機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第56話

 ペイルライダーの全身から、赤い熱が漏れていた。

 

 HADESを完全に解放したことで、機体の反応はそれまでの比ではなくなっている。

 バイザーと頭頂部メインカメラは赤く発光し、全身のダクトは排熱で赤熱し、青い装甲の内側から地獄の火が滲み出しているように見えた。

 ズゴックの偽装装甲はもうほとんど意味を成していない。

 あちこちが剥がれ、砕け、焦げ、本来のペイルライダーの姿が露わになっている。

 それは隠していた怪物が、ようやく皮を破って外へ出てきたようでもあった。

 

 だが、その怪物を操っている俺の中もまた、少しずつ削られていた。

 

 HADESは俺の反応を引き上げる。

 視界に入るすべての情報を戦闘のために整理し、最短で敵を壊すための道筋を示す。

 装甲飛翔体の軌道も、サイコ・ガンダムのビームの偏向角も、ジークアクスの動きも、全部が数字と線になって頭へ流れ込んでくる。

 恐怖は遠くなり、焦りは薄れ、余計な迷いが切り捨てられていく。

 

 けれど、その奥にあるたった一つだけは、絶対に削らせない。

 

 マチュを守る。

 マチュと生きる。

 それだけは、どんな演算にも渡さない。

 

『ランガ、無理しないで!』

 

 ジークアクスの通信から、マチュの声が届く。

 その声だけが、俺を人間の場所に繋ぎ止めていた。

 

「無理はするさ」

 

 俺は短く答え、ペイルライダーを宇宙へ向かう地下搬送路へ滑り込ませた。

 

 戦いの舞台は、すでに街の地上だけでは収まらなくなっていた。

 サイコ・ガンダムの砲撃と装甲飛翔体の衝突で地盤が崩れ、地下区画へ繋がる巨大な搬入口が剥き出しになっている。

 俺はそこへサイコ・ガンダムを誘導していた。

 地上に留まれば、街が終わる。

 ならば、地下を抜けて、コロニーの外へ押し出す。

 狭い通路で戦う危険はある。

 だが、街を人質に取られ続けるよりはまだましだった。

 

『どこへ行っても一緒だよ、ランガ』

 

 ドゥーの声が追ってくる。

 甘く、壊れて、どこまでも俺だけを求める声。

 

『私は追いかけるから。ランガが逃げても、逃げなくても、ずっと』

 

「だったら、追ってこい」

 

 俺は地下搬送路の天井へワイヤーを撃ち込み、ペイルライダーを横方向へ跳ばした。

 直後、サイコ・ガンダムの腕部ビームが通路を焼く。

 鉄骨が溶け、壁面の配管が爆ぜ、赤い火花が真空に近い薄い空気の中で散った。

 地下施設の警報が鳴り響き、隔壁が次々と閉じようとする。

 だが、サイコ・ガンダムの巨体はそれを押し潰しながら進んでくる。

 

 五十メートル級の怪物が、地下通路を無理矢理に這うように進む光景は、悪夢そのものだった。

 天井を削り、壁を砕き、地盤を鳴動させながら、それでもドゥーは俺へ向かってくる。

 装甲飛翔体は狭い地下で自由度を落としたが、それでも完全には止まらない。

 通路の壁に反射するように飛び、ビームを偏向させ、俺とマチュの進路を断とうとする。

 

「マチュ、右腕が来る。天井を使って避けろ!」

 

『うん、分かってる!』

 

 ジークアクスは地下通路の梁をかすめるように上昇し、サイコ・ガンダムの振り下ろす腕をぎりぎりで避けた。

 黄緑の瞳はまだ輝いている。

 開いた口部から漏れる光も消えていない。

 だが、マチュの呼吸は荒い。

 ジークアクスが応えているほど、マチュ自身の負担も増している。

 

『どうして二人で動くの』

 

 ドゥーの声が、地下の壁に染み込むように響く。

 

『どうしてランガの隣にいるの。どうして、私じゃないの』

 

「俺が選んだからだ」

 

