機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
最初に戻ってきた感覚は、痛みだった。
全身がばらばらになった後で、雑に縫い合わせられたような痛みが、呼吸に合わせて胸の奥から広がっていく。
指を動かそうとしただけで肩に熱が走り、首を傾けようとしただけで背中の筋肉が悲鳴を上げた。
目を開けた瞬間、視界に映ったのは白い天井ではなく、古びた金属板と、むき出しになった配管だった。
病院ではない。
軍の医務室でもない。
少なくとも、まともな設備のある場所ではない。
「……っ、くそ……生きてる、のか」
掠れた声が、自分の喉から出た。
その声を聞いて、俺はようやく自分がまだ生きているのだと理解する。
生きているということは、あの爆発で死なず、どこかへ流され、誰かに拾われたということだ。
俺はゆっくりと周囲を見た。
寝かされているベッドは、かなり古い。
マットは薄く、フレームは体重を少し動かすだけで軋む。
壁には工具や古い医療キットらしきものが掛けられており、近くのテーブルには薬瓶、汚れたタオル、油染みのついた手袋が乱雑に置かれていた。
清潔とは言い難い。
だが、応急処置はされている。
腕には包帯が巻かれ、脇腹にも固定具のようなものが当てられている。
雑ではあるが、必要な処置は外していない。
誰がやったにせよ、素人の真似事だけではなさそうだった。
「ペイル……ライダー……」
口から出たのは、相棒の名前だった。
あの爆風で、ペイルライダーがどうなったのか。
HADESは止まったのか。
νガンダムのビームサーベルは残っているのか。
そして、ドゥーは。
マチュは。
考えたいことは山ほどあるのに、頭の奥に鉛が詰まっているようで、思考が上手く回らない。
それでも身体を起こそうとした瞬間、胸の奥に激痛が走った。
「ぐっ……!」
思わず息が詰まり、背中がベッドへ戻る。
その衝撃だけでベッドが嫌な音を立てた。
無理をするなと身体が訴えている。
だが、じっと寝ていられるほど、俺は今の状況を信用できていない。
どこだ、ここは。
誰が俺を拾った。
敵か、味方か、それともただの物好きか。
そう考えた時、部屋の外から足音が聞こえた。
軽い足音だった。
軍人の規則正しい足音ではない。
警戒しながら近づく暗殺者の足音でもない。
もっと雑で、もっと生活に馴染んだ足音だ。
ドアが軋みながら開く。
入ってきたのは、一人の少年だった。
作業着のような服に、油の染みがついている。
髪は少し乱れていて、片手には水の入った容器を持っていた。
目つきは明るいが、ただの能天気ではない。
こちらを見た瞬間、俺の傷の具合と、手が届く範囲に武器がないかを同時に確認している。
「おぅ、起きたか。怪我は大丈夫そうだな」
声は明るい。
だが、距離の取り方が妙に上手い。
ベッドへ近づきすぎず、かといって逃げ腰にもならない。
俺がいきなり暴れても、水の容器を投げて距離を取れる位置。
この年で、そういう距離を自然に取れるのか。
「……あんたが、助けてくれたのか」
「まぁ、俺だけじゃねぇけどな。おっちゃんの頼みもあって、拾ったんだよ」
「そうか……ありがとう」
「気にすんなよ。あのまま放っておいたら寝覚め悪いしな」
少年は軽く肩を竦めると、テーブルの上に容器を置いた。
その動きにも無駄が少ない。
油の匂い。
工具の扱いに慣れた手。
軍人ではないが、機械には慣れている。
おそらくジャンク屋か、それに近い仕事をしているのだろう。
俺は水を見た。
一瞬だけ、毒の可能性を考える。
だが、毒を盛るなら、俺が眠っている間にいくらでもやれたはずだ。
それに、今の身体では警戒し続けるだけの余裕もない。
少年は俺の視線に気づいたのか、少し呆れたように笑った。
「毒なんて入ってねぇよ。まぁ、信用しろって言っても無理だろうけどさ」
「悪いな。こういう性分で」
「だろうな。あんた、寝てる時も怖い顔してたぜ」
俺は容器を受け取り、ゆっくり口をつけた。
ぬるい水だった。
けれど喉を通るだけで、身体の奥に少しだけ感覚が戻ってくる。
生きている。
それを嫌でも実感させられた。
「俺と一緒にいた子は」
水を飲み終える前に、そう聞いていた。
ドゥーを助けた。
助けたはずだ。
サイコ・ガンダムのコックピットから引きずり出し、ペイルライダーのコックピットに押し込んだ。
