機動戦士Gundam GQuuuuuux 逆転した世界:Re   作:ボルメテウスさん

6 / 46
Promise

サイド6の外縁が近づくにつれて、警報の明滅が視界の端で鬱陶しく踊り始めた。

追跡してくる軍警ザクはしつこく、撃ち慣れていないくせに、諦める判断だけは遅い。

俺は速度を落とさず、ただ「追わせる意味」だけを奪うことに集中した。

 

ザクマシンガンの円盤型弾倉をロックから抜き取り、無重力の中で手首を返す。

回転する金属円盤は、重力がない空間では鈍い凶器になる。

 

「……よっと」

 

弾倉を、追ってくるザクの進路へ投げる。

同時に、もう片方の手に握っていたヒートホークを、弾倉の縁へ向けて投げた。

狙いは当てることではない。

弾倉の外殻に刃を食い込ませ、内部の残弾を暴発させることだ。

 

ヒートホークが弾倉に噛んだ瞬間、金属同士が擦れる嫌な音がして、次の瞬間に火花が噴いた。

弾倉の中で弾が跳ね回り、円盤そのものが小さな爆弾に変わる。

宇宙に音は残らないはずなのに、鼓膜の奥が勝手に炸裂音を補完してしまう。

白い爆煙が咲き、漂うデブリがそれに触れて破片を散らし、視界が一度だけ汚れた。

 

追撃のザクは射線を失い、姿勢制御が一拍遅れる。

その一拍で充分だ。

ここはサイド6から少し離れているから、被害も最小で済む。

俺は勝つためではなく、逃げ切るために戦場の道具を使っただけだ。

 

そのまま、俺はサイド6の“ドア”へ機体を滑り込ませる。

正規の航路ではない。

広大すぎるコロニーの、誰も使わない盲点。

俺の記憶が示していた場所。

 

ニャアンが背後で呻き、吐き気混じりの声を漏らした。

 

「なんで、ここから……うぷ……」

 

「……色々と知っているからな」

 

誤魔化しではないが、説明でもない。

今は説明のために一秒を使うのが惜しい。

俺は端末で、かつて覚えた非常開放用の認証手順を呼び出し、古い整備用インターフェイスへ接続する。

サイド6の正規システムは堅牢でも、補助系統の古い規格は驚くほど脆い。

入力は短い。

整備用のコードと、非常時の解除プロトコル。

そして最後に、物理鍵の代わりになる手動解放レバーを“外側から”作動させる。

 

鈍い振動が伝わり、ドアがゆっくりと開いた。

その開き方が、俺の過去を肯定してしまう。

俺の記憶は嘘じゃない。

この世界が違っても、同じ場所に同じ抜け道が残っている。

救いのはずの一致が、背筋を冷やした。

 

誰も知らないサイド6の僅かな空間。

多くの人間が住むには広大すぎるコロニーが持つ、誰にも見られない綻び。

俺はそこへペイルライダーを滑り込ませ、残骸の影に沿って推進を絞り、反応を消す。

最後に辿り着いた位置で機体を座らせ、エンジンを落とした。

 

「……ふぅ」

 

静けさが戻る。

戦場の静けさではなく、生活の静けさに近い。

だが俺は、その静けさをまだ信用できない。

静けさは、壊れる前触れとして訪れることがある。

 

「さて、もう出ても良いぞ」

「ごっ、ごめん……っ」

 

ニャアンは跳び出すようにハッチから降り、少し離れたところで膝をついた。

吐いた。

吐瀉物が無重力に浮きそうになり、彼女が慌てて掌で押さえ、壁際へ寄せる。

俺は視線を外した。

情けないからではない。

この程度のGで平気な自分が、どこか壊れていると知っているからだ。

 

「……その制服、難民の子が着る物じゃないな」

 

ぽろりと出た言葉に、ニャアンの肩が跳ねた。

さっきまでの彼女は、ただの案内役に見えた。

だが難民区域で、あの手の制服は目立つ。

目立つというのは、狙われるということだ。

 

「……拾ったの。捨てられてたのを、直しただけ」

 

短い答え。

嘘の匂いは薄いが、真実の全部でもない。

それでも、直したという一言が重い。

生きるために“外の世界”の皮を縫い付けるしかない子がいる。

その現実が、この平和なコロニーの裏側にある。

 

俺は機体の装甲を見上げ、ひとつだけ確かめるように呟いた。

 

「……やっぱり、ここはあるんだな」

 

記憶が勝手に開きかける。

だが、いま全部を思い出すのは危険だ。

思い出しきれば、また戦争の速度へ引き戻される。

俺はその代わりに、最小のフラッシュだけを掴む。

転がった顔。

伸ばした手。

届かなかった指先。

その“届かなさ”だけが、今も俺の身体のどこかを冷たくしている。

 

「クランバトルって、知ってる?」

 

吐き気を拭いながら、ニャアンが話題を変える。

その切り替えの早さが、彼女の生活の厳しさを示していた。

 

「クランバトル? なんだ、それは」

「違法なMS同士の戦い。勝てば賞金が出る。出ないと、生きられない人もいる」

 