 俺はサイコ・ガンダムの装甲飛翔体をワイヤーで引っ掛け、通路の支柱へ叩きつけながら答えた。

 

「マチュと一緒に生きるって決めたからだ」

 

『そんなの、認めない!』

 

 サイコ・ガンダムが叫びに応えるように加速する。

 巨体が地下搬送路の床を踏み砕き、その先にある外部ハッチの警告灯が赤く明滅した。

 隔壁は閉じようとしている。

 しかし、この質量の前では意味がない。

 外部ハッチへ続く最後の搬送路が、サイコ・ガンダムの突進で歪み始める。

 

「マチュ、この先は宇宙に繋がっている」

 

『あいつを外へ出すんだよね!』

 

「あぁ。街の外へ押し出す」

 

『分かった。私が押す。ランガは斬る準備して!』

 

 マチュの言葉に、俺は少しだけ息を呑んだ。

 恐怖を飲み込んで、理解して、さらに前へ進もうとしている。

 強くなった。

 けれど、その強さが危うい。

 だからこそ、俺が道を作らなければならない。

 

『こちらでも隔壁制御を補助します』

 

 シャリアの声が通信へ入る。

 キケロガは地下へ直接入れないが、外側から隔壁と誘導システムへ干渉しているらしい。

 

『外へ出せれば、被害は抑えられるでしょう』

 

『ギャンで周囲の避難経路を確保します。そちらに集中してください!』

 

 エクザベの声も続く。

 あの若い軍人は、もう震えていなかった。

 恐怖はあるはずだ。

 それでも、自分の役割を理解して動いている。

 

「頼む」

 

 俺は短く答え、ペイルライダーをサイコ・ガンダムの正面へ出した。

 HADESが最適な回避軌道を示す。

 だが、俺はその一部をあえて無視する。

 避けるだけなら最適解はある。

 だが、今必要なのは、サイコ・ガンダムの意識を俺に固定し続けることだ。

 

『ランガ、そこ危ない!』

 

「知ってる」

 

 サイコ・ガンダムの腕が迫る。

 俺はワイヤーを左右の壁へ撃ち込み、機体を紙一重で横へ逃がす。

 巨大な掌がペイルライダーの残像を潰し、その勢いのまま外部ハッチの隔壁へ叩きつけられた。

 隔壁が歪む。

 警告灯が一斉に明滅し、外部ハッチのロックが悲鳴を上げる。

 

「今だ、マチュ!」

 

『うん!』

 

 ジークアクスがサイコ・ガンダムの側面へ体当たりする。

 黄緑の光が広がり、巨大な機体の姿勢が僅かに崩れた。

 その瞬間、俺はペイルライダーのスラスターを全開にし、νガンダムのビームサーベルを構えた。

 まだ刃は通常の長さに近い。

 だが、サイコミュ干渉領域へ触れるたびに、淡い光が脈打っている。

 

 外部ハッチが破断した。

 

 空気が一気に吸い出される。

 地下搬送路の残骸が宇宙へ向かって吹き飛び、ペイルライダーとジークアクス、そしてサイコ・ガンダムの巨体が、その流れに乗るように外へ押し出された。

 

 次の瞬間、音が消えた。

 

 コロニーの外。

 真空の宇宙。

 さっきまで街の警報と破壊音で満たされていた世界が、急に暗く、静かになる。

 遠くにはサイド6の外壁があり、その奥で警告灯が赤く点滅している。

 地上とは違い、重力に縛られない宇宙では、サイコ・ガンダムの装甲飛翔体が再び自由度を増していく。

 

『宇宙なら、もっと近くに行けるね』

 

 ドゥーの声が、嬉しそうに響いた。

 

『何も邪魔しないもんね』

 

「いいや」

 

 俺はνガンダムのビームサーベルを握り直す。

 HADESがサーベルの反応を解析しようとしているが、数値は安定しない。

 サイコミュ反応、未知のエネルギー偏向、ゼクノヴァ由来と推測される干渉波。

 システムは理解できないものを理解しようとして、警告を増やしていく。

 

