機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
俺はワイヤーをビルの外壁へ撃ち込み、巻き取りと同時にスラスターを噴かす。
機体は道路を走るのではなく、街の空間そのものに吊られ、引かれ、弾かれながら、巨大なサイコ・ガンダムの射線を掻い潜っていく。
ビームが背後のビルを貫き、溶けた外壁が赤い雨みたいに降ってきた。
落下する残骸を避ける余裕はない。
左肩の偽装装甲で受け、速度だけは殺さず、次の支点へアンカーを打ち込む。
「くそっ、撃っているのは俺だけのはずなのに、街が保たない……!」
ドゥーは民間人を狙っていない。
あの巨大な腕部ビーム砲も、足元を逃げる人々ではなく、俺とペイルライダーだけを追っている。
だから安全かと言えば、そんなはずがない。
サイコ・ガンダムの火力は、狙いが逸れただけでビルを削り、道路を抉り、避難路を瓦礫で塞ぐ。
あれは意図しなくても都市を殺せる機体だ。
『ねえ、ランガ。ちゃんと私だけ見てる?』
頭の奥に、ドゥーの声が滑り込む。
通信回線ではない。
ペイルライダーの受信系統は、あいつの声を拾っていない。
それでも聞こえる。
甘く、幼く、けれど吐き気がするほど粘ついた声。
「見てるよ。見てなきゃ、とっくに死んでる」
『嬉しい。もっと見て』
「嬉しそうに言うなよ、こっちは必死なんだ」
俺は右腕を上げ、ハンブラビから奪ったワイヤー制御部を一瞬だけ接続する。
制御は不安定だが、拘束具としてなら使える。
サイコ・ガンダムの右足首へ向けて射出し、同時に左側のマルチアンカーを歩道橋へ撃ち込む。
狙いは足止めではない。
あの質量を止めようなどと考えるだけ無駄だ。
狙うのは、ほんの一瞬の姿勢の乱れ。
ワイヤーがサイコ・ガンダムの足首へ絡む。
次の瞬間、俺はペイルライダーの機体を横へ振った。
街灯と看板を巻き込みながら、張力が一瞬だけ足の動きを遅らせる。
その隙にフェダーイン・ライフルの残弾を肩関節へ叩き込む。
だが、光は届かない。
サイコ・ガンダムの周囲で、ビームが淡く歪み、見えない膜に弾かれて散る。
I・フィールド。
分かっていた。
分かっていたが、実際に弾かれるのを見ると、胃の奥が重くなる。
「ビームは通らない。実体弾も浅い。なら、近づくしかないが……!」
近づけば、腕が来る。
サイコ・ガンダムの右腕が、ビルを薙ぎ払うように振られた。
ただの打撃。
けれど五十メートル級の機体が振るう腕は、殴打ではなく倒壊そのものだ。
俺はアンカーを解除し、別のビルへワイヤーを撃ち替える。
ペイルライダーの機体が横へ跳ねる。
それでも完全には避け切れず、振り抜かれた風圧と瓦礫の雨が右肩を削った。
ズゴックの偽装肩装甲が砕け、内部の青いペイルライダーの装甲が露出する。
破片がモニターの端を横切り、警告音が一斉に鳴る。
『あ、見えた。中のあなた』
「勝手に覗くな」
『だって、隠してる方が悪いよ。ランガは、もっと綺麗なんだから』
「その言い方をやめろ、気色悪い」
吐き捨てながらも、俺は心拍が乱れるのを抑えた。
ドゥーは会話を武器にしている。
言葉で俺の集中を削り、俺を怒らせ、俺の視線を自分だけに縛ろうとしている。
分かっている。
分かっているのに、気持ち悪さだけは消えない。
俺は次のビルへアンカーを打ち込み、ペイルライダーを高層階の壁面へ張り付かせるように制動した。
その瞬間、遠方から複数の熱源が接近してくる。
軍警のザクだ。
通信は繋がらない。
外部スピーカーで何かを叫んでいるのが見えるが、警報音と砲撃の反響で意味を成さない。
連中はサイコ・ガンダムとペイルライダーの間へ割り込むように展開していく。
「下がれっ! そいつを刺激するな!」
