機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第55話

 ジークアクスとサイコ・ガンダムが、夜の街の中心でぶつかっていた。

 

 ただのモビルスーツ同士の格闘じゃない。

 黄緑の光を纏ったジークアクスが、ビルの谷間を切り裂くように跳び、サイコ・ガンダムから放たれる反射レーザーの網を、あり得ない角度で抜けていく。

 対するサイコ・ガンダムは、外装を捨てたことで軽くなったというより、皮膚を剥いだ怪物みたいに生々しくなっていた。

 露出したサイコミュラインが脈打ち、パージされた装甲片が空中を飛び回り、そこに五連装ビーム砲から放たれた光が当たって、軌道を曲げられながらジークアクスへ襲い掛かる。

 

 光が正面から来るとは限らない。

 右から来たと思えば、上空の装甲片に当たって真下へ折れ曲がる。

 避けた先へ別の装甲片が質量弾として突っ込んでくる。

 さらに、その装甲片そのものが次の反射板になり、サイコ・ガンダム本体の砲撃がそこへ吸い込まれるように撃ち込まれて、また別角度から光の刃が走る。

 

 街は、光の檻に変わっていた。

 ビルの窓は熱で割れ、外壁は溶け、道路は斜めに焼かれ、避難用の表示板が音もなく蒸発していく。

 それでもマチュは、ジークアクスを止めなかった。

 むしろ、あいつは前へ出ていた。

 

『ランガは、絶対に渡さない!』

 

 マチュの声が通信に乗る。

 強い声だった。

 けれど、その強さが怖かった。

 怖いほど真っ直ぐで、真っ直ぐすぎて、折れる時は一瞬だと分かる声だった。

 

『いらない、いらない、いらない!』

 ドゥーの声が、街全体に響く。

『ランガの隣にいるお前なんて、いらない!』

 

 サイコ・ガンダムの装甲飛翔体が、ジークアクスへ集中する。

 マチュはそれを真正面から受けず、黄緑の光を引きながら軌道を折った。

 その動きは、俺が知るマチュの操縦じゃない。

 クラバで見せていた危うい才能でもない。

 もっと深い場所から、直感と機体が直結している。

 

 オメガ・サイコミュが、彼女の感情を拾っている。

 拾いすぎている。

 

「マチュ、右上から来る!」

 

『分かってる!』

 

 俺の警告とほとんど同時に、ジークアクスは身体を捻った。

 上空の装甲片に当たったビームが、直角に近い角度で折れて落ちてくる。

 ジークアクスはその光を紙一重で避け、背後のビル壁面を軽く蹴るようにして反転した。

 蹴ったビルの外壁が衝撃で崩れ、瓦礫が雨のように降る。

 その瓦礫の中を、黄緑の瞳を輝かせたジークアクスが突き抜ける。

 

『なんで避けるの、なんで壊れないの!』

 

『壊れないよ!』

 マチュが叫ぶ。

『ランガと一緒に生きるって決めたから!』

 

 その言葉に、胸が締め付けられた。

 嬉しい。

 嬉しいのに、怖い。

 マチュが俺と生きるために戦っている。

 それは確かに俺が望んだことだ。

 けれど、そのためにジークアクスの奥へ踏み込みすぎている。

 

 このままでは、マチュがジークアクスに飲まれる。

 ドゥーがサイコ・ガンダムと一体化していったように、感情を増幅され、戦うことだけが自分だと錯覚する。

 俺はそれを知っている。

 サイコミュに囚われた人間の末路を、サイコガンダムの悪夢を、前の世界で嫌というほど見てきた。

 

 俺はペイルライダーをジークアクスの後方へ回し、残ったワイヤーを射出した。

 装甲飛翔体の一つへアンカーを打ち込み、張力をかけて軌道をずらす。

 質量が重すぎて止めることはできない。

 だが、進路を数度ずらすだけでいい。

 その数度で、マチュの進路が開く。

 

