機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
ペイルライダーの全身から、赤い熱が漏れていた。
HADESを完全に解放したことで、機体の反応はそれまでの比ではなくなっている。
バイザーと頭頂部メインカメラは赤く発光し、全身のダクトは排熱で赤熱し、青い装甲の内側から地獄の火が滲み出しているように見えた。
ズゴックの偽装装甲はもうほとんど意味を成していない。
あちこちが剥がれ、砕け、焦げ、本来のペイルライダーの姿が露わになっている。
それは隠していた怪物が、ようやく皮を破って外へ出てきたようでもあった。
だが、その怪物を操っている俺の中もまた、少しずつ削られていた。
HADESは俺の反応を引き上げる。
視界に入るすべての情報を戦闘のために整理し、最短で敵を壊すための道筋を示す。
装甲飛翔体の軌道も、サイコ・ガンダムのビームの偏向角も、ジークアクスの動きも、全部が数字と線になって頭へ流れ込んでくる。
恐怖は遠くなり、焦りは薄れ、余計な迷いが切り捨てられていく。
けれど、その奥にあるたった一つだけは、絶対に削らせない。
マチュを守る。
マチュと生きる。
それだけは、どんな演算にも渡さない。
『ランガ、無理しないで!』
ジークアクスの通信から、マチュの声が届く。
その声だけが、俺を人間の場所に繋ぎ止めていた。
「無理はするさ」
俺は短く答え、ペイルライダーを宇宙へ向かう地下搬送路へ滑り込ませた。
戦いの舞台は、すでに街の地上だけでは収まらなくなっていた。
サイコ・ガンダムの砲撃と装甲飛翔体の衝突で地盤が崩れ、地下区画へ繋がる巨大な搬入口が剥き出しになっている。
俺はそこへサイコ・ガンダムを誘導していた。
地上に留まれば、街が終わる。
ならば、地下を抜けて、コロニーの外へ押し出す。
狭い通路で戦う危険はある。
だが、街を人質に取られ続けるよりはまだましだった。
『どこへ行っても一緒だよ、ランガ』
ドゥーの声が追ってくる。
甘く、壊れて、どこまでも俺だけを求める声。
『私は追いかけるから。ランガが逃げても、逃げなくても、ずっと』
「だったら、追ってこい」
俺は地下搬送路の天井へワイヤーを撃ち込み、ペイルライダーを横方向へ跳ばした。
直後、サイコ・ガンダムの腕部ビームが通路を焼く。
鉄骨が溶け、壁面の配管が爆ぜ、赤い火花が真空に近い薄い空気の中で散った。
地下施設の警報が鳴り響き、隔壁が次々と閉じようとする。
だが、サイコ・ガンダムの巨体はそれを押し潰しながら進んでくる。
五十メートル級の怪物が、地下通路を無理矢理に這うように進む光景は、悪夢そのものだった。
天井を削り、壁を砕き、地盤を鳴動させながら、それでもドゥーは俺へ向かってくる。
装甲飛翔体は狭い地下で自由度を落としたが、それでも完全には止まらない。
通路の壁に反射するように飛び、ビームを偏向させ、俺とマチュの進路を断とうとする。
「マチュ、右腕が来る。天井を使って避けろ!」
『うん、分かってる!』
ジークアクスは地下通路の梁をかすめるように上昇し、サイコ・ガンダムの振り下ろす腕をぎりぎりで避けた。
黄緑の瞳はまだ輝いている。
開いた口部から漏れる光も消えていない。
だが、マチュの呼吸は荒い。
ジークアクスが応えているほど、マチュ自身の負担も増している。
『どうして二人で動くの』
ドゥーの声が、地下の壁に染み込むように響く。
『どうしてランガの隣にいるの。どうして、私じゃないの』
「俺が選んだからだ」
俺はサイコ・ガンダムの装甲飛翔体をワイヤーで引っ掛け、通路の支柱へ叩きつけながら答えた。
「マチュと一緒に生きるって決めたからだ」
『そんなの、認めない!』
サイコ・ガンダムが叫びに応えるように加速する。
巨体が地下搬送路の床を踏み砕き、その先にある外部ハッチの警告灯が赤く明滅した。
隔壁は閉じようとしている。
しかし、この質量の前では意味がない。
外部ハッチへ続く最後の搬送路が、サイコ・ガンダムの突進で歪み始める。
「マチュ、この先は宇宙に繋がっている」
『あいつを外へ出すんだよね!』
「あぁ。街の外へ押し出す」
『分かった。私が押す。ランガは斬る準備して!』
マチュの言葉に、俺は少しだけ息を呑んだ。
恐怖を飲み込んで、理解して、さらに前へ進もうとしている。
強くなった。
けれど、その強さが危うい。
だからこそ、俺が道を作らなければならない。
『こちらでも隔壁制御を補助します』
シャリアの声が通信へ入る。
