機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第50話

 夜の街は、赤い警報灯に照らされていた。

 避難を促すアナウンスが高層ビルの壁面に反響し、空調異常を知らせる文字が、濡れた道路に歪んで映っている。

 人々は何が起きているのか分からないまま走り、誰かの悲鳴が別の誰かの怒号に潰され、街全体がゆっくりと戦場へ変わっていく音が聞こえていた。

 

 俺はペイルライダーのコックピットで、その音を聞いていた。

 いや、実際には装甲越しに聞こえるはずがない。

 それでも、俺には聞こえている気がした。

 人が逃げる足音、子供の泣き声、どこかで倒れる看板の金属音。

 そういうものを、一度でも本物の地獄で聞いた人間は、似た状況に放り込まれるだけで勝手に幻聴を再生する。

 

「……始まったか」

 

 モニターの向こうに、巨大な影が現れた。

 街の向こう側、ビル群の上に頭を出すほどの巨体。

 通常のモビルスーツの倍どころじゃない。

 あれは、兵器というより建造物だ。

 ゆっくりと歩くだけで道路が沈み、足下の舗装が波打ち、街そのものが踏まれる前から怯えているように見えた。

 

 サイコ・ガンダム。

 

 その名を、俺は知っている。

 知っているからこそ、胃の奥が冷えた。

 俺が知るサイコ・ガンダムは、巨大な黒い城壁のような機体だった。

 街を相手に戦うための機体であり、モビルスーツと呼ぶにはあまりにも暴力の尺度が違いすぎる怪物だった。

 けれど、眼前のそれは、俺が記憶しているサイコ・ガンダムとは少し違っていた。

 

 輪郭は確かに同じ系譜だ。

 巨大な頭部、厚い胸部装甲、異様に長い腕、そして都市そのものを威圧する重量感。

 だが、この世界のサイコ・ガンダムは、ただの黒い城壁ではなかった。

 装甲の隙間から、見えない神経が震えているような圧が漏れている。

 機械の内側に、人間の感情が溶けて流し込まれているような、生々しい気配があった。

 

 あれは、機体だけじゃない。

 パイロットの精神と、サイコミュと、巨体の火力が、境目を失っている。

 そう理解した瞬間、ホテルの廊下で俺を押し倒した少女の白い顔が脳裏を過った。

 黒いマスク。

 血の気の薄い肌。

 俺の名前を当然のように呼んだ声。

 

「ドゥー・ムラサメ……」

 

 呟いた瞬間、ペイルライダーのセンサーが別の機影を拾った。

 サイコ・ガンダムの周囲を、虫のように飛ぶ異形。

 いや、虫というより、影そのものが刃物になったような機体だった。

 

「ハンブラビか」

 

 それも、俺は知っている。

 俺のいた宇宙世紀では、ヤザン達が扱っていた狩猟機だった。

 海洋生物じみた禍々しさを持ち、ワイヤーで敵を絡め取り、動きを封じてから嬲るための機体。

 けれど、この世界のハンブラビもまた、俺の知るそれとは違っていた。

 もっと薄い。

 もっと鋭い。

 街の隙間に滑り込み、闇の中で喉を裂くために削ぎ落とされた暗殺用の機体に見えた。

 

 可変機としての不気味な柔軟性は残っている。

 だが、元の世界のハンブラビが“獲物を追い詰める魚”なら、こいつは“ビルの影を泳ぐ刃”だ。

 名前は同じでも、世界が変わればここまで違うのか。

 俺はそんな場違いな感想を抱きながら、操縦桿を握り直した。

 

 ペイルライダーの外装は、ズゴックに偽装されたままだ。

 丸みを帯びた装甲、重く鈍い輪郭、水陸両用機めいた不格好なシルエット。

 けれど、その内側にある関節は別物だった。

 マグネティック・コーティングで反応は以前より鋭く、増設スラスターは、街中という狭い戦場で無理矢理に三次元機動を成立させるために調整されている。

 

「初陣がサイコ・ガンダムとハンブラビかよ」

 

 思わず笑いそうになった。

 笑える状況じゃないのに、笑うしかなかった。

 俺の人生は、どうしてこうも面倒な敵ばかり引き寄せるのか。

 

「本当に、嫌になるな」

 

 俺はペイルライダーを動かした。

 地下搬入口のシャッターを蹴り破り、街路へ飛び出す。

 重量のある偽装装甲が、道路を踏み割る。

 だが、次の瞬間には増設スラスターが唸り、巨体は道路を走るのではなく、ビルとビルの間を滑るように加速した。

 

