機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
サイコ・ガンダムの巨体が、夜の街の中心に立っていた。
ビルの谷間に押し込めるには大きすぎる影であり、街灯の明かりも、警報灯の赤も、その黒い装甲に触れた瞬間に飲み込まれていく。
足下では避難民がまだ逃げているはずなのに、あの巨人はそちらへ視線を向けていなかった。
こちらだけを見ている。
サイコ・ガンダムの奥にいるドゥー・ムラサメが、俺だけを見ていた。
『ねえ、ランガ。逃げないでね』
通信なのか、サイコミュを通じた声なのか、判別できない声が頭の奥に滑り込んでくる。
甘くて、冷たくて、耳元で囁かれているようなのに、距離だけは五十メートル級の怪物の内側にある。
その矛盾がひどく気持ち悪く、俺はペイルライダーの操縦桿を握る指に力を込めた。
「逃げたら、お前は街を撃つだろうが」
『ううん。ランガが見てくれるなら、他はどうでもいいよ』
「……それが一番信用できないんだよ」
サイコ・ガンダムの腕がゆっくりと持ち上がる。
腕部に並んだ五つの砲口が、まるで巨大な目のようにこちらへ向いた。
狙いは街ではない。
逃げ惑う人々でも、崩れかけた建物でもない。
ペイルライダーの胸部、つまり俺のいる場所だけを正確に捉えている。
それは救いじゃない。
狙いが俺だけだからこそ、俺が避け損ねた瞬間に、その背後にある街が巻き込まれる。
ドゥーが街を撃つつもりがなくても、サイコ・ガンダムの火力は感情の副作用だけで街を焼ける。
「来る……!」
発射の前兆は、砲口の光よりも先に圧として来た。
空気が重くなり、センサーが一斉に警告を鳴らし、ペイルライダーの外装が微細に震える。
俺は右腕のマルチアンカーを近くのビルへ撃ち込み、同時に左側のアンカーを崩れた高架の支柱へ刺した。
次の瞬間、白い閃光が夜を裂いた。
腕部五連装ビーム砲が、ペイルライダーの立っていた道路を蒸発させる。
俺は発射の一拍前にワイヤーを巻き上げ、機体を横へ引き飛ばしていた。
重い偽装装甲が引きずられ、内部フレームが軋み、肩の装甲がビルの角を擦って火花を散らす。
ビームの熱が背中を撫でた。
直撃していないのに、コックピット内の温度計が跳ねる。
道路は削れ、街灯は溶け、避難用の案内板が赤い火花を吹きながら倒れていく。
「重いな……!」
サイコ・ガンダムの砲撃は、単なる高出力ビームではなかった。
火力そのものが質量を持って押し寄せてくるような感覚がある。
一発でもまともに受ければ、ズゴックの偽装外装ごとペイルライダーは焼かれる。
だが、弾道は読みやすい。
ドゥーが俺だけを見ているからだ。
「なら、利用させてもらうぞ」
俺はビルの壁面、広告塔、歩道橋、崩れた外壁へ、次々とアンカーを打ち込む。
ペイルライダーは地上を走らない。
街そのものを足場にして、夜の空間を縫うように跳ぶ。
重装甲の外見に反し、機体は鋭い角度で軌道を折り、ビルの谷間を疾走する。
ワイヤーの張力で機体を引き、スラスターで角度をずらし、慣性を殺さずに進む。
不自然な急停止はしない。
止まれば撃たれる。
だから速度を保ったまま、ビームの射線だけをずらし続ける。
『すごいね、ランガ。やっぱり、あなたはそう動くんだ』
「……その言い方、気持ち悪いんだよ」
『ひどいなぁ。私は見てるだけだよ。ずっと』
ずっと。
その一言が、妙に引っかかった。
ホテルの廊下で俺を押し倒した時も、こいつは俺を知っているような口を利いた。
俺の呼吸の癖を知り、守る時の動きを知り、当たり前のように名前を呼んだ。
