機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
バスクがやろうとしている計画を止めるために、俺はペイルライダーを「戦える状態」まで引き上げた。
偽装装甲を固定し、増設スラスターの制御系を馴染ませ、配線の癖を手に覚えさせる。
最後にHADESの起動ラインだけは、指先が触れないよう奥へ隠したまま、俺は深く息を吐いた。
この機体は、俺の“勝つ”を助ける道具じゃない。
俺の中に眠る“戦場の俺”を引きずり出す扉で、その扉を開ける度に何かが削れる。
それでも、今夜は開ける。
開けなければ、あの空調機の向こうにいる大勢が死ぬ。
キシリアを狙う計画の裏で、コロニーを棺にする準備が進んでいる。
その棺の中に、マチュがいる。
それが分かってしまった以上、俺は一度も引き返せない。
同時に、俺はマチュにも話さなければならなかった。
いや、正確には「話す」だけでは足りない。
これから起きることは、クラバの試合の延長じゃない。
観客もいない、勝利宣告もない、ルールもない、ただの殺し合いだ。
マチュはクラバで強くなった。
けれど、強くなったのは“ゲームの強さ”であって、“戦争の強さ”ではない。
戦争の強さは、勝つことじゃない。
「生き残った後に、自分を壊さない強さ」だ。
マチュにそれを背負わせるつもりはない。
だから俺は、整備を切り上げると同時に、彼女を呼び出した。
格納庫の外、工具の匂いが薄い場所。
ここなら、誰にも聞かれない。
そう思ったのに、マチュは開口一番、俺の想像と真逆の方向へ転がる言葉を投げてきた。
「ランガ、お願いがあるのっ」
雨の匂いがまだ残る髪を揺らしながら、マチュは俺の前で息を弾ませた。
「なんだ?」
俺は短く返して、胸の奥の嫌な予感を撫でた。
「シュウジの居場所が分かったのっ!」
その言葉が落ちた瞬間、俺の背中が冷えた。
シュウジ。
赤いガンダム。
そして、シャリアが探している“声”の正体。
今は関わらせたくない線が、一気に繋がりかける。
「だから、すぐにもスカイ・グラインダーを手に入れないと!」
「……おそらく、それどころじゃない」
俺は言ってしまった。
言ってしまったせいで、マチュの目が揺れる。
「それどころじゃないって、どういうこと?」
不安が混じった声で、彼女は一歩近づく。
俺はその一歩を止めるために、言葉じゃなく“形”で答えることにした。
「金は、これを使ってくれ」
俺は用意していた札束の封筒を、マチュの手に押し当てた。
クラバの賞金と、俺が削って作った金だ。
「これって、一体……」
マチュが戸惑う。
戸惑うのに、指が封筒を離さない。
それだけで、彼女の頭の中に答えが生まれ始めているのが分かる。
「ランガは、どうするつもりなの」
声が少しだけ低くなる。
責める声じゃない。
置いていかれることを恐れる声だ。
「……俺は、今度こそ守らなきゃいけないんだ」
俺は視線を逸らさずに言った。
「守るって、何を」
「故郷を」
口に出した瞬間、マチュが首を横に振った。
その動きが、否定というより、拒絶に近い。
「駄目だよ」
マチュは言った。
「それって、ランガは死ぬ気なの?」
次の瞬間、彼女は俺の胸に飛び込んできた。
抱き締められる。
強い力で、逃がさない力で。
その力を感じた瞬間、俺は自分がどれだけ脆くなっているかを思い知る。
抱き締められるだけで、戦場の呼吸が乱れる。
それでも、乱れていいと思ってしまう。
「死ぬつもりなんてないよ」
俺は言って、彼女の背中に腕を回した。
抱き締め返す。
心配させないために、笑みを作る。
「えっ……」
マチュが顔を上げる。
雨で濡れた睫毛が、光に滲んでいる。
その瞳を見た瞬間、前の世界の記憶が喉の奥まで上がってきて、俺はそれを押し戻した。
今ここで、過去に飲まれるわけにはいかない。