キケロガは地下へ直接入れないが、外側から隔壁と誘導システムへ干渉しているらしい。
『外へ出せれば、被害は抑えられるでしょう』
『ギャンで周囲の避難経路を確保します。そちらに集中してください!』
エクザベの声も続く。
あの若い軍人は、もう震えていなかった。
恐怖はあるはずだ。
それでも、自分の役割を理解して動いている。
「頼む」
俺は短く答え、ペイルライダーをサイコ・ガンダムの正面へ出した。
HADESが最適な回避軌道を示す。
だが、俺はその一部をあえて無視する。
避けるだけなら最適解はある。
だが、今必要なのは、サイコ・ガンダムの意識を俺に固定し続けることだ。
『ランガ、そこ危ない!』
「知ってる」
サイコ・ガンダムの腕が迫る。
俺はワイヤーを左右の壁へ撃ち込み、機体を紙一重で横へ逃がす。
巨大な掌がペイルライダーの残像を潰し、その勢いのまま外部ハッチの隔壁へ叩きつけられた。
隔壁が歪む。
警告灯が一斉に明滅し、外部ハッチのロックが悲鳴を上げる。
「今だ、マチュ!」
『うん!』
ジークアクスがサイコ・ガンダムの側面へ体当たりする。
黄緑の光が広がり、巨大な機体の姿勢が僅かに崩れた。
その瞬間、俺はペイルライダーのスラスターを全開にし、νガンダムのビームサーベルを構えた。
まだ刃は通常の長さに近い。
だが、サイコミュ干渉領域へ触れるたびに、淡い光が脈打っている。
外部ハッチが破断した。
空気が一気に吸い出される。
地下搬送路の残骸が宇宙へ向かって吹き飛び、ペイルライダーとジークアクス、そしてサイコ・ガンダムの巨体が、その流れに乗るように外へ押し出された。
次の瞬間、音が消えた。
コロニーの外。
真空の宇宙。
さっきまで街の警報と破壊音で満たされていた世界が、急に暗く、静かになる。
遠くにはサイド6の外壁があり、その奥で警告灯が赤く点滅している。
地上とは違い、重力に縛られない宇宙では、サイコ・ガンダムの装甲飛翔体が再び自由度を増していく。
『宇宙なら、もっと近くに行けるね』
ドゥーの声が、嬉しそうに響いた。
『何も邪魔しないもんね』
「いいや」
俺はνガンダムのビームサーベルを握り直す。
HADESがサーベルの反応を解析しようとしているが、数値は安定しない。
サイコミュ反応、未知のエネルギー偏向、ゼクノヴァ由来と推測される干渉波。
システムは理解できないものを理解しようとして、警告を増やしていく。
「邪魔はいる」
『ランガ?』
マチュの声が届く。
「マチュ、俺に合わせろ」
『合わせるって、どうすればいいの?』
「俺を見るな」
俺はサイコ・ガンダムを見据えたまま言う。
「俺と同じものを見ろ。ドゥーを殺すんじゃなく、止める道を」
少しの沈黙があった。
その間にも、サイコ・ガンダムの装甲飛翔体が円を描き、反射ビームの射線を作っていく。
だが、マチュは逃げない。
『……うん、分かった』
彼女の声が、少しだけ落ち着いた。
『私も、あの子を止めたい』
ジークアクスがペイルライダーの背後へ回る。
二機のサイコミュ反応が、重なり始めた。
ペイルライダーの赤いHADES光。
ジークアクスの黄緑の光。
それらは混ざらない。
混ざらず、層になり、νガンダムのビームサーベルへ流れ込んでいく。
サーベルの刃が膨れ上がった。
通常のビームサーベルの長さを超え、モビルスーツ一機分を超え、サイコ・ガンダムの巨体すら覆うほどの巨大な光の刃へと変わっていく。
白に近い淡い光の中に、赤と黄緑の輪郭が層のように重なる。
それは単なる兵器の光ではなかった。
人の意思が、願いが、届かなかったものを届かせようとする無茶な光だった。
『これは……サイコミュ干渉によるビーム刃の拡張ですか』
シャリアの声が聞こえた。
どこか驚き、それでいて興味を隠せない声。
『あれで、サイコ・ガンダムを斬るつもりなのですか!?』
エクザベが叫ぶ。
「斬るんじゃない」
俺はペイルライダーを構えさせた。
「縛っているものを断つ」
『いや……』
ドゥーの声が震える。
サイコ・ガンダムの装甲飛翔体が一斉にこちらへ向かってくる。
反射ビームが何本も走り、宇宙空間に光の網を張る。
だが、巨大化したサーベルの前で、それらの軌道が崩れる。
ビームは刃の周囲で散り、装甲片は光に触れて制御を失い、回転しながら遠ざかる。
『いやだ、離さないで、ランガ!』
「離すんじゃない」
俺はスラスターを吹かした。
ジークアクスも同じタイミングで加速する。
二機が重なるように進み、巨大な刃がサイコ・ガンダムへ向かって振り下ろされる。
「終わらせるんだ、ドゥー」