それが何を意味するのか、今は考えたくない。
考えれば、目の前の砲撃への反応が遅れる。
俺は奪ったフェダーイン・ライフルを片手に構えた。
ハンブラビからもぎ取った武装は接続が不完全で、長時間の運用はできない。
だが、数発撃てれば十分だ。
サイコ・ガンダムの装甲を真正面から抜く気はない。
狙うべきは関節、首元、肩の接合部。
巨体ほど、動きの要になる部分は必ず存在する。
「装甲が厚いなら、関節を削る」
ペイルライダーはビル上層へワイヤーで跳び上がり、サイコ・ガンダムの斜め上方へ回り込んだ。
フェダーイン・ライフルの銃口を肩関節へ向ける。
照準補正は不安定。
だが、俺の腕で押さえ込める。
引き金を引く。
夜の闇に細い光が走り、サイコ・ガンダムの肩へ突き刺さる。
しかし、光は装甲へ届く寸前で歪んだ。
見えない壁に触れたように拡散し、淡い膜の上で弾ける。
続けて二発。
首元と胸部上縁を狙ったが、結果は同じだった。
「I・フィールドか……!」
やはり、ただの巨体ではない。
ビームを弾く防御幕。
生半可な射撃は通らない。
遠距離から削る戦いは成立しない。
なら、近づくしかない。
近づけば腕部砲の射角に潜れる。
近づけば、巨体ゆえの動きの遅れを突ける。
『もっと近くに来て。遠いよ、ランガ』
「言われなくても、行ってやるよ」
俺はフェダーイン・ライフルを捨てた。
接続が不安定な武器に固執しても意味がない。
捨てた武装が道路へ落ちる前に、ペイルライダーは左右のワイヤーをビル群へ打ち込み、身体を低く沈めて一気に前へ出た。
サイコ・ガンダムの砲撃が、俺の軌道を追って街を削る。
ビームがビルの角を溶かし、溶けた外壁が赤熱した雨のように降り注ぐ。
ペイルライダーの肩に装甲片が当たり、偽装外装が削れる。
避けない。
落下物を避けて速度を落とせば、次のビームが来る。
装甲で受け、火花を散らしながら前へ進む。
「推進剤、消費が早い……けど、止まれない!」
『いいよ。もっと必死な顔を見せて』
「黙ってろ!」
ペイルライダーはサイコ・ガンダムの足元へ滑り込んだ。
巨体の脚部はビルの柱みたいに太く、その装甲の表面にはI・フィールドとは違う鈍い反応があった。
俺は脚部装甲へアンカーを撃ち込む。
刺さりは浅い。
だが支点にはなる。
機体を引き寄せながら、サイコ・ガンダムの足元を回り込む。
あいつが腕を振り下ろした。
ビーム砲ではなく、ただの腕。
ただし、五十メートル級の巨体の腕だ。
殴られるというより、ビルが横倒しになってくるのと同じだ。
「っ!」
俺は脚部アンカーを解除し、別のビルへアンカーを撃つ。
ペイルライダーの身体が真横へ飛び、サイコ・ガンダムの腕が直前までいた空間を叩き潰した。
道路が陥没し、地下構造が悲鳴を上げる。
衝撃波だけでペイルライダーが揺れた。
質量が違いすぎる。
だが、大きい。
大きいから動作に遅れがある。
動き始めれば速いが、動き出すまでの“間”が見える。
そこを突くしかない。
『ねえ、ランガ。どうして他のものを見るの?』
「何?」
『街も、人も、あの子も、全部いらないでしょ』
『私だけ見てくれたら、それでいいのに』
「俺は、お前だけを見るためにここへ来たんじゃない」
『嘘』
「嘘じゃない」
『だって、来てくれた』
「お前を止めるためだ」
『それでも、来てくれた』
その言葉の温度が、怖かった。
俺が何を言っても、ドゥーの中では別の意味に変換される。
拒絶は愛情になる。
戦いは逢瀬になる。
止めるという意思すら、彼女の中では「会いに来た」という証明になる。
サイコ・ガンダムの全身から、重い圧が漏れる。
