機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第53話

 装甲が落ちると思っていた。

 サイコ・ガンダムが外装を捨てた瞬間、俺はそれを単純な軽量化だと判断しかけた。

 巨大な装甲板がビルの屋上や道路に叩きつけられ、その質量で街を揺らす。

 そうなるはずだった。

 

 だが、落ちなかった。

 

「……落ちない?」

 

 ペイルライダーのモニター越しに、俺は思わず呟いていた。

 パージされた肩部装甲、胸部外装、腕部の分厚い装甲片、それらが夜の街の空中で不自然に制動している。

 重力に従うでもなく、慣性に流されるでもなく、まるで見えない糸で吊られているように、サイコ・ガンダムの周囲をゆっくりと旋回し始めた。

 

『装甲が、サイコミュ制御下にありますね』

 

 シャリア・ブルの声が、通信越しに冷静に響く。

 その冷静さが、逆に今の異常さを際立たせた。

 

『装甲板を、飛翔体として使うというのですか!?』

 

 エクザベの声には、隠しきれない動揺が混じっている。

 無理もない。

 あんな質量の装甲板を、ただの追加武装みたいに飛ばしてくるなど、普通のモビルスーツ戦ではあり得ない。

 

「ただの装甲じゃない」

 俺は歯を噛みしめた。

「あれ全部、武器だ!」

 

 次の瞬間、腕部外装の一つがこちらへ向かって飛んできた。

 飛ぶというより、ビルの壁面がそのまま横滑りで突っ込んでくるような質量だった。

 ペイルライダーのマルチアンカーをビル上層へ撃ち込み、巻き取りと同時にスラスターを吹かす。

 機体が斜め上へ引き飛ばされ、装甲板は俺の足元を掠めて道路を削り取った。

 

「装甲板の速度じゃないぞ、これは……!」

 

 避けた直後、装甲片はビルの角を抉り取り、そのまま軌道を変えて再び旋回する。

 当たらなかったから終わりではない。

 あれは一度外れても戻ってくる。

 サイコミュで操られているなら当然だが、見た目の質量と動きの軽さがまるで合っていない。

 

 別の装甲板がギャンへ向かった。

 エクザベは大型複合兵装を推進器のように吹かし、強引に回避する。

 だが、市街地ではあの装備が邪魔になる。

 機体の反応は良いが、背負った兵装の幅がビルの隙間を狭くする。

 

『くっ、こんな狭い場所で!』

 

「エクザベ、追うな! 引き離される!」

 

『分かっています、ですが……!』

 

 分かっていても動かされる。

 装甲片はただ攻撃しているだけではない。

 こちらの立ち位置と射線を崩し、俺達をサイコ・ガンダムの意図する場所へ押し出している。

 ドゥーは壊れている。

 だが、ただ暴れているわけではない。

 俺と二人きりになるために、戦場の構造そのものを書き換えている。

 

 サイコ・ガンダム本体が腕部を持ち上げた。

 砲口が俺へ向いていない。

 空中を旋回する装甲板へ向いている。

 

「まさか……!」

 

『ビームを装甲板で偏向させる気です』

 

 シャリアの言葉と同時に、五連装ビーム砲が放たれた。

 白い光が真っ直ぐ装甲板へ当たり、その表面で不自然に折れ曲がる。

 反射。

 偏向。

 いや、ただの反射ではない。

 サイコミュで位置制御された装甲片が、ビームの射線を途中で曲げている。

 

「正面から撃たないなら、射線が読めない……!」

 

 ペイルライダーはビルの外壁へワイヤーを撃ち、機体を真横へ振る。

 直前までいた場所を、横合いから反射ビームが貫いた。

 続けて別角度から二発。

 俺は看板の支柱、崩れた橋脚、ビルの窓枠へと支点を切り替え、立体軌道でビームの網をくぐる。

 

 重い。

 ペイルライダーは軽い機体ではない。

 ズゴック偽装の残骸もまだ残っている。

 ワイヤーで引き、スラスターで方向を変えるたび、フレームに負荷が蓄積していく。

 警告音がコックピット内で鳴り続け、推進剤の残量表示がじりじりと削れていった。

 

『すごい、すごいよ、ランガ』

 

 ドゥーの声が弾む。

 まるで遊園地の乗り物を見て喜ぶ子供みたいに。

 その無邪気さが、吐き気がするほどおぞましい。

 

『ちゃんと避けてくれる。ちゃんと私を見てくれる』

 

