機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第57話

 最初に戻ってきた感覚は、痛みだった。

 

 全身がばらばらになった後で、雑に縫い合わせられたような痛みが、呼吸に合わせて胸の奥から広がっていく。

 指を動かそうとしただけで肩に熱が走り、首を傾けようとしただけで背中の筋肉が悲鳴を上げた。

 目を開けた瞬間、視界に映ったのは白い天井ではなく、古びた金属板と、むき出しになった配管だった。

 

 病院ではない。

 軍の医務室でもない。

 少なくとも、まともな設備のある場所ではない。

 

「……っ、くそ……生きてる、のか」

 

 掠れた声が、自分の喉から出た。

 その声を聞いて、俺はようやく自分がまだ生きているのだと理解する。

 生きているということは、あの爆発で死なず、どこかへ流され、誰かに拾われたということだ。

 

 俺はゆっくりと周囲を見た。

 寝かされているベッドは、かなり古い。

 マットは薄く、フレームは体重を少し動かすだけで軋む。

 壁には工具や古い医療キットらしきものが掛けられており、近くのテーブルには薬瓶、汚れたタオル、油染みのついた手袋が乱雑に置かれていた。

 

 清潔とは言い難い。

 だが、応急処置はされている。

 腕には包帯が巻かれ、脇腹にも固定具のようなものが当てられている。

 雑ではあるが、必要な処置は外していない。

 誰がやったにせよ、素人の真似事だけではなさそうだった。

 

「ペイル……ライダー……」

 

 口から出たのは、相棒の名前だった。

 あの爆風で、ペイルライダーがどうなったのか。

 HADESは止まったのか。

 νガンダムのビームサーベルは残っているのか。

 そして、ドゥーは。

 マチュは。

 

 考えたいことは山ほどあるのに、頭の奥に鉛が詰まっているようで、思考が上手く回らない。

 それでも身体を起こそうとした瞬間、胸の奥に激痛が走った。

 

「ぐっ……!」

 

 思わず息が詰まり、背中がベッドへ戻る。

 その衝撃だけでベッドが嫌な音を立てた。

 無理をするなと身体が訴えている。

 だが、じっと寝ていられるほど、俺は今の状況を信用できていない。

 

 どこだ、ここは。

 誰が俺を拾った。

 敵か、味方か、それともただの物好きか。

 そう考えた時、部屋の外から足音が聞こえた。

 

 軽い足音だった。

 軍人の規則正しい足音ではない。

 警戒しながら近づく暗殺者の足音でもない。

 もっと雑で、もっと生活に馴染んだ足音だ。

 

 ドアが軋みながら開く。

 入ってきたのは、一人の少年だった。

 作業着のような服に、油の染みがついている。

 髪は少し乱れていて、片手には水の入った容器を持っていた。

 目つきは明るいが、ただの能天気ではない。

 こちらを見た瞬間、俺の傷の具合と、手が届く範囲に武器がないかを同時に確認している。

 

「おぅ、起きたか。怪我は大丈夫そうだな」

 

 声は明るい。

 だが、距離の取り方が妙に上手い。

 ベッドへ近づきすぎず、かといって逃げ腰にもならない。

 俺がいきなり暴れても、水の容器を投げて距離を取れる位置。

 この年で、そういう距離を自然に取れるのか。

 

「……あんたが、助けてくれたのか」

 

「まぁ、俺だけじゃねぇけどな。おっちゃんの頼みもあって、拾ったんだよ」

 

「そうか……ありがとう」

 

「気にすんなよ。あのまま放っておいたら寝覚め悪いしな」

 

 少年は軽く肩を竦めると、テーブルの上に容器を置いた。

 その動きにも無駄が少ない。

 油の匂い。

 工具の扱いに慣れた手。

 軍人ではないが、機械には慣れている。

 おそらくジャンク屋か、それに近い仕事をしているのだろう。

 

 俺は水を見た。

 一瞬だけ、毒の可能性を考える。

 だが、毒を盛るなら、俺が眠っている間にいくらでもやれたはずだ。

 それに、今の身体では警戒し続けるだけの余裕もない。

 少年は俺の視線に気づいたのか、少し呆れたように笑った。

 

「毒なんて入ってねぇよ。まぁ、信用しろって言っても無理だろうけどさ」

 

「悪いな。こういう性分で」

 

「だろうな。あんた、寝てる時も怖い顔してたぜ」

 

 俺は容器を受け取り、ゆっくり口をつけた。

 ぬるい水だった。

 けれど喉を通るだけで、身体の奥に少しだけ感覚が戻ってくる。

 生きている。

 それを嫌でも実感させられた。

 

「俺と一緒にいた子は」

 

 水を飲み終える前に、そう聞いていた。

 ドゥーを助けた。

 助けたはずだ。

 サイコ・ガンダムのコックピットから引きずり出し、ペイルライダーのコックピットに押し込んだ。

 爆風から庇った。

 そこまでは覚えている。

 だが、その先が曖昧だった。

 

「あぁ、あの黒いマスクの子か。別の部屋にいるぜ」

 

