機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
宇宙世紀において、数え切れないモビルスーツが現れては消えていった。
ティターンズに所属していた頃も、個人のカスタム機として造られた機体は山ほど見た。
常識に囚われない思想で造られた試作機、量産機のフレームを無理やり延命させた改修機、ザクやジムを素材にして“別物”に仕立て直した歪な機体。
だから、この世界の一般機が多少おかしくても、俺は驚かない。
戦争はいつだって、工場の倫理を先に殺す。
けれど、目の前の赤いガンダムだけは話が別だ。
赤い装甲。
紫色に光る瞳。
そして、こちらの神経に直接触れてくるようなプレッシャー。
知っている。
この質を、俺は知っている。
「あなたなのか……クワトロ大尉」
声が乾く。
ガンダムという名は、宇宙世紀において“最強”の代名詞になってしまった。
RX-78にアムロが乗ったことで、連邦は勝った。
ガンダムMk-IIにカミーユが乗ったことで、グリプス戦役は変質した。
そしてクワトロ大尉、シャア・アズナブルは、アムロのライバルで、若者を導き、歴史の裏側で炎を灯し続けたのに——決して“ガンダム”には乗らなかった。
それが今、目の前にいる。
赤いガンダムとして。
俺はザクマシンガンの銃口を、ゆっくりと相手へ向けた。
敵か味方か分からない。
分からないのに、指は撃てる位置に落ち着いてしまう。
戦場人格の冷たさが、平和の宇宙で息をしている。
膠着が続く。
数分が、妙に長い。
ニャアンの呼吸が背後で浅くなり、吐き気を堪える声が漏れた。
「ちょっと……もぅ来てる……うぷぅ」
俺は返事をしない。
返事をすれば、この一瞬の均衡が崩れる気がした。
赤いガンダムから感じるものは、俺の知る“クワトロ大尉”と同じ質に見えて、どこか違う。
刃の角度が違う。
同じ刃でも、研ぎ方が違う。
「ここで、確かめる術はないか」
結論は早い。
ここで撃ち合えば、俺も相手も、そしてニャアンも終わる。
終わったところで真相は手に入らない。
ならば生き延びて、次の場所で確かめる。
俺はスラスターを噴射させ、サイド6へ向けて進路を取った。
赤いガンダムも追う。
目的地は同じ。
利害が一致している。
それだけで十分だ。
サイド6へ向かう宙域で、軍警のザクが次々と現れ、ザクマシンガンの弾幕を張った。
弾道が整っていない。
撃ち慣れていないが、数で押してくる。
俺は弾の線を“壁”として扱い、壁と壁の隙間へ滑り込む。
短い噴射で慣性を殺し、再加速で軌道を折る。
ニャアンが呻き、胃が締め付けられる。
俺は速度を落とせない。
落とせば、追いつかれる。
赤いガンダムも同じように弾幕の間を縫う。
違いは余裕だ。
あいつは避けながら、俺とザクの配置を同時に読んでいる。
視線が、空間そのものを俯瞰している。
——俺はHADESでしかこの“高さ”に届かないのに、あいつは生身で届いている。
その事実が、羨望より先に屈辱として喉に刺さった。
ザクがこちらを察し、銃口を向ける。
だが一瞬迷う。
ペイルライダーを狙うか、赤いガンダムを狙うか。
その逡巡が生まれた瞬間、俺はザクマシンガンを撃った。
狙うのは胴体ではない。
武器を持つ腕。
関節の根元。
弾が装甲を抉り、ザクの右腕がガクンと落ちる。
マシンガンが宙へ滑り落ちた。
その瞬間、赤いガンダムがわずかに機体を傾けた。
俺の射線と同じ方向へ、ほんの数度だけ姿勢を合わせる。
合図でも、偶然でもない。
「次を取る」と言う戦術サインが、機体の傾きとして現れていた。
次の瞬間、赤いガンダムのビームサーベルが点火する。
音が静かすぎて、逆に背筋が寒くなる。
赤いガンダムはザクの死角へ滑り込み、爆ぜない角度で頭部を断った。
モノアイが歪んで消え、機体が惰性で回る。
殺すためではなく、戦力を奪うための一閃。
「……息、合いすぎ……怖い」
ニャアンが掠れた声で言った。
その一言が、俺の内側を正確に抉る。
初対面だ。
敵か味方かすら不明だ。
それなのに、呼吸だけが戦場の速度で噛み合ってしまう。
次のザクが突っ込んでくる。
弾幕が乱れ、進路が塞がれる。
俺は軌道を外へ逃がし、射線を切ってから肩口へマシンガンを叩き込んだ。
射撃ではなく衝撃でセンサーを狂わせる。
怯んだ瞬間、赤いガンダムが背面へ回り、推進ラインを浅く走らせる。
浅い切断。
致命ではない。
だが姿勢制御が死に、ザクが回転し、二度と銃口をこちらへ向けられなくなる。
俺が“削ぐ”。
赤いガンダムが“終わらせる”。
会話はない。
だが手順は共有されている。
それが戦場の恐ろしさであり、同時に救いでもある。
その時、俺の思考が一瞬だけ揺れた。
マチュの顔が脳裏に割り込む。
もし彼女がこの光景を見たら。
もしこの世界の平和が、また同じように壊れたら。
揺れた一拍で、弾が迫る。
避ける角度が足りない。
だが赤いガンダムが割り込んだ。
盾を構えるのではなく、機体そのものを弾道に滑り込ませ、弾を“外す”。
装甲を掠めた火花が散り、赤いガンダムはそのまま相手へ突っ込む。
短距離加速。
最短距離。
ビームサーベルが一閃し、ザクの腕が落ちる。
落ちた腕が弾幕を止め、俺の進路が開く。
俺はその隙に、コロニーの進入軌道へ滑り込んだ。
赤いガンダムも並走し、同じルートを取る。
追撃は散り、軍警の隊列は混乱する。
俺と赤いガンダム、どちらを追うべきか決めきれない。
その迷いこそが、今の俺たちの盾だった。
サイド6の内側へ戻る直前、赤いガンダムが速度を変えた。
俺から距離を取り、視界の端へ滑る。
追う気はない。
追えば答えが怖い。
気づけば、サイド6の外縁へ到達していた。
追撃の弾は届かず、警報だけが遠くで鳴っている。
俺は一息吐き、周囲を確認する。
振り返る。
赤いガンダムの姿は——ない。
消え方が巧妙すぎる。
ただのスラスターではない。
消える直前、通信回線に一拍だけノイズが走った。
耳の奥で、あの歌声に似た“揺れ”が極小に重なる。
そして遠方で、紫の瞳が一度だけ瞬いたように見えた。
見えたのか、感じたのか、判断がつかない。
だが痕跡だけは残った。
追えば、何かに繋がる。
「……」
もしもクワトロ大尉だったなら、聞きたいことが山ほどある。
なぜガンダムに乗っている。
なぜこの世界がこうなっている。
そしてなぜ俺がここにいる。
だが答えはどれも、今は手の届かない場所にある。
「……うぷぅ」
隣でニャアンが情けない声を出し、俺は現実に引き戻された。
「あぁ、しまった」
加速Gで酔っている。
コックピットの空気が急に狭く感じる。
俺はすぐに降下ルートを探し、機体を落ち着かせる角度へ調整した。
彼女をどこかに降ろさないとまずい。
そして、もう一つだけ確かなことがある。
この世界は平和だ。
だが平和の皮の下に、戦争の呼吸がまだ生きている。
赤いガンダムは、その呼吸そのものだった。