 街灯が流れる。

 看板が横へ消える。

 逃げ惑う人々の姿をセンサーが自動で避けるべき障害物として表示し、俺はその赤い警告を一つずつ潰すように機体を通した。

 この戦場では、敵を倒すより先に、味方ではない人間を踏まないことが難しい。

 それこそが市街戦の地獄だ。

 

 ハンブラビがこちらに気づいた。

 反応は速い。

 ただの随伴機じゃない。

 こちらがサイコ・ガンダムに接近する前に、進路を切るつもりで軌道を変えてくる。

 

「いい判断だ」

 

 だが、判断がいいだけでは足りない。

 俺は、お前達の機体を知っている。

 お前達の兵器の思想を知っている。

 そして何より、ワイヤーで獲物を絡め取る戦い方なら、こっちにも積み重ねがある。

 

 ハンブラビがビルの壁面を掠めるように飛び、腕部からワイヤーを射出した。

 シーサーペント。

 黄色と黒の警告色が、一瞬だけ夜の街に蛇のような線を描く。

 拘束、電撃、姿勢制御の奪取。

 触れれば面倒なことになるのは、見るまでもなく分かる。

 

 だから、俺は逃げない。

 逃げれば絡まる。

 止まればサイコ・ガンダムに撃たれる。

 なら、前に出て絡め取る。

 

「ワイヤーの使い方を教えてやるよ」

 

 ペイルライダーのマルチアンカーを左右へ撃ち出す。

 片方はビルの外壁へ、もう片方は崩れかけた歩道橋の支柱へ。

 アンカーが食い込み、張力が一気に機体を引っ張る。

 重い偽装外装が悲鳴を上げ、内部フレームがそれを押さえ込む。

 

 ペイルライダーは走らない。

 地面を蹴らない。

 街の空間そのものに吊られ、振り子のように軌道を折る。

 ハンブラビのシーサーペントが俺の進路を塞ごうとした瞬間、こちらのワイヤーを絡ませる。

 絡んだ線を、俺はあえて引きちぎらない。

 利用する。

 

 張力を反転。

 スラスターを一拍だけ噴かす。

 ペイルライダーの巨体が、見た目に似合わない角度で横へ跳ねた。

 その反動が絡んだワイヤーを通じて、ハンブラビの機動軸を捻じ曲げる。

 

 ハンブラビの姿勢が崩れた。

 翼のような機体が横滑りし、ビルの壁面へ腹を擦る。

 火花が散る。

 操縦者はすぐに立て直そうとしたが、遅い。

 

「そこだ」

 

 俺はアンカーを巻き取り、ペイルライダーをさらに引き寄せた。

 ズゴック外装を纏った巨体が、夜の街を弾丸のように横切る。

 そして、絡まったワイヤーごとハンブラビを地面へ引き倒した。

 

 金属が道路を砕く音が、コックピット越しでも振動として伝わってくる。

 ハンブラビが街路へ叩きつけられ、舗装がめくれ、周囲のガラスが衝撃で割れた。

 だが、俺は止まらない。

 叩きつけただけでは、敵はまだ敵だ。

 

 ペイルライダーが踏み込む。

 重い足がハンブラビの腕部を押さえる。

 相手の武装保持部を壊しすぎない角度で踏み、使える装備だけを残す。

 手元のクランプを開き、ハンブラビのフェダーイン・ライフルをもぎ取る。

 続けて、ワイヤー制御部を引き剥がし、接続可能な部分だけを仮固定する。

 不要な装甲片は捨てる。

 使える刃だけ拾う。

 

 戦場で完成する機体。

 それがペイルライダーだ。

 

 相手のコックピットから、通信が漏れかける。

 名乗りも叫びもない。

 ただ、信じられないという呼吸だけが届いた気がした。

 俺が誰かも知らない相手が、自分の機体を一瞬で奪われていることを理解している。

 その驚きは当然だ。

 俺はクラバの乗り方をしていない。

 戦争の乗り方をしている。

 

 その時だった。

 

 サイコ・ガンダムの腕が、こちらを向いた。

 巨大な腕部。

 そこに並ぶ五つの砲口。

 腕部五連装ビーム砲。

 俺の知るサイコ・ガンダムも持っていた、街を薙ぎ払うための火力。

 

 ハンブラビの操縦者は、おそらくそれを援護射撃だと思ったのだろう。

 サイコ・ガンダムがこちらの退路を塞ぎ、自分が立て直す時間を稼ぐ。

 普通の味方ならそうする。

 普通の指揮系統ならそうなる。

 