爆風から庇った。
そこまでは覚えている。
だが、その先が曖昧だった。
「あぁ、あの黒いマスクの子か。別の部屋にいるぜ」
「……生きているのか」
「生きてる。けど、あんたと同じで結構ボロボロだ。おっちゃんが見てる」
その言葉に、胸の奥から少しだけ力が抜けた。
安心したのか、面倒が続くと感じたのか、自分でも分からない。
ただ、見捨てずに済んだ。
あの瞬間に手を伸ばしたことは、無駄ではなかった。
「そうか……なら、良かった」
「良かったって顔じゃねぇけどな、あんた」
「元々、こういう顔なんだよ」
「それ、損してるぜ。怖がられるだろ」
「よく言われる」
少年は椅子を引き寄せ、ベッドの横に座った。
遠慮がない。
だが、不思議と不快ではなかった。
無神経というより、必要以上に壁を作らないタイプなのだろう。
マチュやニャアンとは違う明るさだ。
生きるために、目の前の現実へ食らいついている人間の明るさ。
「ここはどこだ」
「シャングリラ。旧式コロニーだよ。聞いたことくらいあるだろ?」
「シャングリラ……」
その名前は知っている。
前の世界にもあった。
だが、この世界のシャングリラがどういう場所なのかは分からない。
名前が同じでも、歴史が違えば中身も違う。
それは、サイド6で嫌というほど思い知った。
「旧式コロニーってことは、軍の管理は薄いのか」
「薄いっていうか、面倒な時だけ思い出したみたいに口を出してくる感じだな。普段はジャンクと人間が勝手に回してる」
「なるほど、拾われるには丁度良かった訳か」
「丁度良かったって言える状態じゃなかったけどな。あんたの機体、マジでボロボロだったし」
機体。
その言葉に、身体が反応した。
起き上がろうとして、また痛みが走る。
少年が慌てて手を上げた。
「おいおい、無理すんなって。機体の方もちゃんと回収してるからよ」
「ペイルライダーは、どこまで壊れている」
「名前はペイルライダーっていうのか。見た目はもう、何が何だかって感じだったけどな」
「答えてくれ」
自分でも声が硬くなったのが分かった。
少年は一瞬だけ目を細める。
こちらの本気を見たのだろう。
軽口を少しだけ引っ込めて、真面目な声になった。
「フレームは生きてる。けど、外装はかなり駄目だ。右腕は動くか怪しいし、スラスターも何基か死んでる。中のシステムも変な熱を持ってたから、おっちゃんが下手に触るなって言ってた」
「HADESか……」
「ヘイデス?なんか物騒な名前だな」
「物騒なシステムだよ」
俺は目を閉じた。
ペイルライダーは生きている。
だが、戦える状態ではない。
当然だ。
サイコ・ガンダムの爆発に巻き込まれ、ドゥーを庇い、宇宙を漂流した。
壊れていない方がおかしい。
それでも、完全に失われてはいない。
それだけで、今は十分かもしれない。
「なぁ、あんた」
「なんだ」
「軍人か?」
「違う」
「即答かよ。まぁ、軍人って感じじゃねぇけど、ただの漂流者って顔でもねぇな」
「よく言われる」
「そればっかだな」
少年は苦笑した。
その後、少しだけ真面目な目で俺を見た。
「じゃあ、何なんだよ。あんな機体に乗って、あんな怪我して、女の子一人抱えて流れてくる奴なんて、普通じゃねぇだろ」
「普通じゃないのは認めるよ」
「そこは認めるんだな」
「否定できる要素がない」
少年は声を上げて笑いかけたが、俺の顔を見て途中で止めた。
多分、俺が本気で言っていると分かったのだろう。
しばらく沈黙が落ちる。
その沈黙は、気まずいというより、互いに相手の距離を測っている時間だった。
俺は、この少年が敵ではないと判断した。
少なくとも、今この瞬間に俺を殺す気はない。
そして、ドゥーを見捨てず、ペイルライダーまで回収してくれた。
なら、名乗らない理由はない。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな」
「そういやそうだな。助けた相手の名前も知らねぇって、ちょっと変な話だよな」
「俺はランガ・ロード。あんたは」
「俺か?」
少年はにっと笑った。
油と金属の匂いがする部屋の中で、その笑顔だけは妙に明るかった。
戦場の光ではない。
生活の中にある、しぶとい光だ。
「俺はジュドー・アーシタ! よろしくな!」
「ジュドー・アーシタ……」
