機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第51話

 サイコ・ガンダムの巨体が、夜の街の中心に立っていた。

 ビルの谷間に押し込めるには大きすぎる影であり、街灯の明かりも、警報灯の赤も、その黒い装甲に触れた瞬間に飲み込まれていく。

 足下では避難民がまだ逃げているはずなのに、あの巨人はそちらへ視線を向けていなかった。

 こちらだけを見ている。

 サイコ・ガンダムの奥にいるドゥー・ムラサメが、俺だけを見ていた。

 

『ねえ、ランガ。逃げないでね』

 

 通信なのか、サイコミュを通じた声なのか、判別できない声が頭の奥に滑り込んでくる。

 甘くて、冷たくて、耳元で囁かれているようなのに、距離だけは五十メートル級の怪物の内側にある。

 その矛盾がひどく気持ち悪く、俺はペイルライダーの操縦桿を握る指に力を込めた。

 

「逃げたら、お前は街を撃つだろうが」

 

『ううん。ランガが見てくれるなら、他はどうでもいいよ』

 

「……それが一番信用できないんだよ」

 

 サイコ・ガンダムの腕がゆっくりと持ち上がる。

 腕部に並んだ五つの砲口が、まるで巨大な目のようにこちらへ向いた。

 狙いは街ではない。

 逃げ惑う人々でも、崩れかけた建物でもない。

 ペイルライダーの胸部、つまり俺のいる場所だけを正確に捉えている。

 

 それは救いじゃない。

 狙いが俺だけだからこそ、俺が避け損ねた瞬間に、その背後にある街が巻き込まれる。

 ドゥーが街を撃つつもりがなくても、サイコ・ガンダムの火力は感情の副作用だけで街を焼ける。

 

「来る……!」

 

 発射の前兆は、砲口の光よりも先に圧として来た。

 空気が重くなり、センサーが一斉に警告を鳴らし、ペイルライダーの外装が微細に震える。

 俺は右腕のマルチアンカーを近くのビルへ撃ち込み、同時に左側のアンカーを崩れた高架の支柱へ刺した。

 

 次の瞬間、白い閃光が夜を裂いた。

 

 腕部五連装ビーム砲が、ペイルライダーの立っていた道路を蒸発させる。

 俺は発射の一拍前にワイヤーを巻き上げ、機体を横へ引き飛ばしていた。

 重い偽装装甲が引きずられ、内部フレームが軋み、肩の装甲がビルの角を擦って火花を散らす。

 

 ビームの熱が背中を撫でた。

 直撃していないのに、コックピット内の温度計が跳ねる。

 道路は削れ、街灯は溶け、避難用の案内板が赤い火花を吹きながら倒れていく。

 

「重いな……!」

 

 サイコ・ガンダムの砲撃は、単なる高出力ビームではなかった。

 火力そのものが質量を持って押し寄せてくるような感覚がある。

 一発でもまともに受ければ、ズゴックの偽装外装ごとペイルライダーは焼かれる。

 だが、弾道は読みやすい。

 ドゥーが俺だけを見ているからだ。

 

「なら、利用させてもらうぞ」

 

 俺はビルの壁面、広告塔、歩道橋、崩れた外壁へ、次々とアンカーを打ち込む。

 ペイルライダーは地上を走らない。

 街そのものを足場にして、夜の空間を縫うように跳ぶ。

 重装甲の外見に反し、機体は鋭い角度で軌道を折り、ビルの谷間を疾走する。

 

 ワイヤーの張力で機体を引き、スラスターで角度をずらし、慣性を殺さずに進む。

 不自然な急停止はしない。

 止まれば撃たれる。

 だから速度を保ったまま、ビームの射線だけをずらし続ける。

 

『すごいね、ランガ。やっぱり、あなたはそう動くんだ』

 

「……その言い方、気持ち悪いんだよ」

 

『ひどいなぁ。私は見てるだけだよ。ずっと』

 

 ずっと。

 その一言が、妙に引っかかった。

 ホテルの廊下で俺を押し倒した時も、こいつは俺を知っているような口を利いた。

 俺の呼吸の癖を知り、守る時の動きを知り、当たり前のように名前を呼んだ。

 それが何を意味するのか、今は考えたくない。

 考えれば、目の前の砲撃への反応が遅れる。

 

