

 

「……待っていたわ」

 奥から女の声。

 嫌に澄んだ声なのに、芯が硬い。

 振り返るまでもなく分かった。

 

「シイコ・スガイ」

 俺が名を呼ぶと、彼女は肩をすくめるように笑った。

 

「久し振りね」

「久し振りだな」

 互いに穏やかな顔を作る。

 作った顔のまま、目だけで殴り合う。

 昨日の決闘の余韻が、まだどこかに残っている。

 残っているからこそ、ここで協力関係になるのが最悪に気持ち悪い。

 

「あぁもう、あんた達! 何してんだい!」

 アンキーの声が割り込んで、俺はそこで初めて“ここがポメラニアンズの外側”にも繋がっている事を思い出した。

 つまり、裏の裏で繋げた線が、今夜は全部表に浮きかけている。

 状況が悪い。

 悪いが、悪い時ほど手は早い方がいい。

 

「……すいません、どうも気に食わなくて」

 俺が言うと、シイコが同意するように頷く。

「それには同意見ね」

 

 口喧嘩をしている場合じゃない。

 俺は話を切り上げるように言った。

 

「……頼んでいたもの、出来てますか」

「えぇ」

 シイコが短く答え、顎で奥を示した。

「案内するわ」

 

 地下のドッグへ降りると、そこに俺の相棒がいた。

 ペイルライダー。

 偽装装甲のズゴック外装が、まだ完全固定前の状態で吊られている。

 いつ見ても胸の奥がざわつく。

 この機体は武器じゃない。

 俺の“戦場人格”を引きずり出す鏡だ。

 

 そして、その改修作業を指示している男がいた。

 年季の入った整備服、腕の動きが無駄なく、目だけが妙に冴えている。

 戦場に行かないタイプの戦士の目だ。

 

「今回は改修作業、ありがとうございます……モスク・ハンさん」

 俺が言うと、男は油のついた手を拭いながら、俺を見た。

 

「君か」

 モスク・ハンが淡々と言う。

「ペイルライダーのパイロットというのは」

 

「……そうです」

 俺は短く頷いた。

 

「それで」

 俺は本題に入った。

「マグネティック・コーティングの方は」

 

 ペイルライダーだけでは限界が来る。

 サイコガンダムだの、毒ガスだの、そんな“戦争の道具”が動くなら、俺の機体にも“戦争の速度”が必要になる。

 だから俺は、シイコとの約束を踏み台にして、この男に辿り着いた。

 正直、ここまでしてくれるとは思っていなかった。

 

「あぁ、十分にやった」

 モスク・ハンはあっさり言った。

「それと同時に、君の戦闘データを元に、とある兵器も搭載している」

 

「そこまで……ですか」

 俺は思わず眉をひそめた。

 見ると、ズゴック偽装には本来ないはずの大型スラスターが追加されている。

 ただの推進剤タンクではない。

 出力調整の癖が、明らかに“逃げるため”じゃなく“獲るため”になっている。

 

「これが……?」

「あぁ、だが――」

 モスク・ハンは急に、真面目な目をこちらへ向けた。

 整備士の目じゃない。

 人間を問う目だ。

 

「君のような子供が、なぜあんな機体に乗る」

「……」

「データを調べた」

 モスク・ハンが静かに続ける。

「あれは人が乗ってはいけない機体だ」

「演算が人間を壊す」

「乗りこなせる代物じゃない」

 

 その言葉に、周囲の整備員たちの動きが僅かに止まる。

 彼らも薄々気づいていたのだろう。

 この機体は“普通のジャンク”じゃない。

 普通の遊びじゃない。

 

 俺は一度だけ、息を吐いた。

 ここで嘘をついても意味がない。

 信頼を買う場面じゃないが、理解を得ないと、彼らの避難が遅れる。

 遅れれば死ぬ。

 死なせたくない。

 

「……そうじゃないと、守れない物もあるんです」

 俺は言った。

「これから迫る脅威にも」

 

「脅威?」

 モスク・ハンが眉をひそめる。

 周囲もこちらを見る。

 

「……分かりません」

 俺は正直に言った。

「俺も、その脅威がどこまでなのか」

「サイコガンダムだけなのか、毒ガスなのか、それ以上なのか」

「でも――来る」

 

 確信だけはあった。

 あの空調機の話で、確信になった。

 バスクは“準備”を終えている。

 準備を終えた人間は、もう止まらない。

 

「守るためには」

 俺は続けた。

「危険だと分かっていても、乗らないといけない時があります」

 

 モスク・ハンが、少しだけ目を細めた。

「戦争が終わり、君のような若者はいなくなったと思っていた」

「それは……」

 

「本来なら良い事ですよ」

 俺は苦く笑った。

「俺が異常なだけですから」

 

 そして俺は、ペイルライダーへ近づいた。

 装甲の隙間から見えるフレームが、昔と同じ角度で俺を待っている。

 待っているように見えるのが嫌だ。

 それでも乗る。

 乗らなければ守れない。

 

「皆さんも、早く行って下さい」

 俺は振り返って言った。

「おそらく、このコロニーは戦場になる」

 

 言い切った瞬間、空気が凍る。

 凍った空気の中で、モスク・ハンが短く頷いた。

 頷きは、理解じゃない。

 覚悟の頷きだ。

 

「……分かった」

「撤収の準備をする」

 

 俺はそれを見届けながら、胸の奥で一度だけ呟いた。

(間に合え)

(間に合ってくれ)

シャリアが空調を止められるか。

タマキさんが逃げられるか。

マチュが無事か。

そして俺が、次の地獄を“繰り返さない”側でいられるか。

 

答えはまだ出ない。

だから俺は、相棒のコックピットへ手をかけた。

戦場に戻るための、最悪の準備を終わらせるために。

 

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