「あぁ、シャングリラじゃちょっとは名前が通ってるんだぜ。まぁ、主にジャンク関係だけどな」
「ジャンク屋か」
「そんなとこ。使えそうなもんは拾うし、壊れてるもんは直す。直せなかったら売れる部分だけ取る」
「現実的だな」
「そりゃそうだろ。飯食わなきゃ生きてけねぇし、部品だってタダじゃねぇんだよ」
その言葉に、俺は少しだけ目を伏せた。
飯を食うため。
部品を集めるため。
明日を生きるため。
戦争や復讐や大義ではなく、ただ生活のために動く少年。
その当たり前の強さが、今の俺には少し眩しかった。
「ランガって呼んでいいか?」
「好きにしてくれ」
「じゃあランガ。あんた、しばらくは寝てろよ。おっちゃんにも言われてるんだ。目を覚ましても動かすなって」
「そのおっちゃんっていうのは、医者なのか」
「医者じゃねぇよ。変な技術屋だな。頭はいいけど、話が長いし、急に訳分かんねぇこと言う」
「技術屋か」
「テム・レイって名前だ。知ってるか?」
その名前を聞いた瞬間、俺の呼吸がわずかに止まった。
テム・レイ。
ガンダムに関わった男。
アムロさんの父親。
俺のいた世界でも、記録と噂の中に残っていた名前。
この世界にもいるのか。
しかも、俺の機体を見ている。
「……知っているような、知らないような名前だ」
「なんだよ、それ」
「色々あるんだよ」
「ま、ありそうだよな。あんた、見た目より中身が面倒そうだし」
「否定はしない」
ジュドーはまた笑った。
その軽さに、少しだけ救われる。
重い話を、全部重いまま受け止められると息が詰まる。
ジュドーのように軽口を挟まれる方が、今はありがたかった。
「ドゥー……黒いマスクの子には会えるか」
「今はやめとけ。あっちも寝てるし、あんたも歩ける状態じゃねぇだろ」
「俺が見ていないと危ないかもしれない」
「危ないって、あの子がか?」
「周りも、本人もな」
ジュドーは少しだけ眉を寄せた。
俺の言葉を冗談とは受け取らなかったらしい。
軽そうに見えて、話の芯を拾うのが早い。
「分かった。おっちゃんには言っとく。でも今は寝ろ」
「寝ている場合じゃない」
「寝てる場合だろ。あんた、顔色が死体みたいだぞ」
「死体よりはマシだ」
「比べる相手が悪すぎるんだよ」
その返しに、思わず少しだけ息が漏れた。
笑ったつもりはなかったが、ジュドーはそれに気づいたらしい。
少し得意げに鼻を鳴らした。
「ほら、笑えるならまだ大丈夫だな」
「今のを笑いに数えるのか」
「数える数える。シャングリラ基準じゃ十分だ」
「随分と雑な基準だな」
「雑じゃなきゃ、こんな場所で生きてけねぇよ」
その言葉は軽かったが、妙に重かった。
ジュドーは戦争の地獄を知らないのかもしれない。
けれど、この場所で生きる厳しさは知っている。
俺とは違う形で、世界の理不尽を知っている。
俺は再び天井を見上げた。
古い配管。
剥がれた断熱材。
遠くで聞こえる機械音。
ここはサイド6ではない。
マチュの隣でもない。
ペイルライダーも壊れ、ドゥーは別室で眠り、俺は見知らぬ旧式コロニーのぼろいベッドに寝かされている。
それでも、生きている。
生きているなら、戻れる可能性はある。
マチュの元へ。
あの約束の先へ。
「ジュドー」
「なんだ?」
「世話になる。けど、俺は必ず戻らなきゃいけない場所がある」
「へぇ、女か?」
「……否定はしない」
「おっ、やっぱりそうかよ。なら早く治さねぇとな」
「軽いな」
「重くして怪我が早く治るなら、いくらでも重くするけどさ。そうじゃねぇだろ」
ジュドーは立ち上がり、空になった容器を手に取った。
そしてドアの前で振り返る。
「とにかく寝てろよ、ランガ。ペイルなんとかも、黒いマスクの子も、おっちゃんが見てる。あんたが今やることは、死にかけた身体をちゃんと戻すことだ」
「……分かった」
「素直じゃん。もっと面倒な奴かと思ったぜ」
「面倒なのは否定しない」
「そこは否定しろよ」
ジュドーは笑いながら部屋を出て行った。
ドアが閉まると、部屋には古い空調の音だけが残る。
俺はもう一度、ゆっくりと目を閉じた。
ジュドー・アーシタ。
テム・レイ。
シャングリラ。
破損したペイルライダー。
生きているドゥー。
そして、遠く離れたマチュ。
まだ何も終わっていない。
むしろ、新しい厄介事が始まっただけかもしれない。
それでも、俺は生きている。
なら、戻る。
必ず、マチュの元へ戻る。