機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第54話

 ジークアクスの手が、ペイルライダーの腕を掴んでいた。

 それだけの事実が、コックピットの中で異様な重みを持って俺に落ちてくる。

 サイコ・ガンダムの巨大な掌に押し潰されかけていたフレームは、まだ軋み続けていた。

 警告灯は消えない。

 右腕の可動域は鈍い。

 ワイヤーの一本は完全に焼け切れ、残ったアンカーも射出角度に制限が出ている。

 それでも、俺は生きていた。

 

 マチュが、俺を引き戻したからだ。

 

『ランガ!』

 

 聞こえた声は、さっきから何度も頭の中で反響している。

 来るなと言った。

 ここはクラバじゃないと、何度も言った。

 本物の戦場で、殺し合いで、間違えれば死ぬ場所だと分かっていた。

 それなのに、ジークアクスは今、俺の隣にいる。

 夜の街を背景に、サイコミュの淡い光を纏いながら、俺の腕を離さずにいる。

 

「マチュ……」

 

 怒鳴るべきだった。

 どうして来たと、すぐにでも叱るべきだった。

 だが、声になったのは彼女の名前だけだった。

 それ以上の言葉を出す前に、サイコ・ガンダムの方から、ねじ切れたような声が響いた。

 

『……お前が』

 

 それは通信ではない。

 機体の外部スピーカーでもない。

 街の壁と道路と砕けたガラスが、一斉に震えるような声だった。

 サイコ・ガンダムの露出したフレームが脈打ち、パージされた装甲飛翔体が空中で動きを止める。

 巨大な怪物が、初めて本当にジークアクスを見た。

 

『お前が、マチュ!』

 

 その叫びが、夜の街に広がった。

 子供の癇癪のようで、けれどその癇癪を五十メートル級の兵器が増幅している。

 サイコ・ガンダムのサイコミュラインが不規則に明滅し、装甲飛翔体が一斉に軌道を変えた。

 それまで俺を囲っていた質量の壁が、ジークアクスへ向き直る。

 

「ドゥー、マチュに手を出すな!」

 

 俺は叫んだ。

 叫んだところで、ドゥーが止まるとは思っていない。

 それでも、叫ばずにはいられなかった。

 俺の中に、前の世界の記憶がまた浮かぶ。

 目の前で、マチュが倒れていた光景。

 何も映していない瞳。

 届かなかった腕。

 あの光景を、二度と繰り返させるわけにはいかない。

 

『ランガは私のだよ!』

 

 ドゥーの声は、もう甘くなかった。

 甘さが剥がれ落ち、剥き出しの欲望だけが残っていた。

 

『なんで、なんもしていないお前が、全部手に入れるんだよ!』

『ここでも、あそこでも!』

 

「……っ」

 

 ここでも、あそこでも。

 その言葉の意味は分からない。

 けれど、ただの嫉妬として片づけるには重すぎた。

 ドゥーの声には、何度も何度も同じ場所で傷ついたような摩耗が混じっていた。

 まるで、見てはいけない傷口が、サイコ・ガンダムという巨体を通して街へ漏れ出しているようだった。

 

『あそこって、何の話……?』

 

 マチュが問い返す。

 その声には戸惑いがあった。

 恐怖もある。

 だが、逃げる気配はない。

 ジークアクスの手は、まだペイルライダーの腕を支えている。

 

『知らないくせに!』

『何も知らないくせに!』

 

 ドゥーの叫びに合わせて、装甲飛翔体が動き出した。

 腕部装甲だった巨大な板が、ジークアクスへ突っ込む。

 同時にサイコ・ガンダム本体が五連装ビーム砲を装甲板へ向け、光を放つ。

 ビームは装甲板に当たり、軌道を折り曲げられ、横合いからジークアクスを狙った。

 

「マチュ、上に逃げるな! そこは反射ビームの収束点だ!」

 

『分かってる!』

 

