機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re 作:ボルメテウスさん
ジュドーに案内された格納区画は、俺が知っている軍の整備ドックとはまるで違っていた。
正規の設備なら、床には整備ラインが引かれ、工具は用途ごとに並び、機体の状態を示す大型モニターが整然と配置されている。
けれど、ここにあるのは、積み上げられたジャンクパーツと、型番も分からない旧式の機材と、何に使うのか分からない配線の束だった。
金属油と焦げた樹脂の匂いが混ざり、遠くでは誰かが鉄板を叩く音が響いている。
「ここだぜ、ランガ。あんたの機体、今はおっちゃんが見てる」
「……思ったより、形は残っているな」
俺はそう言いながら、格納区画の奥に横たえられている青い機体を見上げた。
ペイルライダーは、生き残っていた。
ズゴックの偽装装甲はほとんど剥がれ、残っている部分も焼け焦げて、もはや偽装としての役割を果たしていない。
右腕は装甲が歪み、胸部には爆風で抉られた跡があり、背部スラスターのいくつかは完全に沈黙しているように見えた。
それでも、フレームは折れていない。
あのサイコ・ガンダムの爆発に巻き込まれ、ドゥーを庇いながら宇宙を漂流して、それでもこいつはまだ死んでいなかった。
「いや、形が残ってるだけでも十分すげぇよ。普通なら、あの状態で漂流してたらスクラップ行きだって」
「こいつは、そう簡単には死なないよ」
「機体に対して言う言葉じゃねぇ気もするけどな」
ジュドーは少し呆れたように言ったが、俺は返さなかった。
ペイルライダーはただの機械だ。
それは分かっている。
けれど、俺にとっては何度も死地を越えた相棒であり、同時に俺を戦争へ縛り続けた鎖でもあった。
その胸部装甲の近くで、一人の男が作業していた。
白衣とも作業着ともつかない服を着ていて、髪は乱れ、目の下には濃い疲労が見える。
だが、その視線は奇妙なほど鋭かった。
工具を持つ手つきも、ペイルライダーを見る目も、ただの変人技術屋という言葉で片付けられるものではない。
男は俺に気づくと、工具を置いて振り返った。
「君が、この機体のパイロットか」
「ランガ・ロードです。あなたがテム・レイさんですか」
「そうだ。ジュドーから聞いている。宇宙から流れてきた、妙な少年だとな」
「おっちゃん、それ本人の前で言うことかよ」
「人間の方は、まだ説明の余地がある。問題は、むしろこの機体だ」
テム・レイは、俺ではなくペイルライダーへ視線を戻した。
その言葉に悪意はない。
ただ、技術者として理解できないものを見つけた時の、苛立ちと興味が混ざっている。
「まず、この機体は既存の系譜にうまく収まらない」
「既存の系譜に収まらない、ですか」
「ガンダムに近い箇所はある。だが、純粋なガンダムの系譜とも違う。ジオン系の思想とも噛み合わない」
「つまり、どこの機体か分かんねぇってことか?」
「分からないのではない。分かる部分同士が、互いに矛盾している」
テムはペイルライダーの脚部フレームを指で示した。
そこには焼け焦げた装甲の隙間から、駆動部の一部が露出している。
確かに、ペイルライダーは俺の知る世界でも特殊な機体だった。
だが、この人はその特殊さを、ただ珍しいという言葉ではなく、設計思想の矛盾として見抜いている。
「設計者が優秀だったことは分かる。だが、その優秀さの向いている方向が、ひどく歪んでいる」
「……歪んでいる、か」
「君には心当たりがあるようだな」
「否定はしません」
俺は短く答えた。
ペイルライダーは、HADESを搭載するための機体だった。
敵を倒すため、パイロットの限界を引き出すため、人間を壊すことさえ前提にしている。
その思想を歪んでいると言われて、俺に反論できる理由はなかった。
テムは次に、関節駆動部のデータを小型端末へ表示させた。
古い端末だが、解析の内容は正確だった。
そこには、俺にとっては見慣れた処理が表示されている。
「次に不可解なのは、関節部だ」
「……マグネットコーティングですか」
テムの目が、わずかに細くなった。
「知っているのか」
「えぇ。俺が乗っていた頃から、この機体には施されていました」
「マグネットコーティングって、そんなにヤバいのか?」
「ヤバいというより、早すぎる」
「早すぎる?」
「この処理は、試験段階の発想ではない。運用経験を経て、問題点を潰し、完成度を高めた後の技術だ」
ジュドーは分かったような分からないような顔をしていた。
