機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
ジークアクスとサイコ・ガンダムが、夜の街の中心でぶつかっていた。
ただのモビルスーツ同士の格闘じゃない。
黄緑の光を纏ったジークアクスが、ビルの谷間を切り裂くように跳び、サイコ・ガンダムから放たれる反射レーザーの網を、あり得ない角度で抜けていく。
対するサイコ・ガンダムは、外装を捨てたことで軽くなったというより、皮膚を剥いだ怪物みたいに生々しくなっていた。
露出したサイコミュラインが脈打ち、パージされた装甲片が空中を飛び回り、そこに五連装ビーム砲から放たれた光が当たって、軌道を曲げられながらジークアクスへ襲い掛かる。
光が正面から来るとは限らない。
右から来たと思えば、上空の装甲片に当たって真下へ折れ曲がる。
避けた先へ別の装甲片が質量弾として突っ込んでくる。
さらに、その装甲片そのものが次の反射板になり、サイコ・ガンダム本体の砲撃がそこへ吸い込まれるように撃ち込まれて、また別角度から光の刃が走る。
街は、光の檻に変わっていた。
ビルの窓は熱で割れ、外壁は溶け、道路は斜めに焼かれ、避難用の表示板が音もなく蒸発していく。
それでもマチュは、ジークアクスを止めなかった。
むしろ、あいつは前へ出ていた。
『ランガは、絶対に渡さない!』
マチュの声が通信に乗る。
強い声だった。
けれど、その強さが怖かった。
怖いほど真っ直ぐで、真っ直ぐすぎて、折れる時は一瞬だと分かる声だった。
『いらない、いらない、いらない!』
ドゥーの声が、街全体に響く。
『ランガの隣にいるお前なんて、いらない!』
サイコ・ガンダムの装甲飛翔体が、ジークアクスへ集中する。
マチュはそれを真正面から受けず、黄緑の光を引きながら軌道を折った。
その動きは、俺が知るマチュの操縦じゃない。
クラバで見せていた危うい才能でもない。
もっと深い場所から、直感と機体が直結している。
オメガ・サイコミュが、彼女の感情を拾っている。
拾いすぎている。
「マチュ、右上から来る!」
『分かってる!』
俺の警告とほとんど同時に、ジークアクスは身体を捻った。
上空の装甲片に当たったビームが、直角に近い角度で折れて落ちてくる。
ジークアクスはその光を紙一重で避け、背後のビル壁面を軽く蹴るようにして反転した。
蹴ったビルの外壁が衝撃で崩れ、瓦礫が雨のように降る。
その瓦礫の中を、黄緑の瞳を輝かせたジークアクスが突き抜ける。
『なんで避けるの、なんで壊れないの!』
『壊れないよ!』
マチュが叫ぶ。
『ランガと一緒に生きるって決めたから!』
その言葉に、胸が締め付けられた。
嬉しい。
嬉しいのに、怖い。
マチュが俺と生きるために戦っている。
それは確かに俺が望んだことだ。
けれど、そのためにジークアクスの奥へ踏み込みすぎている。
このままでは、マチュがジークアクスに飲まれる。
ドゥーがサイコ・ガンダムと一体化していったように、感情を増幅され、戦うことだけが自分だと錯覚する。
俺はそれを知っている。
サイコミュに囚われた人間の末路を、サイコガンダムの悪夢を、前の世界で嫌というほど見てきた。
俺はペイルライダーをジークアクスの後方へ回し、残ったワイヤーを射出した。
装甲飛翔体の一つへアンカーを打ち込み、張力をかけて軌道をずらす。
質量が重すぎて止めることはできない。
だが、進路を数度ずらすだけでいい。
その数度で、マチュの進路が開く。
「くそっ、マチュを中心に戦場が動いている……!」
サイコ・ガンダムはマチュを殺そうとしている。
装甲片も、偏向ビームも、全てジークアクスへ向かっている。
だが同時に、ドゥーは俺を見ている。
俺がどこにいるか、俺がどこへ動くか、俺がマチュを支えようとする場所を、全て読もうとしている。
『ランガ君、このままではジークアクスが先に過負荷へ入ります』
シャリア・ブルの声が通信に入る。
キケロガの砲塔が上空で装甲片を牽制しているが、サイコ・ガンダムの支配領域を完全には破れていない。
『こちらも装甲飛翔体を押さえますが、数が多すぎます!』
エクザベのギャンも懸命に動いている。
大型複合兵装で射線を切り、ジークアクスへ向かう質量弾の進路を妨害している。
けれど、サイコ・ガンダムの攻撃は単純な弾数ではない。
戦場の形そのものをドゥーが作り替えている。
「このままじゃ駄目だ……」
俺はモニター上の情報を高速で並べ替える。
サイコ・ガンダムのIフィールド。
装甲飛翔体の軌道。
反射ビームの偏向角。
ジークアクスから広がる黄緑のサイコミュ波。
キケロガの砲塔位置。
ギャンの突入可能ライン。
ペイルライダーの残り推進剤と、損傷したワイヤーの本数。
どれを見ても、通常の手段では決定打にならない。
ビームは弾かれる。
質量攻撃は装甲片で阻まれる。
近づけば巨大な手に捕まる。
それでも近づかなければ、マチュとドゥーのサイコミュ衝突は止まらない。
「だったら、何で断ち切る……」
その時だった。
ペイルライダーの武装クランプが、微かに震えた。