最後の一言が刺さる。

賞金のために命を賭けるのは、戦争と同じ構造だ。

平和の顔をした場所で、戦争の構造が続いている。

 

「金にはそれ程興味はない。第一、MS同士の戦いなんて……」

 

飽きるほどやった。

飽きたはずだ。

だが俺は、言い切れずに、曖昧な逃げ道を残してしまう。

 

「その内、やる気になったらな」

「……ふうん」

 

ニャアンはそれ以上追及しない。

代わりに、視線だけが刺さる。

初対面のはずなのに、俺が嘘をついていることを見抜く目だ。

 

別れ際、俺は彼女へ短く釘を刺した。

脅しではなく、現実としての忠告だ。

 

「今日のことは、口にしない方がいい。軍警が動いてる」

「……分かってる。あいつら、難民のことは守らないから」

 

その言葉で、彼女が何を見て生きてきたのか、少しだけ分かった。

俺は頷き、家へ戻る。

 

帰り道で、マチュがいた。

頬を膨らませ、かなり不機嫌そうな顔で、道の端に立っている。

 

「……むぅ」

「あっ」

 

手にはビニール袋。

俺のために何か買ってきたのだろう。

その気遣いが分かった瞬間、胸の奥がぎゅっと縮む。

守りたいのに、守り方が分からない。

守ると言うほど、守れなかった過去が爪を立てる。

 

「どこに行っていたの」

 

声は平静なのに、目が怒っている。

俺は嘘と本音の間の言葉を選ぶ。

 

「あっ、えっと、その……少し気分が良くなったから散歩に、と」

「風邪を引いているんだから、無理しない」

 

マチュがジト目で俺を見て、袋を押し付けてくる。

乱暴な押し付け方なのに、優しさだけは隠しきれていない。

 

「それじゃ、私は帰るから」

 

背中が遠ざかる。

呼び止めるべきか迷う。

迷っている時点で、俺はもう遅い。

だから、遅いまま声を出す。

 

「……マチュ」

「何?」

 

「その……どっかで何か食べないか。少し夜風を浴びたいから」

「えぇ、門限まであと少しなのに」

「あっ、そっそうだよな」

 

断られると思った。

当然だ。

今日の俺は、まともじゃない。

それを一番見抜けるのがマチュだ。

 

「……まぁ、お菓子ぐらいだったら良いけど」

 

胸が軽くなる。

軽くなることが怖い。

軽くなったものは、奪われるからだ。

それでも俺は、その軽さに縋った。

 

近くのコンビニに寄り、菓子を買う。

袋を開けて、二人で食べる。

たったそれだけのことが、今の俺には祈りみたいに思える。

 

「というよりも、なんか今日は変だよ」

「そう、なのか?」

「うん。マチュなんて久し振りに聞いたよ。あだ名であんまり言わなかったし、雰囲気、変わってる」

 

それは、この世界の俺かもしれない。

戦争を体験していない俺。

じゃあ、そいつはどこにいる。

俺の中に沈んでいるのか、消えてしまったのか。

 

「……まぁ、うん。色々とね」

「そうなんだ。けど、少し安心した」

 

「安心?」

 

俺が問い返すと、マチュは菓子を口に運びながら、少しだけ視線を落とした。

 

「君のお父さんとお母さん、少し前に亡くなって、一人ぼっちになったから。それから荒れてたでしょ。今日も大丈夫か不安だった」

 

言葉が、喉の奥で止まった。

指先に力が入り、菓子の袋が小さく軋む。

潰しそうになって、俺は慌てて力を抜く。

この世界でも、父さんと母さんはいない。

元の世界でもいない。

失った事実だけが、世界を変えても追いかけてくる。

 

「……そうか。悪かったな」

「良いよ。とにかく、元気出してね」

 

マチュは笑った。

その笑顔が救いで、同時に重い。

守るという言葉を口にするたび、守れなかった場面が反射で浮かぶからだ。

 

俺は、言葉を選びながら訊いた。

 

「マチュ、何かやりたい事はあるか?」

「いきなりどうしたの?」

「……なんとなく。ここまで世話になったから」

 

せめて、この世界の彼女の願いだけでも叶えたい。

それが贖罪になるなんて思っていない。

ただ、守れなかったことを、守ることで上書きしたい。

身勝手だと分かっていても、俺は身勝手に縋るしかない。

 

マチュは少しだけ悩み、夜の空気を吸い込むように言った。

 

「海、見に行きたいかな」

 

その言葉が胸に落ちた瞬間、俺は妙に息が詰まった。

コロニーの海は作られた海だ。

偽物だ。

それでも彼女が見たいと言うなら連れて行く。

ただし、海沿いは監視が薄い。

薄い場所には、軍警ではない連中が出る。

さっきのザクの動きが頭をよぎり、赤いガンダムの紫の瞳が、短い残光として浮かぶ。

 

「……分かった」

 

俺は笑って頷きながら、心の中でだけ別の準備を始めた。

海へ行くという約束は、平和のための約束であると同時に、俺にとっては警戒線の引き直しでもある。

この平和を守るために、俺はまた戦争の癖で動いてしまうだろう。

その矛盾を抱えたまま、今夜はただ、マチュの隣で菓子を噛み締めていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。