 だが、俺には分かった。

 あれは援護の射線じゃない。

 味方ごと消す射線だ。

 

「ちっ、あいつ……!」

 

 俺は奪ったばかりの武装を一部捨てた。

 迷っている暇はない。

 アンカーをビル上層へ撃ち込み、巻き取りを最大にする。

 同時に増設スラスターを一気に吹かす。

 

 ペイルライダーの巨体が、無理矢理斜め上へ引き剥がされる。

 偽装装甲が遅れ、フレームが軋み、警告灯が赤く瞬いた。

 関係ない。

 今ここで遅れれば、ペイルライダーごと焼かれる。

 

 直後、白い光が街を裂いた。

 

 音はない。

 だが、世界が削れる振動があった。

 ビームの奔流が道路を抉り、街灯を蒸発させ、ビルの外壁を溶かしながら突き進む。

 その光の中で、ハンブラビが影ごと呑み込まれた。

 

 一瞬だけ、操縦者の思考が伝わった気がした。

 なぜ。

 援護ではなかったのか。

 自分は味方ではなかったのか。

 その疑問が形になる前に、ハンブラビは消えた。

 

 ゲーツという名前を、俺はこの時まだ知らない。

 どんな経歴を持ち、どんな命令でここにいたのかも知らない。

 ただ、一人のパイロットが、味方だと思っていた怪物の砲火で消されたことだけは分かった。

 

 そして、もっと分かりたくないことも分かった。

 

 ドゥーは、戦術で撃ったんじゃない。

 任務のためでもない。

 ハンブラビが、俺との戦いの邪魔だったから消した。

 ただそれだけだ。

 

『ごめんね』

 

 通信なのか、サイコミュなのか分からない声が、頭の奥に滑り込んできた。

 甘く、冷たく、罪悪感の欠片もない声。

 

『邪魔だったから』

 

「……お前、本当に壊れてるな」

 

 俺は建物の外壁に残ったアンカーを緩め、ペイルライダーを街路へ降ろした。

 足裏が道路を砕く。

 装甲は焦げ、ワイヤーの一本は焼けて使い物にならない。

 奪ったフェダーイン・ライフルの接続も不完全だ。

 それでも、まだ動ける。

 

 俺はサイコ・ガンダムを見上げた。

 圧倒的な体格差。

 あいつはビルと並び立つ巨人で、ペイルライダーはその足元に立つ青い異物でしかない。

 けれど、退けない。

 退けば街が壊れる。

 マチュが守りたい日常が壊れる。

 タマキさんの不器用な優しさも、ニャアンの怯えた声も、シュウジの訳の分からない笑みも、全部まとめて踏み潰される。

 

 サイコ・ガンダムの中で、ドゥーが笑っている気配がした。

 俺には見えないはずなのに、見える気がした。

 白い顔で、黒いマスクの奥で、俺だけを見ている。

 

『やっと来てくれたんだ、ランガ』

 

 その声を聞いた瞬間、胸の奥が冷たくなった。

 懐かしさなんてない。

 あるのは、異物が自分の名前を知っている恐怖だけだ。

 

「お前の相手は俺だ、ドゥー」

 

 俺はフェダーイン・ライフルを構え、残ったワイヤーを展開した。

 HADESの起動警告がコックピット内で赤く点滅する。

 使えば、勝機は増える。

 だが、この相手にHADESを開けば、サイコミュに触れられる可能性がある。

 触れられれば、俺の中の戦場人格ごと引きずり出されるかもしれない。

 

 だから、まだ押さえる。

 俺は俺のまま戦う。

 マチュに約束した。

 死なないと。

 戻ると。

 地球へ行くと。

 

『ねえ、ランガ』

 ドゥーの声が甘く歪む。

『やっと二人きりだね』

 

「二人きりじゃない」

 俺は静かに返した。

「この街には、守らなきゃいけない人間がいる」

 

 その言葉を聞いた瞬間、サイコ・ガンダムの圧が変わった。

 怒りではない。

 嫉妬だ。

 俺が自分以外を見ていることが気に入らない。

 ただそれだけで、五十メートル級の怪物が、街を焼くほどの感情を纏う。

 

 全身のセンサーが一斉に警告を鳴らす。

 夜の街に、巨大な黒い影と、青い偽装の異物が向かい合う。

 ここから先はクラバじゃない。

 これは本物の戦争だ。

 

 そして俺は、その戦争の真ん中で、操縦桿を握り直した。

 

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