「これは遊びじゃない!」

 

『うん』

 彼女は嬉しそうに答えた。

『愛し合いだよ』

 

「ふざけるな……!」

 

 反射ビームが足元を焼き、装甲片が頭上から落ちるように突っ込んでくる。

 俺はワイヤーを切り、機体を自由落下へ移行させた。

 次の瞬間、別の支点へアンカーを打ち込んで姿勢を引き戻す。

 重力と慣性の隙間に機体を滑り込ませるような動きだった。

 地上戦の足運びではない。

 街の構造そのものを、空間に張られた見えないレールとして使う。

 

 だが、ドゥーはそれを潰してくる。

 俺が使おうとしたビルの外壁を、装甲片が先に削った。

 アンカーを打ち込める支点が減っていく。

 ビームで溶かし、装甲片で抉り、俺の逃げ道を街ごと奪っている。

 

『逃げ道なんていらないよ』

 

 ドゥーの声が、甘く迫る。

 

『ランガは、私のところに来ればいいんだから』

 

「支点が減ってる……こいつ、街ごと俺の逃げ道を潰してるのか!」

 

 キケロガの砲塔が俺の援護に入ろうとする。

 上空から複数のビームがサイコ・ガンダムへ向けて放たれるが、装甲片がその射線を切るように割り込んだ。

 撃たれた装甲片はわずかに軌道を揺らすだけで破壊には至らない。

 むしろ、その角度を利用してサイコ・ガンダムのビームが反射され、キケロガの砲塔群を牽制した。

 

『砲塔が誘導されていますね。見事なまでに、こちらの射線を潰してくる』

 

「感心してる場合か!」

 

『感心はしていませんよ。分析です』

 

「同じように聞こえるんだよ!」

 

 ギャンがこちらへ合流しようとした。

 白と金の機体が大型兵装を吹かし、俺とサイコ・ガンダムの間へ飛び込もうとする。

 だが、胸部装甲片がその進路へ割り込み、直後にサイコ・ガンダムのビームが装甲片へ当たって斜めに折れる。

 ギャンは回避を強いられ、合流どころかさらに遠ざけられた。

 

『っ、読まれている!』

 

「来るな! その軌道は罠だ!」

 

 俺の声が届いたかどうかは分からない。

 少なくとも、エクザベは無理な突入を止めた。

 だが、それで状況が良くなるわけではない。

 装甲飛翔体は、俺とギャン、キケロガの間に質量の壁とビームの網を作り、俺だけをサイコ・ガンダムの正面へ追い込んでいく。

 

 ドゥーは本当に、俺と二人きりになろうとしていた。

 戦場のど真ん中で。

 街を巻き込みながら。

 それを恋の形だと信じて。

 

「狂っているくせに、精度だけは化け物だな……!」

 

 ペイルライダーの右腕でアンカーを射出する。

 狙いは高層ビルの屋上に残った鉄骨。

 だが、装甲片が先回りしてビルを切り裂いた。

 アンカーは砕けた鉄骨ごと空を掴み、支点を失う。

 

「しまっ――」

 

 機体が一瞬だけ空中で浮いた。

 ワイヤーの張力が抜け、慣性だけが残る。

 スラスターで姿勢を戻そうとするが、タイミングが悪い。

 次の支点を探す一拍。

 その一拍が、サイコ・ガンダムには十分だった。

 

 巨大な手が伸びてくる。

 五十メートル級の巨体の手。

 道路を掴めば舗装ごと抉る指が、ペイルライダーの胴体を捕まえた。

 

「ぐっ……!」

 

 握り潰すほどの力ではない。

 だが、逃がさない。

 慎重に、絶対に離さない力で拘束されている。

 ペイルライダーのフレームが悲鳴を上げた。

 偽装装甲の残骸が剥がれ落ち、本来の青い装甲がさらに露出する。

 腕部の可動域が封じられ、ワイヤーを撃とうとしても角度が取れない。

 スラスターを吹かしても、サイコ・ガンダムの質量はびくともしない。

 

『ランガ君!』

 

『今助けに――!』

 

 シャリアとエクザベの声が重なる。

 だが、二機が近づこうとした瞬間、装甲飛翔体が道を塞いだ。

 ギャンは装甲片の体当たりを受けて後退し、キケロガの砲塔は反射ビームで牽制される。

 完全に分断されている。

 

『だめ』

 

 ドゥーの声が、静かに響いた。

 