叫んでも届かない。
分かっている。
それでも叫ぶしかなかった。
一機のザクが威嚇射撃を放つ。
マシンガンの弾丸がサイコ・ガンダムのI・フィールドに弾かれ、街灯の残骸へ跳ね返って火花を散らす。
その瞬間、ドゥーの気配が変わった。
俺だけに向いていた意識が、ザク部隊へ鋭く突き刺さる。
それは敵を認識した兵士の気配ではない。
お気に入りの玩具に触られた子供の怒りに近い。
『邪魔しないで』
サイコ・ガンダムの装甲が光り始める。
頭部、胸部、肩、腕部の継ぎ目から、内側の神経が発光しているような不気味な輝きが漏れてくる。
ビーム砲のチャージではない。
I・フィールドの反応でもない。
サイコミュが機体全体を飲み込み始めている。
「くそっ、軍警まで巻き込まれたら本当に終わるぞ……!」
俺がペイルライダーをザク部隊の前へ出そうとした、その瞬間だった。
夜空を白と金の機体が切り裂いた。
鋭い推進光がビルの屋上を撫で、巨大な複合兵装を背負った機体が、ザク部隊とサイコ・ガンダムの射線へ割り込む。
「ギャン……! あの時の軍人か!」
機体の姿は、俺の知るギャンとは違っていた。
俺の記憶のギャンは、白兵戦のために作られた優雅で癖の強い機体だった。
だが、この世界のギャンは大型複合兵器を背負い、それ自体を推進器として使いながら、無理矢理に市街地へ突入してきた。
白兵戦用の細身の機体に、巨大な翼のような武装が取り付いている。
優雅というより、槍を抱えたまま戦場へ落ちてきた騎士に見えた。
『こちらジオン公国軍少尉エクザベ・オリベ! 不明機、聞こえているなら退避を――』
通信が繋がった。
軍警の回線ではなく、ジオン系の広域通信。
俺は舌打ちしながら応答する。
「今それどころじゃない! 死にたくなければ、あの巨体の正面に立つな!」
『シロー、いや……あなたがランガ・ロードですね』
「名前の確認は後にしろ! 腕の振り下ろしは見てからじゃ遅い!」
ギャンは大型複合兵装を展開し、推進力で横からサイコ・ガンダムの腕部射線を押しずらすように飛び込んだ。
動きは悪くない。
機体性能を理解しているし、判断も速い。
だが、サイコ・ガンダム相手では経験が足りない。
巨体の腕が動いた瞬間、ギャンは回避したものの、衝撃波だけで姿勢を崩した。
『これが……サイコ・ガンダム……!』
「見惚れるな! あれは機体じゃない、災害だ!」
ギャンが体勢を立て直す間に、俺はペイルライダーをサイコ・ガンダムの左側へ滑り込ませる。
ドゥーの視線を俺へ戻すためだ。
俺が餌になる。
それが一番効率がいいのは分かっている。
腹立たしいが、分かってしまう。
その時、街の上空に灰色の影が滑り込んだ。
通常のモビルスーツとは違う、丸みと不気味さを併せ持つシルエット。
ニュータイプ専用モビルアーマー、キケロガ。
俺はモニターを一瞬だけ見上げた。
元の宇宙世紀では、キケロガの実戦記録などほとんど見たことがない。
けれど、この世界では違う。
あの機体は一年戦争後も改修され、MS形態への変形機構まで持っているらしい。
上空に浮かぶ姿は、ザクやドムのような兵器の延長ではなく、サイコミュを運用するための器そのものに見えた。
『間に合ったようですね、ランガ君』
「シャリア・ブル……! 空調機の方は!」
『止められる場所は押さえました。全てとは言いませんが、最悪の事態は一つ潰しました』
「なら、こっちはまだ最悪のままだ!」
『ええ、見れば分かります』
「分かってるならもっと早く来い!」
『大人には大人の準備があるのですよ』
「その軽口、今だけは腹立つな!」
キケロガの有線制御式メガ粒子砲塔が、夜空で分離するように展開した。
正面からサイコ・ガンダムを撃つのではない。