 俺は奪ったフェダーイン・ライフルを片手に構えた。

 ハンブラビからもぎ取った武装は接続が不完全で、長時間の運用はできない。

 だが、数発撃てれば十分だ。

 サイコ・ガンダムの装甲を真正面から抜く気はない。

 狙うべきは関節、首元、肩の接合部。

 巨体ほど、動きの要になる部分は必ず存在する。

 

「装甲が厚いなら、関節を削る」

 

 ペイルライダーはビル上層へワイヤーで跳び上がり、サイコ・ガンダムの斜め上方へ回り込んだ。

 フェダーイン・ライフルの銃口を肩関節へ向ける。

 照準補正は不安定。

 だが、俺の腕で押さえ込める。

 

 引き金を引く。

 夜の闇に細い光が走り、サイコ・ガンダムの肩へ突き刺さる。

 

 しかし、光は装甲へ届く寸前で歪んだ。

 見えない壁に触れたように拡散し、淡い膜の上で弾ける。

 続けて二発。

 首元と胸部上縁を狙ったが、結果は同じだった。

 

「I・フィールドか……!」

 

 やはり、ただの巨体ではない。

 ビームを弾く防御幕。

 生半可な射撃は通らない。

 遠距離から削る戦いは成立しない。

 なら、近づくしかない。

 近づけば腕部砲の射角に潜れる。

 近づけば、巨体ゆえの動きの遅れを突ける。

 

『もっと近くに来て。遠いよ、ランガ』

 

「言われなくても、行ってやるよ」

 

 俺はフェダーイン・ライフルを捨てた。

 接続が不安定な武器に固執しても意味がない。

 捨てた武装が道路へ落ちる前に、ペイルライダーは左右のワイヤーをビル群へ打ち込み、身体を低く沈めて一気に前へ出た。

 

 サイコ・ガンダムの砲撃が、俺の軌道を追って街を削る。

 ビームがビルの角を溶かし、溶けた外壁が赤熱した雨のように降り注ぐ。

 ペイルライダーの肩に装甲片が当たり、偽装外装が削れる。

 避けない。

 落下物を避けて速度を落とせば、次のビームが来る。

 装甲で受け、火花を散らしながら前へ進む。

 

「推進剤、消費が早い……けど、止まれない!」

 

『いいよ。もっと必死な顔を見せて』

 

「黙ってろ!」

 

 ペイルライダーはサイコ・ガンダムの足元へ滑り込んだ。

 巨体の脚部はビルの柱みたいに太く、その装甲の表面にはI・フィールドとは違う鈍い反応があった。

 俺は脚部装甲へアンカーを撃ち込む。

 刺さりは浅い。

 だが支点にはなる。

 

 機体を引き寄せながら、サイコ・ガンダムの足元を回り込む。

 あいつが腕を振り下ろした。

 ビーム砲ではなく、ただの腕。

 ただし、五十メートル級の巨体の腕だ。

 殴られるというより、ビルが横倒しになってくるのと同じだ。

 

「っ!」

 

 俺は脚部アンカーを解除し、別のビルへアンカーを撃つ。

 ペイルライダーの身体が真横へ飛び、サイコ・ガンダムの腕が直前までいた空間を叩き潰した。

 道路が陥没し、地下構造が悲鳴を上げる。

 衝撃波だけでペイルライダーが揺れた。

 

 質量が違いすぎる。

 だが、大きい。

 大きいから動作に遅れがある。

 動き始めれば速いが、動き出すまでの“間”が見える。

 そこを突くしかない。

 

『ねえ、ランガ。どうして他のものを見るの?』

 

「何?」

 

『街も、人も、あの子も、全部いらないでしょ』

『私だけ見てくれたら、それでいいのに』

 

「俺は、お前だけを見るためにここへ来たんじゃない」

 

『嘘』

 

「嘘じゃない」

 

『だって、来てくれた』

 

「お前を止めるためだ」

 

『それでも、来てくれた』

 

 その言葉の温度が、怖かった。

 俺が何を言っても、ドゥーの中では別の意味に変換される。

 拒絶は愛情になる。

 戦いは逢瀬になる。

 止めるという意思すら、彼女の中では「会いに来た」という証明になる。

 

