機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
装甲が落ちると思っていた。
サイコ・ガンダムが外装を捨てた瞬間、俺はそれを単純な軽量化だと判断しかけた。
巨大な装甲板がビルの屋上や道路に叩きつけられ、その質量で街を揺らす。
そうなるはずだった。
だが、落ちなかった。
「……落ちない?」
ペイルライダーのモニター越しに、俺は思わず呟いていた。
パージされた肩部装甲、胸部外装、腕部の分厚い装甲片、それらが夜の街の空中で不自然に制動している。
重力に従うでもなく、慣性に流されるでもなく、まるで見えない糸で吊られているように、サイコ・ガンダムの周囲をゆっくりと旋回し始めた。
『装甲が、サイコミュ制御下にありますね』
シャリア・ブルの声が、通信越しに冷静に響く。
その冷静さが、逆に今の異常さを際立たせた。
『装甲板を、飛翔体として使うというのですか!?』
エクザベの声には、隠しきれない動揺が混じっている。
無理もない。
あんな質量の装甲板を、ただの追加武装みたいに飛ばしてくるなど、普通のモビルスーツ戦ではあり得ない。
「ただの装甲じゃない」
俺は歯を噛みしめた。
「あれ全部、武器だ!」
次の瞬間、腕部外装の一つがこちらへ向かって飛んできた。
飛ぶというより、ビルの壁面がそのまま横滑りで突っ込んでくるような質量だった。
ペイルライダーのマルチアンカーをビル上層へ撃ち込み、巻き取りと同時にスラスターを吹かす。
機体が斜め上へ引き飛ばされ、装甲板は俺の足元を掠めて道路を削り取った。
「装甲板の速度じゃないぞ、これは……!」
避けた直後、装甲片はビルの角を抉り取り、そのまま軌道を変えて再び旋回する。
当たらなかったから終わりではない。
あれは一度外れても戻ってくる。
サイコミュで操られているなら当然だが、見た目の質量と動きの軽さがまるで合っていない。
別の装甲板がギャンへ向かった。
エクザベは大型複合兵装を推進器のように吹かし、強引に回避する。
だが、市街地ではあの装備が邪魔になる。
機体の反応は良いが、背負った兵装の幅がビルの隙間を狭くする。
『くっ、こんな狭い場所で!』
「エクザベ、追うな! 引き離される!」
『分かっています、ですが……!』
分かっていても動かされる。
装甲片はただ攻撃しているだけではない。
こちらの立ち位置と射線を崩し、俺達をサイコ・ガンダムの意図する場所へ押し出している。
ドゥーは壊れている。
だが、ただ暴れているわけではない。
俺と二人きりになるために、戦場の構造そのものを書き換えている。
サイコ・ガンダム本体が腕部を持ち上げた。
砲口が俺へ向いていない。
空中を旋回する装甲板へ向いている。
「まさか……!」
『ビームを装甲板で偏向させる気です』
シャリアの言葉と同時に、五連装ビーム砲が放たれた。
白い光が真っ直ぐ装甲板へ当たり、その表面で不自然に折れ曲がる。
反射。
偏向。
いや、ただの反射ではない。
サイコミュで位置制御された装甲片が、ビームの射線を途中で曲げている。
「正面から撃たないなら、射線が読めない……!」
ペイルライダーはビルの外壁へワイヤーを撃ち、機体を真横へ振る。
直前までいた場所を、横合いから反射ビームが貫いた。
続けて別角度から二発。
俺は看板の支柱、崩れた橋脚、ビルの窓枠へと支点を切り替え、立体軌道でビームの網をくぐる。
重い。
ペイルライダーは軽い機体ではない。
ズゴック偽装の残骸もまだ残っている。
ワイヤーで引き、スラスターで方向を変えるたび、フレームに負荷が蓄積していく。
警告音がコックピット内で鳴り続け、推進剤の残量表示がじりじりと削れていった。
『すごい、すごいよ、ランガ』
ドゥーの声が弾む。
まるで遊園地の乗り物を見て喜ぶ子供みたいに。