 ジークアクスは一瞬だけ上昇しかけた機体を、マチュの判断で強引に横へ振った。

 直後、上空で複数の反射ビームが交差し、夜の空間そのものを白く焼く。

 遅れていたら、ジークアクスはその光の檻に呑み込まれていた。

 

「くそっ、完全にマチュを殺す気か!」

 

『いらない!』

『その子はいらない!』

 

 ドゥーの声が、さらに鋭くなる。

 ジークアクスを殺せば俺が手に入ると、本気で考えているのだろう。

 自分以外の全てを削れば、最後に残った俺が自分を見ると思っている。

 その発想そのものが、サイコ・ガンダムの火力よりも恐ろしかった。

 

 マチュはジークアクスをビルの壁面すれすれに滑らせ、反射ビームの間を抜けた。

 動きには未熟さがある。

 無駄な揺れもある。

 だが、迷いがない。

 その迷いのなさが、今の戦場では何より強い。

 

「マチュ、下がれ。あいつは普通じゃない」

 

『下がらない』

 

「マチュ!」

 

『だって、ランガを私の前で奪おうとしてる!』

 

『奪う?』

 ドゥーが笑う。

『違うよ。ランガは最初から私のところに来るんだよ』

 

『違う!』

 

 マチュの声が震えた。

 その震えは恐怖だけじゃない。

 怒りと悲しみと、俺を失いたくないという真っ直ぐな感情が混じっている。

 その声を聞いた瞬間、ジークアクスの周囲の空気が変わった。

 

『ランガは、私の物だ!』

 

 マチュが叫んだ。

 その言葉は、所有の言葉だった。

 けれど、ドゥーのそれとは違う。

 縛るための言葉ではなく、隣に立つための言葉だった。

 俺を物として扱う言葉なのに、そこには俺を生かそうとする必死さがあった。

 

 その瞬間、ジークアクスの瞳が変わった。

 

「ジークアクスの目が……!」

 

 これまでの発光とは違う。

 薄黄色が混じった黄緑。

 サイコミュの光が、ただ増幅しているのではなく、色そのものを変質させている。

 ジークアクスの顔面部がわずかに動き、閉じられていた口部がゆっくりと開いた。

 機械のはずなのに、呼吸を始めるように。

 眠っていた獣が牙を見せるように。

 

『オメガ・サイコミュの出力が変質しています』

 シャリアの声が通信越しに聞こえる。

『これは、単なる増幅ではありませんね』

 

『口部装甲が、開いている……!?』

 エクザベの声にも驚愕が滲む。

 

 まずい。

 俺は反射的にそう思った。

 これはただの覚醒じゃない。

 ジークアクスが、マチュの感情に応えている。

 ニャアンが暴走した時とは違う。

 あれは恐怖と生存本能がオメガ・サイコミュに掴まれた結果だった。

 だが今のマチュは、恐怖だけで動いていない。

 怒りと愛情と生きたいという意思が、機体の奥へ流れ込んでいる。

 

『私は、ランガと一緒に生きるって決めた』

 

 マチュの声が響く。

 ジークアクスの黄緑の瞳が、さらに強く光った。

 

『生きる?』

 ドゥーが低く笑う。

『そんなの、すぐ壊れるよ』

 

『壊れない!』

 

『壊れるよ』

『何度だって、何度でも』

 

「ドゥー、その言い方は……」

 

『黙って、ランガ』

 ドゥーの声が冷たく遮った。

『今はその子と話してるの』

 

 背筋が冷える。

 ドゥーが俺を遮った。

 つまり今、彼女の中でマチュが完全な排除対象になったということだ。

 装甲飛翔体が再加速する。

 反射ビームの角度が変わる。

 ギャンとキケロガが援護へ入ろうとするが、その射線も進路も、装甲片に遮られる。

 

『ランガは、死なせない』

 

 ジークアクスの開いた口部から、光が漏れた。

 叫びではない。

 ビームでもない。

 だが、確かに波のようなものが広がった。

 サイコミュの干渉波。

 その波が周囲の反射ビームに触れ、軌道をほんのわずかに歪ませる。

 