複数方向からI・フィールドの干渉が薄くなる角度を探るように、牽制射撃を放つ。
ビームは完全には通らない。
だが、サイコ・ガンダムの射線と姿勢が僅かに乱れる。
『なるほど。正面から削る相手ではありませんね』
「最初から言ってるだろ!」
『ランガ君、右肩の反応が薄い。そこへ誘導できますか』
「誘導じゃない、俺を餌にする気だろ!」
『最も効果的です』
「後で覚えてろよ!」
俺は迷わず右肩側へ滑り込んだ。
文句を言いながらも、そうするのが最適だと分かっている自分が嫌になる。
ペイルライダーを低く沈め、ワイヤーを二本同時に射出する。
片方はビルの外壁、もう片方はサイコ・ガンダムの足元近くに転がる装甲残骸へ。
張力をずらし、機体を右肩側へ弾く。
『ランガ、そっちに行くんだ』
ドゥーの声が嬉しそうに跳ねる。
サイコ・ガンダムの砲口が俺を追う。
その結果、右肩側のI・フィールド反応が僅かに崩れた。
キケロガの砲塔がそこへ牽制を集中させる。
同時にギャンが大型複合兵装を前へ突き出し、サイコ・ガンダムの腕の動きを一瞬だけ押し留める。
ほんの一瞬。
けれど、その一瞬で俺はサイコ・ガンダムの懐へ潜る距離を稼いだ。
『……なに、それ』
ドゥーの声が変わった。
さっきまで俺だけを見ていた甘さが、急に冷える。
いや、冷えたのではない。
熱が別の形になった。
怒りだ。
自分と俺の間に、他の誰かが入ったことへの怒り。
「ドゥー、止まれ。これ以上やれば、本当に戻れなくなるぞ」
『なんで……?』
サイコ・ガンダムの頭部が、ギャンとキケロガを認識するようにわずかに動いた。
『なんで、また邪魔するの』
『サイコミュ反応、さらに上昇! これは――』
エクザベの声が硬くなる。
『彼女の意識が、機体の制御より前に出ていますね』
シャリアの声は冷静だったが、その奥には警戒があった。
『ランガは、私を見ていたのに』
「俺は最初から、お前だけなんか見ていない」
『うそ』
「嘘じゃない」
『うそ、うそ、うそ……!』
その叫びと同時に、サイコ・ガンダムの装甲が脈打った。
頭部、肩部、胸部、腕部の外装固定ロックが次々と解除される音が、街全体に響く。
金属が悲鳴を上げ、巨大な装甲板が内側から押し出されるように浮き上がる。
「まさか……装甲を捨てる気か!」
『軽量化、あるいは拘束具の解除でしょうね』
シャリアが低く言う。
『あれが、まだ本気ではなかったというのですか!?』
エクザベの声には、若さゆえの恐怖が滲んでいた。
『邪魔するなら、いらない』
ドゥーの声が、妙に静かになる。
『守る装甲も、命令も、任務も、全部いらない』
『ランガだけ、見えればいい』
次の瞬間、サイコ・ガンダムの装甲が一斉にパージされた。
巨大な装甲板が夜空へ弾け、ビルの屋上へ、道路へ、避難経路だった高架へ落下する。
街全体が地震のように揺れた。
装甲が落ちるたび、空気が圧縮され、瓦礫が跳ね、警報灯がさらに赤く揺れる。
俺はペイルライダーをワイヤーで横へ逃がしながら、その姿を見た。
装甲を脱ぎ捨てたサイコ・ガンダムは、軽くなったというより、生々しくなっていた。
内部フレームと発光するサイコミュラインが露出し、まるで巨体の皮膚を剥いだように見える。
機械の中にあるはずのない神経が、夜の街で脈打っていた。
これは装甲を捨てたんじゃない。
檻を壊したんだ。
ドゥーを閉じ込めていた最後の枷が、今外れた。
『ねえ、ランガ』
ドゥーの声が、さっきよりずっと近く聞こえた。
『これで、もっと近くに行けるね』
俺はペイルライダーの残ったワイヤーを張り直し、ギャンとキケロガの位置を確認した。
救援は来た。
援護もある。
空調機の最悪も一つ潰れた。
それでも戦況は、好転したとは言えなかった。
むしろ、ここからが本当の暴走だった。