機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第52話

 俺はワイヤーをビルの外壁へ撃ち込み、巻き取りと同時にスラスターを噴かす。

 機体は道路を走るのではなく、街の空間そのものに吊られ、引かれ、弾かれながら、巨大なサイコ・ガンダムの射線を掻い潜っていく。

 ビームが背後のビルを貫き、溶けた外壁が赤い雨みたいに降ってきた。

 落下する残骸を避ける余裕はない。

 左肩の偽装装甲で受け、速度だけは殺さず、次の支点へアンカーを打ち込む。

 

「くそっ、撃っているのは俺だけのはずなのに、街が保たない……!」

 

 ドゥーは民間人を狙っていない。

 あの巨大な腕部ビーム砲も、足元を逃げる人々ではなく、俺とペイルライダーだけを追っている。

 だから安全かと言えば、そんなはずがない。

 サイコ・ガンダムの火力は、狙いが逸れただけでビルを削り、道路を抉り、避難路を瓦礫で塞ぐ。

 あれは意図しなくても都市を殺せる機体だ。

 

『ねえ、ランガ。ちゃんと私だけ見てる?』

 

 頭の奥に、ドゥーの声が滑り込む。

 通信回線ではない。

 ペイルライダーの受信系統は、あいつの声を拾っていない。

 それでも聞こえる。

 甘く、幼く、けれど吐き気がするほど粘ついた声。

 

「見てるよ。見てなきゃ、とっくに死んでる」

 

『嬉しい。もっと見て』

 

「嬉しそうに言うなよ、こっちは必死なんだ」

 

 俺は右腕を上げ、ハンブラビから奪ったワイヤー制御部を一瞬だけ接続する。

 制御は不安定だが、拘束具としてなら使える。

 サイコ・ガンダムの右足首へ向けて射出し、同時に左側のマルチアンカーを歩道橋へ撃ち込む。

 狙いは足止めではない。

 あの質量を止めようなどと考えるだけ無駄だ。

 狙うのは、ほんの一瞬の姿勢の乱れ。

 

 ワイヤーがサイコ・ガンダムの足首へ絡む。

 次の瞬間、俺はペイルライダーの機体を横へ振った。

 街灯と看板を巻き込みながら、張力が一瞬だけ足の動きを遅らせる。

 その隙にフェダーイン・ライフルの残弾を肩関節へ叩き込む。

 

 だが、光は届かない。

 サイコ・ガンダムの周囲で、ビームが淡く歪み、見えない膜に弾かれて散る。

 I・フィールド。

 分かっていた。

 分かっていたが、実際に弾かれるのを見ると、胃の奥が重くなる。

 

「ビームは通らない。実体弾も浅い。なら、近づくしかないが……!」

 

 近づけば、腕が来る。

 サイコ・ガンダムの右腕が、ビルを薙ぎ払うように振られた。

 ただの打撃。

 けれど五十メートル級の機体が振るう腕は、殴打ではなく倒壊そのものだ。

 俺はアンカーを解除し、別のビルへワイヤーを撃ち替える。

 ペイルライダーの機体が横へ跳ねる。

 それでも完全には避け切れず、振り抜かれた風圧と瓦礫の雨が右肩を削った。

 

 ズゴックの偽装肩装甲が砕け、内部の青いペイルライダーの装甲が露出する。

 破片がモニターの端を横切り、警告音が一斉に鳴る。

 

『あ、見えた。中のあなた』

 

「勝手に覗くな」

 

『だって、隠してる方が悪いよ。ランガは、もっと綺麗なんだから』

 

「その言い方をやめろ、気色悪い」

 

 吐き捨てながらも、俺は心拍が乱れるのを抑えた。

 ドゥーは会話を武器にしている。

 言葉で俺の集中を削り、俺を怒らせ、俺の視線を自分だけに縛ろうとしている。

 分かっている。

 分かっているのに、気持ち悪さだけは消えない。

 

 俺は次のビルへアンカーを打ち込み、ペイルライダーを高層階の壁面へ張り付かせるように制動した。

 その瞬間、遠方から複数の熱源が接近してくる。

 軍警のザクだ。

 通信は繋がらない。

 外部スピーカーで何かを叫んでいるのが見えるが、警報音と砲撃の反響で意味を成さない。

 連中はサイコ・ガンダムとペイルライダーの間へ割り込むように展開していく。

 

「下がれっ! そいつを刺激するな!」

 