「……マチュ、まさか」

 

 彼女はもう、避けるだけではなく、干渉し始めている。

 サイコ・ガンダムの暴力的なサイコミュ支配に対して、ジークアクスが別の波をぶつけている。

 理屈では理解できない。

 だが、目の前で起きている。

 

 サイコ・ガンダムの装甲飛翔体が、ジークアクスへ殺到した。

 質量弾として迫る装甲片。

 左右から折れ曲がる反射ビーム。

 上空を塞ぐ光の網。

 普通なら逃げ場はない。

 

『マチュ、無茶だ!』

 

『無茶でも、行く!』

 

 ジークアクスは逃げなかった。

 真正面から突っ込んだ。

 反射ビームが機体の横をかすめるが、黄緑の光に触れた瞬間、わずかに逸れる。

 装甲片の一つを、ジークアクスは蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばした反動をそのまま加速に変え、さらに前へ出る。

 

 サイコ・ガンダムが腕を振るう。

 巨大な掌が、ジークアクスを叩き潰そうと迫る。

 だが、マチュはそれを真正面から受け止めない。

 肩口へ潜り込むように機体を滑らせ、巨体の腕の内側へ入り込む。

 そして、そのままサイコ・ガンダムの胸部へ体当たりした。

 

『なんで……!』

 

『私が、ここにいるから!』

 

 ジークアクスとサイコ・ガンダムが激突した。

 体格差は圧倒的だ。

 サイコ・ガンダムは都市を踏み潰す巨体で、ジークアクスは通常のモビルスーツの範疇にある。

 それなのに、衝突の瞬間、サイコ・ガンダムの巨体がわずかに押し返された。

 質量ではなく、意思がぶつかったような衝撃だった。

 

 俺はペイルライダーを立て直しながら、その光景を見ていた。

 頼もしい。

 だが、それ以上に危うい。

 マチュが強くなることが嬉しいのに、同時に怖い。

 このまま感情任せにジークアクスへ深く入り込めば、彼女自身も飲み込まれる可能性がある。

 

 守るだけでは駄目だ。

 離して守るのでは、もう届かない。

 隣で支えるしかない。

 

「シャリア、エクザベ! マチュの周囲に射線を通すな!」

 

『承知しました。彼女を中心に戦場を組み直します』

 

『了解、ジークアクスの進路を確保します!』

 

「マチュ、突っ込みすぎるな。俺が道を作る」

 

『うん、ランガ!』

 

 返事が来た瞬間、俺はペイルライダーの残ったワイヤーを展開した。

 ジークアクスの側面へ滑り込み、装甲飛翔体の一つへアンカーを撃ち込む。

 そのまま張力で軌道をずらし、マチュの進路から外す。

 ギャンが空いた隙間へ飛び込み、ハクジで反射ビームの射線を切る。

 キケロガの砲塔が上空から装甲片を牽制し、サイコ・ガンダムの包囲網に穴を開ける。

 

『やだ』

 

 ドゥーの声が震えた。

 

『やだやだやだやだ!』

『ランガは、私のなのに!』

 

『違う』

 マチュが言った。

 

「違うな」

 俺も続けた。

 

 ペイルライダーのスラスターを吹かし、ジークアクスの隣へ並ぶ。

 黄緑の瞳を輝かせるジークアクスと、削れた青い装甲を晒したペイルライダー。

 俺はサイコ・ガンダムを見上げ、はっきりと言った。

 

「俺は、誰かの物じゃない」

「けど、マチュと一緒に生きるって決めた」

 

 その言葉を合図に、ペイルライダーとジークアクスが同時に加速した。

 夜の街で、執着と生存の意思が正面からぶつかり合う。

 ドゥーの叫びが、サイコ・ガンダムの光となって膨れ上がる。

 だが今度は、俺一人ではない。

 マチュが隣にいる。

 その事実だけで、俺はまだ戦えると思えた。

 

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