「くそっ、マチュを中心に戦場が動いている……!」

 

 サイコ・ガンダムはマチュを殺そうとしている。

 装甲片も、偏向ビームも、全てジークアクスへ向かっている。

 だが同時に、ドゥーは俺を見ている。

 俺がどこにいるか、俺がどこへ動くか、俺がマチュを支えようとする場所を、全て読もうとしている。

 

『ランガ君、このままではジークアクスが先に過負荷へ入ります』

 

 シャリア・ブルの声が通信に入る。

 キケロガの砲塔が上空で装甲片を牽制しているが、サイコ・ガンダムの支配領域を完全には破れていない。

 

『こちらも装甲飛翔体を押さえますが、数が多すぎます!』

 

 エクザベのギャンも懸命に動いている。

 大型複合兵装で射線を切り、ジークアクスへ向かう質量弾の進路を妨害している。

 けれど、サイコ・ガンダムの攻撃は単純な弾数ではない。

 戦場の形そのものをドゥーが作り替えている。

 

「このままじゃ駄目だ……」

 

 俺はモニター上の情報を高速で並べ替える。

 サイコ・ガンダムのIフィールド。

 装甲飛翔体の軌道。

 反射ビームの偏向角。

 ジークアクスから広がる黄緑のサイコミュ波。

 キケロガの砲塔位置。

 ギャンの突入可能ライン。

 ペイルライダーの残り推進剤と、損傷したワイヤーの本数。

 

 どれを見ても、通常の手段では決定打にならない。

 ビームは弾かれる。

 質量攻撃は装甲片で阻まれる。

 近づけば巨大な手に捕まる。

 それでも近づかなければ、マチュとドゥーのサイコミュ衝突は止まらない。

 

「だったら、何で断ち切る……」

 

 その時だった。

 

 ペイルライダーの武装クランプが、微かに震えた。

 最初は損傷によるノイズかと思った。

 だが違う。

 反応している。

 あの時、ゼクノヴァの向こう側から掴んでしまった異物。

 νガンダムのビームサーベルが、淡い光を帯び始めていた。

 

「……お前が反応するのか」

 

 クランプに固定されていたサーベルは、通常のビーム兵装の反応とは違う光を出していた。

 明るいのに、深い。

 燃えているのではなく、沈んでいるような光。

 それはサイコミュ波に呼応するように脈打ち、ジークアクスとサイコ・ガンダムの干渉領域に合わせて、微かに発光を強めていく。

 

 脳裏に、あの光景が蘇る。

 地球へ落ちていくアクシズ。

 それを押し返そうとするνガンダム。

 届かなかった手。

 そして俺の手に残った、このサーベル。

 

『ランガ君、その反応は何ですか』

 

「分からない」

 

 俺は正直に答えた。

 分からない。

 理屈なんてない。

 けれど、このサーベルはただの武器じゃない。

 ゼクノヴァと、向こう側と、俺がこの世界に来た理由に繋がる歪みそのものだ。

 ならば、同じように歪んだサイコミュの暴走を、断ち切れる可能性がある。

 

「けど、たぶん今しかない」

 

 ジークアクスとサイコ・ガンダムが再び激突する。

 黄緑の光と赤黒いサイコミュラインがぶつかり、街の空気が軋む。

 反射ビームがジークアクスの肩を掠め、装甲が焼ける。

 マチュは悲鳴を上げない。

 それが余計に怖かった。

 

『ランガ、私はまだ行ける!』

 

「だからだよ、マチュ」

 

『えっ?』

 

「まだ行けるって思っているうちに、止めないと駄目なんだ」

 

 俺はHADESの起動スイッチへ指を伸ばした。

 押したくない。

 本当は使いたくない。

 HADESを起動すれば、俺の中の戦場人格が表に出る。

 冷たく、速く、迷わず、敵を壊すためだけの俺が、また顔を出す。

 それは、俺が一番嫌っている俺だ。

 