「……生きているのか」

 

「生きてる。けど、あんたと同じで結構ボロボロだ。おっちゃんが見てる」

 

 その言葉に、胸の奥から少しだけ力が抜けた。

 安心したのか、面倒が続くと感じたのか、自分でも分からない。

 ただ、見捨てずに済んだ。

 あの瞬間に手を伸ばしたことは、無駄ではなかった。

 

「そうか……なら、良かった」

 

「良かったって顔じゃねぇけどな、あんた」

 

「元々、こういう顔なんだよ」

 

「それ、損してるぜ。怖がられるだろ」

 

「よく言われる」

 

 少年は椅子を引き寄せ、ベッドの横に座った。

 遠慮がない。

 だが、不思議と不快ではなかった。

 無神経というより、必要以上に壁を作らないタイプなのだろう。

 マチュやニャアンとは違う明るさだ。

 生きるために、目の前の現実へ食らいついている人間の明るさ。

 

「ここはどこだ」

 

「シャングリラ。旧式コロニーだよ。聞いたことくらいあるだろ?」

 

「シャングリラ……」

 

 その名前は知っている。

 前の世界にもあった。

 だが、この世界のシャングリラがどういう場所なのかは分からない。

 名前が同じでも、歴史が違えば中身も違う。

 それは、サイド6で嫌というほど思い知った。

 

「旧式コロニーってことは、軍の管理は薄いのか」

 

「薄いっていうか、面倒な時だけ思い出したみたいに口を出してくる感じだな。普段はジャンクと人間が勝手に回してる」

 

「なるほど、拾われるには丁度良かった訳か」

 

「丁度良かったって言える状態じゃなかったけどな。あんたの機体、マジでボロボロだったし」

 

 機体。

 その言葉に、身体が反応した。

 起き上がろうとして、また痛みが走る。

 少年が慌てて手を上げた。

 

「おいおい、無理すんなって。機体の方もちゃんと回収してるからよ」

 

「ペイルライダーは、どこまで壊れている」

 

「名前はペイルライダーっていうのか。見た目はもう、何が何だかって感じだったけどな」

 

「答えてくれ」

 

 自分でも声が硬くなったのが分かった。

 少年は一瞬だけ目を細める。

 こちらの本気を見たのだろう。

 軽口を少しだけ引っ込めて、真面目な声になった。

 

「フレームは生きてる。けど、外装はかなり駄目だ。右腕は動くか怪しいし、スラスターも何基か死んでる。中のシステムも変な熱を持ってたから、おっちゃんが下手に触るなって言ってた」

 

「HADESか……」

 

「ヘイデス?なんか物騒な名前だな」

 

「物騒なシステムだよ」

 

 俺は目を閉じた。

 ペイルライダーは生きている。

 だが、戦える状態ではない。

 当然だ。

 サイコ・ガンダムの爆発に巻き込まれ、ドゥーを庇い、宇宙を漂流した。

 壊れていない方がおかしい。

 

 それでも、完全に失われてはいない。

 それだけで、今は十分かもしれない。

 

「なぁ、あんた」

 

「なんだ」

 

「軍人か?」

 

「違う」

 

「即答かよ。まぁ、軍人って感じじゃねぇけど、ただの漂流者って顔でもねぇな」

 

「よく言われる」

 

「そればっかだな」

 

 少年は苦笑した。

 その後、少しだけ真面目な目で俺を見た。

 

「じゃあ、何なんだよ。あんな機体に乗って、あんな怪我して、女の子一人抱えて流れてくる奴なんて、普通じゃねぇだろ」

 

「普通じゃないのは認めるよ」

 

「そこは認めるんだな」

 

「否定できる要素がない」

 

 少年は声を上げて笑いかけたが、俺の顔を見て途中で止めた。

 多分、俺が本気で言っていると分かったのだろう。

 しばらく沈黙が落ちる。

 その沈黙は、気まずいというより、互いに相手の距離を測っている時間だった。

 

 俺は、この少年が敵ではないと判断した。

 少なくとも、今この瞬間に俺を殺す気はない。

 そして、ドゥーを見捨てず、ペイルライダーまで回収してくれた。

 なら、名乗らない理由はない。

 

「そう言えば、自己紹介がまだだったな」

 

「そういやそうだな。助けた相手の名前も知らねぇって、ちょっと変な話だよな」

 

「俺はランガ・ロード。あんたは」

 

「俺か?」

 

 少年はにっと笑った。

 油と金属の匂いがする部屋の中で、その笑顔だけは妙に明るかった。

 戦場の光ではない。

 生活の中にある、しぶとい光だ。

 

「俺はジュドー・アーシタ! よろしくな!」

 

「ジュドー・アーシタ……」

 

「あぁ、シャングリラじゃちょっとは名前が通ってるんだぜ。まぁ、主にジャンク関係だけどな」

 

「ジャンク屋か」

 

「そんなとこ。使えそうなもんは拾うし、壊れてるもんは直す。直せなかったら売れる部分だけ取る」

 