だが、俺にはテムの言っている意味がよく分かった。
この世界の技術水準では、ペイルライダーの関節処理は時系列から外れている。
俺が当然だと思っていたものが、ここではまだ当然ではない。
「君の機体は、ここにある他のどの機体よりも、関節制御だけなら数段先へ行っている」
「だから、こいつは俺の動きに応えてくれた」
「応える、か。だが、それは本当に君のためだったのかね」
その言葉に、俺は返答できなかった。
ペイルライダーは俺に応えた。
だが、HADESが起動した時、俺はいつも自分の中の何かを削られていた。
恐怖が遠くなり、怒りが冷え、敵を殺すための最短距離だけが見える。
それを操縦と呼んでいいのか、それとも機体に使われていたと言うべきなのか、俺にはまだ答えられない。
テムは、今度は胸部から頭部へ伸びる制御系統の解析データを表示した。
そこには、通常の操縦補助とは明らかに異なる情報の流れが記録されている。
人間の反応を拾い、処理し、戦闘演算へ組み込むような構造だった。
「そして、最も気に入らないのがこれだ」
「……HADESのことですね」
「名前があるのか。だが、名前は問題ではない」
「ヘイデス? なんか名前からして物騒じゃねぇか」
「実際、物騒なシステムだよ」
俺がそう言うと、ジュドーは冗談を言おうとしてやめた。
多分、俺の声に冗談を受け付けない重さがあったのだろう。
「これは操縦補助ではない。パイロットを補助する顔をして、パイロットを機体の一部として扱っている」
「それって、人間を部品扱いしてるってことかよ」
「その通りだ。これはモビルスーツの性能を引き出すための機構ではない。人間を戦闘機械へ近づけるための仕組みだ」
「……否定はできません」
テムの言葉は容赦がなかった。
だが、それは俺を責めるための言葉ではない。
むしろ、この機体を作った思想に対する怒りが含まれていた。
「君は、この機体に乗っていたのか」
「……」
「それとも、この機体に使われていたのか」
「おっちゃん、いきなりキツいこと聞くなよ」
「曖昧にしてよい話ではない。機体を直す前に、パイロットがそれを理解していなければならない」
俺はペイルライダーを見上げた。
青い装甲。
赤く光ったHADES。
何度も俺を戦場に運び、何度も俺を死なせず、同時に俺から人間らしさを削り取ろうとした相棒。
相棒と言いながら、俺はこいつを恐れてもいた。
「昔は、使われていたのかもしれません」
「今は違うと?」
「違うと言い切りたい。そのために、俺はまだ生きている」
それは、強がりだったかもしれない。
けれど、言葉にしなければならなかった。
マチュと生きると決めた俺が、ここでまた機体に飲まれる訳にはいかない。
テムはしばらく黙っていた。
そして、端末に表示されていた複数のデータを切り替えながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「完成されたマグネットコーティング。系譜に収まらないガンダム型のフレーム。人間を戦闘演算へ組み込む未知のシステム」
「……」
「そして、このビームサーベル。あれもまた、この機体以上に説明がつかない」
「そこまで、分かるんですか」
「分かる部分と、分からない部分がある。だが、分からない部分が多すぎる場合、常識的な前提を疑う必要がある」
「常識的な前提って、何だよ」
「この少年とこの機体が、我々の知っている技術の流れだけで説明できるのか、という前提だ」
ジュドーはぽかんとした顔で俺を見た。
テムは俺を追い詰めるように問い詰めているわけではない。
ただ、技術者として、目の前の矛盾から逃げていないだけだ。
「ランガ・ロード。君は、何を知っている」
その問いに、俺はしばらく答えられなかった。
マチュには話した。
ドゥーも、断片的には知っていた。
けれど、ここで話すことは、それとはまた違う意味を持つ。
テム・レイは技術者だ。
俺の話を信じるかどうかではなく、技術として扱えるものを拾う。
だからこそ、嘘をついても無駄だと思った。
「俺の知っている歴史では、ジオンは一年戦争に勝っていません」
「はぁっ? ジオンが勝ってないって、そんな歴史あんのかよ」
「俺にとっては、そっちが当たり前だった」
ジュドーは信じられないという顔をした。
無理もない。
この世界では、ジオンが勝ったことが歴史の前提になっている。
その前提を否定する俺の言葉は、荒唐無稽に聞こえるはずだった。
「なるほど。だから、技術の並び方が違うのか」
「……信じるんですか」