刃はサイコ・ガンダムの胸部を切り裂いた。
ただし、コックピットブロックを避ける軌道で。
HADESが演算し、マチュの光がサイコミュの歪みを押さえ、νガンダムのサーベルがその間を通る。
サイコ・ガンダムのサイコミュラインが、一本ずつ断ち切られていく。
赤黒い放電が巨体を走り、火花が宇宙空間へ散った。
装甲飛翔体の動きが止まる。
反射ビームの軌道が崩れる。
サイコ・ガンダムの巨体が、ゆっくりと沈黙していく。
『ランガ……』
その声は、さっきまでの狂気の叫びではなかった。
迷子の子供が、暗い部屋の中で誰かを呼ぶような声だった。
「……っ」
『ランガ、危ないよ』
マチュの声が鋭くなる。
『あれ、爆発するかもしれない!』
「分かってる」
HADESも同じ結論を出している。
サイコ・ガンダムの内部反応は不安定で、いつ爆発してもおかしくない。
撤退が最適。
即時離脱が推奨。
そんな表示が視界の端に何度も浮かぶ。
それでも、俺は動けなかった。
ドゥーが生きている。
あの声が聞こえた。
壊れて、狂って、街を巻き込み、俺を殺そうとして、それでもまだ生きている。
「見捨てられない」
『まさか、助けに行くの!?』
「あぁ」
『ランガ!』
「すぐ戻る」
自分でも馬鹿なことを言っていると思った。
すぐ戻る保証なんて、どこにもない。
けれど、助けられるかもしれない命を見捨てて戻ったら、俺はきっとマチュの隣に立てない。
マチュと生きると言った俺が、ここでドゥーを見捨てたら、その言葉が汚れる。
ペイルライダーをサイコ・ガンダムの破損した胸部へ接近させる。
HADESの警告はますます激しくなる。
俺はそれを無視し、コックピットブロックへワイヤーを撃ち込んだ。
青い機体の腕で装甲をこじ開ける。
破損したフレームが抵抗し、火花が飛び散る。
『警告、機体爆発の危険性。即時離脱を推奨』
「黙れ、まだ終わってない」
こじ開けた隙間の奥に、ドゥーがいた。
黒いマスク。
白い肌。
先ほどまで俺を所有しようとしていた少女は、今は糸が切れた人形のようにぐったりしている。
それでも、かすかに目を開けた。
『ランガ……来てくれたの……?』
「喋るな。お前を引っ張り出す」
ペイルライダーのマニピュレーターでは繊細すぎる作業は難しい。
それでもHADESの演算で動作を補正し、コックピットユニットから彼女を引き出す。
保護カプセルごと掴むには時間がない。
俺は外部ハッチを開き、危険承知でペイルライダー側のコックピット空間へドゥーを収容する。
狭い。
無茶苦茶だ。
それでも、爆風から守るにはここしかない。
『ランガ、急いで! 反応が上がってる!』
「マチュ、離れろ!」
『嫌だ、ランガも一緒に――!』
「いいから離れろ!」
叫んだ瞬間、サイコ・ガンダムの内部反応が限界を超えた。
白い光が、破損した胸部から膨れ上がる。
俺はドゥーを庇うようにコックピットの中で体を寄せ、ペイルライダーの機体を丸めるように制御した。
残った装甲を盾にし、スラスターを逆噴射する。
だが、間に合わない。
爆発が来た。
衝撃が、世界をひっくり返す。
ペイルライダーのワイヤーが千切れ、機体が宇宙空間へ弾き飛ばされる。
コックピット内の照明が赤く明滅し、計器が次々にノイズへ沈む。
HADESの警告音が乱れ、システム音声が途切れ途切れになる。
「ぐっ……!」
体がシートへ叩きつけられる。
ドゥーを押さえる腕に力を込める。
彼女はかすかに息をしている。
それだけは確認できた。
「生きてるなら、黙って掴まってろ……!」
「……ランガ」
ドゥーの声が近くで聞こえた。
それが現実なのか、意識が混ざっているのか分からない。
ペイルライダーはコロニーから遠ざかっていく。
スラスターは一部沈黙し、姿勢制御も効かない。
通信はノイズに埋もれ、ジークアクスの反応が遠ざかる。
『ランガ! ランガ、返事して!』
マチュの声が聞こえる。
ノイズまみれでも、分かる。
マチュの声だ。
返事をしなければならない。
戻ると言った。
地球へ行くと約束した。
マチュと一緒に生きると決めた。
だから、ここで黙ってはいけない。
けれど、身体が動かない。
喉が言葉を作らない。
視界の端が暗く沈んでいく。
『ランガァァァ!!』
その叫びだけが、最後まで耳に残った。
俺は返事をしようとした。
大丈夫だと。
戻ると。
ちゃんと、マチュのところへ帰ると。
けれど言葉は出なかった。
ペイルライダーは爆風に押され、宇宙の暗闇へ流されていく。
マチュの叫び声を聞きながら、俺の意識はゆっくりと暗く沈んでいった。