その無邪気さが、吐き気がするほどおぞましい。
『ちゃんと避けてくれる。ちゃんと私を見てくれる』
「これは遊びじゃない!」
『うん』
彼女は嬉しそうに答えた。
『愛し合いだよ』
「ふざけるな……!」
反射ビームが足元を焼き、装甲片が頭上から落ちるように突っ込んでくる。
俺はワイヤーを切り、機体を自由落下へ移行させた。
次の瞬間、別の支点へアンカーを打ち込んで姿勢を引き戻す。
重力と慣性の隙間に機体を滑り込ませるような動きだった。
地上戦の足運びではない。
街の構造そのものを、空間に張られた見えないレールとして使う。
だが、ドゥーはそれを潰してくる。
俺が使おうとしたビルの外壁を、装甲片が先に削った。
アンカーを打ち込める支点が減っていく。
ビームで溶かし、装甲片で抉り、俺の逃げ道を街ごと奪っている。
『逃げ道なんていらないよ』
ドゥーの声が、甘く迫る。
『ランガは、私のところに来ればいいんだから』
「支点が減ってる……こいつ、街ごと俺の逃げ道を潰してるのか!」
キケロガの砲塔が俺の援護に入ろうとする。
上空から複数のビームがサイコ・ガンダムへ向けて放たれるが、装甲片がその射線を切るように割り込んだ。
撃たれた装甲片はわずかに軌道を揺らすだけで破壊には至らない。
むしろ、その角度を利用してサイコ・ガンダムのビームが反射され、キケロガの砲塔群を牽制した。
『砲塔が誘導されていますね。見事なまでに、こちらの射線を潰してくる』
「感心してる場合か!」
『感心はしていませんよ。分析です』
「同じように聞こえるんだよ!」
ギャンがこちらへ合流しようとした。
白と金の機体が大型兵装を吹かし、俺とサイコ・ガンダムの間へ飛び込もうとする。
だが、胸部装甲片がその進路へ割り込み、直後にサイコ・ガンダムのビームが装甲片へ当たって斜めに折れる。
ギャンは回避を強いられ、合流どころかさらに遠ざけられた。
『っ、読まれている!』
「来るな! その軌道は罠だ!」
俺の声が届いたかどうかは分からない。
少なくとも、エクザベは無理な突入を止めた。
だが、それで状況が良くなるわけではない。
装甲飛翔体は、俺とギャン、キケロガの間に質量の壁とビームの網を作り、俺だけをサイコ・ガンダムの正面へ追い込んでいく。
ドゥーは本当に、俺と二人きりになろうとしていた。
戦場のど真ん中で。
街を巻き込みながら。
それを恋の形だと信じて。
「狂っているくせに、精度だけは化け物だな……!」
ペイルライダーの右腕でアンカーを射出する。
狙いは高層ビルの屋上に残った鉄骨。
だが、装甲片が先回りしてビルを切り裂いた。
アンカーは砕けた鉄骨ごと空を掴み、支点を失う。
「しまっ――」
機体が一瞬だけ空中で浮いた。
ワイヤーの張力が抜け、慣性だけが残る。
スラスターで姿勢を戻そうとするが、タイミングが悪い。
次の支点を探す一拍。
その一拍が、サイコ・ガンダムには十分だった。
巨大な手が伸びてくる。
五十メートル級の巨体の手。
道路を掴めば舗装ごと抉る指が、ペイルライダーの胴体を捕まえた。
「ぐっ……!」
握り潰すほどの力ではない。
だが、逃がさない。
慎重に、絶対に離さない力で拘束されている。
ペイルライダーのフレームが悲鳴を上げた。
偽装装甲の残骸が剥がれ落ち、本来の青い装甲がさらに露出する。
腕部の可動域が封じられ、ワイヤーを撃とうとしても角度が取れない。
スラスターを吹かしても、サイコ・ガンダムの質量はびくともしない。
『ランガ君!』
『今助けに――!』
シャリアとエクザベの声が重なる。
だが、二機が近づこうとした瞬間、装甲飛翔体が道を塞いだ。
ギャンは装甲片の体当たりを受けて後退し、キケロガの砲塔は反射ビームで牽制される。
完全に分断されている。
『だめ』
ドゥーの声が、静かに響いた。