 けれど、今は優しさだけでは届かない。

 マチュを守るために、ドゥーを殺さず止めるために、あのサイコミュの檻を断ち切るために、俺は一度だけ地獄を開ける必要がある。

 

『ランガさん、何をする気ですか!』

 

 エクザベの声が飛ぶ。

 

『まさか、あの機体の制御制限を外すつもりですか』

 

 シャリアの声は、俺が何をしようとしているのか半分以上理解していた。

 さすがに嫌になるほど勘がいい。

 

「あぁ」

 俺は息を吐く。

「少しだけ、地獄を開ける」

 

 指がスイッチを叩いた。

 

 ペイルライダーの内部で、封印されていたシステムラインが一斉に目覚める。

 コックピットの照明が一瞬落ち、次の瞬間、赤い警告表示が視界全体へ広がった。

 背筋に冷たいものが走る。

 機体の奥から、懐かしくて嫌な声がする。

 

『H・A・D・E・S……』

 

 冷たいシステム音声が響いた瞬間、ペイルライダーのバイザーが赤く発光した。

 頭頂部のメインカメラも同時に赤く輝き、夜の街の闇の中で、獣の目のように光る。

 全身のダクトが、システム起動時の排熱で赤熱化していく。

 削れたズゴック偽装の隙間から赤い熱が漏れ、青い装甲の奥でペイルライダー本来の異物じみた輪郭が露わになった。

 

 機体の反応が跳ね上がる。

 操縦桿の重さが消える。

 センサー情報が、数字ではなく感覚として頭へ流れ込む。

 装甲片の軌道、反射ビームの角度、ジークアクスの速度、サイコ・ガンダムのサイコミュ波の濃淡。

 全てが整理され、優先順位が自動で並ぶ。

 

 恐怖が遠くなる。

 焦りが削れる。

 怒りが冷える。

 感情が、戦闘に必要な形だけを残して削ぎ落とされていく。

 

 嫌だ。

 これが嫌だった。

 自分が人間ではなく、戦場の演算装置に近づいていく感覚。

 けれど、最後の一点だけは削らせない。

 

 マチュを守る。

 それだけは、絶対に捨てない。

 

「HADES、限定起動」

 

 自分の声が、思ったより低く響いた。

 感情が抜け落ちた声だ。

 けれど、その奥にだけ熱を残す。

 

「対象、サイコ・ガンダムおよびサイコミュ干渉領域」

「マチュを巻き込むな」

 

 νガンダムのビームサーベルが、クランプの中でさらに光を強める。

 その光が、HADESの赤と混ざらないまま、別の深さを持って輝いている。

 まるで、赤い地獄の中に、ひとつだけ白い道が浮かんでいるようだった。

 

『……それ、なに』

 

 ドゥーの声から、初めて笑みが消えた。

 サイコ・ガンダムの動きが一瞬止まる。

 その一瞬だけで十分だ。

 

『ランガ……?』

 

 マチュの声が震える。

 その声を聞いて、俺はすぐに応えたかった。

 大丈夫だと、怖がるなと、俺は俺だと言いたかった。

 けれどHADESは、そんな余計な言葉を削ろうとする。

 だから俺は、短く言う。

 

「終わらせる」

 

 ペイルライダーの残ったワイヤーが、赤熱したダクトの光を受けて夜へ伸びる。

 サーベルクランプが開き、νガンダムのビームサーベルが手元へ移る。

 HADESによって引き上げられた反応速度の中で、世界が遅く見えた。

 ジークアクスとサイコ・ガンダムの激突。

 マチュの危うい光。

 ドゥーの狂った執着。

 全てを断ち切る一本の線を、俺は見つける。

 

 ペイルライダーが、夜の街を蹴った。

 ワイヤーが唸り、赤い光を纏った機体が、ジークアクスとサイコ・ガンダムの間へ再突入していく。

 

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