「信じるかどうかの問題ではない。目の前の機体が、すでに常識を裏切っている」
「おっちゃん、そういう所だけ妙に飲み込み早いよな」
「技術は嘘をつかない。嘘をつくのは人間だ」
テムはそう言って、再びペイルライダーを見上げた。
その表情には、興味だけではない厳しさがある。
この機体の技術をどう利用できるかではなく、この機体が何を繰り返す危険があるかを見ている。
「ならば、君に問わねばならない」
「何をですか」
「君は、君の知る過ちを、ここでも繰り返すつもりなのか」
「……っ」
胸の奥を、鋭く刺された気がした。
俺の知る過ち。
ティターンズ。
毒ガス。
サイコ・ガンダム。
ニュータイプを道具にし、人間を兵器にし、正義や大義を盾にして誰かを踏みにじる世界。
そして、その中にいた俺自身。
「この機体は、人間を壊す思想で作られている。君がそれをただ持ち込めば、同じ悲劇がまた起きる」
「おっちゃん……」
「君は、この機体を直したいのか」
テムはまっすぐ俺を見る。
逃げ場のない問いだった。
「それとも、この機体の中にある過ちを直したいのか」
俺は何も言えず、ペイルライダーを見た。
こいつを直せば、また戦える。
HADESを使えば、俺はまた強くなれる。
敵を殺し、戦場を抜け、マチュの元へ戻るための力になるかもしれない。
けれど、このまま直したらどうなる。
俺はまた、戦うためだけの俺に戻るのではないか。
マチュと生きるために戦うと言いながら、いつの間にか戦うこと自体に飲まれるのではないか。
「俺は、この機体に何度も救われました」
「それで」
「けれど、このまま直したら、俺はまた同じ場所へ戻るかもしれない」
「ランガ……」
「だから、直したいのは機体だけじゃない」
俺は、はっきりと言った。
痛む身体に力を入れ、ペイルライダーを見上げたまま。
「この機体の中にある、俺を戦争に戻そうとするものを変えたい」
「HADESを、君の意思で制御できる形へ変えるということだな」
「はい。俺が機体に使われるんじゃなく、俺の意思で使えるようにしたい」
テムはしばらく俺を見ていた。
その目に、少しだけ柔らかさが混じったように見えた。
だが、次の瞬間には技術者の顔に戻っている。
「ペイルライダーをそのまま修復するのは危険すぎる」
「……」
「だが、フレーム、戦闘データ、HADES、そして君が持ち込んだ異質な兵装。すべてを捨てるには惜しい」
「嫌な予感しかしねぇんだけど」
ジュドーが格納庫の奥を見ながら呟いた。
俺もその視線を追う。
そこには、ジャンクシートに覆われた大型フレームと、未完成のリフレクターらしき部品が置かれていた。
ただのジャンクにしては、妙に整えられている。
まるで、ずっと使われる時を待っていたように。
「おっちゃん、まさかまた変なこと考えてるんじゃねぇだろうな」
「変ではない。必要なことだ」
「何をするつもりですか」
「作り替える。君が機体に使われないための、新しい器へ」
新しい器。
その言葉が、格納庫の中で静かに響いた。
俺はペイルライダーを見た。
過去の俺を乗せてきた機体。
復讐と戦争の象徴。
そこから、新しいものを作る。
それは、こいつを否定することではない。
こいつと共に越えてきた戦場を、別の形へ変えることなのかもしれない。
「ランガ・ロード。君の知識は、呪いにもなるし、希望にもなる」
「希望に、できると思いますか」
「それは私が決めることではない」
テムはそう言い、ペイルライダーの胸部に手を置いた。
「君が、何のために機体へ乗るかで決まる」
俺は、少しだけ目を伏せた。
機体へ乗る理由。
昔は復讐だった。
その後は償いだった。
そして今は、マチュの元へ帰るため。
マチュと一緒に生きるため。
そして、もう同じ過ちを繰り返さないため。
「俺は、もう戦争に使われるつもりはありません」
「ならば、その言葉に相応しい機体を作ろう」
「いや、ちょっと待てよ。作ろうって、また俺がパーツ集める流れじゃねぇよな?」
「もちろん、君の協力は不可欠だ」
「やっぱりかよ!」
ジュドーの叫びが、古い格納区画に響いた。
その声に、俺は思わず小さく笑ってしまった。
身体は痛い。
状況は最悪に近い。
マチュの元へ戻る道も、まだ見えていない。
それでも、壊れた相棒の前で、過去へ戻るためではなく、未来へ進むための修復が始まろうとしていた。
ペイルライダーは、俺の戦争の象徴だった。
なら、その残骸から生まれる新しい機体は、俺が過ちを繰り返さないための答えでなければならない。