「邪魔はいる」

 

『ランガ?』

 

 マチュの声が届く。

 

「マチュ、俺に合わせろ」

 

『合わせるって、どうすればいいの?』

 

「俺を見るな」

 

 俺はサイコ・ガンダムを見据えたまま言う。

 

「俺と同じものを見ろ。ドゥーを殺すんじゃなく、止める道を」

 

 少しの沈黙があった。

 その間にも、サイコ・ガンダムの装甲飛翔体が円を描き、反射ビームの射線を作っていく。

 だが、マチュは逃げない。

 

『……うん、分かった』

 

 彼女の声が、少しだけ落ち着いた。

 

『私も、あの子を止めたい』

 

 ジークアクスがペイルライダーの背後へ回る。

 二機のサイコミュ反応が、重なり始めた。

 ペイルライダーの赤いHADES光。

 ジークアクスの黄緑の光。

 それらは混ざらない。

 混ざらず、層になり、νガンダムのビームサーベルへ流れ込んでいく。

 

 サーベルの刃が膨れ上がった。

 

 通常のビームサーベルの長さを超え、モビルスーツ一機分を超え、サイコ・ガンダムの巨体すら覆うほどの巨大な光の刃へと変わっていく。

 白に近い淡い光の中に、赤と黄緑の輪郭が層のように重なる。

 それは単なる兵器の光ではなかった。

 人の意思が、願いが、届かなかったものを届かせようとする無茶な光だった。

 

『これは……サイコミュ干渉によるビーム刃の拡張ですか』

 

 シャリアの声が聞こえた。

 どこか驚き、それでいて興味を隠せない声。

 

『あれで、サイコ・ガンダムを斬るつもりなのですか!?』

 

 エクザベが叫ぶ。

 

「斬るんじゃない」

 

 俺はペイルライダーを構えさせた。

 

「縛っているものを断つ」

 

『いや……』

 

 ドゥーの声が震える。

 サイコ・ガンダムの装甲飛翔体が一斉にこちらへ向かってくる。

 反射ビームが何本も走り、宇宙空間に光の網を張る。

 だが、巨大化したサーベルの前で、それらの軌道が崩れる。

 ビームは刃の周囲で散り、装甲片は光に触れて制御を失い、回転しながら遠ざかる。

 

『いやだ、離さないで、ランガ!』

 

「離すんじゃない」

 

 俺はスラスターを吹かした。

 ジークアクスも同じタイミングで加速する。

 二機が重なるように進み、巨大な刃がサイコ・ガンダムへ向かって振り下ろされる。

 

「終わらせるんだ、ドゥー」

 

 刃はサイコ・ガンダムの胸部を切り裂いた。

 ただし、コックピットブロックを避ける軌道で。

 HADESが演算し、マチュの光がサイコミュの歪みを押さえ、νガンダムのサーベルがその間を通る。

 サイコ・ガンダムのサイコミュラインが、一本ずつ断ち切られていく。

 赤黒い放電が巨体を走り、火花が宇宙空間へ散った。

 

 装甲飛翔体の動きが止まる。

 反射ビームの軌道が崩れる。

 サイコ・ガンダムの巨体が、ゆっくりと沈黙していく。

 

『ランガ……』

 

 その声は、さっきまでの狂気の叫びではなかった。

 迷子の子供が、暗い部屋の中で誰かを呼ぶような声だった。

 

「……っ」

 

『ランガ、危ないよ』

 

 マチュの声が鋭くなる。

 

『あれ、爆発するかもしれない!』

 

「分かってる」

 

 HADESも同じ結論を出している。

 サイコ・ガンダムの内部反応は不安定で、いつ爆発してもおかしくない。

 撤退が最適。

 即時離脱が推奨。

 そんな表示が視界の端に何度も浮かぶ。

 

 それでも、俺は動けなかった。

 

 ドゥーが生きている。

 あの声が聞こえた。

 壊れて、狂って、街を巻き込み、俺を殺そうとして、それでもまだ生きている。

 

「見捨てられない」

 