『ランガは、私のもの』

 

 サイコ・ガンダムが、ペイルライダーをゆっくりと引き寄せる。

 巨大な頭部が近づき、カメラともモノアイともつかない光が、俺のコックピットを覗き込むように揺れた。

 装甲を脱ぎ捨てた内部フレームは、もはや機械というより剥き出しの神経だった。

 サイコミュラインが発光し、まるで巨大な心臓が脈打っているように見える。

 

『ねえ、ランガ』

 

「……ドゥー、やめろ」

 

『やめないよ』

 

「お前は戦っているんじゃない。壊れているだけだ」

 

『うん。壊れてるよ』

 

 返事があまりにも素直で、背筋が冷たくなった。

 

『でも、ランガがいればいい』

 

 サイコ・ガンダムの胸部がさらに強く発光する。

 腕部、露出したフレーム、サイコミュライン、それらが一斉に高出力反応を示し始めた。

 自爆。

 いや、完全な自爆ではないかもしれない。

 だが、この距離で高出力を解放されれば、ペイルライダーは耐えられない。

 街も耐えられない。

 

『愛しているよ』

 

 ドゥーの声は、幸福そうだった。

 本当に、幸福そうだった。

 

『だから、一緒に死のう!』

 

「ふざけるな……!」

 

 叫んだ瞬間、別方向から高速接近する反応が入った。

 センサーの端に、見慣れた機体シルエットが映る。

 あり得ない。

 来るなと言った。

 絶対に来るなと約束した。

 それなのに。

 

「この反応……!」

 

 次の瞬間、サイコ・ガンダムの側面に、強烈な蹴りが叩き込まれた。

 巨体がわずかに傾く。

 それだけでも街が揺れた。

 ペイルライダーを拘束していた手の力が一瞬だけ緩む。

 

『っ、なに……!?』

 

 その影は、夜の街の光を切り裂くように現れた。

 ジークアクス。

 サイコミュの光を纏い、まるで自分の意思で飛び込んできたように、サイコ・ガンダムと俺の間へ割って入る。

 

『ランガ!』

 

 聞こえた声に、胸が詰まった。

 怒鳴りたい。

 怒りたい。

 けれど、その前に安堵が来た。

 生きている。

 マチュが、ここにいる。

 

 ジークアクスはサイコ・ガンダムの手から逃れたペイルライダーの腕を掴み、強引に引き剥がす。

 俺は残ったスラスターを吹かし、その動きに合わせて拘束から抜けた。

 フレームが軋み、警告が鳴る。

 だが動ける。

 まだ動ける。

 

「マチュ……! 来るなって言っただろ!」

 

『来るなって言われて、行かないわけないでしょ!』

 

「ここはクラバじゃない!」

 

『分かってる!』

 マチュの声は震えていなかった。

『でも、ランガを一人で死なせるために、ここまで来たわけじゃない!』

 

 その言葉に、俺は一瞬だけ黙った。

 言い返せない。

 言い返せない自分が腹立たしい。

 けれど、それ以上に、今この瞬間に隣へ来てくれたことが、どうしようもなく心強かった。

 

 サイコ・ガンダムは蹴り飛ばされた衝撃から立て直す。

 装甲飛翔体はまだ動きを止めていない。

 ギャンとキケロガは分断されたまま。

 その中心で、ペイルライダーとジークアクスが並び立つ。

 

『……だれ』

 

 ドゥーの声が低くなる。

 初めて、俺以外を明確に見た声だった。

 

『私は、マチュ』

 

 マチュが答える。

 恐れを隠しているのか、恐れていないのか分からない声で。

 

『ランガの邪魔をする子?』

 

『違うよ』

 マチュは即答した。

『ランガと一緒に生きる子』

 

「マチュ……」

 

 その言葉が、俺の胸の奥に深く刺さった。

 守るだけじゃない。

 隣に立つ。

 彼女は、そう言いに来たのだ。

 

『……いらない』

 

 ドゥーの声が、氷のように冷えた。

 次の瞬間、サイコ・ガンダムのサイコミュラインがさらに強く発光する。

 今度の怒りは、俺を独占できない怒りではない。

 マチュという存在そのものを排除しようとする怒りだった。

 

 夜の街で、俺を独占しようとするドゥーと、俺と共に生きようとするマチュが向かい合う。

 ペイルライダーとジークアクスは並び、巨大なサイコ・ガンダムの暴走は、さらに危険な段階へ移ろうとしていた。

 

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