 サイコ・ガンダムの全身から、重い圧が漏れる。

 怒りではない。

 甘く粘つく執着が熱を持ち、機体全体に染み出している。

 センサーが異常値を示し、ペイルライダーのサイコミュ検出系が勝手に警告を上げる。

 

 こいつは戦場にいるんじゃない。

 自分の感情の中に戦場を作り、その中心に俺を置いている。

 だから厄介なんだ。

 

 その時、遠方から別の機影が接近する反応があった。

 熱源は複数。

 機体の速度と陣形からして軍警のザク部隊。

 遅すぎる。

 いや、最悪のタイミングで来た。

 

 街の向こうから、拡声器越しの警告が割れて響く。

 こちらとは通信回線が繋がっていない。

 何を言っているのか細かくは聞き取れないが、不明機への停止命令だろう。

 ザク部隊はサイコ・ガンダムとペイルライダーの間に割り込もうとしている。

 

「今来るな、馬鹿が……!」

 

 俺はワイヤーをビル上層へ撃ち込み、一気に上方へ逃げた。

 軍警を巻き込まないためでもある。

 だが、その動きがドゥーの感情を逆撫でしたのが分かった。

 俺がザクを見た。

 俺が街を見た。

 俺が彼女以外を見た。

 その事実だけで、サイコ・ガンダムの圧が変わる。

 

『邪魔』

 

「ドゥー、やめろ!」

 

 俺の声はコックピットの中で跳ね返るだけだ。

 軍警には届かない。

 ドゥーに届いているのかどうかすら怪しい。

 

『また邪魔する』

『また、また、また……!』

 

 彼女の声が歪む。

 通信ではなく、街全体に響いているような錯覚を起こす。

 ザク部隊がサイコ・ガンダムへ銃口を向けたのが見えた。

 まずい。

 攻撃すれば刺激になる。

 刺激になれば、あの巨体は反射で街を焼く。

 

「下がれ!」

 

 俺は叫んだ。

 通信は繋がっていない。

 向こうに聞こえるはずもない。

 それでも、叫ばずにはいられなかった。

 

「下がれっ! そいつを刺激するな!」

 

 ペイルライダーの外部スピーカーがどれだけ拾ったか分からない。

 少なくとも、ザク部隊には意味のある警告として届かないだろう。

 それでも、俺は叫んだ。

 叫ぶ以外に、今この瞬間にできることがなかった。

 

 サイコ・ガンダムの装甲の継ぎ目から、不気味な光が漏れ始める。

 頭部、胸部、肩、腕部のラインが、内側から脈打つように発光する。

 I・フィールドの輝きではない。

 ビーム砲のチャージでもない。

 もっと深い。

 機体全体が、ドゥーの感情に引っ張られて変質しているように見える。

 

 ザク部隊の一機がたじろぎ、もう一機が銃口を上げる。

 その動きに、ドゥーの苛立ちがさらに膨れ上がった。

 

『ランガは、私を見てるの』

『邪魔しないで』

 

 その声が、甘さを失っていく。

 幼さと怒りと歓喜が混ざった、壊れた叫びに近づいていく。

 サイコ・ガンダムの装甲がさらに強く光り、夜の街を異様な色で照らし始めた。

 

 俺はペイルライダーをビルの壁面に張り付かせるように制動し、残ったワイヤーを再展開した。

 装甲の光が強くなるにつれて、センサーのノイズが増える。

 これは砲撃前の反応じゃない。

 サイコミュが機体全体を飲み込んでいる。

 このまま放っておけば、ドゥーだけじゃなく、サイコ・ガンダムそのものが暴走する。

 

「くそっ……!」

 

 軍警には通信できない。

 シャリアもここにはいない。

 マチュには来るなと言った。

 なら、今ここで止めるのは俺しかいない。

 

『ねえ、ランガ』

 

 ドゥーの声が、急に静かになった。

 その静けさが、一番怖かった。

 

『今度は、ちゃんと私だけ見てね』

 

 次の瞬間、夜の街にドゥーの苛立ちと歓喜が混ざった叫びが響いた。

 サイコ・ガンダムの装甲が、街全体を照らすほど強く発光する。

 その光に照らされながら、ペイルライダーはワイヤーを張り巡らせたまま、巨大な怪物と向かい合った。

 

 戦場は、次の段階へ移ろうとしていた。

 

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