機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

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第59話

 ジュドーに案内された格納区画は、俺が知っている軍の整備ドックとはまるで違っていた。

 

 正規の設備なら、床には整備ラインが引かれ、工具は用途ごとに並び、機体の状態を示す大型モニターが整然と配置されている。

 けれど、ここにあるのは、積み上げられたジャンクパーツと、型番も分からない旧式の機材と、何に使うのか分からない配線の束だった。

 金属油と焦げた樹脂の匂いが混ざり、遠くでは誰かが鉄板を叩く音が響いている。

 

「ここだぜ、ランガ。あんたの機体、今はおっちゃんが見てる」

 

「……思ったより、形は残っているな」

 

 俺はそう言いながら、格納区画の奥に横たえられている青い機体を見上げた。

 

 ペイルライダーは、生き残っていた。

 ズゴックの偽装装甲はほとんど剥がれ、残っている部分も焼け焦げて、もはや偽装としての役割を果たしていない。

 右腕は装甲が歪み、胸部には爆風で抉られた跡があり、背部スラスターのいくつかは完全に沈黙しているように見えた。

 

 それでも、フレームは折れていない。

 あのサイコ・ガンダムの爆発に巻き込まれ、ドゥーを庇いながら宇宙を漂流して、それでもこいつはまだ死んでいなかった。

 

「いや、形が残ってるだけでも十分すげぇよ。普通なら、あの状態で漂流してたらスクラップ行きだって」

 

「こいつは、そう簡単には死なないよ」

 

「機体に対して言う言葉じゃねぇ気もするけどな」

 

 ジュドーは少し呆れたように言ったが、俺は返さなかった。

 ペイルライダーはただの機械だ。

 それは分かっている。

 けれど、俺にとっては何度も死地を越えた相棒であり、同時に俺を戦争へ縛り続けた鎖でもあった。

 

 その胸部装甲の近くで、一人の男が作業していた。

 白衣とも作業着ともつかない服を着ていて、髪は乱れ、目の下には濃い疲労が見える。

 だが、その視線は奇妙なほど鋭かった。

 工具を持つ手つきも、ペイルライダーを見る目も、ただの変人技術屋という言葉で片付けられるものではない。

 

 男は俺に気づくと、工具を置いて振り返った。

 

「君が、この機体のパイロットか」

 

「ランガ・ロードです。あなたがテム・レイさんですか」

 

「そうだ。ジュドーから聞いている。宇宙から流れてきた、妙な少年だとな」

 

「おっちゃん、それ本人の前で言うことかよ」

 

「人間の方は、まだ説明の余地がある。問題は、むしろこの機体だ」

 

 テム・レイは、俺ではなくペイルライダーへ視線を戻した。

 その言葉に悪意はない。

 ただ、技術者として理解できないものを見つけた時の、苛立ちと興味が混ざっている。

 

「まず、この機体は既存の系譜にうまく収まらない」

 

「既存の系譜に収まらない、ですか」

 

「ガンダムに近い箇所はある。だが、純粋なガンダムの系譜とも違う。ジオン系の思想とも噛み合わない」

 

「つまり、どこの機体か分かんねぇってことか?」

 

「分からないのではない。分かる部分同士が、互いに矛盾している」

 

 テムはペイルライダーの脚部フレームを指で示した。

 そこには焼け焦げた装甲の隙間から、駆動部の一部が露出している。

 確かに、ペイルライダーは俺の知る世界でも特殊な機体だった。

 だが、この人はその特殊さを、ただ珍しいという言葉ではなく、設計思想の矛盾として見抜いている。

 

「設計者が優秀だったことは分かる。だが、その優秀さの向いている方向が、ひどく歪んでいる」

 

「……歪んでいる、か」

 

「君には心当たりがあるようだな」

 

「否定はしません」

 

 俺は短く答えた。

 ペイルライダーは、HADESを搭載するための機体だった。

 敵を倒すため、パイロットの限界を引き出すため、人間を壊すことさえ前提にしている。

 その思想を歪んでいると言われて、俺に反論できる理由はなかった。

 

 テムは次に、関節駆動部のデータを小型端末へ表示させた。

 古い端末だが、解析の内容は正確だった。

 そこには、俺にとっては見慣れた処理が表示されている。

 

「次に不可解なのは、関節部だ」

 

「……マグネットコーティングですか」

 

 テムの目が、わずかに細くなった。

 

「知っているのか」

 

「えぇ。俺が乗っていた頃から、この機体には施されていました」

 

「マグネットコーティングって、そんなにヤバいのか?」

 

「ヤバいというより、早すぎる」

 

「早すぎる?」

 

「この処理は、試験段階の発想ではない。運用経験を経て、問題点を潰し、完成度を高めた後の技術だ」

 

 ジュドーは分かったような分からないような顔をしていた。

 だが、俺にはテムの言っている意味がよく分かった。

 この世界の技術水準では、ペイルライダーの関節処理は時系列から外れている。

 俺が当然だと思っていたものが、ここではまだ当然ではない。

 