怒りではない。
甘く粘つく執着が熱を持ち、機体全体に染み出している。
センサーが異常値を示し、ペイルライダーのサイコミュ検出系が勝手に警告を上げる。
こいつは戦場にいるんじゃない。
自分の感情の中に戦場を作り、その中心に俺を置いている。
だから厄介なんだ。
その時、遠方から別の機影が接近する反応があった。
熱源は複数。
機体の速度と陣形からして軍警のザク部隊。
遅すぎる。
いや、最悪のタイミングで来た。
街の向こうから、拡声器越しの警告が割れて響く。
こちらとは通信回線が繋がっていない。
何を言っているのか細かくは聞き取れないが、不明機への停止命令だろう。
ザク部隊はサイコ・ガンダムとペイルライダーの間に割り込もうとしている。
「今来るな、馬鹿が……!」
俺はワイヤーをビル上層へ撃ち込み、一気に上方へ逃げた。
軍警を巻き込まないためでもある。
だが、その動きがドゥーの感情を逆撫でしたのが分かった。
俺がザクを見た。
俺が街を見た。
俺が彼女以外を見た。
その事実だけで、サイコ・ガンダムの圧が変わる。
『邪魔』
「ドゥー、やめろ!」
俺の声はコックピットの中で跳ね返るだけだ。
軍警には届かない。
ドゥーに届いているのかどうかすら怪しい。
『また邪魔する』
『また、また、また……!』
彼女の声が歪む。
通信ではなく、街全体に響いているような錯覚を起こす。
ザク部隊がサイコ・ガンダムへ銃口を向けたのが見えた。
まずい。
攻撃すれば刺激になる。
刺激になれば、あの巨体は反射で街を焼く。
「下がれ!」
俺は叫んだ。
通信は繋がっていない。
向こうに聞こえるはずもない。
それでも、叫ばずにはいられなかった。
「下がれっ! そいつを刺激するな!」
ペイルライダーの外部スピーカーがどれだけ拾ったか分からない。
少なくとも、ザク部隊には意味のある警告として届かないだろう。
それでも、俺は叫んだ。
叫ぶ以外に、今この瞬間にできることがなかった。
サイコ・ガンダムの装甲の継ぎ目から、不気味な光が漏れ始める。
頭部、胸部、肩、腕部のラインが、内側から脈打つように発光する。
I・フィールドの輝きではない。
ビーム砲のチャージでもない。
もっと深い。
機体全体が、ドゥーの感情に引っ張られて変質しているように見える。
ザク部隊の一機がたじろぎ、もう一機が銃口を上げる。
その動きに、ドゥーの苛立ちがさらに膨れ上がった。
『ランガは、私を見てるの』
『邪魔しないで』
その声が、甘さを失っていく。
幼さと怒りと歓喜が混ざった、壊れた叫びに近づいていく。
サイコ・ガンダムの装甲がさらに強く光り、夜の街を異様な色で照らし始めた。
俺はペイルライダーをビルの壁面に張り付かせるように制動し、残ったワイヤーを再展開した。
装甲の光が強くなるにつれて、センサーのノイズが増える。
これは砲撃前の反応じゃない。
サイコミュが機体全体を飲み込んでいる。
このまま放っておけば、ドゥーだけじゃなく、サイコ・ガンダムそのものが暴走する。
「くそっ……!」
軍警には通信できない。
シャリアもここにはいない。
マチュには来るなと言った。
なら、今ここで止めるのは俺しかいない。
『ねえ、ランガ』
ドゥーの声が、急に静かになった。
その静けさが、一番怖かった。
『今度は、ちゃんと私だけ見てね』
次の瞬間、夜の街にドゥーの苛立ちと歓喜が混ざった叫びが響いた。
サイコ・ガンダムの装甲が、街全体を照らすほど強く発光する。
その光に照らされながら、ペイルライダーはワイヤーを張り巡らせたまま、巨大な怪物と向かい合った。
戦場は、次の段階へ移ろうとしていた。