『ランガは、私のもの』
サイコ・ガンダムが、ペイルライダーをゆっくりと引き寄せる。
巨大な頭部が近づき、カメラともモノアイともつかない光が、俺のコックピットを覗き込むように揺れた。
装甲を脱ぎ捨てた内部フレームは、もはや機械というより剥き出しの神経だった。
サイコミュラインが発光し、まるで巨大な心臓が脈打っているように見える。
『ねえ、ランガ』
「……ドゥー、やめろ」
『やめないよ』
「お前は戦っているんじゃない。壊れているだけだ」
『うん。壊れてるよ』
返事があまりにも素直で、背筋が冷たくなった。
『でも、ランガがいればいい』
サイコ・ガンダムの胸部がさらに強く発光する。
腕部、露出したフレーム、サイコミュライン、それらが一斉に高出力反応を示し始めた。
自爆。
いや、完全な自爆ではないかもしれない。
だが、この距離で高出力を解放されれば、ペイルライダーは耐えられない。
街も耐えられない。
『愛しているよ』
ドゥーの声は、幸福そうだった。
本当に、幸福そうだった。
『だから、一緒に死のう!』
「ふざけるな……!」
叫んだ瞬間、別方向から高速接近する反応が入った。
センサーの端に、見慣れた機体シルエットが映る。
あり得ない。
来るなと言った。
絶対に来るなと約束した。
それなのに。
「この反応……!」
次の瞬間、サイコ・ガンダムの側面に、強烈な蹴りが叩き込まれた。
巨体がわずかに傾く。
それだけでも街が揺れた。
ペイルライダーを拘束していた手の力が一瞬だけ緩む。
『っ、なに……!?』
その影は、夜の街の光を切り裂くように現れた。
ジークアクス。
サイコミュの光を纏い、まるで自分の意思で飛び込んできたように、サイコ・ガンダムと俺の間へ割って入る。
『ランガ!』
聞こえた声に、胸が詰まった。
怒鳴りたい。
怒りたい。
けれど、その前に安堵が来た。
生きている。
マチュが、ここにいる。
ジークアクスはサイコ・ガンダムの手から逃れたペイルライダーの腕を掴み、強引に引き剥がす。
俺は残ったスラスターを吹かし、その動きに合わせて拘束から抜けた。
フレームが軋み、警告が鳴る。
だが動ける。
まだ動ける。
「マチュ……! 来るなって言っただろ!」
『来るなって言われて、行かないわけないでしょ!』
「ここはクラバじゃない!」
『分かってる!』
マチュの声は震えていなかった。
『でも、ランガを一人で死なせるために、ここまで来たわけじゃない!』
その言葉に、俺は一瞬だけ黙った。
言い返せない。
言い返せない自分が腹立たしい。
けれど、それ以上に、今この瞬間に隣へ来てくれたことが、どうしようもなく心強かった。
サイコ・ガンダムは蹴り飛ばされた衝撃から立て直す。
装甲飛翔体はまだ動きを止めていない。
ギャンとキケロガは分断されたまま。
その中心で、ペイルライダーとジークアクスが並び立つ。
『……だれ』
ドゥーの声が低くなる。
初めて、俺以外を明確に見た声だった。
『私は、マチュ』
マチュが答える。
恐れを隠しているのか、恐れていないのか分からない声で。
『ランガの邪魔をする子?』
『違うよ』
マチュは即答した。
『ランガと一緒に生きる子』
「マチュ……」
その言葉が、俺の胸の奥に深く刺さった。
守るだけじゃない。
隣に立つ。
彼女は、そう言いに来たのだ。
『……いらない』
ドゥーの声が、氷のように冷えた。
次の瞬間、サイコ・ガンダムのサイコミュラインがさらに強く発光する。
今度の怒りは、俺を独占できない怒りではない。
マチュという存在そのものを排除しようとする怒りだった。
夜の街で、俺を独占しようとするドゥーと、俺と共に生きようとするマチュが向かい合う。
ペイルライダーとジークアクスは並び、巨大なサイコ・ガンダムの暴走は、さらに危険な段階へ移ろうとしていた。