「君の機体は、ここにある他のどの機体よりも、関節制御だけなら数段先へ行っている」

 

「だから、こいつは俺の動きに応えてくれた」

 

「応える、か。だが、それは本当に君のためだったのかね」

 

 その言葉に、俺は返答できなかった。

 ペイルライダーは俺に応えた。

 だが、HADESが起動した時、俺はいつも自分の中の何かを削られていた。

 恐怖が遠くなり、怒りが冷え、敵を殺すための最短距離だけが見える。

 それを操縦と呼んでいいのか、それとも機体に使われていたと言うべきなのか、俺にはまだ答えられない。

 

 テムは、今度は胸部から頭部へ伸びる制御系統の解析データを表示した。

 そこには、通常の操縦補助とは明らかに異なる情報の流れが記録されている。

 人間の反応を拾い、処理し、戦闘演算へ組み込むような構造だった。

 

「そして、最も気に入らないのがこれだ」

 

「……HADESのことですね」

 

「名前があるのか。だが、名前は問題ではない」

 

「ヘイデス? なんか名前からして物騒じゃねぇか」

 

「実際、物騒なシステムだよ」

 

 俺がそう言うと、ジュドーは冗談を言おうとしてやめた。

 多分、俺の声に冗談を受け付けない重さがあったのだろう。

 

「これは操縦補助ではない。パイロットを補助する顔をして、パイロットを機体の一部として扱っている」

 

「それって、人間を部品扱いしてるってことかよ」

 

「その通りだ。これはモビルスーツの性能を引き出すための機構ではない。人間を戦闘機械へ近づけるための仕組みだ」

 

「……否定はできません」

 

 テムの言葉は容赦がなかった。

 だが、それは俺を責めるための言葉ではない。

 むしろ、この機体を作った思想に対する怒りが含まれていた。

 

「君は、この機体に乗っていたのか」

 

「……」

 

「それとも、この機体に使われていたのか」

 

「おっちゃん、いきなりキツいこと聞くなよ」

 

「曖昧にしてよい話ではない。機体を直す前に、パイロットがそれを理解していなければならない」

 

 俺はペイルライダーを見上げた。

 青い装甲。

 赤く光ったHADES。

 何度も俺を戦場に運び、何度も俺を死なせず、同時に俺から人間らしさを削り取ろうとした相棒。

 相棒と言いながら、俺はこいつを恐れてもいた。

 

「昔は、使われていたのかもしれません」

 

「今は違うと?」

 

「違うと言い切りたい。そのために、俺はまだ生きている」

 

 それは、強がりだったかもしれない。

 けれど、言葉にしなければならなかった。

 マチュと生きると決めた俺が、ここでまた機体に飲まれる訳にはいかない。

 

 テムはしばらく黙っていた。

 そして、端末に表示されていた複数のデータを切り替えながら、ゆっくりと言葉を続ける。

 

「完成されたマグネットコーティング。系譜に収まらないガンダム型のフレーム。人間を戦闘演算へ組み込む未知のシステム」

 

「……」

 

「そして、このビームサーベル。あれもまた、この機体以上に説明がつかない」

 

「そこまで、分かるんですか」

 

「分かる部分と、分からない部分がある。だが、分からない部分が多すぎる場合、常識的な前提を疑う必要がある」

 

「常識的な前提って、何だよ」

 

「この少年とこの機体が、我々の知っている技術の流れだけで説明できるのか、という前提だ」

 

 ジュドーはぽかんとした顔で俺を見た。

 テムは俺を追い詰めるように問い詰めているわけではない。

 ただ、技術者として、目の前の矛盾から逃げていないだけだ。

 

「ランガ・ロード。君は、何を知っている」

 

 その問いに、俺はしばらく答えられなかった。

 マチュには話した。

 ドゥーも、断片的には知っていた。

 けれど、ここで話すことは、それとはまた違う意味を持つ。

 テム・レイは技術者だ。

 俺の話を信じるかどうかではなく、技術として扱えるものを拾う。

 だからこそ、嘘をついても無駄だと思った。

 

「俺の知っている歴史では、ジオンは一年戦争に勝っていません」

 

「はぁっ? ジオンが勝ってないって、そんな歴史あんのかよ」

 

「俺にとっては、そっちが当たり前だった」

 

 ジュドーは信じられないという顔をした。

 無理もない。

 この世界では、ジオンが勝ったことが歴史の前提になっている。

 その前提を否定する俺の言葉は、荒唐無稽に聞こえるはずだった。

 

「なるほど。だから、技術の並び方が違うのか」

 

「……信じるんですか」

 

「信じるかどうかの問題ではない。目の前の機体が、すでに常識を裏切っている」

 

「おっちゃん、そういう所だけ妙に飲み込み早いよな」

 