「現実的だな」

 

「そりゃそうだろ。飯食わなきゃ生きてけねぇし、部品だってタダじゃねぇんだよ」

 

 その言葉に、俺は少しだけ目を伏せた。

 飯を食うため。

 部品を集めるため。

 明日を生きるため。

 戦争や復讐や大義ではなく、ただ生活のために動く少年。

 その当たり前の強さが、今の俺には少し眩しかった。

 

「ランガって呼んでいいか?」

 

「好きにしてくれ」

 

「じゃあランガ。あんた、しばらくは寝てろよ。おっちゃんにも言われてるんだ。目を覚ましても動かすなって」

 

「そのおっちゃんっていうのは、医者なのか」

 

「医者じゃねぇよ。変な技術屋だな。頭はいいけど、話が長いし、急に訳分かんねぇこと言う」

 

「技術屋か」

 

「テム・レイって名前だ。知ってるか?」

 

 その名前を聞いた瞬間、俺の呼吸がわずかに止まった。

 テム・レイ。

 ガンダムに関わった男。

 アムロさんの父親。

 俺のいた世界でも、記録と噂の中に残っていた名前。

 

 この世界にもいるのか。

 しかも、俺の機体を見ている。

 

「……知っているような、知らないような名前だ」

 

「なんだよ、それ」

 

「色々あるんだよ」

 

「ま、ありそうだよな。あんた、見た目より中身が面倒そうだし」

 

「否定はしない」

 

 ジュドーはまた笑った。

 その軽さに、少しだけ救われる。

 重い話を、全部重いまま受け止められると息が詰まる。

 ジュドーのように軽口を挟まれる方が、今はありがたかった。

 

「ドゥー……黒いマスクの子には会えるか」

 

「今はやめとけ。あっちも寝てるし、あんたも歩ける状態じゃねぇだろ」

 

「俺が見ていないと危ないかもしれない」

 

「危ないって、あの子がか?」

 

「周りも、本人もな」

 

 ジュドーは少しだけ眉を寄せた。

 俺の言葉を冗談とは受け取らなかったらしい。

 軽そうに見えて、話の芯を拾うのが早い。

 

「分かった。おっちゃんには言っとく。でも今は寝ろ」

 

「寝ている場合じゃない」

 

「寝てる場合だろ。あんた、顔色が死体みたいだぞ」

 

「死体よりはマシだ」

 

「比べる相手が悪すぎるんだよ」

 

 その返しに、思わず少しだけ息が漏れた。

 笑ったつもりはなかったが、ジュドーはそれに気づいたらしい。

 少し得意げに鼻を鳴らした。

 

「ほら、笑えるならまだ大丈夫だな」

 

「今のを笑いに数えるのか」

 

「数える数える。シャングリラ基準じゃ十分だ」

 

「随分と雑な基準だな」

 

「雑じゃなきゃ、こんな場所で生きてけねぇよ」

 

 その言葉は軽かったが、妙に重かった。

 ジュドーは戦争の地獄を知らないのかもしれない。

 けれど、この場所で生きる厳しさは知っている。

 俺とは違う形で、世界の理不尽を知っている。

 

 俺は再び天井を見上げた。

 古い配管。

 剥がれた断熱材。

 遠くで聞こえる機械音。

 ここはサイド6ではない。

 マチュの隣でもない。

 ペイルライダーも壊れ、ドゥーは別室で眠り、俺は見知らぬ旧式コロニーのぼろいベッドに寝かされている。

 

 それでも、生きている。

 生きているなら、戻れる可能性はある。

 マチュの元へ。

 あの約束の先へ。

 

「ジュドー」

 

「なんだ?」

 

「世話になる。けど、俺は必ず戻らなきゃいけない場所がある」

 

「へぇ、女か?」

 

「……否定はしない」

 

「おっ、やっぱりそうかよ。なら早く治さねぇとな」

 

「軽いな」

 

「重くして怪我が早く治るなら、いくらでも重くするけどさ。そうじゃねぇだろ」

 

 ジュドーは立ち上がり、空になった容器を手に取った。

 そしてドアの前で振り返る。

 

「とにかく寝てろよ、ランガ。ペイルなんとかも、黒いマスクの子も、おっちゃんが見てる。あんたが今やることは、死にかけた身体をちゃんと戻すことだ」

 

「……分かった」

 

「素直じゃん。もっと面倒な奴かと思ったぜ」

 

「面倒なのは否定しない」

 

「そこは否定しろよ」

 

 ジュドーは笑いながら部屋を出て行った。

 ドアが閉まると、部屋には古い空調の音だけが残る。

 俺はもう一度、ゆっくりと目を閉じた。

 

 ジュドー・アーシタ。

 テム・レイ。

 シャングリラ。

 破損したペイルライダー。

 生きているドゥー。

 そして、遠く離れたマチュ。

 

 まだ何も終わっていない。

 むしろ、新しい厄介事が始まっただけかもしれない。

 それでも、俺は生きている。

 

 なら、戻る。

 必ず、マチュの元へ戻る。

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