『まさか、助けに行くの!?』

 

「あぁ」

 

『ランガ!』

 

「すぐ戻る」

 

 自分でも馬鹿なことを言っていると思った。

 すぐ戻る保証なんて、どこにもない。

 けれど、助けられるかもしれない命を見捨てて戻ったら、俺はきっとマチュの隣に立てない。

 マチュと生きると言った俺が、ここでドゥーを見捨てたら、その言葉が汚れる。

 

 ペイルライダーをサイコ・ガンダムの破損した胸部へ接近させる。

 HADESの警告はますます激しくなる。

 俺はそれを無視し、コックピットブロックへワイヤーを撃ち込んだ。

 青い機体の腕で装甲をこじ開ける。

 破損したフレームが抵抗し、火花が飛び散る。

 

『警告、機体爆発の危険性。即時離脱を推奨』

 

「黙れ、まだ終わってない」

 

 こじ開けた隙間の奥に、ドゥーがいた。

 黒いマスク。

 白い肌。

 先ほどまで俺を所有しようとしていた少女は、今は糸が切れた人形のようにぐったりしている。

 それでも、かすかに目を開けた。

 

『ランガ……来てくれたの……?』

 

「喋るな。お前を引っ張り出す」

 

 ペイルライダーのマニピュレーターでは繊細すぎる作業は難しい。

 それでもHADESの演算で動作を補正し、コックピットユニットから彼女を引き出す。

 保護カプセルごと掴むには時間がない。

 俺は外部ハッチを開き、危険承知でペイルライダー側のコックピット空間へドゥーを収容する。

 

 狭い。

 無茶苦茶だ。

 それでも、爆風から守るにはここしかない。

 

『ランガ、急いで! 反応が上がってる!』

 

「マチュ、離れろ!」

 

『嫌だ、ランガも一緒に――!』

 

「いいから離れろ!」

 

 叫んだ瞬間、サイコ・ガンダムの内部反応が限界を超えた。

 白い光が、破損した胸部から膨れ上がる。

 俺はドゥーを庇うようにコックピットの中で体を寄せ、ペイルライダーの機体を丸めるように制御した。

 残った装甲を盾にし、スラスターを逆噴射する。

 

 だが、間に合わない。

 

 爆発が来た。

 

 衝撃が、世界をひっくり返す。

 ペイルライダーのワイヤーが千切れ、機体が宇宙空間へ弾き飛ばされる。

 コックピット内の照明が赤く明滅し、計器が次々にノイズへ沈む。

 HADESの警告音が乱れ、システム音声が途切れ途切れになる。

 

「ぐっ……!」

 

 体がシートへ叩きつけられる。

 ドゥーを押さえる腕に力を込める。

 彼女はかすかに息をしている。

 それだけは確認できた。

 

「生きてるなら、黙って掴まってろ……!」

 

「……ランガ」

 

 ドゥーの声が近くで聞こえた。

 それが現実なのか、意識が混ざっているのか分からない。

 ペイルライダーはコロニーから遠ざかっていく。

 スラスターは一部沈黙し、姿勢制御も効かない。

 通信はノイズに埋もれ、ジークアクスの反応が遠ざかる。

 

『ランガ! ランガ、返事して!』

 

 マチュの声が聞こえる。

 ノイズまみれでも、分かる。

 マチュの声だ。

 

 返事をしなければならない。

 戻ると言った。

 地球へ行くと約束した。

 マチュと一緒に生きると決めた。

 だから、ここで黙ってはいけない。

 

 けれど、身体が動かない。

 喉が言葉を作らない。

 視界の端が暗く沈んでいく。

 

『ランガァァァ!!』

 

 その叫びだけが、最後まで耳に残った。

 

 俺は返事をしようとした。

 大丈夫だと。

 戻ると。

 ちゃんと、マチュのところへ帰ると。

 

 けれど言葉は出なかった。

 ペイルライダーは爆風に押され、宇宙の暗闇へ流されていく。

 マチュの叫び声を聞きながら、俺の意識はゆっくりと暗く沈んでいった。

 

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