「技術は嘘をつかない。嘘をつくのは人間だ」

 

 テムはそう言って、再びペイルライダーを見上げた。

 その表情には、興味だけではない厳しさがある。

 この機体の技術をどう利用できるかではなく、この機体が何を繰り返す危険があるかを見ている。

 

「ならば、君に問わねばならない」

 

「何をですか」

 

「君は、君の知る過ちを、ここでも繰り返すつもりなのか」

 

「……っ」

 

 胸の奥を、鋭く刺された気がした。

 俺の知る過ち。

 ティターンズ。

 毒ガス。

 サイコ・ガンダム。

 ニュータイプを道具にし、人間を兵器にし、正義や大義を盾にして誰かを踏みにじる世界。

 そして、その中にいた俺自身。

 

「この機体は、人間を壊す思想で作られている。君がそれをただ持ち込めば、同じ悲劇がまた起きる」

 

「おっちゃん……」

 

「君は、この機体を直したいのか」

 

 テムはまっすぐ俺を見る。

 逃げ場のない問いだった。

 

「それとも、この機体の中にある過ちを直したいのか」

 

 俺は何も言えず、ペイルライダーを見た。

 こいつを直せば、また戦える。

 HADESを使えば、俺はまた強くなれる。

 敵を殺し、戦場を抜け、マチュの元へ戻るための力になるかもしれない。

 

 けれど、このまま直したらどうなる。

 俺はまた、戦うためだけの俺に戻るのではないか。

 マチュと生きるために戦うと言いながら、いつの間にか戦うこと自体に飲まれるのではないか。

 

「俺は、この機体に何度も救われました」

 

「それで」

 

「けれど、このまま直したら、俺はまた同じ場所へ戻るかもしれない」

 

「ランガ……」

 

「だから、直したいのは機体だけじゃない」

 

 俺は、はっきりと言った。

 痛む身体に力を入れ、ペイルライダーを見上げたまま。

 

「この機体の中にある、俺を戦争に戻そうとするものを変えたい」

 

「HADESを、君の意思で制御できる形へ変えるということだな」

 

「はい。俺が機体に使われるんじゃなく、俺の意思で使えるようにしたい」

 

 テムはしばらく俺を見ていた。

 その目に、少しだけ柔らかさが混じったように見えた。

 だが、次の瞬間には技術者の顔に戻っている。

 

「ペイルライダーをそのまま修復するのは危険すぎる」

 

「……」

 

「だが、フレーム、戦闘データ、HADES、そして君が持ち込んだ異質な兵装。すべてを捨てるには惜しい」

 

「嫌な予感しかしねぇんだけど」

 

 ジュドーが格納庫の奥を見ながら呟いた。

 俺もその視線を追う。

 そこには、ジャンクシートに覆われた大型フレームと、未完成のリフレクターらしき部品が置かれていた。

 ただのジャンクにしては、妙に整えられている。

 まるで、ずっと使われる時を待っていたように。

 

「おっちゃん、まさかまた変なこと考えてるんじゃねぇだろうな」

 

「変ではない。必要なことだ」

 

「何をするつもりですか」

 

「作り替える。君が機体に使われないための、新しい器へ」

 

 新しい器。

 その言葉が、格納庫の中で静かに響いた。

 俺はペイルライダーを見た。

 過去の俺を乗せてきた機体。

 復讐と戦争の象徴。

 そこから、新しいものを作る。

 それは、こいつを否定することではない。

 こいつと共に越えてきた戦場を、別の形へ変えることなのかもしれない。

 

「ランガ・ロード。君の知識は、呪いにもなるし、希望にもなる」

 

「希望に、できると思いますか」

 

「それは私が決めることではない」

 

 テムはそう言い、ペイルライダーの胸部に手を置いた。

 

「君が、何のために機体へ乗るかで決まる」

 

 俺は、少しだけ目を伏せた。

 機体へ乗る理由。

 昔は復讐だった。

 その後は償いだった。

 そして今は、マチュの元へ帰るため。

 マチュと一緒に生きるため。

 そして、もう同じ過ちを繰り返さないため。

 

「俺は、もう戦争に使われるつもりはありません」

 

「ならば、その言葉に相応しい機体を作ろう」

 

「いや、ちょっと待てよ。作ろうって、また俺がパーツ集める流れじゃねぇよな?」

 

「もちろん、君の協力は不可欠だ」

 

「やっぱりかよ!」

 

 ジュドーの叫びが、古い格納区画に響いた。

 その声に、俺は思わず小さく笑ってしまった。

 身体は痛い。

 状況は最悪に近い。

 マチュの元へ戻る道も、まだ見えていない。

 

 それでも、壊れた相棒の前で、過去へ戻るためではなく、未来へ進むための修復が始まろうとしていた。

 ペイルライダーは、俺の戦争の象徴だった。

 なら、その残骸から生まれる新しい機体は、俺が過ちを繰り返さないための答えでなければならない。

 

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