 叫んでも届かない。

 分かっている。

 それでも叫ぶしかなかった。

 一機のザクが威嚇射撃を放つ。

 マシンガンの弾丸がサイコ・ガンダムのI・フィールドに弾かれ、街灯の残骸へ跳ね返って火花を散らす。

 

 その瞬間、ドゥーの気配が変わった。

 俺だけに向いていた意識が、ザク部隊へ鋭く突き刺さる。

 それは敵を認識した兵士の気配ではない。

 お気に入りの玩具に触られた子供の怒りに近い。

 

『邪魔しないで』

 

 サイコ・ガンダムの装甲が光り始める。

 頭部、胸部、肩、腕部の継ぎ目から、内側の神経が発光しているような不気味な輝きが漏れてくる。

 ビーム砲のチャージではない。

 I・フィールドの反応でもない。

 サイコミュが機体全体を飲み込み始めている。

 

「くそっ、軍警まで巻き込まれたら本当に終わるぞ……!」

 

 俺がペイルライダーをザク部隊の前へ出そうとした、その瞬間だった。

 夜空を白と金の機体が切り裂いた。

 鋭い推進光がビルの屋上を撫で、巨大な複合兵装を背負った機体が、ザク部隊とサイコ・ガンダムの射線へ割り込む。

 

「ギャン……! あの時の軍人か!」

 

 機体の姿は、俺の知るギャンとは違っていた。

 俺の記憶のギャンは、白兵戦のために作られた優雅で癖の強い機体だった。

 だが、この世界のギャンは大型複合兵器を背負い、それ自体を推進器として使いながら、無理矢理に市街地へ突入してきた。

 白兵戦用の細身の機体に、巨大な翼のような武装が取り付いている。

 優雅というより、槍を抱えたまま戦場へ落ちてきた騎士に見えた。

 

『こちらジオン公国軍少尉エクザベ・オリベ! 不明機、聞こえているなら退避を――』

 

 通信が繋がった。

 軍警の回線ではなく、ジオン系の広域通信。

 俺は舌打ちしながら応答する。

 

「今それどころじゃない! 死にたくなければ、あの巨体の正面に立つな!」

 

『シロー、いや……あなたがランガ・ロードですね』

 

「名前の確認は後にしろ! 腕の振り下ろしは見てからじゃ遅い!」

 

 ギャンは大型複合兵装を展開し、推進力で横からサイコ・ガンダムの腕部射線を押しずらすように飛び込んだ。

 動きは悪くない。

 機体性能を理解しているし、判断も速い。

 だが、サイコ・ガンダム相手では経験が足りない。

 巨体の腕が動いた瞬間、ギャンは回避したものの、衝撃波だけで姿勢を崩した。

 

『これが……サイコ・ガンダム……!』

 

「見惚れるな! あれは機体じゃない、災害だ!」

 

 ギャンが体勢を立て直す間に、俺はペイルライダーをサイコ・ガンダムの左側へ滑り込ませる。

 ドゥーの視線を俺へ戻すためだ。

 俺が餌になる。

 それが一番効率がいいのは分かっている。

 腹立たしいが、分かってしまう。

 

 その時、街の上空に灰色の影が滑り込んだ。

 通常のモビルスーツとは違う、丸みと不気味さを併せ持つシルエット。

 ニュータイプ専用モビルアーマー、キケロガ。

 

 俺はモニターを一瞬だけ見上げた。

 元の宇宙世紀では、キケロガの実戦記録などほとんど見たことがない。

 けれど、この世界では違う。

 あの機体は一年戦争後も改修され、MS形態への変形機構まで持っているらしい。

 上空に浮かぶ姿は、ザクやドムのような兵器の延長ではなく、サイコミュを運用するための器そのものに見えた。

 

『間に合ったようですね、ランガ君』

 

「シャリア・ブル……! 空調機の方は!」

 

『止められる場所は押さえました。全てとは言いませんが、最悪の事態は一つ潰しました』

 

「なら、こっちはまだ最悪のままだ!」

 

『ええ、見れば分かります』

 

「分かってるならもっと早く来い!」

 

『大人には大人の準備があるのですよ』

 

「その軽口、今だけは腹立つな!」

 

 キケロガの有線制御式メガ粒子砲塔が、夜空で分離するように展開した。

 正面からサイコ・ガンダムを撃つのではない。

 複数方向からI・フィールドの干渉が薄くなる角度を探るように、牽制射撃を放つ。

 ビームは完全には通らない。

 だが、サイコ・ガンダムの射線と姿勢が僅かに乱れる。

 