「俺が前の世界で死んでも良かったのは、生きる理由がなかったからだ」
俺は言葉を選びながら続ける。
「けどさ、今はマチュがここにいる」
「……私が?」
「あぁ」
それだけで、十分だった。
「前の世界でマチュを、君を守れなかった」
「だからこそ、今度こそ守りたい」
俺は噛みしめるように言った。
「生きてね」
「……生きて」
マチュが同じ言葉を繰り返す。
その繰り返しが、まるで誓いみたいに聞こえた。
俺がもう一度抱き締め返すと、マチュの目に涙が溜まった。
涙は落ちないのに、溜まるだけで俺の胸が痛い。
「ランガは大好きだもんっ!」
その言葉と共に、彼女はさらに強く抱き締めてきた。
胸の奥から何かが込み上げて、俺はそれを飲み込めず、息を吐いた。
この子がこんなにも俺を求めてくれている。
その事実が嬉しいのに、同時に怖い。
求められるほど、失う恐怖が増すからだ。
それでも、今は逃げたくなかった。
「……ランガがずっと私のこと、見てるようで見てなかったのは」
マチュが言う。
「前の私のことを引きずってたんだよね」
「……」
否定できない。
否定したら嘘になる。
俺は今も、死んだマチュを引きずっている。
引きずりながら、目の前のマチュを抱き締めている。
それが一番卑怯だと分かっているのに、手放せない。
「だけど」
マチュは続ける。
「今度こそ本当に、ランガに私を見てほしい」
「私はここにいるから」
その言葉が、胸の奥を叩いた。
“ここにいる”という言葉は、俺にとって呪いみたいな救いだ。
前の世界で失ったからこそ、今の“ここ”が眩しくて、眩しいぶんだけ怖い。
「本物も、偽物も分からない!」
マチュが叫ぶ。
声が震えているのに、強い。
「だけど、今、頭を空っぽにして思ったのは何よりも!」
「ランガのことが好きで!」
「ニャアンやシュウジと一緒に地球に行きたくて!」
「だからっ……だからっ!」
息が切れていくのに、言葉が止まらない。
抑えきれない熱情が、身体の内側から噴き上がってくるみたいだった。
俺はその叫びを受け止めるように、彼女を強く抱き締めた。
「マチュ」
名前を呼ぶ。
今の彼女を呼ぶ。
過去の彼女じゃなく、今の彼女を呼ぶ。
「だからっ……一緒にっ!」
マチュが泣きながら言う。
「生きていきたいっ!」
「生きてっ……だからっ!」
その言葉に押されて、俺は自分の中の最後の躊躇が崩れていくのを感じた。
守ると言いながら、距離を取って、線を引いて、結局は一人で背負おうとしていた。
それがマチュを傷つける。
それが分かった。
俺は彼女の頬に手を添え、目を見て、逃げずに言った。
「……あぁ、そうだな」
「マチュはマチュだ」
「だから、絶対に守る」
言い切った瞬間、マチュが少し泣きそうな顔で笑った。
その笑顔を見た瞬間、俺は決めた。
今度こそ、絶対に守り抜く。
守るために生き残る。
生き残った後も、マチュの隣に立つ。
マチュが小さく言う。
「地球に行ったら、教えてよね」
「ランガが行った場所を」
「あぁ」
俺は頷いた。
その約束が、いま俺の命綱になる。
ただし――俺はまだ言っていない。
このコロニーが戦場になるかもしれないこと。
空調機に仕込まれた“舞台装置”のこと。
サイコガンダムが再び現れる可能性のこと。
言わなければならない。
けれど言う前に、俺は彼女の肩を抱いて、少しだけ距離を取り直した。
まずは、呼吸を整える。
そして、次の言葉を選ぶ。
「……マチュ」
俺は静かに言った。
「これから、俺がやることはクラバじゃない」
「だから、約束してほしい」
「絶対に一人で飛び出すな」
彼女は俺の目を見たまま、短く頷いた。
その頷きが、怖いほどまっすぐだった。
俺はその頷きを見て、胸の奥で呟いた。
(間に合え)
(全部が手遅れになる前に)
そして、ペイルライダーの影が頭の中で静かに立ち上がるのを感じながら、俺は次の戦場へ向かう準備を始めた。