最初は損傷によるノイズかと思った。
だが違う。
反応している。
あの時、ゼクノヴァの向こう側から掴んでしまった異物。
νガンダムのビームサーベルが、淡い光を帯び始めていた。
「……お前が反応するのか」
クランプに固定されていたサーベルは、通常のビーム兵装の反応とは違う光を出していた。
明るいのに、深い。
燃えているのではなく、沈んでいるような光。
それはサイコミュ波に呼応するように脈打ち、ジークアクスとサイコ・ガンダムの干渉領域に合わせて、微かに発光を強めていく。
脳裏に、あの光景が蘇る。
地球へ落ちていくアクシズ。
それを押し返そうとするνガンダム。
届かなかった手。
そして俺の手に残った、このサーベル。
『ランガ君、その反応は何ですか』
「分からない」
俺は正直に答えた。
分からない。
理屈なんてない。
けれど、このサーベルはただの武器じゃない。
ゼクノヴァと、向こう側と、俺がこの世界に来た理由に繋がる歪みそのものだ。
ならば、同じように歪んだサイコミュの暴走を、断ち切れる可能性がある。
「けど、たぶん今しかない」
ジークアクスとサイコ・ガンダムが再び激突する。
黄緑の光と赤黒いサイコミュラインがぶつかり、街の空気が軋む。
反射ビームがジークアクスの肩を掠め、装甲が焼ける。
マチュは悲鳴を上げない。
それが余計に怖かった。
『ランガ、私はまだ行ける!』
「だからだよ、マチュ」
『えっ?』
「まだ行けるって思っているうちに、止めないと駄目なんだ」
俺はHADESの起動スイッチへ指を伸ばした。
押したくない。
本当は使いたくない。
HADESを起動すれば、俺の中の戦場人格が表に出る。
冷たく、速く、迷わず、敵を壊すためだけの俺が、また顔を出す。
それは、俺が一番嫌っている俺だ。
けれど、今は優しさだけでは届かない。
マチュを守るために、ドゥーを殺さず止めるために、あのサイコミュの檻を断ち切るために、俺は一度だけ地獄を開ける必要がある。
『ランガさん、何をする気ですか!』
エクザベの声が飛ぶ。
『まさか、あの機体の制御制限を外すつもりですか』
シャリアの声は、俺が何をしようとしているのか半分以上理解していた。
さすがに嫌になるほど勘がいい。
「あぁ」
俺は息を吐く。
「少しだけ、地獄を開ける」
指がスイッチを叩いた。
ペイルライダーの内部で、封印されていたシステムラインが一斉に目覚める。
コックピットの照明が一瞬落ち、次の瞬間、赤い警告表示が視界全体へ広がった。
背筋に冷たいものが走る。
機体の奥から、懐かしくて嫌な声がする。
『H・A・D・E・S……』
冷たいシステム音声が響いた瞬間、ペイルライダーのバイザーが赤く発光した。
頭頂部のメインカメラも同時に赤く輝き、夜の街の闇の中で、獣の目のように光る。
全身のダクトが、システム起動時の排熱で赤熱化していく。
削れたズゴック偽装の隙間から赤い熱が漏れ、青い装甲の奥でペイルライダー本来の異物じみた輪郭が露わになった。
機体の反応が跳ね上がる。
操縦桿の重さが消える。
センサー情報が、数字ではなく感覚として頭へ流れ込む。
装甲片の軌道、反射ビームの角度、ジークアクスの速度、サイコ・ガンダムのサイコミュ波の濃淡。
全てが整理され、優先順位が自動で並ぶ。
恐怖が遠くなる。
焦りが削れる。
怒りが冷える。
感情が、戦闘に必要な形だけを残して削ぎ落とされていく。
嫌だ。
これが嫌だった。
自分が人間ではなく、戦場の演算装置に近づいていく感覚。
けれど、最後の一点だけは削らせない。
マチュを守る。
それだけは、絶対に捨てない。
「HADES、限定起動」
自分の声が、思ったより低く響いた。
感情が抜け落ちた声だ。
けれど、その奥にだけ熱を残す。
「対象、サイコ・ガンダムおよびサイコミュ干渉領域」
「マチュを巻き込むな」
νガンダムのビームサーベルが、クランプの中でさらに光を強める。
その光が、HADESの赤と混ざらないまま、別の深さを持って輝いている。
まるで、赤い地獄の中に、ひとつだけ白い道が浮かんでいるようだった。
『……それ、なに』
ドゥーの声から、初めて笑みが消えた。
サイコ・ガンダムの動きが一瞬止まる。
その一瞬だけで十分だ。
『ランガ……?』
マチュの声が震える。
その声を聞いて、俺はすぐに応えたかった。
大丈夫だと、怖がるなと、俺は俺だと言いたかった。
けれどHADESは、そんな余計な言葉を削ろうとする。
だから俺は、短く言う。
「終わらせる」
ペイルライダーの残ったワイヤーが、赤熱したダクトの光を受けて夜へ伸びる。
サーベルクランプが開き、νガンダムのビームサーベルが手元へ移る。
HADESによって引き上げられた反応速度の中で、世界が遅く見えた。
ジークアクスとサイコ・ガンダムの激突。
マチュの危うい光。
ドゥーの狂った執着。
全てを断ち切る一本の線を、俺は見つける。
ペイルライダーが、夜の街を蹴った。
ワイヤーが唸り、赤い光を纏った機体が、ジークアクスとサイコ・ガンダムの間へ再突入していく。