『なるほど。正面から削る相手ではありませんね』

 

「最初から言ってるだろ!」

 

『ランガ君、右肩の反応が薄い。そこへ誘導できますか』

 

「誘導じゃない、俺を餌にする気だろ!」

 

『最も効果的です』

 

「後で覚えてろよ!」

 

 俺は迷わず右肩側へ滑り込んだ。

 文句を言いながらも、そうするのが最適だと分かっている自分が嫌になる。

 ペイルライダーを低く沈め、ワイヤーを二本同時に射出する。

 片方はビルの外壁、もう片方はサイコ・ガンダムの足元近くに転がる装甲残骸へ。

 張力をずらし、機体を右肩側へ弾く。

 

『ランガ、そっちに行くんだ』

 

 ドゥーの声が嬉しそうに跳ねる。

 サイコ・ガンダムの砲口が俺を追う。

 その結果、右肩側のI・フィールド反応が僅かに崩れた。

 キケロガの砲塔がそこへ牽制を集中させる。

 同時にギャンが大型複合兵装を前へ突き出し、サイコ・ガンダムの腕の動きを一瞬だけ押し留める。

 

 ほんの一瞬。

 けれど、その一瞬で俺はサイコ・ガンダムの懐へ潜る距離を稼いだ。

 

『……なに、それ』

 

 ドゥーの声が変わった。

 さっきまで俺だけを見ていた甘さが、急に冷える。

 いや、冷えたのではない。

 熱が別の形になった。

 怒りだ。

 自分と俺の間に、他の誰かが入ったことへの怒り。

 

「ドゥー、止まれ。これ以上やれば、本当に戻れなくなるぞ」

 

『なんで……?』

 

 サイコ・ガンダムの頭部が、ギャンとキケロガを認識するようにわずかに動いた。

 

『なんで、また邪魔するの』

 

『サイコミュ反応、さらに上昇! これは――』

 エクザベの声が硬くなる。

 

『彼女の意識が、機体の制御より前に出ていますね』

 シャリアの声は冷静だったが、その奥には警戒があった。

 

『ランガは、私を見ていたのに』

 

「俺は最初から、お前だけなんか見ていない」

 

『うそ』

 

「嘘じゃない」

 

『うそ、うそ、うそ……!』

 

 その叫びと同時に、サイコ・ガンダムの装甲が脈打った。

 頭部、肩部、胸部、腕部の外装固定ロックが次々と解除される音が、街全体に響く。

 金属が悲鳴を上げ、巨大な装甲板が内側から押し出されるように浮き上がる。

 

「まさか……装甲を捨てる気か!」

 

『軽量化、あるいは拘束具の解除でしょうね』

 シャリアが低く言う。

 

『あれが、まだ本気ではなかったというのですか!?』

 エクザベの声には、若さゆえの恐怖が滲んでいた。

 

『邪魔するなら、いらない』

 ドゥーの声が、妙に静かになる。

『守る装甲も、命令も、任務も、全部いらない』

『ランガだけ、見えればいい』

 

 次の瞬間、サイコ・ガンダムの装甲が一斉にパージされた。

 巨大な装甲板が夜空へ弾け、ビルの屋上へ、道路へ、避難経路だった高架へ落下する。

 街全体が地震のように揺れた。

 装甲が落ちるたび、空気が圧縮され、瓦礫が跳ね、警報灯がさらに赤く揺れる。

 

 俺はペイルライダーをワイヤーで横へ逃がしながら、その姿を見た。

 装甲を脱ぎ捨てたサイコ・ガンダムは、軽くなったというより、生々しくなっていた。

 内部フレームと発光するサイコミュラインが露出し、まるで巨体の皮膚を剥いだように見える。

 機械の中にあるはずのない神経が、夜の街で脈打っていた。

 

 これは装甲を捨てたんじゃない。

 檻を壊したんだ。

 ドゥーを閉じ込めていた最後の枷が、今外れた。

 

『ねえ、ランガ』

 

 ドゥーの声が、さっきよりずっと近く聞こえた。

 

『これで、もっと近くに行けるね』

 

 俺はペイルライダーの残ったワイヤーを張り直し、ギャンとキケロガの位置を確認した。

 救援は来た。

 援護もある。

 空調機の最悪も一つ潰れた。

 

 それでも戦況は、好転したとは言えなかった。

 むしろ、ここからが本当の暴走だった。

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